「いきなりどしたのさ、アルちゃん」
「ちょっと用入りといった所かしら。…直ぐに済ませてくるわ」
「また会ったな、猫野郎」
扉を蹴破り、手に持った銃を突き付けてきた一人の男。
その男の顔を見て、今回の事件の主犯である猫の獣人は険しくなった。
服装はあの時とは違うが忘れる筈がない。
古めかしい銀色のリボルバーとヘイローを持たない大人という存在を。
「あ、あの時の……!ここで何してやがる…!?」
カイナ農場学園の生徒とゲヘナの生徒らしき集団が襲撃を仕掛けてきた。
理由など知れたこと。取り戻しに来たのだ…だからここに居る。
しかしその襲撃者の中にあのカウボーイがいるとは思っていなかったのか、猫の獣人は驚きを隠せずにいた。
「あいつらと同じだ」
「あいつら……まさか」
「ああ。そのまさかだ」
会話が途切れる。
遠くから銃声が響き、得体の知れない何かが部屋全体を包み込んだ。
(何だ、これ……こんなにも息苦しく感じるんだ…?)
(…どこか息苦しそう…何で…?)
まるで背中に錘を乗せられている様な重圧と息苦しさが襲う。
突如と言っても良い程に異常に襲われた獣人。その様子を見て人質として捕まっていた少女は疑問に感じた。
自身には一切そういったものが感じられず、何故か獣人にはそれを感じ取っているのだから無理もない。
(…ビビるな。あの時とは違って、こっちの方が数で勝っているんだ…!)
姿は見えないが、この部屋には獣人の仲間が物陰に身を隠して待機している。
上手く活用すれば、形勢逆転は狙える。そう確信したのか、震えそうになる体を抑え、今にも震えてしまいそうな声を出さぬように堪えながら口を開いた。
「今回の一件、てめぇには関係ない筈だ…。これはカイナの問題であって、一介の農場主が首を突っ込む理由なんてねぇだろ」
「攫われた生徒と学園には恩がある。首を突っ込む理由などそれだけで十分だ」
流れ着き、目覚めた時からアーサーはハルノやクロカ、そしてカイナ農場学園から手助けしてもらっている。
例え学園やハルノ、クロカとの関わりがなかったとしてもきっとこうして動いていただろうとアーサーは思う。
結局のところ、生前の様に困っている人が入れば放っておけない。そこばかりは変わらないのだから。
「…ホントにそれだけか?」
だが猫の獣人は、そうではないと否定する。
どこか気持ち悪い笑みを浮かべ、小馬鹿にしたような笑い声を漏らした。
「本音を言えよ、カウボーイ。こうして首を突っ込んだのは、結局自分の為なんだろ?」
その台詞にアーサーの目つきが鋭くなり、心なしか銃を握る手にも力が籠っていた。
それでも発砲しないのは、揺さぶる為の台詞だと判断していたから。
とは言え、まるで分かっているぞと言う様な台詞にアーサーは不快感を覚えた。
低く、くつくつと笑うそれは思い出したくない誰かを思い出させるからだ。
「あんときはビビったが…今なら分かる。善人ぶってるみてぇだが、本当はこっち側の奴だろ?」
「……」
「だんまりって事は、そういう事で良いんだよな?」
その問いにもアーサーは沈黙を貫いた。
否定するだけの理由はない。寧ろこのキヴォトスからすれば、顔が真っ青になるレベルの事をやってきた。
生前に行ってきたものだとしても、それは言い訳にはならない。
「くくっ…。アンタも相当なろくでなしだなぁ?良いトコ見せて、ガキどもからの評価を得て裏から好き勝手しようと考えてんだろう?流石の俺でもそこまでは考えねぇなぁ!」
アーサーが何も言い返さない事に気分を良くしたのか、猫の獣人は好き放題言い始めた。
吊り上がった口角は下がらず、下品な笑みを浮かべる。
「生憎とそこまで器用な奴じゃない。だがお前の言う通り、元々はそっち側の人間さ」
「はっ…やっぱりそうか。正義の味方ごっこをすんのは嘸かし楽しいみてぇだな?」
「正義の味方、か…そんなもんに成れるほど俺は綺麗じゃない。今や自身がやらかした罪を清算するために贖罪の真っ只中の身さ」
「へぇ?んじゃ、こうして戦ってるのは贖罪の為ってか?」
違うなと前置きを口にするアーサー。
そしてそっとその目つきが変わり、鋭い視線が猫の獣人に突き刺さった。
「こうして戦っているのは大人の役目だからだ。子供を攫って調子づくクソ野郎共に灸を添える為にな。…俺自身の贖罪など二の次だ」
生前犯した罪。それに対する贖罪を歩んだアーサー。
二度目の生を与えられたとしても、その贖罪が終わっていなかったのを彼は知っている。
終わっていないからこそ、こうして善行を積んでいるのでは?
