小さな天使と抜け身の剣   作:時空未知

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ミレニアムにて(2)

 

それからしばらくして、先生達は待ち合わせ場所であるミレニアムの運動場へと移動していた。無論、地面は砂地。この場所ならあまり地面に影響がないと踏んだのだろう。

肝心のモモイ達はと言うと、先生らがその場所を訪れた時には既にいた。何やら、グラングと対面した時には居なかった生徒も幾人がいるが……

 

「あ、先生だ!やっほー!」

 

……ともあれ、一番初めにに先生達が到着したことに気がついたのは、モモイだった。その声を聞いて、他の生徒達もその方向へと視線を向ける。

 

「パンパカパーン!先生パーティーが合流しました!」

「皆さん、忙しい中、ありがとうございます」

「こ、こ、こんにちは……」

 

続けて、アリスとミドリ、そして赤毛の少女が彼らに向けて声をかける。それに対して先生は軽く返答を返した

 

「"みんなもおはよう"」

「ど、どうも……」

「お、ソラも来てくれたんだ、よろしくね!」

 

グラングと先生が側にいるとは言え、どうにも落ち着かないのか少し後ろ気味の位置で頭を下げるソラ。しかし、そんな彼女にも特に気にする様子はなく、モモイはうれしそうにそう言った。

……と、

 

「おや、想定より来る時間が少し早かったみたいだね」

 

その時、モモイ達の後ろから先ほどまでターゲットや機材の設置に勤しんでいた3人の少女達が、先生らに向けて近づいてきた。

当然、グラングに見覚えはないが、先生は彼女達が誰か知っているらしい。

 

「"あれ、ウタハ……というか今回はエンジニア部のみんなも一緒?"」

 

先生はその中の一人、片手に工具を持ったままの紫色のロングヘアの少女に声をかける。ウタハと呼ばれたその少女は、その問いかけに何処となく自慢げに頷いた。

 

「勿論さ。モモイが本当に魔法が使える人と出会った、なんて言っていてね。俄然興味が湧くというものさ」

「それに、普段冗談なんて言わない他の3人も同じことを言っていましたからね!」

「計測機器の準備は万端。魔法の原理を丸裸にするチャンス、見逃さないよ……!」

 

ウタハに続いて、特徴的なメガネをかけた黄色い髪の少女が、頭に黒い犬の垂れ耳が生えた黒髪の少女が、何処となく浮足立った様子で先生に声をかける。

 

……自分は、相当期待されてしまっているらしい。

 

先生の後ろ、少し離れた場所から少女達の様子を見ていたグラングは、どことなく察したその空気感に少しばかり不安を覚えた。

そんな中、ふと何かに気がついたようにモモイが顔を上げると、キョロキョロと辺りを見回す。

そして、その視線がグラングの事を捉えた。

 

「あれ、何処にいるのかなって一瞬思ってたけど……もしかしてグラング?」

「………」

 

モモイから放たれた言葉は、ほんの一瞬、グラングはその言葉の意味を考えることとなった。とは言え、その原因には然程時間が掛からぬ内に思い当たる。

即ち、この服装で先生の前に姿を見せた時、声を出すまで誰か判別されて居なかった……と。

 

「我は、ここだ」

 

一拍の間を置いてグラングはそう言うと、顔の様相が分からぬほどに深く被ったフードの端を軽く掲げた。その隙間から、モモイ達がよく知る静かな表情がちらりと除く。

それを見て、彼女らもグラングの事を認識したようだ。

 

「やっぱり!久しぶり、グラング!」

 

真っ先に彼女の元に駆け寄ってきたのは、当然モモイとアリスである。グラングの格好はかなり特異なものであったが、ゲーム好きである2人はこれがいたく気に入ったらしい。

 

「それにしてもその服、本当にゲームに出てくる司祭みたいじゃん!」

「司祭はやっぱり司祭だったのですね!」

「……うむ」

 

相変わらずな少女2人の熱量を前に、グラングは曖昧に頷く。

そんな彼女に、ふと何か思いついたのか先生が問いかけた。

 

「"そう言えばグラング、その……服?って何の服なの?私服だって言ってたけど"」

「……これは、我が、司祭であった頃の服装だ」

 

先生が発したのは、その服装に対する純粋な疑問。その問いかけに対しグラングは何気なく、いつも通り短く返答を返す。それに対し、先生はうんうんと頷いた。

 

「"そっか、元司祭なんだね。なるほどなるほ………ど?"」

「?」

 

……その時、突然彼の動きが固まった。その不自然な動作に、グラングはかくりと首を傾げる。

 

果たして、自分は何か妙なことを口にしただろうか?

