小さな天使と抜け身の剣   作:時空未知

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嘗て、グラングは恐ろしい獣であった


















崩れゆく情景(1)

 

 

「……ぅぁ?」

 

 

呆然と、何の力も籠もっていない、吐息のような声が口から溢れた。ユウカが店内から去った後、商品の陳列の調整をしようと思い立ったのがつい先程。けれどその作業は、突如モニターから響いた甲高く割れた爆音により、停止することとなった。

グラングが反射的に画面を見上げれば、先程まで華やかな式典の模様が映っていたはずのそこには、燃え盛る炎と、空を覆い尽くす黒煙。そして、散らばった瓦礫ばかりが映し出されていた。

 

「……ソラ?」

 

グラングは虚空に、そう呼びかけた。

 

……何故、ソラがいるはずの場所に、このような光景が映し出されているのだろう。

 

そんな思考が過った脳裏は、妙にふわふわとして、非現実を見ているようだった。

 

[き、緊急事態です!古聖堂が、正体不明の爆発によって炎に包まれて……こ、これは一体、何が起こっているのでしょう!……せっ、尖塔が崩れています!!]

 

モニターの向こう側のレポーターも錯乱しているのだろうか?声に先程までのような覇気がない。

 

「はぁ…………はぁ…………」

 

自分が息をつく音が、やけに大きく聞こえる。

心の臓の鼓動する拍が、少しずつ速まってゆく。

……と、その時、グラングの脳裏に思い浮かぶものがあった。それは、ソラが出発する直前の記憶。

 

[グラングなら大丈夫だと思うけど、万が一何か問題があったら、そこの電話を使ってこの番号に連絡して。前に、使い方は教えたよね]

 

その声が、グラングの脳裏に在々と思い返される。

 

「……そう、だ」

 

そう呟いた時には、既に彼女の身体はバックヤードにある白い固定電話へと向かっていた。たった一度説明を受けただけだというのに、グラングはそれを既に何度も使っているかのような慣れた手つきで受話器を取ると、瞬く間に番号を入力してゆく。

そうして乾いたボタンを打つ音が鳴り終えると、彼女は受話器を自分の横顔に軽く当てた。

 

ルルルルルルルル……

 

無機質な呼び出し音が、グラングの耳朶を打つ。

その音が1巡、2巡、3巡……

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

息が荒くなる。

鼓動が高鳴る。

受話器を握りしめる手が、カタカタと震える。

ソラの声は、まだ聞こえない。

 

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

 

最早目眩がするほどの速度で息が吐き出され、

心拍は最早狂ったように鳴り続ける。

今にも脚が縺れ、崩れ落ちてしまいそうだった。

ひたり、ひたりと、実感が、そして恐怖が押し寄せてくる。

 

「ソ、ラ……ソラ……!」

 

未だに、全く同じ呼び出し音を鳴らし続ける受話器に向けて、グラングは最早悲鳴のような声を上げる。けれど当然、それに応える声があるわけも……

 

 

ガチャン

 

 

「……!!」

 

唐突に呼び出し音が途切れ、硬質な音が響き渡った。

 

繋がった……!

 

直感に近い言葉が、グラングの脳裏を駆け抜けた。気がついた時には、自らの口から言葉が溢れ出していた。

 

「ソラ、大事はないか?!お主のいるという場所が火に包まれていると聞いた。そこには、いないのか?それとも、隠れているのか?或いは

 

 

[おかけになった電話は、現在電源が切れているか、電波の届かない所におり、繋ぐことができません]

 

 

「……は?」

 

けれど、グラングの声に応じたのは幼さの残るソラの声ではなく、感情のない自動音声の声だった。得ることができるはずだった安堵はそこになく、心の隙間をただ、[繋ぐことができない]という、短い言葉が意味する現実が埋めてゆく。

 

[しばらくの時間を置いて、もう一度……]

 

その自動音声の言葉を、グラングが最後まで聞き届けることはなかった。彼女の手の中から滑り落ちた受話器が店のフローリングの上で跳ね、硬質な音を鳴らす。けれど、グラングが再びそれを手に取ることはない。ただ、呆然と硬直し、立ち竦む。

