小さな天使と抜け身の剣   作:時空未知

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嵐と暗闇の中で(2)

 

 

「今の少女は?」

 

 

ソラが扉の奥に去って行くのを見送った後、マレニアが何気なくそう問いかけてきた。グラングはその問いかけに少しばかり考え込むそぶりを見せたものの、結局返答することにしたようだ。

 

「恩人、だ。行く宛のない我に、ここで暮らす術を与えてくれた」

「……そうなのだな」

 

そう返答するグラングの表情を、何処か伺うようにマレニアは見ていたが、やがてそう相槌を打った後、ふっと表情を変えた。

 

「それにしても随分と可愛らしくなったな、貴公。狭間の地の頃を知っている身からすると、誰が誰だか分からなかったぞ」

「……お主も、幼い頃の姿になっている」

 

元の彼女の姿を知るマレニアが言う言葉としては、当然のものだろう。それだけ、昔のグラングと今のその姿は違いすぎた。そんな彼女の方はと言うと、目の前の少女の姿をじっと見つめながら返答を返した。

……その瞳には先程まではなかった警戒があった。マレニアもそれに気がついた様子だったが、素知らぬ振りのまま口を開く。

 

「道理で。妙に周りの物が高く見えるわけだ」

「………」

 

けれど、その言葉にグラングは応じない。ただ、じっとマレニアを見つめ続ける。

まるで、両者の間を響いてくる嵐の音が隔てているようだった。

……数分後、小さな嘆息と共に言葉を発したのは、マレニアの方だった。

 

「……今はグラングと言ったか?言いたいことがあるなら早く言ったらどうだ?」

「お主も、わかっているはずだ」

 

彼女の言葉に対するグラングの返答は、至極簡潔なもの。そして、マレニアの言葉を待つことなく、グラングは鋭い視線のまま、それを告げた。

 

 

「朱い腐敗。その様子から見るに、未だ宿っているのだろう?」

「……ふむ」

 

 

朱い腐敗。

その単語が出た時、マレニアの目がスッと細まった。けれど、何かを言う様子はない。グラングはその姿を視界の中央に捉えたまま言葉を続ける。

 

「お主は、星砕きとの戦で、針を失くしたと伝え聞いている。朱い腐敗を抑える殆ど唯一の手段を、だ」

 

その言葉と共に、殆ど無意識の内に彼女の右の手が、包帯に巻かれたままの[それ]へと掛かる。今にも割り砕いてしまいそうなほど強く、握りしめられる。

 

「仮に、それが真実なら……」

 

……真実なら。その声色には、普段の彼女の様子からは考えられないほど重苦しく、それでいて研ぎ澄まされた重圧が伴っていた。返答次第では、目の前の少女の命を何の躊躇もなく刈り取らんとでも言うように。

 

けれど、その言葉の続きが発せられることはなかった。

 

「そのことなら安心するといい」

 

その言葉を言い終わらぬうちに、マレニアがそう言ったのだ。その姿に、グラングの重圧に怯えることも、竦む色も見えず、ただ冷静だった。その様子を前にグラングの重圧が幾分か霧散した。マレニアはそのまま言葉を続ける。

 

「確かに、私は義兄との戦で針をこの手で手折った。しかし何故だかその針は未だ私の内にあり、腐敗を抑えている。

……この様に、な」

 

その言葉と共に、マレニアは己の腐り落ちた右肩の断面をグラングに向けた。

黒々としたそこの丁度中心。その場所に、金の糸で編まれたかのような精巧な作りの針が深々と突き刺さっている。それを視認した瞬間、グラングの緊張が完全に解けた。

 

「……確かに」

 

呟くような声でグラングは安堵を溢すと、そのまま一つ息を付いた。

その後、改めてマレニアの方へと視線を向けると、打って変わって申し訳なさそうな表情になる。

 

「すまぬ。間を置かぬうちに、詰問するような真似をして」

「構わないさ。私が貴公と同じ立場でも同じようにするよ」

 

そう言うと、マレニアはグラングを安心させるように軽く笑みをこぼした。

けれど、彼女の視線がもう一度自身の肩口へと向けられた時、その表情は何処か睨みつけるようなものへと変わる。

 

