「失礼します」
その一言と共に扉が開く。
今日は学校は休みなのか、私服姿のクロカがそこに立っていた。
「お休みの所、すいません」
「構わない。…座ってくつろいでいてくれ。コーヒーでも淹れてくる」
「ありがとうございます」
椅子に座って寛ぐように伝えて、タキトゥスはキッチンへと向かいコーヒーを入れ始める。
その間にクロカは椅子に座って背もたれに背を預けると小さくため息を付きながら、窓から見える景色を見つめた。
静かな一時。だと言うのにその雰囲気を重たかった。
「…あまり休めてないみたいだな」
淹れたてのコーヒーの香りが漂う。
手にしたマグカップをクロカへと差し出しながら、タキトゥスは問うた。
「ええ…。寝ようにも眠れず…良くても一時間ぐらいしか眠れませんでした」
無理も無いなとタキトゥスはコーヒーを一口飲みながら胸の中でそう呟いた。
昨夜の戦いで大事な友人が居ないという非情とも言える現実を突き付けられたのだ。
そのショックは計り知れないものであり、このまま見つけられないといった不安も当然出てくるのだから。
それらが彼女にとってストレスとなっており、眠りを妨げていたとしても何ら不思議ではない。
「家に居ても、不安とかに押しつぶされそうになって…それで」
「ここに来たと言う訳か。…ゆっくりしていけ。何なら寝てくれても構わん。適当な時間に起こしてやる」
「はい…お気遣いに感謝します」
沈黙が訪れる。
マグカップに注がれたコーヒーから昇った湯気が小さく揺れる。
そこに会話はない。ただただお互いに無言のまま。
そんな中でタキトゥスは気まずさというのを感じていなかったが、このままでは良くない事は分かっていた。
口達者ではない上に、気の利いた事が咄嗟に出てこない。
どうしたものかと悩んでいた時、ふとある事を思いついた。
(本来なら二人が居た時にさせてやりたがったが…)
今まで助けてくれたクロカとハルノのお礼として、いつか教えてやりたかった事。
少し気晴らしにもなるかもしれないと思い、タキトゥスは飲んでいたコーヒーを飲み干し椅子から立ち上がった。
家の玄関先に置かれたハットハンガーから何時もの帽子を手に取り、被る。
その姿にクロカは作業でもしに行くのであろうかと不思議そうに見つめていたが、ふとタキトゥスは振り返って伝えた。
「少し気晴らしに行こうか。それを飲み終えたら厩舎に来てくれ」
返答を待つことも無く、タキトゥスは扉を開いて外へと出ていった。
一人残されるクロカ。彼が淹れてくれたコーヒーは少し時間が経ったのか程よく冷めており、ほんのりと温かい。
こうして飲んでいるのも悪くはないが、気晴らしの為に何かをしてくれるタキトゥスの厚意を無下にする訳にはいかない。
ゆっくりと味わう様にコーヒーを啜り、それを飲み干すと彼女はタキトゥスがいるであろう厩舎へと向かうべく外へと出た。
タキトゥスの家に出て厩舎に到着したクロカ。
扉を開き中へと入るとそこには馬房から顔を出すシルヴァ・ダンスの頭を撫でるタキトゥスの姿があった。
「来たか。…クロカ、乗馬に興味あるか?」
「乗馬、ですか?興味がない訳ではないですが…」
「なら気晴らしに乗馬でもやってみないか?やり方を教えてやる」
そんな気分でもないという所とただ茫然としているだけでは良くないと言った二つの感情がクロカの中で渦巻く。
が、馬の手綱を握ることはあっても乗馬の経験はない。
こういう経験がいつ訪れるかも分からない上に、馬に乗った所から見える風景もまた変わってくるかもしれない。
気晴らしは丁度良いかもしれないと思い、クロカは頷き肯定を示した。
「それじゃあ、外に出るか。…シルヴァ・ダンス、行くぞ」
馬房を開き、シルヴァ・ダンスの手綱を握るとタキトゥスはクロカと共に厩舎を出ると、そのまま建物の前で一旦停止。
まず初めの取っ掛かりとしてクロカをシルヴァ・ダンスに跨る事から始まった。
ブラック・ボーイほどでは何しろ、クロカの身長からすればシルヴァ・ダンスの体格は大きい方に類する。
