江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】   作:焼き鳥タレ派

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第一幕
プロローグ


私立 希望ヶ峰学園

一等地に巨大な敷地を誇る、政府公認の超特権的な学園で…

全国からあらゆる分野の超一流高校生を集め、

将来を担う“希望”に育て上げる事を目的としている。

誰かが希望ヶ峰学園について語る時、いつも、こんな言葉が付いて回る…

 

『この学園を卒業できれば、人生において成功したも同然…』

 

言っておくけど、これは冗談とか誇張なんかじゃない。

実際、様々な業界の第一線で活躍している人達の多くが

この希望ヶ峰学園の卒業生だし…

 

 

 

そこで僕は電源を入れ直した。間違えてNEW GAMEを選択してしまったから、

何の気なしにゲーム導入部分を読み返してみたけど、すぐに飽きた。

タイトル画面に戻ってLOAD GAMEを選択し、学級裁判の続きを始める。

 

「はぁ、この世に希望ヶ峰学園があれば、

超高校級の“ヒッキー”か“ニート”としてスカウトされる自信あるんだけど」

 

ここは一等地でもなければ超進学校でもない、田舎の団地街の一室。

その日も僕は中古のPSPソフトで、

代わり映えのない毎日を塗りつぶす生活を送っていた。

今、熱中してるのは、「スーパーダンガンロンパ2」。

ベッドの上でボロいPSPを握りしめて反論ショーダウンに挑んでる最中だけど、

一向に先に進めない。

 

「おかしいよこれ!終里の証言、全然斬れないんだけど。バグってたりしないよね。

コトノハは全部試したけど……」

 

改めて所持しているコトノハを確かめる。Lボタン連打で一周したけど全部使用済み。

でも、彼女のキーワードは斬れな……あれ?こんなもんあったっけ。

 

“絶望”

 

さっきまで影も形もなかったコトノハがひとつ。なにこれ。

これで「犯人とバトった」が斬れるとは思えないけど、

他に選択肢がないから、試してみる。

白の証言を切り刻み、終里が黄色のキーワードを発言した所で!

 

“その言葉、斬らせてもらっちゃうよ~ん!”

 

勘弁してほしい。いくら先の見えない展開が売りだからって、

取って付けたような急なキャラ変更は萎える。……うわっ、画面にひどいノイズが。

ソフトがバグったのかな、それとも本体が壊れたのかな。

どうしよう。もうPSP生産してないから新品は手に入りにくいんだよ。

 

とりあえず再起動しようとしたけど、電源が反応しない。

振っても揺すってもノイズが止まない。思い切ってバッテリーを抜こうか、と思った時、

画面から膨大な量の0と1の機械語が溢れ出してきて、僕の目に入り込み、

あっという間に脳を支配した。

 

逃げようとしても身体が動かない。助けを呼ぼうにも声が出せない。

僕は得体の知れない現象に見舞われ、恐怖に全身が凍りつくけど、

すぐに不安からは開放された。次の瞬間には気を失っていたから。

 

 

 

 

 

……ゆっくり目を開くと、ぼやけた視界が徐々に像を結ぶ。

目を覚ました僕は、手術台のようなベッドに寝かされていた。

首を動かして周りを見ると、近くに何かの波形を描くモニター、頭上に大きなライト。

部屋の奥には何かの肉片が入ったシリンダーがたくさん並んでる。正直気持ち悪い。

 

他にも、何かの実験器具や手術道具が置かれているけど、何に使うのかさっぱり。

帰ろう、こんな変なとこ。

ベッドから起きようとすると、何かにガクンと頭を引っ張られた。

その時、異変に気づく。

 

「いってえ!……ん、ん!?ひゃ、何これ!声がおかしい!!」

 

自分の声が、まるで少女のような高音に変わっていた。喉を潰されたのだろうか。

とにかく、頭を引っ張った犯人を取り除くため、両手を頭にやると、

また信じがたい事実に直面する。

僕の手が、やっぱり女の子のように白くて小さなものになってる!?

爪には真っ赤なマニキュアが!