「しかし……貴公や私の姿の変わり様といい、失った筈の針の事といい。まるで、得体の知れない何者かが、この世界で私たちをこうあるようにと定めたようだ。

……どうにも、気色悪い」

「……そうか」

 

グラングは今の状況について特に何か思うところはなかったが、マレニアの方は自身の身体が変化したことを快くは思っていないようだ。

 

……まあ、彼女の体質の来歴を考えれば、無理もないことか。

 

グラングは彼女の言葉についてそう思い返すに止め、ただ一言相槌を打った。

そんな中マレニアは、会話が一段落したためか取り落とした義手を拾い上げているところだった。その時、何か思いついたのか再びグラングへと視線を向けた。

 

「そういえば、貴公はどうしてこの世界に?私よりは前に来ている様子だが」

「……む」

 

その言葉に彼女は少しばかり唸ると、1週間と少し前の記憶を思い返す。

……狭間の地での最後の光景。そしてこの場所で初めて目を開いたときの光景は、今でも脳裏に焼き付いている。けれどその記憶の中に、マレニアの満足のいく回答を見つけることはできなかった。

 

「仔細は分からぬ。ただ、狭間の地にて死し、気が付けばここにいた」

「そうだったか……」

 

グラングからの言葉に頷いた後、しばらくの間何かを考え込んでいた様子のマレニアだったが、やがて一つ息を付くと顔を上げた。

 

「私も同じだ。その様子だと貴公もよくは知らないか……この現象について何か新たにわかるかもと思っていたのだがね」

 

そう言うマレニアの表情は少しばかり残念そうなものであった。けれど、彼女は直ぐにその表情を振り払うと、小さく咳払いをして少し逸れ始めていた話題を転換した。

 

「ともあれ、何の因果かは知れないが、命があったことには変わりない」

「そうであるな」

 

マレニアの言葉にグラングは短く相槌を打つ。

けれど次の瞬間、

 

「だから今は、どうにか狭間の地に帰れないかと模索しているところだ」

「……っ」

 

故郷を同じくする少女が何気なく発したその言葉に、グラングの身体がぎくりと震えた。

 

「……どうした?」

「……そう、か。いや、なんでも、ない」

 

その様子は外から見ても分かりやすかったのか、訝しげな表情でマレニアがそう問いかける。その言葉に対し、グラングはあくまでも平静を装って返答を返す。

不意に、マレニアと視線があった。

色褪せていない、黄金の瞳。

グラングが曇りのないそれから俯くように視線を逸らすのは、早かった。

 

……目の前の少女には、まだ狭間の地へと帰する意味がある。

 

そのことがどうにも羨ましく、

そう思うことしか出来ない自分が、どうしようもなく……憎らしい。

 

そんな彼女の様子をマレニアは何も言わず見つめていた。

けれど、しばらくしてふと思い出したようにグラングに声をかけた。

 

「そういえば、この建物に如何なる相談事も請け負ってくれる人物がいると聞いたのだが、貴公は聞いたことが無いか?」

「……む」

 

マレニアの問いかけに、グラングは僅かに顔を上げた。

……その内容からするに、おそらく先生の事だろう。

最近の付き合いで、先生がかなりの有名人であることを彼女は知っていた。

 

「……その者ならば、上階にいる。今は、眠っているかも知れぬが」

「ふふ、それなら幸いだ。夜が明けるまで戸の前で待たせてもらうことにしよう」

 

グラングの返答にマレニアの頬がほころんだ。

その表情を前にして、何故だかまた、心が軋む。

そんな彼女の心内は知らず、マレニアはもう会計してから大分時間の経ったタオルを手に取ると、上階へと向かうべく、エンジェル24の出口へ向かう。

……その寸前。丁度自動ドアのセンサーが働く手前で、マレニアが不意に立ち止まった。その身体が、グラングに向けて振り返る。

 

「そうだグラング、1つ相談があるんだ」

「……相談?」

 

その言葉に、彼女はかくりと首を傾げる。

それに対してマレニアは小さく頷くと、その旨を告げた。

 

 

「ここで出会ったことも何かの縁だ。貴公も共に行かないか?」

「……!」

 

 