 

そう思って辺りを見回すと、他の人々も多少の差はあれど、先生と似たような反応を示している。グラングは益々首を傾げた。

……と、

 

「"え、グラングって、ホントに司祭だったの?"」

「……この地へ来る以前は、そうであった」

「"……おぉ"」

「???」

 

漸くショックから立ち直ったらしい先生から、恐る恐る、と言った様子の問いかけ。グラングは尚も疑問を抱えながらも、その問いかけに肯定を示す。その返答に、先生はそれ以上何も言えず、ただただぽかんと口を開けるばかりである。

未だ首を傾げたままのグラングに、今度はミドリの方が声をかけた。

 

「えっと、アリスちゃんって、ゲームの職業にみんなを例える事がよくあるんですけど、それに乗ってもらっているわけでもなく……?」

「?我はアリスに、多少認識の差異はあれど、見抜かれたものと、思っていたのだが……」

 

……もしや、本当に司祭であるとは思われていなかったのか?

 

ここでようやく、グラングは彼らの反応からその可能性に思い至った。そしてそれは実際正しかった。

 

「すごい……すごいよグラング!魔法が使えるしホントに司祭だったなんて、ゲームから飛び出してきたみたいじゃん!」 

「本物の司祭……!わぁ、わあ……!」

 

次の瞬間、彼女の元に届いたのは先程以上の熱量の籠もったモモイとアリスの歓声だった。心なしか彼女達2人だけでなく、いつも姉を諌める側のミドリや、人見知りらしい赤髪の少女、そして先生も心なしかキラキラとした視線を向けているように思える。

 

「司祭って、そんなにブラックな職業だったんだ……」

「う、うむ?」

 

そんな中、過去グラングが数百年連勤などという明らかに様子がおかしい労働環境にあったことをこの場で唯一知っているソラだけは、司祭という職業の過酷さに恐怖した。

……一応、グラングの置かれていた状況は狭間の地でも例外中の例外なのだが、ソラが知る由もない。

ともあれ、少女達の羨望に囲まれ立ち往生しているグラング。そんな彼女に、先程先生と話していた別の少女達が近づいて来た。

 

「ふむ、これは想像以上に面白い人に出会えたみたいだね」

「……お主は?」

 

そう言って意味ありげに笑うのは、ウタハと呼ばれていた紫色の髪の少女。そんな彼女にグラングが声をかける中、その横で先生が、何か思い出したかのように軽く自分の手を打った。

 

「"あ、そういえば紹介がまだだったね。3人はこの学校のエンジニア部……色んな物を作ってるグループの子達なんだ"」

 

そう言うと先生は、ウタハ達3人を軽く手で示す。

そんな先生の言葉に彼女らも答えるように思い思いの反応を示すと、改めてグラングに向き直った。

 

「というわけだ。改めて、私はウタハ。一応、エンジニア部の部長を務めさせてもらっている」

「私はヒビキ。よろしく」

「私はコトリと言います!よろしくお願いします、グラングさん!」

「此方こそ、よろしく頼むっ?」

 

ウタハの簡単な自己紹介に続けて、黒髪の少女、メガネの少女と順調に挨拶をする。

それにグラングも返答を返した次の瞬間、エンジニア部の3人の中で最も期待の籠った視線を彼女に向けていたコトリが、その元へ急激に接近してきた。

 

……何故だろう妙に既視感がある。

 

彼女の脳裏には、不良を撃退した直後にあったモモイとアリスとのひと悶着のことが思い浮かんでいた。

 

「それでですねグラングさん、あなたは魔法が使えると聞いているんですけど、本当でしょうか!?」

 

そんなグラングの思考など露知らず、コトリは押し殺しきれていない興奮を露に目の前の謎だらけの人物に問いかけた。かなりの気迫がこもったそれだったが、グラングの方も似た経験が何度かあったので今度こそ狼狽えることはなかった。

 

「正確には、祈祷が使える。魔術には疎い」

「成る程……魔法が使えるのは事実で、私たちが言う所の魔法のような物はグラングさんから見ると祈祷と魔術の2つに分けられる訳ですね!」

 

その返答にコトリは成る程心得たと頷いた後、更に質問を重ねた。

 