 

思わず両腕を擦ると、いつもの毛むくじゃらの腕はすべすべした色白の細腕に。

それだけじゃない。足も、身体も、完全に女性化していた。

しかもご丁寧にミニスカートや、胸元を露出した派手なセーラー服まで着せられてる。

女装趣味はないんだけど。

 

「一体、僕、どうなって……」

 

少し低めの少女の声と自分の声のギャップに混乱しながらも、

とにかく悪趣味な展開から逃げたかった僕は、

また頭にくっついてる何かに手を掛けて、取り外した。

 

何本ものコードがつながったヘッドギア。

さっきはこれに頭がグーン!てやられたんだな、ちくしょー。

僕がヘッドギアを投げ捨てると同時に、

奇妙な部屋の奥の鋼鉄製自動ドアが開き、誰かが入ってきた。

 

「おい、お前!それは私の傑作のひとつなのだ。大事にしてもらわなくては困る!」

 

医者のような手術衣にマスクを着け、眼鏡を掛けた、髪がボサボサの……

多分高校生くらいの少年。背丈と声から想像しただけだけど。

もしかしたら現状について何か知ってるかもしれない人物に、話しかけてみる。

 

「あの、ここ、どこなんですか。

僕、ゲームしてたらここにいて、なんか身体も変なんです」

 

「変ではない!成功したのだ!

……とは言え、盾子様復活にはまだ進捗率80%と言ったところだがね」

 

神経質そうな少年はコンソールのキーを叩きながら返事をした。

 

「意味わかんないよ。江ノ島盾子は1作目でペチャンコになって死んだよ?

それで、君は誰?」

 

「頭の悪い奴だな、イライラする!死んだから復活させるのだろうが、バカめ!

まあいい、私の名は……」

 

 

○超高校級のマッドサイエンティスト

 

魔空院目白郎(まくういん めじろう)

 

 

「よく聞け!俺は物理屋だの、ハッカーだの、並レベルの“超高校級”じゃない!

あらゆる学問に精通し、世界すら掌握する、江ノ島盾子様の次に優れたナンバー2!

その名も魔空院目白郎だ!」

 

「魔空院、目白郎?そんなキャラ、1や2にはいないよ。

いや、V3に出てたのかもしれないけど、Vitaは持ってないんだ……」

 

「ああ、持ってなくて正解だったよ。おかげで盾子様の“再起動”に必要な、

脳の神経パルスにたどり着くことができたからな。

今時、あんなボロい端末を使っているのはお前しかいなかったよ。

一向に見つかる気配がなかったから、

いっそ猿にも手を広げて脳を開いて見ようかと思ったが、

猿はかえって調達が難しいことに気づいてやめた」

 

相変わらずキーを叩きながら話し続ける魔空院だけど、言ってることがよくわからない。

 

「それと僕が女の子になったことと、なんの関係があるの?あと、ここはどこ」

 

「いちいち、いちいち、うるさいなあ!!

俺の脳が一度に16のタスクを並行処理できていなければ、

スタンガンで黙らせてるところだ!

いいか?お前のようなボンクラにもわかるよう説明すると、

ここはお前の言うダンガンロンパ2の世界で、

その肉体は盾子様の毛髪から回収したDNAから復元した仮の器だ!」

 

え、なにそれ怖い。

人間がゲームの世界にいるとか、人体製造とか、言葉悪いけどキチガイの理屈だよ。

コンソールから離れた魔空院は、僕を指差しながら近づいてくる。

怒鳴るように彼が続ける。

 

「まったく、サンプルを手に入れるのには苦労した!!

信者共のアジトに乗り込んで、奴らを核融合式レーザーガンで黒焦げにして、

御神体として崇めていた一部を奪うのは!

殺人ロボの軍隊を連れて行っても一人では少々骨が折れた!

