「チクったやつは誰だ!」内部告発の“犯人探し”がコンプラ部にバレて土下座→許されず裁判へ…暴走した「郵便局長」の末路
「誰が密告したんだ!」
職場で、内部告発者を突き止めようと必死になったBさん。「告発者を見つけたら徹底的に追い詰める、辞めさせるまでやる」と息巻いて社内調査を進めたが、最終的には上司から厳しく叱責され、“被害者”たちに深く頭を下げる羽目になった。
ところが、被害者らはそれでも納得できず、Bさんを相手取り提訴。裁判所は「Bさんの行為は行き過ぎだ、慰謝料を払え」と命じた。
以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)
当事者
事件は郵便局で起きた。Bさんはある郵便局の局長で、自身の息子Cさんも別の郵便局の局長を務めていた。詳細は後述するが、事件に巻き込まれ、後にBさんを訴える原告たち(A1さん~A7さんの計7人)も、それぞれ郵便局長の職にあった。
なお同じ郵便局長という立場ながら、パワーバランスとしては、原告のA1さん~A7さんよりも、Bさんのほうが権力があったようだ。
どんな事件か
■ コンプライアンス違反の匂い
郵便局の複数の従業員が、局長であるA1さん~A7さんに対して「Bさんの息子Cさんがコンプライアンス違反をしている」と報告をした。
その内容は、「Cさんが従業員に対してパワハラをしている」「Cさんによる現金検査が実施されていない」などというもの。これを受け、A1さん~A7さんは会社の内部通報窓口に通報した。
■ 「通報者を探してはいけない」最高責任者がBさんにクギを刺す
会社は、内部通報した人を守らなければならない。ということで、コンプライアンス統括部の最高責任者は、Cさんの父親であるBさんと面談。「ゼッタイに通報者を探してはいけない」と伝え、Bさんも承諾した。
最高責任者は「自分の息子Cさんが内部通報されたことで、父親のBさんが何らかの行動を起こすかも」と警戒したのかもしれない。
そして、会社はCさんに対する調査を実施したが、約2か月後「Cさんを処分しない」との決定が出された。内部通報の一部は真実の可能性が高いが、事実関係の確定に至らなかったようだ。
■ 念押しでBさんにクギを刺す
その後、コンプライアンス室の室長もBさんに「通報者を探し出すことは絶対にしないよう」念押しをした。
■ チクったやつは誰だ!
しかし。その忠告は右から左に受け流される。翌月、ソッコーでBさんが動き始めた。Bさんはまず、自分の郵便局にA1さん〜A4さんを呼び出し、以下のように問い詰めた。
「内部通報をしていないか」「内部通報をしたのは誰だ」(約2時間にわたり厳しく強い口調で詰問)
「あなたの息子が郵便局に就職できたのは私のおかげだ」
「私は過去に●郵便局の局長を辞めさせたことがある」
「(内部通報者を特定できたら)俺が辞めた後でもゼッタイ潰す。ゼッタイ、どんなことがあっても潰す。辞めさせるまではいくよ俺は」
「おまえ、誰のおかげで局長になったと思ってんだ」
「俺はあんたたちを局長に推薦し、試験受けて合格させてきたんや」
さらに、Bさんは自分の息子・Cさんについてタレこまれたことに激怒していたようで、勤務中にA1さんに電話をかけ「俺に挑戦状をたたきつけちょろうが」「おう、かかってこい」とブチギレている。
言動は他にもいろいろあり、A1さんは涙を流すくらいBさんに追い込まれた。
なお、A5さん~A7さんに対しても、通報者を特定する目的で圧力がかけられた。
■ Bさんが謝罪
ところが、一連の追い込みが、前出のコンプライアンス統括部・最高責任者の耳に届いた。最高責任者はBさんに「内部通報者を特定することは許されない」と指導。これを受け、BさんはA1さん~A7さんに土下座して謝罪した。
しかし、土下座をしたところで後の祭りだったようだ。A1さん~A7さんはBさんを相手取り、慰謝料の支払いを求めて提訴。舞台は法廷へと移ることになる。
裁判所の判断
A1さん~A7さんの勝訴だ。裁判所は「BさんはA1さん~A7さんの人事評価などに権限があって、人事に相当程度の影響力を持っており、内部通報者を特定する行為は違法」と判断した。
認められた慰謝料(賠償額)は以下のとおりだ。各発言を事細かに認定している。人事上の不利益があることをチラつかされたか、脅迫的な文言を使われたかなどいろいろな事情を考慮して賠償額が決まった。
A1さん 50万円
A2さん 10万円
A3さん 10万円
A4さん 10万円
A5さん 3万円
A6さん 3万円
A7さん 3万円
内部通報といえば、2024年に兵庫県・斎藤元彦知事が自身のパワハラなどを告発する文書が提出されたことを受けて、知事による「告発者探し」が問題化したことは記憶に新しい。
内部通報は、会社の不正やリスクを早期に発見するための仕組みであり、「告発者探し」は今回の裁判のように違法となるケースがあるので注意が必要だ。
取材協力弁護士
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