……その時、

 

「グラングさん!!」

 

店の方からユウカの声が聞こえてきた。カウンターの敷居を飛び越した彼女は、バックヤードにいるグラングに大いに焦った様子で声をかける。

 

「さっきの生中継見ましたよね!?エデン条約会場が何者かに襲撃を受けて、それで、先生に連絡したけど電話もモモトークも通じなくて、だから、グラングさんなら、ソラちゃんにもしかすれば連絡が、って……!」

「…………ぁ」

 

その声で、グラングの硬直が解けた。

それと同時、彼女の思考が、ただ1つに濁り固まってゆく。

 

そうだ。

ソラ、ソラがいない。

あの温かな体温が、見つける事のできた新たな居場所が、いない、いない。

奪われる。大切が、居場所が、また、奪われる。

 

 

奪われる……!

 

 

「……往か、ねば」

「え?」

 

 

不意にグラングから発された言葉に、ユウカは疑問の声を上げる。しかし、彼女はそれに応えることはなく、フラフラとした足取りで店の中へと向かい始めた。

 

「行く、って……もしかして、会場に!?」

 

その思惑に思い至ったユウカは慌てて、グラングの後ろ姿を追いかける。

 

「無茶ですよそんなの!そもそもここからトリニティまで3時間はかかるんですよ!?焦る気持ちは分かりますけど、ここは別の方法を……」

「………」

 

しかし、グラングからの返答はない。まるで、ユウカの声がそもそも聞こえてすらいないかのように。彼女はそのままカウンターの外に出ると、モニターの目の前で立ち止まった。

そこに映るは、逃げ惑う人々、一触即発の様相を呈したトリニティとゲヘナの両陣営。けれど、グラングの視界にはそのどちらも映ってはいない。映るのは、崩れ落ち、燃え盛る古聖堂ただ一点。

 

「………ソラ」

 

その景色に向けて、グラングはゆっくりと息を吸い込みながら、手を差し伸べる。

宛ら、何かに触れようとするかのように。

 

……記憶の中に映る、黄金の祝福の断片に触れようとするかのように。

 

 

「オオオオォォォオオオオォンッッ!!!!!」

 

 

瞬間、エンジェル24……いや、それにのみならず、シャーレ全体を、凄まじい獣の咆哮が駆け巡った。

 

「きゃあっ!?」

 

その音圧は店内を揺らし、ユウカは思わずはためく服を押さえた。

……しかし、彼女の視界の先で信じ難い事が起こった。

 

「……え?」

 

グラングのすらりとした長身が空間の中に消えてゆく。宛ら、霧の中に解ける塵のように。それは一瞬のうちに起こり、彼女が

一度目を瞬いた時には、既に姿は忽然と消えていた。

そして……

 

[え、ひ、人がっ!?]

 

驚愕の声が聞こえてきたのは、モニターの音声装置。慌ててユウカが視線を向ければ、画面の向こう側に、こちら側に背を向けてゆっくりと立ち上がるグラングの姿があった。

 

 

 

 

 

「……」

 

画面の先、石材の破片が散らばるアスファルトの上で、グラングは立ち竦む。

 

……転送は、成功。

懐に手を当てれば、2種類の硬い感触。チンクエディア(幅広の短剣)と、聖印は確かにある。

 

「ご、ご覧ください皆さん!私たちの目の前に、急に人が現れました!見た所エンジェル24の店員みたいですが……こ、これも、今の事態に何か関係が!?」

 

背後で何者かの声が聞こえるが、その声は早々にグラングの意識の外に外されていた。

顔を上げた先、彼女が見据えるはただ1つ。

 

「え、ちょ、ちょっと店員さん!?そっちの方は今危険なんですよ!!?ねえって!!!」

 

先程の声がグラングを呼び止める。

けれど、それに一切振り返ることなく、グラングは炎の立ち上る古聖堂へと走り出した。

瞳を閉じ、意識を凝らせば。ほんの僅かながら、ソラに授けた聖印の、己の髪を縫い付け、己の手で爪痕を彫り込んだたそれの感覚が感じられる。

 