……時が、止まった。

少なくとも、グラングはそう錯覚した。

マレニアの言葉は続く。

 

「貴公程の人が共に居てくれれば、此方としても心強い。どうだろうか?」

 

そう此方に問いかける黄金の瞳にはやはり、一点の曇りもない。

グラングはまた、逃げるように視線を逸らす。

……返答は既に、決まっていた。

 

「……我は、行かぬ」

 

しばらくの沈黙の末、グラングが告げた言葉は、ごく短いものであった。

 

「……理由を聞いても?」

 

それに対しマレニアもまた、再度彼女に問いかける。

その問いに対する返答が口から出てくるのは、存外早いものだった。

 

「我は、お主の母から……主から授かった使命を失った。もう、二度もだ」

 

グラングの脳裏に瞬くのは、もう遠い過去となったものと、真新しく覚えている2つの記憶。それはどうしようもなく、今も彼女の心内に巣食っている。

彼女は自嘲するように、言葉を続けた。

 

「与えられた役目も碌にこなせぬ影従が、何故故郷へ帰れようか。もうその役目すら無いというのに」

 

そう、もう自分にはあの場所にいる意味はない。それはあの日、使命と共に自らの手の内から零れていったのだから。

 

ゆっくりと言葉を紡ぐグラングの事を、マレニアはただ、静かに見つめていた。そしてその言葉が丁度終わったときに、彼女の瞳がすっと細められた。

そして……

 

「……本当に、それだけか?」

「ッ……!?」

 

その時、グラングは心臓が跳ねるような錯覚を覚えた。

まるで、心の奥底を見透かされたような言葉……

 

「……何故、その様なことを聞く?」

 

迷った末にグラングの口からこぼれ出たのは、心内に閉じこもるような問いかけの返しだった。

 

「……いや、何でもない」

 

それに対してマレニアは、少しばかり彼女のことを見つめていたが、首を振ると出口へと向けて身を翻した。

 

「また来る。その時には、芳しい答えを貰えるよう、期待しておく」

 

彼女が一歩踏み出せば、静かな駆動音と共に自動ドアが開かれる。そのままマレニアは、ぼんやりと明るい廊下へと進み出た。

 

「……またのご来店をお待ちしております」

 

その背に向けて、グラングは定型通りのあいさつを送る。

声が聞こえたのか、マレニアが少しばかり背を回し、彼女のいる方向へと横顔を向けた。

 

両者の間に風の音だけが立ち込める。

開いていた自動ドアが、ゆっくりと両者の間を隔て始めた。

……その時、

 

「貴公、最後に一つ」

 

マレニアの口が短く動かされた。

それに続けて、言葉が紡がれる。

 

嵐の音で掠れたその言葉。

しかし、グラングの耳には確かに届いた。

……届いて、しまった。

 

 

「面影を追うな、とは言わない。けれど、あの少女は貴公の主でも、ましてや私の母に当たる人物でもない」

「!!」

 

 

息が、詰まった。

 

「待っ……!」

 

思わずグラングはマレニアを呼び止めようと手を伸ばす。

けれどその時にはドアが2人の間を隔て、ガラスの向こうにあるはずのマレニアの姿も、金属の軋む音を残し、消えていた。

 

「…………」

 

グラングはたった一人、嵐の音の立ち込める店内に取り残された。

しばらく手を伸ばそうとしたままの体勢で硬直していた彼女だったが、やがて、諦めたようにゆるゆると手を下ろした。

 

「……わかって、いる」

 

ポツリ、と。それ(・・)は呟く。

ふと足元へと視線を向ければ、視界の端に映る包帯の巻かれた左手。グラングはただ、その包帯に包まれたものを撫でた。

 

わかっている。

 

主は、もういない。この場所にも、狭間の地にも。

……少なくとも、もうまともな形など保ってはいないだろう。

その面影を辿った所で、それは何の意味もないこと。理性は、理解している。

けれど……

 

「……では、如何にすれば、良い?」

 

グラングはもう一度、一人佇み、呟く。

……けれどその言葉に、応える者はいない。

 

「…………」

 

グラングは静かに瞼を閉じる。

今はただ、この騒がしい嵐の音に浸りたかった。

 

…………

 

……

 

……

 

 

 

轟音

 

 

「!?」

 

 

突如、半ば意識を手放していたグラングの耳朶を、凄まじい破裂音が穿った。

 

落雷……!?