「それでそれで、祈祷と魔術が使える原理ってどうなってるのでしょうか!?」

「……原理?」

 

生まれてこの方、一度も聞かれたことのない質問が飛んできた。

 

原理……原理……

 

答えられないこともないが、そのような事について考えることが殆どなかった為、ぱっと丁度よい返答を思いつかない。特に魔術。

しかし、グラングが悶々と考え込む合間も、コトリの質問は止まらない。

 

「他にも成り立ちや発展の過程、どんな種別があるのか、基本的な使い方とかも是非是非解説していただけると「"コトリ、ステイステイ"」」

 

知的好奇心の赴くままに、今、この場でグラングから祈祷と魔術の知る限りを聞き出さんという勢いの質問の嵐は、それを放った主が先生に諌められることにより、一旦収束した。

自分が暴走していた事実に気がついたのか、先程とは打って変わってバツが悪そうな表情でコトリは頭をかいた。

 

「あ、あはは……すいません。全く新しい知識が得られると思うと、つい舞い上がってしまいまして……」

「……我は、構わぬ。元より、祈祷を使う為にこの場に来た」

 

コトリの言葉に、グラングはそう返答した後、改めて他の少女たちにも視線を向ける。

 

「して、我が祈祷を披露するという話であるが、子細な要望は何かあるか?」

 

……この言葉をもって、ミレニアム開催、グラングの祈祷お披露目会(?)は始まった。

 

_____________________

 

グラングの言葉を受けて、モモイ達や先生、そしてソラは特に要望はなく、早く祈祷や魔術が見てみたい、という様子だったが、ウタハ達の方からは2つほど要望があった。

先ず、それぞれ知っている限りで理論を教えて欲しいこと。

もう一つは、攻撃系の祈祷を放つ時は壊しても構わないので用意したターゲットに放って欲しいことである。

どうにも、それには様々な計測機械なるものが取り付けられているらしい。因みに、軽い説明こそ受けたものの、機械に疎いグラングは、その仕組みについてよく分からなかった。しかし、彼女達エンジニア部の未知を探求する熱意だけは伝わってきた。

 

それはさておき、要望を聞き終えたグラングは、祈祷の発動に巻き込まれることを防止するべく彼女達に距離を取るように伝えた後、自分を落ち着けるように、1つ息をついた。

 

「我は教導の立場をとった事はないのだが、お主らの知りたいことを伝えられるよう、できる限りを尽くそう。よろしく、頼む」

 

周囲の注目が集まる中グラングはそう前置きすると、小さく咳払いをしてから、祈祷について話し始めた。

 

「我が長けている祈祷というものは、高位の者に信仰を捧げることで、様々な現象を起こす術だ。宗派により、引き起こされる現象の傾向は異なる」

 

そう説明しながら、グラングは祈祷の準備として懐から簡素な聖印と幅広のナイフを取り出すと、背後へ設置されているターゲットの方へと視線を移す。

 

「我が司るは獣の祈祷、攻撃に重きを置いている。……このように、な」

 

その言葉と同士、グラングは精神を聖印に短く集中すると、左手で地面を引っ掻くようにして砂を握り締めた。

 

 

「……散れ」

 

 

唸るような声と同時、グラングは腕を素早く地面から引き抜くと手の中のものを投擲する。ただの砂粒に過ぎなかったはずのそれは矢じりのような礫の形をとり、散弾のようにターゲットを打ち据えた。

それを確認した後、グラングは続けざまに左手を地面に突き立てる。

 

 

「引き裂け」

 

 

その声と同時に、地面が引き裂かれる甲高い音が辺りに響く。その勢いのままグラングが力任せに腕を振り抜けば、粉塵と共に放たれた5本の獣爪を形取った衝撃波が、地面を裂きながら正面のターゲットに直撃した。

バンッと心地よい音を立てて倒れるターゲット。少しの間を置いてゆっくりと起き上がったそれには、垂直な切断痕が深々と刻まれていた。

 

「"か、かっこいい……!"」

「これがお姉ちゃんが言ってた……初めて見たけど、すごい」

「ふふ、そうでしょそうでしょ!」

 

あの時、祈祷を目撃したのはソラとモモイ、アリスのみ。先生やミドリ達は話にこそ聞いていただろうが、実際に目撃するのは初めてだ。

グラングの放った祈祷に先生は子供のように目を輝かせ、ミドリや赤髪の少女も魅入っている様子だ。

 