 

「……もう二度と、誰にも……」

 

 

……グラングが微かに発したその声は、そこかしこで響き始めた銃声の中に消えていった。

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルルルルルルルル……

 

 

「……ぅ」

 

 

音が聞こえた。

暗闇の中、熱された瓦礫の中、微かに身動ぎする。

 

「……ぃ、た」

 

声は掠れている。中も、外も、身体中が鉛のように重い。

何が起こったのかわからない。ただ炎が自分を飲み込んだことだけ、覚えている。

 

ルルルルルルルル……

 

また、音が聞こえた。

その音に導かけるように、もう一度身動ぎした。

薄く、重い目蓋を開くと、視界の先に薄緑色に光り、震える、液晶がある。元々最低限の解像度しか確保されていないそれには、更にヒビが入り、とても見辛い。

けれど、そこに表示された番号は、この状況下でも十分に読み取れるほど慣れ親しんだもので……

 

「……ェ、ンジェ……ル、24?」

 

……何故、バイト先から電話が、かかっているのだろう?

 

ぼんやり、ぼんやりと考える。

少しずつ、少しずつ意識が明瞭になってゆく。思い出してゆく。

思い、出して……

 

「……グラ、ング?」

 

記憶が、弾けた。

一瞬にして、不明瞭だった自分の、ソラの身体の感覚が、明瞭になる。

 

それと同時、今まで自然と考えまいとしていた激痛が一気に降りかかってきた。

 

「かはぁ、あ、ぁ、ぁああっ……!?」

 

痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い、身体中が痛い。

瓦礫に押しつぶされそうになっているからか、息がうまく吸い込めない。それなのに、少し息を吸おうとするだけでそこら中に激痛が走る。

目から溢れ出したものが、擦り傷に染みる。手足をほんの少し動かそうとすれば、それはどろりとした液体で滑った。

 

「痛……痛、ぃよ……う、うぅ」

 

暗闇の中、ソラはぎゅっと目を閉じた。

先程と同じ様に気絶してしまいたかった。そうすれば、少なくとも痛みに喘ぐことはない。けれど、目を閉じた所でその願いは叶うことなく、今も、ずっと、痛くて……

 

 

ルルルルルルルル……

 

 

「……ぁ」

 

 

そんな中。痛みに喘ぐソラにとって、その電話の音はやけに大きく聞こえた。

 

「グラング……!」

 

目を開けば先程と変わらない場所で、今も携帯は鳴り、振動している。気がついた時には、ソラは無意識の内に辛うじて動く右手を、携帯に向けて伸ばしていた。

 

「グラ、ング……グラング……!」

 

せめて、ほんの少しだけでもいい。声が聞きたかった。

あの物静かな、優しい声を。

安心させてほしかった。

慰めてほしかった。

励ましてほしかった。

きっと助かると、助けてくれる、と。

 

少し……あと少し、もう少し……!

 

 

ゴウンッ

 

 

「きゃぅっ!?」

 

 

瞬間、ソラの周囲を重い振動と鈍い爆発音が見舞ったのだ。

反射的に彼女は目を閉じた。

……これだけは幸いと言うべきか、その振動で崩れた瓦礫で彼女に更なる圧力が加わることはなく、寧ろほんの少し楽になった。

しかし、

 

「……え?」

 

目を開けてそれが見えた時、一瞬何が起こったか分からなかった。先ほどまで瓦礫の隙間を仄かに照らしていた液晶の光は何処かに消え、呼び出し音も聞こえない。代わりに、伸ばしていた手のひらに、先程までなかったはずのプラスチックの破片が触れて……

 

「うそ、だ」

 

がさり、がさりと、破片をかき分ける。

パックリと割れた基板が出た。砕けた液晶が出た。

 

「やだ、いやだ」

 

バラバラになったボタンが出た。

潰れたメモリーチップの断片が出た。

 

「こんな、なん、で、何で……」

 

