橙色に染まった空が広がるキヴォトスの夕暮れ時。
カイナ地区の夕暮れ時は他の地区とは違い、静かな夕暮れ時が訪れる事が多い。
一日の疲れを癒す為に帰路へと付く者、もうひと踏ん張りすれば仕事を終えられると頑張る者、残業する者など何かしらをしている事が多い。
そしてそれは木々に囲まれた寂れた洋館を遠くから見つめる彼女らも例外ではなかった。
「う~ん♪やっぱりいるねぇ~。情報通りって感じじゃない?」
「敵の配置、装備している武器、巡回ルートに交代時間も情報通りだね。…社長、良いんだね?」
寂れた洋館の全体を見渡せる高台。
その茂みの中から双眼鏡を覗いて敵情視察を行うのは便利屋68であった。
くふふ~と笑みを漏らすムツキの隣でカヨコは後ろで控えていたアルにこれから行おうとする仕込みの許可を仰いだ。
「ええ、頼んだわ。聞き込みじゃ足を引っ張ってしまったし、ここで名誉挽回とさせてもらいましょ」
「社長、あのタキトゥスという大人の事、信じているの?」
あの驚異的な早撃ちを見てからはというものの、カヨコはタキトゥスの事を信用しかねていた。
「そう言うカヨコはあの人の事を信じられない感じかしら」
「まぁ、会って一日程度だしね。それにあの早撃ち見たら、ね…」
悪い人と思うには早計過ぎる。
しかし信用に足る大人と判断すべきかどうかと言われたら、判断材料が無さすぎて分からないの一言に尽きる。
これまで見てきた大人たちとはまた違うタイプの大人。
参謀役を務める事が多いカヨコが判断しかねる程、タキトゥス・キルゴアは分からない大人と言えた。
「自身の家を拠点として使っても良いと言っているし、ご飯も用意してくれるからね~。それにアレコレ言ってくるような感じはしないし、見下している感じも無い。ムツキちゃん的に言えば、まぁ良い人かも?止まりかなぁ」
「…私が変に警戒してるだけかな」
「初めて見るタイプの大人だよねー。カヨコちゃんが警戒しちゃうのも無理もないんじゃない?…ハルカちゃんはどう思う?あの人の事」
そう言ってムツキは後ろを向き、アルの一歩後ろで控えていたハルカへと問う。
自信に話題を振られた事に一瞬戸惑いを見せるハルカだが、おずおずと様子でタキトゥスという男の印象を口にした。
「…わ、悪い人ではないのかな…と思います。それ以外は何とも…」
「だよねぇ。ま、この依頼を成功したら終わりの話だし、そこまで親密な仲になる事はないんじゃない?」
結局は依頼を受けた側と協力者という関係。
それ以上の事はないであろうとムツキは言及した。
「それよりもさ、さっさと仕込みの方を済ませよ?」
「そうだね。行こっか」
今はのんびり談笑している場合ではない。
やや薄暗くなった空の下の元、便利屋68は仕込みへと行うべく行動を開始した。
先行く三人の後ろを付いていくアル。
何時もの余裕のある笑みはそこにはなく、やや神妙な表情を浮かべていた。
(…悪い人ではないわ。じゃなきゃこんな風に協力してくれない筈)
いざこざに銃を持って協力してくれる大人の存在は稀に等しい。
タキトゥスという大人がキヴォトスの外でどういう生き方をしていたかは知らないが、少なくとも根は良い人物と見ていいとアルは思っている。
(それに──)
ふと思い浮かぶは彼の目。
あの夜の駅で見せたあの目をアルはずっと忘れられずにいた。
(アウトローになりたいって言った時のあの人の目…どこか悲しそうだったわ)
彼にとって、何がそうさせたのか。アルはそれが不思議でならなかった。
何故そんな目をしたのか。その理由を聞きたかったが、彼女は決して聞こうとはしなかった。
それ以上はいけないと勘がそう告げている様な気がしてならなかったのだ。
(聞き込みの時も自分から率先して動いていた。手荒な事になる事も考慮していたというのかしら)
酒場で聞き込みを行った際も殴り合いに発展したというのも後に知った。
ヘイローが無いと言うのに、下手すれば死んでしまうと言うのにタキトゥスはそれを一人で行った。
これではまるで自分達を頼っていない様だ。そう思っても可笑しくないだろう。
一方でアルはこのタキトゥスの行動に対してこの様な感情を抱いていた。
(危険な目に遭わせたくない、かつ危険な目に遭うのは自分だけで良い。そうならなくてはならない理由がある…そんな風に動いている様に見えるのは何故かしらね)
それは彼があの時代に生きた男だから。
己が犯した罪を意識し、贖罪の道を進んだ男だから。
だがそれを陸八魔アルが知る筈もなかった。
便利屋68が敵拠点の周囲に仕込みを行っている一方でタキトゥスは静かに準備を行っていた。
リビングにある机の上には幾つかの銃と多種多様の弾薬。そして装備などが置かれており、タキトゥスは沈黙を維持しながら愛用のキャトルマンリボルバーのシリンダーに銃弾を装填していた。
「…」
一つ、また一つと銃弾が込められていく。
最早手慣れた動作。シリンダーに六発装填されると、撃鉄をゆっくりと元の位置に戻す。
それをホルスターに収めると、タキトゥスはボルト式ライフルの傍に置かれた銃へと手を伸ばした。
キャトルマンリボルバーと同じ形をした銃。違いを挙げるとすれば、グリップとフレームの色だろうか。