「ヒビキ、コトリ、データは?」

「バッチリだよ先輩。計測も良好。見た所、発動の瞬間に物理法則じゃない別の力がかかってる感じかな?」

「映像の方も問題ありません!あぁ、解析に回すのが待ちきれません……!」

 

その横ではエンジニア部の面々が得られたデータや映像を見て何か話し合っている。

そんな少女らをしり目に、グラングは更に祈祷の使用を続ける。

 

 

「砕けよ」

 

 

短い詠唱と共にグラングは左手を地にかざすと、その地盤を文字通りの意味で引き抜いた。

ガラリと礫が崩れゆく音と共に、その手が彼女の上半身ほどもある大岩となった地盤だったものを握り締める。

 

「っ!」

 

グラングはほんの短く息を整えると、その岩を一息に投げ打った。荒々しい動作とは裏腹にきれいな放物線を描いたそれは、正確にターゲットに着弾すると凄まじい衝撃を与える。ターゲットの損傷が更に大きくなった。

背後で歓声が上がる中、グラングは短く地を蹴るとターゲットとの距離を詰める。そしてその勢いのまま、彼女は左手を大きく振り上げた。

 

 

「千切り裂け」

 

 

ガァンッ!!

 

 

一際大きな音を立ててグラングの手が地面に突き立てられる。その威力により左手が直撃した地点の地面が大きく割れ、捲れ上がる中、彼女はその手を勢いよく引き抜いた。

瞬間、再び甲高い亀裂音が辺り一帯に響き渡る。引き抜かれたグラングの手を中心として放射状に放たれた衝撃波が、それらをもろに喰らったターゲットを破砕した。

 

 

………

 

 

「……これらが、我の扱う主たる獣の祈祷だ」

 

砂煙の舞う中、軽く息を整えた後にグラングは振り返ると、少女らと先生に向けてそう告げた。

一拍の静寂が、運動場を包み込む。そして……

 

「すごかったよグラング!」

「アリスわかりました、司祭は終盤のダンジョンの強力なボスキャラだったんですね!」

 

彼女の元に我先にと駆け寄ってきたのはモモイとアリスだった。

……どうやら、満足してくれたようだ。

 

「ホントに魔法が見られるなんて……」

「わ、私も……何だか、新しいゲームを作りたくなってきたかも。ジャンルはアクションで……」

「……素晴らしい経験だった。こんな機会、一生の内にあるかどうか……」

 

そんな彼女達の行動で衝撃の金縛りが解けたのか、他の少女らも徐々に動き始める。

 

自分が元居た場所では然程珍しく概念をこうも感動の視線で見つめられると、うれしいようなむず痒いような妙な気持ちになるが……まあ、喜んでくれているようなら何よりか。

 

「ね、ね、グラング!」

 

ぼんやりと思考にふけっていたグラングだったが、その意識は横合いからかかったモモイの声によって引き戻された。

 

「モモイ、何かあったか?」

「いやー大したことじゃないんだけど、その祈祷って何か名前ってあるのかなって」

 

グラングが短く問いかけると、モモイは前置きの後にそう返答した。どうやら、祈祷の名称が知りたかったらしい。「大したことはない」という割には物凄く期待が視線だが……それはさておき。

 

「一応、ある」

 

彼女に向けてグラングはそう返答する。

その言葉を聞いた瞬間、モモイの表情が更に明るくなった。

そこから続くであろう言葉は容易に想像がつく。

 

「!!じゃあ、その名前ってどんな感じなの!」

「うむ。はじめから順に、石、爪、我が……モモイ?」

 

短く頷いた後に、先程使った順に祈祷の名前を列挙するグラング。しかし、その言葉は途中で途切れることになった。その原因は、何故だがモモイの表情が名前を告げる毎に何とも言えないものへと転じていった為である。

 

「……えと、グラング。もう一回名前言ってみて」

「……?であるから、祈祷の名は初めから順に(獣の石)(獣爪)我が岩(グラングの岩)我が爪(グラングの獣爪)だ」

 

微妙な表情のままのモモイに促されるままに、グラングは不思議そうにしつつも再度祈祷の名を列挙する。しかし、そうして尚彼女の表情は微妙なままである。と言うか、その雰囲気が周囲にも波及している気がする。

グラングは本日2度目、益々首を傾げるばかり。

そんな彼女に向けてゆっくりとモモイは問いかけた。

 