悲鳴のような声を零しながら、ソラは残る力を振り絞って、必死に破片を掻き分け続ける。

わかっている。これを繰り返した所で、粉々になった携帯が出てくるわけもない。けれど、信じたくなかった。やっと見つけた希望が、目の前で砕けてしまったなど。

 

「何で……!!」

 

がさり、と。ソラは掻き分けた破片の奥に、手を名いっぱい伸ばした。けれど、その手の中に携帯が触れる感触が訪れる事は、終ぞ無かった。

 

……そう、携帯、は。

 

「……れ?」

 

ソラの手の中に、瓦礫とも、破片とも違う、すべすべとした石の感触がした。その感触に、ソラは確かに覚えがあった。

 

「……これ」

 

ズリズリと手を引き摺るように、奥からそれを取り出し、目の前に持ってくる。暗闇の中でも、辛うじて判別できる。

それは、携帯のストラップ代わりに付けていた、爪痕の聖印だった。あとから取り付けた紐が千切れただけで先程の爆発でも傷1つ付いていないそれは、不思議と温かい。

しばらくの間、聖印を見つめていたソラだったが、やがてゆっくりとそれを額に寄せると、それに精神を集中した。

 

「獣の、生気を……!」

 

瞬間、聖印が白い光を発したかと思うと、その燐光が彼女の身体を包み込んだ。それと同時、身体中を駆け巡っていた痛みが、少しずつ、少しずつ和らいでゆく。

 

「……本当に使う日が、来るなんて」

 

……獣の生命。

数日前、ほんの偶然にグラングから教えて貰い、習得していた祈祷だった。それはしばらくの間獣の生気を体に宿し、傷を癒し続ける。

キヴォトスでは大きな怪我を負うことが先ず無いため、使うようなことはないと思っていたが、思い違いだったようだ。

 

「……」

 

身体の傷みは引いてゆく。けれど、現状は何も変わらない。

瓦礫は重く、自分一人ではこの空間から抜け出せそうもない。何かの拍子に、押しつぶされるかもしれない。或いは誰にも見つけられず、ここで干からびてしまうのかもしれない。

暗闇の中は、とても静かだ。

 

「……けて」

 

涙の滲んた声で、ソラは聖印に祈る。

狭間の地の神様の事は、よくわからない。

けれど1人、この聖印をくれた、人物の事は知っている。

 

 

「助、けて……グラング……!」

 

 

……何処にいるかも分からぬ、大切な人。

その彼女に向けて、ソラはただ、祈り続けた。

 

 

________________

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 

炎の揺らめく古聖堂の残骸の中を、グラングは息を切らせて進み続ける。

別に、疲労が嵩んている訳では無い。疲労と彼女は無縁だ。ただ、時間が経つにつれて重くのしかかる過去のトラウマが、彼女をどうしようもなく蝕んでいる。

 

仲間を担いだ黒いセーラー服の少女に、制止された気がした。

傷ついた角の生えた少女に、助けを求められた気がした。

瓦礫の向こうにいた白い制服の少女の、悲鳴を聞いた気がした。

炎の奥で、何者かの無数の足音と、銃声を聞いた気がした。

 

けれどそれらを前に、グラングが足を止めることはない。

ただ、僅かな聖印の気配を頼りにその方向へ進み、全て置いて駆け抜け続ける。自らの守るべきものを、奪われぬために。

 

「……もう二度と、二度と……」

 

そう、ただひたすらに、自身に言い聞かせるように、贖罪のように繰り返すグラングの姿は、ある種催眠に掛かっているか、或いは何かに追われているようにも見えた。

……けれど、その道先に立ち塞がる者がいた。

 

銃声。それも多数

 

 

「!!」

 

 

無機質なアサルトライフルの連射音が、グラングの行方を薙ぎ払う。殆ど反射的に、彼女は獣の如き身のこなしで身体を翻し、それを回避すると、銃撃の方向へと視線を向けた。

 

「……外した」

 

瓦礫の上で、規則的に展開する無数の人影。全員が全員、ガスマスクを被っており、顔の様相は伺えない。

……ただ、その無数の視線に、確かな敵意をグラングは感じた。

 