彼を知る者からすればそう見えても可笑しくないだろう。
だが、アーサーはこの一件で自身が犯した罪が清算されるとは一切思っていない。
今回の一件に首を突っ込んだのは前述に言及した様に、自身が大人であるからに過ぎない。
大人であるからこその役目。大人であるこその責任。それを全うしただけ。
そこに自身の犯した罪の贖罪は含まれていないのだ。
誰かに許されることも無く、何より自身がそれを許すまで……死の償いは終わらないのだから。
「…っ」
「さっきまでの威勢はどうした?…まぁいい、これは最後通告だ。銃を下ろして、その娘を解放しろ。出来ないなら手段は一つしかないな」
鋭い眼差しが猫の獣人を捉えて逃がさない。
カチリと起こされた撃鉄の音が、真の意味で最後通告だと知らしめる。
獣人の額に薄っすらと流れる冷や汗。揺さぶる為の台詞も今じゃ意味を成さない。
下手に仲間へと合図を飛ばそうものなら、仲間が出る前に鉛玉を叩きつけられるのが明らかだ。
(ふざけやがって…!)
だが、そのプライドが獣人を許さなかった。
相手はたかが一人だと言うのに、何故か追いやられている現実など受け入れられる筈もなかった。
(…てめぇも俺らと同じだ!同じ犯罪者でろくでなし…!なのに──)
同じ大人。同じ悪人。同じろくでなし。
犯した罪の重さなど関係ない。犯罪者と言うレッテルを張られた同類。
何も変わらない。幾ら取り繕うが、幾ら行動で示そうが変わらない。
だと言うのに──
(お前と俺で…何が違うんだ!お前も)
圧倒的に何かが違う。
どう足掻いても埋められない"差"が獣人を酷く苛立たせた。
「同類が…一丁前な事を抜かすんじゃねぇッ!!!同じ犯罪者だろうがッ!!!」
その苛立ちは怒りへと変わり、人質の頭に突きつけられていた銃はアーサーへと向けられた。
叫びにも似た怒声を合図と見たのか、猫の獣人の近くにある物陰とアーサーの後方にある物陰に身を潜めていた敵が飛び出した。
(後ろにもいたのか!)
物音に気付くも反応一歩遅れるアーサー。
後方にいる敵三人の銃は後数秒もすればアーサーの背中を捉える所まで来ており、正面に立つ猫の獣人ともう一人の銃もすぐにでも彼を捉える所まで来ていた。
身体を動かし、ただでは撃たれまいと手にした二丁のキャトルマンリボルバーをそれぞれの方向へと向けようとした時だった。
部屋に備え付けられた窓。ゆらりと見せた人の姿をした影が一つ。
それが室内へと飛び込もうしている姿をアーサーは勿論、その場にいた全員が気付かなかった。
見せる全てがスローモーションに流れていく最中を元の流れへと引き戻るかの様に、その影は窓を突き破った。
「…!」
銃声の様に響いた硝子が割れる音。
散らばった破片が外から差し込む月明かりに彩られながらも彼女はそこで起きている状況を即座に理解した。
人質が居て、
身体が宙に浮いたまま不安定な態勢でありながらも手にした愛銃を構えようとするが彼女は思わず白目を剥いた。
(な、な、な…!何でこんな時に銃がないのよぉ!?)
このままカッコよく決めたかったのに。
それを裏切るかのように、彼女…陸八魔アルの手には愛銃『ワインレッド・アドマイアー』の姿はなかった。
室内に飛び込む前まではあった筈。にも関わらず愛銃はその手にない。
飛び込んだ際にうっかり手放してしまったのか。一体に何処にと探しそうになるもそんな余裕はない。
また足を引っ張ってしまうのかと。そんな感情が心の中で駆け抜けた時だった。
「使え!」
「っ!」
声が響き、我に返ったアルの視界の前で一丁の銃が宙を舞った。
それがアーサーがアルに向かって投げ渡してきた黒のキャトルマンリボルバーであると理解すると白目から一転、ハードボイルドでアウトローな陸八魔アルが姿を見せる。
つい数秒前まで混乱に陥っていた思考は透き通る様にかつ冷静に、迷うことなく伸ばした手が黒のキャトルマンリボルバーのグリップを握り、空いた左手は撃鉄に添えられる。
視界の端で銀のキャトルマンリボルバーを腰だめで構えて、相対する相手へと発砲するアーサーが映る中で模倣する様にアーサーの後方にいる敵に向かって黒のキャトルマンリボルバーを構えるアル。
憧れの人が持つ銃を扱えるという状況に加え、まるでアクション映画のワンシーンの様な状況を前にして彼女は哂いながら告げた。
「三発あれば十分よ」
三連射。
アルの宣言通り、放たれた三発の弾丸はアーサーの後ろに立っていた敵の頭に命中。
地面に激突しながらも、アルの視界には地面に崩れ往く相手の姿が映り、慌てたようにアーサーの方へと振り向けば人質から手を離す猫の獣人とその取り巻きが地面に崩れる姿があった。
「どうしてここに居るかは知らんが…助かったぞ、アル」
「ふふっ…この程度、造作ないわ」
(きゃあああー!これよ!これこそが私が憧れる瞬間!こんな形で叶うなんてぇ!)
歓喜で溢れる胸の内とは相対して、アルは何時も笑みを浮かべるのであった。
これで主犯格は取り押さえる事は出来たかな。
お次はどうしたものかなぁ…。
ではではノシ。