その事もあって今回は専用の台座を使って、乗る事になった。
「左足を鐙に通す際は爪先が馬体に当たらないように、進行方向に向けるようにする。左手でホーンを握り、右手は鞍の後橋を持ちつつ、右足でジャンプする様に地面を蹴って、そのまま跨る。この際に左足も使う事も忘れないようにするんだ。最後に右足も鐙に通す様にするんだ」
「で、出来るのでしょうか…」
「最初は心配になるかもな。だがそこは堂々としていろ。…なに、一人でやれとは言わん。補助はしてやる」
「はい…!」
やや恐る恐るといった様子でシルヴァ・ダンスへと近づくクロカ。
今から乗せてもらいますね、と一声かけてタキトゥスに教えてもらった方法で左足を鐙にかけた。
「ゆっくりでいい、気楽にやっていけ。…そうだ、足の爪先は馬の進行方向に向ける。左手と右手は?」
「確か左手はホーンに、右手は鞍の後橋に…」
「その通りだ、良く覚えているな。次は勢いつけてジャンプする感じで地面を蹴ってみろ。自分のタイミングで良いからな。それと左足も使う事は忘れないようにな」
「は、はい!」
やや緊張気味のクロカ。タイミングを見計らっており、上手く次の段階へと行けずにいた。
(まるで昔の自分を見ている気分だな)
ダッチとホゼア。
その二人に拾われた若かりし頃の自身も、馬の乗り方を教えてもらう時はこんな感じだったのだろうか薄っすらと昔を思い出すタキトゥス。
果たしてあの時の自分はどんな感じだったのだろうかと、もう遠くに行ってしまった出来事の思い返しながら小さく笑みを浮かべ、そっとクロカの元へと寄った。
「大丈夫だ。落ちそうになったら俺が受け止めてやる。心配はしなくていい」
「!……はい!」
その一押しもあって、クロカの表情から少しだけ緊張が消えた。
(左足を使いつつ、右足でジャンプする様に地面を蹴る……!)
弱すぎず、強すぎず。
かつ馬に負担を掛けないように留意しながらクロカはタキトゥスに言われた通りの方法を実行した。
左足を使いつつ、右足で地面を蹴った時、気付けばクロカはシルヴァ・ダンスに跨っていた。
まるで一瞬の出来事の様に、気づけば馬に乗っていたと思ってしまう程のすんなりと。
だがそれ以上にクロカはそこから広がる光景を目を見開いていた。
「わぁ…」
建物があって、敷地の外には草原が広がっている。
普通に立っている時でも見えた光景は、馬の上からより一層遠くを見渡せた。
何時もとは違う光景に目を輝かせるクロカ。そんな顔に釣られてタキトゥスは笑みを浮かべた。
「上手く行ったな。…しかし、初めてにしては実に鮮やかだった。俺の教えが無くても出来てたかもな」
「まさか。タキトゥスさんの教えがあってこそですよ」
そう言われて悪い気はしなかったのか、軽く礼を告げてシルヴァ・ダンスの手綱を手に取った。
気晴らしと言えど、その気晴らしはまだ始まっていない。
「そうか。…さて、このまま敷地の外に出て気晴らしに行こうか」
キヴォトスには無い気晴らし。
1899年式の気晴らしが、今始まろうとしていた。
RDR2の本編が進んでいくにつれて、心が重たくなる事はあります。
しかしそんな中で動物は癒しになります。
犬、猫、そして馬…。
犬は撫でれば凄く尻尾を振ってくれて、猫は見ているだけでも癒しになる。
愛着ある馬は撫でれば気持ちよさそうな顔をして、頭を寄せてくる様は正しく癒しになりますよね。
そんな事を思いながら考えたのが今回になります。
RDR2をやっていた方はどんな馬に愛着を持っていたのでしょうか?
速さ重視?それとも初期の馬?或いは見た目重視?
私は一週目はサラブレッド、二週目はとある野生の馬、マスタング、三週目はとある野生の馬、ミズーリフォックストロッターと、とある見知らぬ人ミッションでしか得られない馬ですね。
それぞれ名前を考えて愛着を持っていました。
という訳で次回も気晴らし編になります。
ではではノシ