だが、その労苦も間もなく報われる!」

 

彼がポケットから、太いプラスチックっぽい筒を取り出した。

液体に満たされた内部に、金髪の髪の毛が浮かんでる。

ただの髪なんだけど、なんだか正体のわからない、不気味なものを感じる……

 

「江ノ島盾子が生き返った理屈はわかったよ。いや、正直良くはわかってないけど、

それは置いといて、どうして復元した身体に僕が入ってるの?」

 

「ふん、お前も自分の生きている世界が全てだと思い込んでいる阿呆か。

いいか、順を追って話すぞ?俺達が生きている世界はひとつじゃない。

それどころか、無限の並行世界が存在し、それぞれが微妙に干渉し合って運行している」

 

「うーんと、どういうこと?」

 

あまり飲み込みの良くない僕は、少し考える時間を貰おうとするけど、

彼は構わず続ける。

 

「聞けバカ。つまり、お前がゲームだと思い込んでいた世界は、

単にお前が別世界からボロいPSPを通じて主人公に命令を下していただけで、

お前が電源を切っている間は、漫画読んだりションベンしたりしてるってことだ。

そのことにはお前も主人公も気づいてねえ。

逆にお前が別世界の誰かに、別のゲーム機で操作されてない保証もないんだ。

……話についてこれてるか?」

 

「うん、今度はなんとか。

ゲームも僕の世界も、数ある世界のひとつに過ぎないってこと?」

 

「おーしおし。その調子で頼むぜ。俺だって、あんまり盾子様のお姿に、

バカだのアホだのクズだのカスだの言いたくねえんだよ」

 

「そこまで言ってなかった……」

 

「と・に・か・く・だ!

俺は無限の世界から、再生した盾子様の肉体の再起動に最適な脳神経を持つ人間を、

サーチして採取するプログラム・コスモバンディットPSY-Xを組み上げ、

24時間ぶっ通しで走らせて、39日11時間42分13秒でやっと探し当てたんだよ。

……それが、お前だ」

 

「またわからなくなったよ。結局、再起動って何?」

 

「おっと、これはバカには難しすぎたか。俺が作り出した盾子様の肉体は完璧だ。

でもそれだけじゃ目覚めてくださらない。

お前にわかるよう例えるなら……脳が健康な脳死状態だった」

 

「ちっともわからない例えだよ~」

 

頭を抱える僕。イケイケのギャルが目を回して弱音を吐く姿は滑稽に見えたと思う。

まぁ、それもいわゆる需要ってものがあるのかもしれないけど。

あ、髪がふさふさしてあったかい。

 

「ケッ、少しでも期待した俺がバカだった!

要するに、盾子様の脳は神経パルスが走ってない、エンジン停止状態なんだよ!

だから、彼女の脳細胞と構造が合致する奴から精神を構成する神経パルス、

つまりお前の心を抜き取って彼女に移植したのだ。

それがまさかショボい引きこもり野郎だとは思わなかったがな!」

 

「じゃあ、現実世界の僕の身体は!?」

 

「今言った、脳が健康な脳死状態だろうな」

 

愕然とする。確かに、死んだような人生を送ってたけど、本当に死にたくなんか無い。

脳死を人の死とするか、賢い人が話し合ってるけど、とにかく僕は帰りたいんだ!

 

「君が何をしたいのか知らないけど帰してよ、僕の世界に!」

 

「ダメだ。今から盾子様のいわば、……心をインストールする。

さっき進捗率80%と言ったな。残りの20だ。

分校での集団自殺、あのセレモニーの時に彼女から放たれた気迫を、

音声信号としてデータ化し記録しておいた」

 

「分校って、大勢の生徒が自殺した、あの事件?

ゲームでは少し触れられた程度だけど……」

 

「そう!睡眠前にリラックスするために個人的に保存していたのだが、

世の中何が役に立つかわからんものだ!

とにかくそれを元に、彼女の人格を復元したのだ。そろそろ始めよう!

上書き保存になるから、お前には消えてもらうことになるがな。

さあ、ヘッドギアを被れ」

 

「い、いやだ。僕、もう帰る!」

 

行く当てなんかいないけど、ここに居たら殺されちゃう!