 

それをグラングが知覚すると同時、突如として周囲の照明が、何かが途切れるような音を立てて立ち消えた。

 

「何が……」

 

経験したことのない異常事態に、グラングは思わずそう呟きかけた。

そう、呟きかけたのだが……

 

「ひゃあああぁぁああああ!?!?」

 

それは、バックヤードへと繋がる扉のすぐ裏から響いた悲鳴によって、掻き消された。それと同時、困惑に染まっていた彼女の思考も、ある一点に研ぎ澄まされる。

 

「ソラッ!!」

 

殆ど瞬間的に、グラングの身体は悲鳴の聞こえた方向へと駆け出していた。幸いと言うべきか、彼女の視界は暗闇の中でも明瞭だった。

グラングは扉の取っ手へと手をかけると、間髪入れずにそれを引いた。

……瞬間

 

「!」

「はうっ!?」

 

扉の向こうから、見覚えのある人影が倒れ込んできたのだ。

あっさりとその人影を受け止めたグラングは、切羽詰まった様子で声をかける。

 

「ソラ、何かあったか!?」

「うぅ……って、あ、あれ……グラング?」

 

その声に呼ばれるようにして、暗闇の中でソラはきょとんした様子でグラングを見上げた。

 

パッ

 

「……む」

「あ、ライトが……」

 

その時、非常電源に切り替わったのか、タイミング良く照明が復旧した。蛍光灯を模したLEDライトの光が、彼女らを照らし出す。

 

「あ……」

 

そこで、漸くソラは現在の状況を理解したらしい。

けれど次の瞬間、その表情は何故だがおどおどとした、挙動不審なものへと変わった。

 

「……ソラ?」

「え、えと、雷に驚いちゃって……大丈夫、大丈夫だから」

 

その様子を見たグラングが首を傾げつつ問いかけるも、俯いた彼女の返答は、何処か曖昧だった。疑問は益々積もる。

 

「既に寝ているものと、思っていたが……」

「……!あ、それなんだけど、その、さっきの音に驚いて起きちゃって……」

 

やはり、ソラの返答は要領得ない。

 

……そういえば。

 

その時、グラングの脳裏に思い浮かぶものがあった。

先程ソラは、扉を開けた瞬間にこちら側へと倒れ込んできた。

……まるで、その時まで扉にもたれ掛かっていたとでも言うかのように。

その事に至ると同時、思い浮かんだ疑問はある推測へと転じた。

 

「……ソラ。我の会話を、聞いていたのか?」

「!?」

 

その推測に従い、グラングがソラに向けて問いかける。

その言葉を聞いた瞬間、未だこちらに寄りかかっている少女が明確に息を飲む音が、彼女の耳に届いた。

 

 

_____________________

 

 

ドクン、ドクン。

 

 

自分の心臓が脈打つ声が聞こえる。

辺りに立ち込めるのは雨が風に乗って叩きつける音ばかりで、ただ緊張だけが募ってゆく。

 

「……その」

 

何がその、だ。

 

心の中で、誰かが叫んだ。

どう言い訳しようと、自分がグラングと、マレニアと呼ばれていた人との会話を盗み聞きしていたことには、何の代わりもない。

グラングが聞かれて欲しくなさそうにしていたのに、聞いてしまったのは自分の方だ。

 

……今も、グラングはこちらを見下ろしている。

静かに、見下ろしている。

 

「……ソラ」

「……!」

 

 

ドクン、ドクン。

 

 

心音が鳴る。

息が、うまくできない。

視界の端のグラングの手が、ゆっくりとこちらに向けて動いて……

 

 

雷鳴

 

 

「ひうっ!?」

 

先程より更に至近距離で響いた落雷の音が、緊張に震える彼女の背後に響いた。それと同時、視界の全てが再び暗闇に閉ざされる。

 

「ぁ……」

 

ソラの喉から、掠れた声が吐き出される。

度重なる出来事を前に、彼女の思考は碌に動かなくなっていた。

そんなソラの背に、誰かの手がそっと触れる。

思わず彼女は瞼を閉じた。

次に響くは叱咤の声か、それとも……

 