「風紀委員長と正義実現委員会の委員長意外は粗方殲滅したって話だったけど……まだいた」

「そもそもあいつ、何処所属?」

「何処でもいい。ミメシス顕現までの露払いが私達の任務だ」

 

何やら、相手が会話している声が聞こえる。

だが、その内容を聞き取れたわけではない。

誤解されているのか、はたまた別の理由か。

 

……いずれにせよ、あれらに関わっている余裕はない。

 

ソラの安否と、ガスマスク集団の対応とを脳内の天秤に掛けた結果、一瞬でソラの安否へと傾きが振り切れたことにより、グラングはあっさりとそれらから視線を外し、先程の方向へ駆け出そうとした。

……が、

 

 

轟音

 

 

グラングの身体が、一瞬の内に爆炎に包まれる。彼女の足元でグレネード弾が炸裂したのだ。

 

「手早く終わらせる。総員突撃」

 

ガスマスクの1人が仲間にそう呼びかけると、彼女らは一斉に武器を構え、行動を開始した。

……しかし、彼女らにはいくつかの誤算があった。

 

一つ。榴弾一つ程度で、それの動きは止められなかったこと。

 

 

「裂け」

 

 

瞬間、周囲に響き渡る、余りにも異質な甲高い切断音。

破砕音と共に煙を切り裂きながら現れた獣爪の衝撃波は、地面を裂断しながら突き進むと、突然の非現実に呆気を取られていた数人を一瞬にして吹き飛ばした。

 

「なっ!?」

 

重装備だったにも関わらず、その一撃で巻き込まれた全員が昏倒。この部隊の隊長と思しき少女が、明確な驚愕を零す。

……だが、事態はそれでは終わらない。

 

「……」

 

ザクリ、ザクリと、瓦礫を踏みしめながら。

切り裂かれた黒煙の奥から長身の影が、グラングが現れた。

先程の爆発によるものか、幾分か制服が破れている。

左手の包帯はほどけかけで、その奥から黄金のタリスマンが覗く。

けれど、その身体には一欠けらの傷もない。

細められた褪せた黄金の瞳に宿るは、深淵のように深く、重苦しい重圧。

それに晒されたガスマスクらが、僅かにたじろいだ。

 

「……なに、こいつ」

「うっ……」

 

……誰もが心の奥底に恐怖を覚え、怯んでいる。

そんな彼女らの反応を一瞥した後、グラングがゆっくりと口を開いた。

 

 

「失せよ」

 

 

それはごく短い言葉だった。

這い上がるほどの殺気に満ちていて、それでいて、どこかぞんざいな言葉だった。

 

「我には、なすべきことがある。貴様らは、どうでもいい」

 

どうでもいい、と。

先程自らを攻撃してきた相手に対して、グラングはそう言い放った。

……しかし、それに対するガスマスクらの反応もまた、単純だった。

 

「……vanitas vanitatum et omnia vanitas」

 

ただ1人の静かな、そして空虚な詠唱。

その言葉で、部隊に広がっていた恐怖が鎮まる……否、長い間をかけて身体に刻み込まれた更なるそれで、強制的に鎮められる。

カチャリ、と、誰もがグラングに向けて得物の銃口を向けた。

 

「総員、怯むな。相手は一人、訓練どお

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごしゃ

 

 

その言葉を部隊長が最後まで言い終えることはなかった。

鳩尾に、幅広の短剣が突き刺さる。

防弾チョッキを上に着ているはずの白い制服に、血が滲む。

 

「……かひゅ」

 

妙な吐息を溢して少女は倒れた。

そのヘイローが明滅し、消え失せる。

瞬く間に起こったその光景に、周囲は何も声を出せず呆然とする。

だが、事態は待ってくれなどしない。

立ち竦む彼女らに、重圧が向いた。

 

 

「……失せよ、と言った」

 

 

……彼女らの誤算、2つ目。

それは、完全武装した十数人の戦力差で目の前の獣を真正面から止める事など、不可能であることを知らなかった事だろう。

 

 

 

 

 

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