「……成る程。ゲヘナの」
「よもやこのバッチを再び身に着ける事があろうとは」
「…もう一度だけ昔に戻ってみますかの」
─ゲヘナ学園の風紀委員長がカイナ農場学園に来ている─
その知らせを知ったアルは白目を剥いて頭を抱えながらその場で蹲り、一方でその知らせを聞いたタキトゥスはアルの大袈裟とも言える反応に、思わず困惑した。
人前である事を忘れているのか、蹲る彼女にハルカが寄り添って落ち着かせようとしている辺り、風紀委員長の到来は彼女らにとって、よっぽどであると伺える。
だが、その事の大きさがタキトゥスにはどうにも分からなかった。
アルはあの状態で、ハルカはあわあわとしながらも介抱に努め、ムツキはいたずらっ子らしい笑みを浮かべながらアルの頬を突き、カヨコはやれやれと指を額に当てながらも、どこかその表情には余裕が無さそうであった。
この中でまともに話を聞いてくれそうなのがカヨコだと判断したタキトゥスは、彼女に話しかける。
「その、なんだ…風紀委員長とやらは相当不味い相手なのか?」
「ゲヘナ学園きっての最強。私達みたいな問題児にとって正に天敵とも言える存在かな」
「…お前たちでも勝てない相手なのか」
「真正面からやり合うくらいなら逃げる方がマシなくらい。あの洋館で見たパワーローダーを用いたとしても、ヒナの前じゃ一瞬でスクラップになるだろうね」
「それほどなのか」
それは本当に自身が知るような少女なのだろうかと、自身の認識を疑いたくなるタキトゥス。
だがここはキヴォトス。自身の常識など通用しない事など前もって知っている。
「そんな奴がここに来たか。正直言って、間が悪いな」
カイナでは誘拐事件が発生しており、行方不明となった生徒の捜索で手が一杯という状況だ。
一分一秒でも大事な生徒を助け出したというのに、いきなりの来訪。
はっきりと言えば、タイミングが悪いとは言わざるを得ない。
だが、カイナ農場学園は無名校に当たる。事件が起きているなどゲヘナ学園が知っているとも限らないだろう。
「カイナがこういう状況だからね…。それに少し気になる事がある」
「と言うと?」
「どうやって私たちがここに居るのかを突き止めたのか…そこが気になって」
(…誰かが情報を風紀委員会に流したと考えるべきか)
そう言えるだけの確証がカヨコにはあった。
これまでに依頼を受けて遠方…ある意味、田舎とも言える場所へと赴いた事がある便利屋68。
確かにそこでは銃撃戦はあったし、何時もの様に派手にやったりもした。
しかしその殆どに風紀委員会が、あまつさえは風紀委員長が介入してきた事例は余りなかったのだ。
偶然居合わせたという事はあったが、今回は違う。
ピンポイントで自分達の居場所を当ててきた。正直言えば珍しいケースとも言えるのだ。
(…誰かが私達を追い出そうとしている…?)
この場にいるメンバーはまずあり得ないとカヨコは除外した。
ともすれば、カイナ農場学園の誰かがとなるがカヨコはそれも除外した。
出会ってから僅かだが、全員がハルノと呼ばれる生徒を見つけ出そうと動いている。
そこまでしておきながら、協力者である便利屋68を追い出そうとする理由などないだろう。
(となると、考えられるのはあの誘拐犯グループの裏に居た存在になるけど…)
果たしてそうなのだろうかと言った疑問もあった。
あくまでこれは消去法でしかない為、明確な答えは出せない。
寧ろゲヘナから態々このカイナまでやって来た風紀委員長に聞き出す必要があると言えた。
「…気は進まないけど、一旦学園の方に行った方が良いかもね」
「そうだな…。悪いが、山羊の店主に連絡してくれ。依頼主はあいつだからな」
「うん、わかった」
指示を受けて、取り出したスマホから依頼主である山羊の店主へと連絡を取るカヨコ。
その一方でタキトゥスは窓の向こう側に見える青空を見つめつつ、胸の内を抱いていた感情を小声で漏らした。
「…アンタは何時もこんな気持ちだったのか?なぁ──」
(ダッチ…)
次々から舞い込んでくる問題。
どうにかしなくてはならないと考えなければならないという現状に加えて、見え隠れする焦燥感。
故にタキトゥスは思う。
──どうすればいい、ダッチ──
──次はどうするんだ、ダッチ──
そんな風に、次の方針を問われた時の彼の胸の内は何時もこんな感じだったのだろうかと。
一方その頃、カイナ農場学園生徒会室は重苦しい沈黙に包まれていた。
淹れたての紅茶はとっくに冷め、茶葉の香りも数十分前に消え去った。
その場に残るは向き合う様にしてソファーに腰かける二人の生徒のみ。
一人はカイナ農場学園生徒会長こと嘉納 ハヅキ。そしてもう一人が──
「……」
紫を基調とした制服。
白く伸ばされた髪は何処かモフモフとした印象を抱かせ、その小柄な体格も相まって可愛らしさがあった。