逃げようとしたら、手術台の下からいくつもロボットアームが伸びてきて、

台に押さえつけられた。

魔空院がヘッドギアを拾って、無理やり僕に被せて、またコンソールに向かった。

 

「ああ、盾子様……どうか再び我らのもとに。

昏く眩い絶望の光で世界を満たしてください……」

 

マスクの向こうからでもわかる狂気じみた笑みを浮かべて、

待ちきれない彼は、もどかしそうな手付きでキーを叩く。

なんだか電気を流されてるみたいに、頭がピリピリしてきた。

 

「いやだー!助けてー!やめてよう!」

 

ビエエエ!と江ノ島盾子の姿で泣き喚きながら命乞いをする。

世界が小松崎類氏のスケッチような景色に変わる。

これって、もしかしなくても“おしおき”シーンだよね?

それに僕、こんな泣き方したっけ?彼女の身体に心が引っ張られてるのかな?

 

くだらない事考えてる場合じゃないよ!

徐々に、なにか、僕のものじゃない記憶が流れ込んでくる。

校庭中に転がる死体!殺す者、殺される者。日常が、死んでいく……

 

「いいぞ、いいぞ、進捗率88%……!!」

 

魔空院は、もはや僕の叫びは無視して食い入るように画面を見つめる。

首を伸ばして少しだけ見えた画面には、完了寸前のプログレスバーが。

だめだ、江ノ島盾子を上書きされて、僕は、死ぬ……

 

その時だった。

 

 

──動くな、未来機関だ!魔空院目白郎、両手を上げて大人しくしろ!

 

 

ドアを爆破して、コンバットスーツの隊員がなだれ込んできた。

彼らは装備したアサルトライフルを魔空院に向け、投降を呼びかける。

アメリカ軍?自衛隊?

 

「今すぐ実験を中止し、データを渡せ!10秒だけ待つ!」

 

「くっ、未来機関のクズ共が!盾子様復活にどれだけの時間を掛けたと思っている!

死ぬのは貴様らだ!」

 

魔空院は、とっさにコンソールに置いてあった奇妙な形の銃に手を伸ばすけど、

隊員が引き金を引く方が早かった。

いくつもの銃声と閃光が魔空院の身体を貫き、彼は何も言い残すことなく、

体中から血を流して絶命した。血が苦手な僕は青くなる。あ、やっぱりピンク色なんだ。

……どうでもいい事気にしてる場合じゃない。弱々しい声で必死に助けを求める。

 

「たすけてくださーい!パソコン止めてください、僕がしんじゃうんです!」

 

すると、突入した隊員達がヘッドギアを外し、工具でロボットアームを破壊し、

コンソールを操作する。間一髪助かった僕は、いつの間にかぽろぽろと涙を流していた。

 

「うぐっ……ありがとうございます。僕、死ぬところで……」

 

 

──なぜ殺したんだ!電撃弾を使えと言っただろう!

 

 

隊員にすがりついて礼を言おうとしたら、聞き覚えのある声が走った。

遅れて部屋に入ってきた人物に、僕は目を見張る。

 

「はっ、申し訳ありません!奴が銃で抵抗したのでやむを得ず……」

 

「しょうがない……データの回収は確実に」

 

「現在作業中です」

 

間違いない。黒いスーツを着た、頭頂部にツンと伸びた髪が曲がった少年。

初めて僕が見た時より顔に精悍さが宿っている。

急いで手術台から下りて彼に話しかける。

 

 

○超高校級の希望

 

ナエギ マコト

 

 

「苗木くん……苗木誠くんだよね!?よかった、主人公に会えたならもう安心だよ!

ああ、ごめん。僕のこと知らないだろうけど、その魔空院とかに」

 

「また会ったね……」

 

でも、苗木君は厳しい視線を僕にぶつけ、

隊員たちも彼に近寄れないように立ちはだかる。

 

「君があの程度で死んだとは、思っていなかった。

あのアルターエゴも、ボク達を欺くための囮だったんだね。

でも、もう逃さない……江ノ島盾子!!」

 

希望の糸がぷつんと切れた。

僕が言葉を失って、ただ手を伸ばしていると、足元から声が聞こえてきた。

死にきれなかった魔空院が、いつの間にか何かのスイッチを手に笑っている。

 

「へ…へへ……お前らに、渡すかよ。盾子様、ランダムアクセス、拡散……」

 

そして、スイッチのボタンを押した瞬間、異変が起きる。

 