「……名付けって、グラング?」

「……?そう「もったいないよ!!」!?」

 

瞬間、辺り一帯にモモイの怒声……といか、悲痛な叫びに近い声が響き渡った。しかし、その矛先を向けられたグラングは戸惑うばかりである。

 

「モモイ、何故怒って……」

「もったいなさすぎるんだって!こんなにかっこいい魔法ばっかりなのに、名前が適当すぎ!!特に石とかどうなってるの石って!!」

「私も同意見だ。名前とはそのものの最も重要なものと言っても過言ではない。それが雑というのはね……」

 

……グラングは祈祷に関して、ぱっと聞いた時に効果の判別がつけば名前は何であろうと構わないという質である。しかし、それに対し、モモイは思うところがあったらしい。何なら横で会話を聞いていたウタハまでも口を挟んできた。

そして、気圧されるグラングに向けてアリスが心得た、と言う表情で一言。

 

「成る程、司祭にはネーミングセンスが絶望的にないのですね!」

「む、むぅ……」

 

混じりっけのない曇りなき純粋さ意味で、一番容赦のない一言がグラングを襲う。途方に暮れた彼女は先生とソラの方へ助けを求める視線を送った……が、

 

「グラング、流石にその名前はどうかと……」

「"……い、いや、どんな名前をつけるのも自由……だしね?"」

「う、うむむ……」

 

返ってきたのは擁護できぬ、といった様子のソラの言葉と、何とかフォローしようとするも出来ていない先生の言葉だった。哀れグラング。

 

「もっと、もっとこう、ないの!?グランドスラッシュとか、ストーンクラッシュとか!?」

「?、???だが、斯様な名に何の戦略的優位性も……」

「う、ぐぐぐ、そういうのじゃなくってぇ……!」

「グラングさん、世の中には戦略的優位だけでは決して推し量れないロマンと言うものがあってだね」

「???」

 

モモイがパッと思いついたカタカナネームを提案したり、ウタハがロマンのいかなるかを説こうとするが、そもそも名前に対する考え方が根本的に違うためどうにも話が噛み合わない。

そんな中、次になんと言うべきか頭を悩ませていたモモイの表情が、ある可能性に思い至ったのかサッと青ざめる。

 

「っていうかもしかして、グラングの住んでたところの祈祷って全部直球な名前だったり……?」

「いや、お主らが言うような、名の複雑な祈祷もあるにはある」

 

何かに怯えるようにその可能性を口にするモモイ。しかし、幸いと言うべきかその言葉はグラングによって否定される。

 

「我の知る限りでは……神狩りの祈祷が当たるか」

「あっ!じゃあその祈祷を「だが、我は使えぬ」んえっ!?」

 

次の瞬間、当人の自覚一切なくモモイは上げて落とされる憂き目にあった。突然しっぺ返しを食らったような声を彼女が挙げる中、グラングは淡々とその理由の説明をする。

 

「先に述べたように、祈祷とは、信仰に由来するもの。互いの宗派の親和性が高ければ良いが……」

「えっと、つまり、グラングが信じてる神様と神狩りの祈祷で信仰されてる神様は仲が悪い、みたいな?」

 

ここで、若干難しいグラングの言い回しを、今の所一番付き合いが長いソラがそう補足する。そんな彼女の言葉に、グラングはこくりと頷いた。

 

「厳密に言えば神ではないが……大方違いない。稀にあらゆる祈祷を使いこなす者もいるが、極僅かだ」

 

更に厳密にいうなれば、神狩りの祈祷の信仰対象と自分は相性が悪いという言葉では到底言い表せない関係にあるのだが……流石にそれについてはグラングは何も言わなかった。

それはさておき、モモイもグラングが何を言いたいかを理解したらしい。

 

「う、うぅ。祈祷ってややこしい……」

 

何とも残念そうな表情でそう呻いた。

 

「……そういえばグラング」

 

その時、不意に何かに気がついたのか、ウタハがグラングに声をかける。その視線は、彼女が握っている特徴的な装飾の幅広のナイフに向けられていた。

視線の先に気がついたグラングは、右手のそれを軽く掲げる。

 

「……これがどうか、したか?」

「ああ、君が祈祷を使う際に取り出していたことを思い出してね。もしや、それがあれらを使うために必要なものなのかい?」

「お、いいじゃんナイフ型の魔法の杖って!魔法戦士……いや、戦闘司祭みたいな感じ?」

 