黒に彩られたフレームとパールグリップ。先ほどのキャトルマンリボルバーとは対を成すような彩りをしていた。
実の所、タキトゥスと共に流れ着いた銃はもう一丁あった。
それがこの黒で彩られたキャトルマンリボルバーであり、生前の彼が使っていた一丁である。
普段は銀で彩られたキャトルマンリボルバーを使っていたタキトゥスだが、以前の買い物で山羊の店主の色付けの際に無償で逆手ホルスターを貰った事で、この銃にも出番が回って来たという訳である。
「……」
ガンオイルを湿らせたウェスで銃を磨き、綺麗になったのを確認するとラッチを開いてシリンダーに銃弾を装填し始めるタキトゥス。
一つ、また一つと装填する度に時間は流れていく。まるでこれから起きる事を暗示しているかのように。
さっきと同じようにシリンダーに弾丸が六発装填された。
撃鉄をゆっくりと元の位置へと戻した時、タキトゥスの家の扉にノックする音が響いた。
「入ってくれ」
誰が来たのかなど確認せずともタキトゥスには分かっていた。
静かに開いた扉。お邪魔しますという一声と共に彼女らは入って来た。
「…準備万端といった様子だな、クロカ」
「はい」
普段の落ち着きとはまた違う落ち着きぶりを見せるクロカ。
それもその筈だろう。これから行うのは大事な友人を助ける為の戦い。
緊張してもおかしくないと言うのに、こうして平静を保っていられるのは見事としか言いようがない。
「しかし随分と大きなライフルだな」
「そうですか?キヴォトスじゃ普通にありますよ」
クロカはそう答えるが、タキトゥスからすればその大きさは異様とも言えた。
華奢な少女の身長を遥かに上回る程に巨大で迫力を感じさせる銃。
それは1899年には無く、後年において生まれたモノであり、銃種は『対戦車ライフル』に該当するものである。
こんな銃があれば、あの巨大なワニも一発で仕留められそうだなとタキトゥスはそう思った。
「それで…ハヅキのそれは機関銃か?」
「ええ。こちらも見るのが初めてですか?」
「いや…似たようなものは見た事がある。銃座に固定しているものが殆どだったが」
このキヴォトスでは機関銃すらも当たり前の様に持ててしまう。
銃が当たり前と言えど、やはりこのキヴォトスで暮らす少女達はとんでもない。
携行可能な巨大ライフルに、携行可能な機関銃。
些か過剰とも言えなくもない。
そのままもう一人の生徒が持つ銃にタキトゥスの視線が言った時、その持ち主が視線に気付く。
「私のはライフルに銃剣を備えたものだ。そこの二人と比べるとありきたりなものさ、タキトゥス・キルゴアさん」
「確か…カイナ農場学園の副会長だったか?」
「そうだ。
「礼を言うのはハルノを助けてからにしてくれ。それにだ──」
椅子から立ち上がり、黒のキャトルマンリボルバーを逆手ホルスターに収めながら彼は言葉を続けた。
「こういう時、一番に動かなきゃならんが大人の役目だ」
ろくでもない大人のせいで、子供が犯罪に巻き込まれる。
自身の事をろくでもない大人と自負するタキトゥスでもそればかりは看過出来るものではなかった。
犯罪を犯すのに何かしらの理由など無い。何を語ろうが、それらは全て言い訳でしかないのだ。
「…このキヴォトスにタキトゥスさんみたいな大人がもっといてくれたらと思いたくなるな」
「俺みたいなのが増えた所で碌な事にはならんさ。願うなら山羊の店主の方が良い」
セツラが遠回し気味にその優しさを褒めるもタキトゥスは受け入れようとはしなかった。
本当に優しい奴ならば、人を撃ち殺したり、物を盗んだりなどしない。
如何なる理由があれど、彼はそれを受け入れたりはしないだろう。
「さて、こうして集ったという事は準備を出来ているという事になる。…行くぞ、犯人の顔を拝みにな」
これ以上の会話は要らない。
先に仕込みを行い、既に待機している便利屋68と合流すべく、タキトゥスらも行動を開始するのであった。
空は闇に染まり、昇った満月には薄っすらと雲がかかる。
薄暗い闇に包まれた地表。その寂れた洋館から少し離れた位置に彼、そして彼女らは居た。
彼、彼女らを前にして奥へと続いた一本道。その先にあるのは例の誘拐犯が潜伏している寂れた洋館。
「行くぞ」
彼の一声に全員が動き出す。
作戦は決まった。後は乗り込み、救出するだけ。
多少の例外はあるかもしれないが、そこで狼狽える様な者達ではないのは事実だろう。
雲が隠されながらも地表を照らす月明かりの中を横一列になってタキトゥスは、ハヅキ達は、便利屋68は歩いて行く。
迷いのない足取で洋館へと近づいた時、周囲の警戒に当たっていた誘拐グループの一人が気付く。
(何だ、ありゃ…?)
武装し、横一列となって向かってくる者達の姿。
怪しさ満点のそれを前にして手にした銃のチャージングハンドルを引いて構えた時だった。
「出てこい、生粋のゴミ共!攫った生徒を引き取りに来たぞ!」
ヘイローを持たない、カウボーイの姿をした男の声が木霊した。
今回は筆が乗りましたぞ!(奇跡)
という訳でここからカチコミです。
クロカ、ハヅキ、セツラの銃はどういったものなのかは次回に文章になりますが紹介しようかと思います。
ではではノシ