「異常発生!アクセスを受け付けません!何らかのデータを送信しています!」

 

コンソールを調査していた隊員が叫ぶように報告し、乱暴にキーを叩くけど、

画面のコマンドプロンプトが滝のように何かの命令を流している。

 

「破壊しろ!」

 

苗木君の指示と同時に、隊員がサーバーや画面にアサルトライフルの銃弾を浴びせ、

穴だらけにした。コンソールは穴だらけになり、火花が散る。

 

「くそっ!魔空院は何を作ろうとしていたんだ!?」

 

苛立つ苗木君が壊れたコンソールを蹴る。

あんまり乱暴なことはしそうな感じじゃなかったんだけど。また彼に話しかけた。

 

「やめようよ、君らしくないよ……?」

 

彼に手を伸ばすと、隊員達が今度は僕に銃を向けた。慌てて手を挙げる。

まだ熱を持つ銃口が熱い空気を吐き出している。

 

「わー!ホールドアップだから!やめてよー!」

 

「……それは、新しいキャラかい?どうせすぐに飽きるんだろうけど」

 

「違う違う。江ノ島盾子に見えてるだろうけど、

僕、そこで死んでる変なやつに、精神を盗まれて、作り物の身体に入れられたんだ。

嘘じゃないよ。あいつが言ってたこと、説明する。きっとわかってくれるよ」

 

「連行しろ!」

 

「ちょっ、引っ張らないで!自分で歩くから乱暴しないで!」

 

屈強な隊員に両腕を掴まれ、引きずられるように連れて行かれた。

一回り以上小さくなった女子高生の身体では全く抵抗できなかった。

 

でも、未来機関に保護された。そして、ゲームの向こう側とは言え、

一緒に冒険した主人公に出会えた。それらの事実に、僕は希望を抱いていた。

 

“きっとわかってくれる”。その希望が打ち砕かれるとは知らずに。

 

 

 

 

 

未来機関支局。

 

「どうして信じてくれないんだよぉ!」

 

取調室に、僕の叫びが響いた。傍目には、補導されたギャルが泣きながら、

お巡りさんに叱られてるように見えたかも知れない。

そばに銃を持った隊員さえいなければ。でも、僕の問題はもっと深刻だ。

 

「江ノ島盾子の死体の一部、そして君のDNAが完全に一致したからだよ……」

 

味方になってくれると思った苗木君は、僕の前に座り、

何時間も答えられるはずのない質問をぶつけてくる。

やれ、どうやって世界に絶望を蔓延させたかだの、協力者のアジトだの、

1作目のおしおきから逃げ出した方法だの。

そんなのゲームで描写されてなかったし、彼女は本当に死んだ。

 

いや、絶望に関しては、

みんな江ノ島盾子の持つカリスマに当てられた、で説明が付くけど、

彼女がモノクマを初めとした大がかりな設備をどこから調達したかなんて知るわけない。

 

「だから、何度も言ってるけど、僕はゲームの向こうから君たちを見てたんだ。

その中のことなら答えられるよ。

例えば1作目の犯人!学校に閉じ込められてたときだよ。ええと、まず一人目は……」

 

「黙れ!!」

 

「ひっ!」

 

苗木君が怒声と共に机に拳を叩きつける。椅子から飛び上がるほどビビった!

そうだった。……最初の犯人に彼女が。

 

「……ごめんなさい」

 

言った瞬間に、今度は胸ぐらを掴み上げられた。

見た目より強い腕力に立ち上がるしかない。単に僕が弱くなったのかもしれないけど。

 

「“ごめんなさい”だと!?謝って済む問題か!今、何に謝ったんだ!

君が何を考えて猫を被っているのかは知らないよ。

だけど、君が仕組んだコロシアイや撒き散らした絶望のせいで、

何人が死んだと思ってる!それをごめんなさいの一言で片付けるつもりなのか!