 

「大丈夫、か?」

「……ふへ?」

 

 

けれど、彼女の耳に届いたのは、想定していた何でもない。ただいつも通りの、静かなグラングの声だった。

それと同時、閉じた瞼の先がぼんやりと明るくなる。

彼女が恐る恐る目を開けると……

 

「……何、これ?」

 

その視界の先には、翠緑に煌めく小さな光球が浮かんでいた。

周囲を淡く照らすその光は今にも消えてしまいそうなほど頼りなく、しかし柔らかい。

その光をまじまじと見つめていたソラ。そんな彼女に向けてか、頭上から声が降ってきた。

 

「星灯り、という名の魔術でな。我が扱える、数少ない魔術の一つだ」

 

……グラングだ。

そこまで口にした彼女は一度言葉を区切ると、小さな嘆息を挟むとそれを続けた。

 

「本来ならば、これよりも明るく、長く安定するのだかな……触媒無くしては、我の手ではこの程度だ」

「……星灯り」

 

そう呟いた所で、ソラは自分がいつの間にか、椅子に腰掛けたグラングの膝の上に座らされていることに気がついた。ソラが倒れてしまわぬように支えるその手つきは、柔らかい。

………

 

「怒ら、ないの?」

 

気がついた時には、ソラは自分でも知覚しない内にグラングに向けてそう呼びかけていた。その言葉に、翠緑に照らされた彼女の表情はほんの少しだけ反応を示す。

……けれどそれも一瞬のこと。そして、その一瞬の表情の中にも、それらしい感情の色は全くと言っていい程なかった。

 

「……良い。遅かれ早かれ、何れお主は知ることになっていた」

 

そう言った所で、グラングはソラの顔をほんの少し覗き込んだ。

 

「お主こそ、我に尋ねたい事柄があるのではないのか?」

「あ、あるにはある……けど」

 

その問いかけにソラは言い淀むと、言葉を探しているのかそのまま口をもごつかせる。

……結局、彼女がもう一度口を開いたのは、それから数分後の事だった。

 

「えっと、嵐の音がうるさくて、あ、あんまり聞こえなかったの。精々、マレニア?さんとグラングが知り合いで……それとグラングが、狭間の地には帰りたくないって事ぐらいで……」

 

所々途切れているソラの言葉には、どこか質問することを躊躇しているような色を持っていた。けれど、そんな彼女に向けて、グラングは言う。

 

「けれど、問いはあるのだろう?」

「……うん」

 

その言葉に、一拍の間を置いてではあるものの、ソラは頷いた。こうも促されてしまっては、彼女としても断る理由はなかった。

そうして少しの間考え込んだ後、ソラは質問を口にした。

 

「その、マレニアさんって……どんな人なの?」

「……我が狭間の地で仕えていた主の、子の一人だ。剣技に優れ、不敗と謳われていた」

 

……記憶を思い起こしているのか、将又記憶に浸っているのか。

ともあれ少しの間を置いて、グラングは返答した。

その返答が意外だったのか、ソラの口から感嘆の声がこぼれる。

 

「不敗って……やっぱり、すごく強いの?」

「うむ。狭間の地にて、彼女に並び立つ者は、数えるほどしかいない」

「そうなんだ……」

 

ソラの記憶の中では、最初見たときの視野角の問題で、マレニアは古めかしい服装をした普通の少女として覚えられていた。それだけに、グラングの語る言葉はとても意外なものだった。

しばらく、聞いたばかりのマレニアの事を、脳裏に思い描いていたソラだったが。ある程度の時間を経てそれに一段落をつけると、2つ目の質問をグラングにした。

 

「それじゃあ、グラングが仕えてた人って……どんな人?やっぱり、大司教さんとか?」

「……いや」

 

先程、誰かに仕えていたというグラングの言葉から、自分が朧気ながらに知っていた教会の知識を元に、そう質問するソラ。けれど彼女は、その問いかけに対しゆるりと首を振った。

 

「我の主は、狭間の地を治めていた。名を、マリカと言う」

「マリカさんって……私に似てるって言ってた?」

 