しかし頭に浮かんだヘイローは、背中に生えた大きな翼は、傍に立てかけた機関銃はその可愛らしさを一蹴させてしまう程の圧を秘めていた。
自由と混沌を校風とするゲヘナ学園の中において秩序と風紀を統治する組織の長。
彼女の名は──空崎ヒナである。
「…そろそろ話をしないかしら。こうして黙っているのも疲れたわ」
「そうですね、そろそろお話をしましょうか。…それで?我が校に一体どのようなご用向きでしょうか。ゲヘナ学園風紀委員会所属風紀委員長 空崎ヒナさん」
笑みを浮かべて、此処に来た理由を尋ねるハヅキ。
何処か嫌味を感じさせる物言いにヒナの目つきがそっと鋭くなった。
しかしハヅキの笑みは崩れない。その程度じゃ、この仮面は崩れませんよと言わんばかりに。
「まどろっこしいのは面倒だから単刀直入に言うわ。便利屋68を引き渡してほしい」
「その理由は……数か月前に起きたビル爆破の件でしょうか」
「ええ。匿名のタレコミで此処にいると聞いたわ。知らない訳じゃないでしょう?」
「…ええ、知っていますとも。未熟者ではありながらも学園を統率する身。彼女達の様な、所謂『問題児』たちの事は調べましたとも」
外部から客人の情報を知るのは、生徒会長としての役目。
何でもかんでもウェルカムでは行かないのが、何処でもある話だろう。
確かに便利屋68はゲヘナ学園の中において危険な集団とも言えるだろう。
先程の会話にもあったように、何処か遠方の地区で起きたビル爆破に関わっている。
そこだけ見れば危険視していただろうが、ハヅキはもっと掘り下げる様に調べた。
実際の所、爆破されたビルは所謂裏社会に身を置く組織の所有していた物であったのだ。
何故爆破に至ったのか、その経緯は分からずじまいであったが。
だからこそ、引き渡せない。
今、彼女らを引き渡してしまえばこの地区で起きている事件の解決が一気に遠のいてしまうから。
机に膝をつき、鼻先で手を組む。
そしてその笑みは崩れ、閉ざされていた瞼がそっと開かれるとハヅキの口が開かれる。
「ですが、彼女達をそちらに引き渡す事は出来ません」
「…それはゲヘナ風紀員会の公務を妨害するという事で良いのかしら」
「そういう訳ではありません。今は…間が悪いのです、空崎風紀委員長」
「どういう事かしら」
間が悪い。その言葉に眉を顰めるヒナ。
再び訪れようとする沈黙だが、それを破る様にして生徒会室の戸を叩く音が響いた。
その音に気付いたハヅキがどうぞと声をかけると開いた扉から副会長であるセツラが姿を見せた。
「便利屋68が来たぞ、会長。依頼主と一人のおまけが付いているが」
「構いません、セツラ副会長。皆さんを此方に呼んでください」
「分かった」
(…依頼主まで来るなんて)
二人の会話から便利屋68が依頼を受けたのは明白。
だがその依頼主が出てくるとは思ってなかったのか、その胸の内で驚愕するヒナ。
しかしそんな驚きを他所に事は進んでいく。
生徒会長室に件の便利屋68が入ってきて、そこから依頼主であろう山羊の獣人が入ってくる。
依頼主までも出てくると言うイレギュラーあれど、ここまで想定内と言える。
が、山羊の獣人の後に入って来た人物にヒナは思わず目を見開いてしまった。
「え…?」
歩く度に響く拍車の音に揺らめく灰色のコートを羽織った一人の人物。
黒い帽子に赤いベスト、腰のガンベルトの存在が相まってガンマンを彷彿とさせる出で立ち。
何よりヘイローを持たない大人の男性という事が今のヒナを驚かすには十分過ぎるが、そこは風紀委員長としてか敢えて表に出さなかった。
ハヅキの隣に山羊の獣人が腰かけ、その後ろに便利屋68が控える。そしてヘイローを持たないガンマンみたいな男性は近くにあった窓枠に背中を預け、腕を組んだまま事の成り行きを徹していた。
一瞬にして周囲を囲まれてしまうもヒナには動揺はなく、いつでも話を出来る状態を維持。
それを感じ取ったのか、ハヅキに座っていた山羊の獣人が口を開いた。
「遠路はるばる、よくカイナにお越しくださいました。私はこのカイナ地区で雑貨屋を営んでおります。後藤 ハクタクと申します」
「ッ…ゲヘナ学園、風紀委員会所属 風紀委員長 空崎ヒナよ。よろしく」
(…Jにピエロの横顔をあしらったバッチ…まさか)
依頼主と明かした獣人が羽織ったベストに付けられたバッチに思わず冷や汗を流すヒナ。
その存在が何を意味するのかを彼女は知っている。
まるで立場が逆転したような状況を前に、ヒナは胸の内でため息を付かざるを得なかった。
今まで山羊の店主としか明記しませんでしたが、名前の方を公開します。
山羊の店主の名は『後藤 ハクタク』という事でお願いいたします。
さぁて…次回は更新遅れるかもですのでよろしくですノシノシ
…それとハルノやクロカ、ハヅキにセツラがどんな感じの生徒なのか…そのキャラ造は皆さまの想像に任せます(誰か描いてもいいのよ…?)