……これを見ろ!」

 

苗木君は大きな茶色い封筒から、何枚も写真を取り出して、僕に突きつける。

崩壊した都市、戦争が起きたような悲惨な惨状。

 

「お前が扇動した狂信者が暴れた結果だ!」

 

「知らない、僕は……」

 

目を失った男の死体。

 

「誰かにやられたわけじゃない。自分でえぐり取ったんだ。

お前の目で絶望の世界を見るために!お前が彼を狂わせたんだ!」

 

「やめてよ!」

 

そして、シャワールームで腹を刺された少女の死体。

吐かずに済んだのは、血液がピンク色で現実感が幾分薄れていたからだと思う。

 

「これは……お前が仕組んだコロシアイの最初の犠牲者だ!

よく知っているだろう、ずっと監視カメラで悠々と見物していたんだからな!」

 

「ひぐっ、ぼくは、やってない……」

 

「くっ、そっちがその気ならいつまでも白を切っているといいさ。

君が外に出ることは永遠にないんだから……!」

 

そして、彼は僕を投げ捨てた。

パイプ椅子ごと後ろに転倒し、スカートがめくれてパンツ丸出しになる。

痛いし、これじゃ罪木蜜柑ちゃんと同じだよ……

誰も野郎のパンツなんてどうでもいいだろうけど。あ、今はギャルだ。

きちんと隠すべきかどうか考えていたら、

 

 

──そのくらいにしたら?苗木君。

 

 

今度は別の、聞き覚えのある声が聞こえた。

入り口にいつの間にか立っていた、苗木君と同じ黒スーツの女性。

紫のロングヘアを前髪で切りそろえてる美人。

 

 

○超高校級の探偵

 

キリギリ キョウコ

 

 

「もう5時間でしょう。気持ちはわかるけど、少し熱くなりすぎよ。一息入れたら?」

 

「うん……ありがとう」

 

彼女が机に紙コップのコーヒーを置く。やっぱり僕の分はなかったけど。

 

「霧切、さん……?」

 

彼女はまだパンツ丸出し状態で床にへばりつく僕をじっと見下ろして、

少し考えてから話しかけてきた。

 

「……別室で見てたけど、そのキャラはずいぶん気に入ってるみたいね。

幸薄い女キャラは結構好きだったんだけど、やってみてくれる?」

 

「ううっ、いま、泣いてるじゃないか……」

 

すると、霧切さんはまた僕を少し見つめて、苗木君に何か耳打ちした。

江ノ島盾子は耳も良かったみたいで、会話の内容を聞き取ることができた。

 

“苗木君、上層部に提案したんだけど(外部から雑音、しばらく続く)同意を得られた。

彼らに協力してもらう”

 

“……えっ!?危険すぎるよ。彼女の罠に決まってる!またみんなに何かあったら!”

 

“手は打ってある。今度は万一の事態に備えて、

スタンドアロン型「希望更生プログラムVer2.01」を用意した。

彼女から完全に力を奪って、修学旅行を完遂させるの”

 

“どうして、超高校級の絶望を助けたりするの?”

 

“助けるわけじゃない。

江ノ島盾子が地べたを這いつくばるように罪を償う姿を、世界中に見せつければ、

外に蔓延ってる絶望の残党達が、彼女に失望して絶望に対する信奉を捨てるはず。

世界復興の大きな一歩になるわ”

 

“それはわかるけど、本当に大丈夫?

みんなだって、ようやく立ち直りかけたところなんだ”

 

“関係者の身辺調査は徹底的に行なった。

独立プログラムにまたウィルスが侵入する可能性は、限りなくゼロよ”

 

“……わかった。僕は何をすればいい?”

 

“この件について、彼女にナビゲーション及び監視を。技術班との連携は私が。

……事情聴取の途中だけど、実行は早い方がいいわ。

尋問の続きは悪いけど生徒手帳でお願い。船を待たせてる”

 

“うん、ありがとう” 「……江ノ島盾子、立つんだ」

 

全部聞いてたことには気づかれてなかったけど、

何か良くないことが起きるのはわかった。これから僕は何かをやらされるらしい。

相変わらず仰向けに倒れたままの僕を、後ろの隊員が乱暴に起こした。

 

「痛いって!自分で立つから、腕握らないで!」

 