思い出されるのは、初めてグラングと出会った時の記憶。

……しかし、そんなソラの言葉に、グラングは何故だが声を詰まらせた。

 

「………そうだ」

 

かなり遅れての返答。それを隠すかのように、グラングは言葉を続ける。

 

「あの鎧も、マリカからの贈られた物であった」

「あ、そうだったんだ……」

 

鎧、と言うと、今もバックヤードに飾られているもののことだろう。司祭に鎧は余り似合わない気もするが……何であれ、あの鎧が今も丁寧に手入れされていることを、ソラは知っている。

 

「……ふふ。何だか、ちょっとうれしいかも」

「…………」

 

今も大切に思われているであろう人と似ていると言われて、嬉しそうにするソラ。

そんな彼女を見るグラングの表情は、何処か複雑だった。

 

「……あれ?」

 

……その時、ソラの脳裏に新たな疑問が一つ、思い浮かんだ。

簡単に話を聞いた限りではあるが、グラングは狭間の地でも生活があり、思ってくれる人がいたように思える。

けれど……

 

「でも、マリカさん、心配してないの?グラングが狭間の地から居なくなっちゃって……」

 

だからソラは、何気なくグラングにそう問いかけた。

本当、何気なく、だ。

 

「……………」

 

けれど、その返答がすぐに返ってくることはなかった。

ソラの視界の端に映る彼女の表情は、どこまでも寂しく、暗いもので……

 

「……いや」

 

その末、ポツリと。

小さく動かされたグラングの口から、声がこぼれる。

 

「どう、であろうな」

「え……?」

 

それは、自嘲する響きを伴っていた。

 

……何か、声をかけなければ。

 

ソラは、必死に言葉を探す。けれど、中々思い浮かばない。

……そんな彼女の様子を知ってか知らずか、グラングが声をかけた。

 

「……すまぬ。このことは、聞かずにおいてくれ」

「グラング……」

 

きっとこれは、今のままではまだ、触れられない事なのだろう。

何となく、ソラはそれを察した。

ソラはグラングのことを見あげていた顔を、ゆっくりと正面に戻す。目の前には、先程までと変わらず、翠緑の光球が浮かんでいて……と

 

「あっ」

 

突如、光球が急激に小さくなり、辺りの光も消えてゆく。あっという間に辺りは、再びの暗闇に包まれた。

……雨の音も、風の音もいつの間にかもう、聞こえない。

 

「……何だか、静かだね」

 

心做しか、店内も雨上がりの湿気で、少し霧がかっているようにも見える。

 

……冷たい霧のかかった、静かな夜の事だった。

 

「………」

「へ?」

 

突然、ソラに回されたグラングの腕の力が、強くなる。

とはいえ苦しくはない。ただ、暗闇の中でその存在を確かめるように、強く抱き締める。

 

「グ、グラング、どうしたの?」

「…………」

 

……少しの間を置いても、その返答に答える声はない。

 

……ど、どうしよう。

 

それから数分後、殆ど動きすら無いため、いよいよソラが状況に困惑し始めた……その時だった。

 

 

「……ソラ」

 

 

……声が、聞こえた。

ほんの微かな、今にも消えてしまいそうな声だった。

その声を聞いた時、ソラの困惑は自然と薄れ、消えていた。

 

「お主は、我を傍に、置いてくれるか?」

 

またしばらくの間を置いて、消えてしまいそうな声が聞こえる。

 

「……傍に、居てくれる、か?」

 

普段の彼女からは考えられない、その声色。

……とても寂し気で、何かを恐れているような……

 

………

 

「……あの、ね」

 

気がつけば、ソラはそう、口にしていた。

そう口にしてしまえば、言葉は、グラングへの思いは、あとからあとから、溢れてゆく。

 

「私は、狭間の地で何があったかなんてわからないし、グラングにも、助けてもらってばかりだけど……」

 

グラングの右手に、自分の手を絡める。

それを胸元で、ぎゅと抱き締める。

 

 

「私で良ければ、何時でも傍に居るから……ね?」

「……………」

 

 

……1分、2分。

 

時間は少しずつ、過ぎていく。

 

「……そう、か」

 

その末に、声は確かに、ソラに向けて届けられた。

 

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