机にしがみついて、なんとかふらつきながらも立ち上がると、どっと疲れが出てきた。

涙でベタつく顔を洗いたいし……やばい、トイレ行きたくなってきた。

苗木君は霧切さんと何か喋ってる。

後ろの隊員はなんか怖いし……僕は思い切って2人に話しかけた。

 

「あ……あの!」

 

会話を止めて同時に僕を見る。無表情が逆に怖い。

 

「えっと、その……トイレに行かせてほしいんだけど。顔も洗いたいし」

 

隊員がまた僕を引っ張ろうとしたけど、霧切さんが手で制した。そして僕に念押しする。

 

「メイクが落ちるわよ」

 

「別にいいよ。僕は男だし」

 

彼女は一度左耳の髪をかき上げると、軽くため息をつく。

 

「……出て」

 

やっとこの息の詰まる部屋から出られると思うと、少し気持ちが楽になった。

重い鉄製のドアを開くと、いかにも秘密基地です、と言った光景が広がっていた。

 

広い空間に配置された大勢のオペレーターが、ホログラフ投影式のモニターに向かい、

忙しくキーボードを叩いている。天井にも四方に大きな液晶画面が設置されていて、

局員達がその情報に関して議論している様子も見える。

僕がその光景を珍しそうに見ていると、

霧切さんに後ろからさっさと進むよう指示された。

 

「何をしているの。お手洗いは右」

 

「あ、ごめんなさい。……うわっ」

 

驚いたのは、彼女の右手に拳銃が握られていたから。

もちろん狙っているのは僕、というより江ノ島盾子の背中。

 

「早くして。こっちにも都合があるの」

 

「うん、右に行けばいいんだね……?」

 

僕は慌てて情報処理ターミナルの壁を右手沿いに進む。

途中、遠巻きに僕を見ていた局員達の話し声が聞こえてくる。

 

“おい見ろよ、本物の江ノ島盾子だぜ……”

“ああ。なんかヘマこいて捕まったらしい”

“まさか生きてやがったとはな。今、殺したほうがいいんじゃないか?”

“死体じゃフェイクだと思われる。それにしても、思ったよりしょぼくれてるな”

“超高校級の絶望様も、所詮は小者だったってことだろ”

 

違う!って叫びたかったけど、後ろの拳銃がそうはさせてくれなかった。

黙って通路を進む。すると……困った事態に直面した。

廊下の突き当りが左右に分かれてる。右が男子トイレ。左が女子トイレ。どうしよう。

 

「ね、ねえ霧切さん。僕はどっちに入ればいいのかな……?」

 

「あなたが本当に異世界の人物という前提で聞くけれど、江ノ島盾子は男だった?」

 

「違うけど……」

 

「急いでって言ったはずよ」

 

霧切さんの構えたオートマチック拳銃が、内部で金属音を立てる。

追い立てられるように、僕は女子トイレに駆け込んだ。

真っ白なタイル張りの清潔なトイレ。

当然個室しかないし、手洗い場には、大きな鏡がある。

そこで僕は初めて自分の全体像を見ることになった。

 

たっぷりの金髪を大きなツインテールにして、黒のブレザーに赤のミニスカート。

白いネクタイの結び目がかなり下の方に下がってる。

何故かというと、なんていうか……デカすぎて。あと胸元からブラジャーが見えてる。

 

見てる方が恥ずかしくなってくるほど、派手。ゲームで何度も見た姿だけど、

いざ変身してみると、よっぽど自分に自信がないとこんな格好できないことに気づく。

 

でも、これが今の僕なんだよね。

違うのは、散々泣きわめいて充血した目と、涙に濡れた頬。

僕は鏡に向き合ったまま、不安に押しつぶされる少女の姿を眺めていた。

すると、霧切さんがコツコツとパンプスの足音を立ててトイレに入ってきた。

銃を持ったまま鏡越しに話しかけてくる。

 

「正直私は、あなたが本物なのか、そうでないのか。

結論を出すのは時期尚早だと思ってる。でもね、どちらにせよあなたを待つのは」

 

──絶望だけよ

 

その言葉に打ちのめされる。でも、僕を待つ本当の絶望はこれからだった。

 

 

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