どうやら、ウタハ達はグラングの持つナイフに祈祷発動の原理が隠されていると考えたようだ。しかし、彼女はその問いに対し、短く首を振った。

 

「全く関係ないと言えば偽りとなるが……少なくとも、この短剣は祈祷の発動には関わっておらぬ」

「あれ、そうなのかい?」

「うむ」

 

彼女にそう短く返答しつつ、グラングは左手をぶかぶかの袖から露出する。そして、その手の中に握りしめていたものを目の前に差し出した。

 

「魔術であろうと、祈祷であろうと。それらを扱うには触媒が無くては難しい。魔術では、杖が。祈祷では……聖印が」

「……聖印」

 

ウタハはその単語を反芻しながら、彼女の手の中にあるものに視線を向けた。そこにあったのは、簡素な装飾が施された石造りのお守りのようなものだった。その中心には、何者かの爪痕が3本、深々と刻まれている。

 

「……ふむ」

「これが、祈祷に必要なもの……」

「ね、グラング、私にも見せて!」

「司祭、私も見たいです!」

 

ウタハ、及びエンジニア部の面々が聖印に見入る中横合いからモモイ達の声が聞こえてきた。グラングが比較的背の高いウタハ達に向けて聖印を差し出した為、背の低いモモイ達によく見えなかったらしい。

 

「……すまぬ、失念していた」

「いいっていいって。で、これが聖印……」

 

申し訳なさそうにするグラングにそう答えつつ、モモイは聖印へと視線を向けた。その後ろから、他の少女達も聖印を見ようとやってくる。そして……

 

「……意外と、地味?」

「なんか、さっきから夢がないというか……」

「各ジョブの初期装備みたいです」

「……我は、他の宗派のような細やかな装飾は苦手故」

 

かなり散々な評価であった。グラングとて自身の作る聖印が他のものに比べて簡素である自覚はあるが、それでもこの評価は少しばかり来るものがある。

 

「いや、地味だなんて一言で片付けるのは勿体ない」

「そうですよ!きっとこの聖印に祈祷の秘密が詰まってるんですからね!」

 

そんな彼女らの言葉に反論したのは、他でもないエンジニアの面々である。その言葉に、グラングの気持ちも楽になる。

 

「お主ら……」

「それはそうとグラングさん。もし良ければこの聖印、少しばかり借りられないかな?」

「?」

 

突然、ヒビキからそんな言葉がかかった。何やらその瞳は怪しげな光を帯びているようにグラングは思えた。 周囲を見れば、他のエンジニア部の面々であるウタハとコトリも同じような視線をこちらに向けている。

……どうしてもだろう。途轍もなく嫌な予感がする。

 

「……何故?」

「い、いや、ほんの、ほんのちょっと全分解して、構造を調べたいというか、解析したいというか……」

「全、分解?」

 

グラングの耳に届いたのは聞き慣れぬ単語。

……しかし、その意味は十分に理解することができた。しかし、理解できてしまったことを彼女は非常に後悔することとなった。

 

「………流石に、それは困る」

「いえいえ、ちょっとだけ、ちょっとだけですから!」

「ちょっとだけ全分解って何!?グラングさん困ってるって!」

 

グラングの言葉も虚しく、ジリジリとにじり寄ってくるコトリ。

ちょっとだけ全分解等という極大の矛盾を前にミドリがつっこみを入れるも、エンジニア部は止まらない。

 

「それに、帰ってくるころにはBluetoothとモモカードサービス、電子決済の機能、そして何より自爆機能もついてくる。お得だからほらほら……!」

「最早別物に生まれ変わろうとしてるじゃんか!?絶対聖印が調べたいだけでしょ、少しは口のよだれ拭いてから言いなって!!」

「ふふ、もし良ければグラング、君も一緒に……」

「一緒にって何ですか一緒にって!?う、うちの店員に何するつもりなんですか!?」

 

最早、普段ボケ側のモモイがつっこみに参加し、ソラがグラングを庇おうと身体に抱きつく始末である。そんな中、いよいよ自体の収拾がつかなくなってきたことを察した、グラングか一言。

 

 

「……我は、新たなものを作っても構わぬが」

「「「本当っ!?」かい!?」ですか!?!?」

 

 

……この言葉をもって、漸くこの騒ぎは収束した。

 

___________________________________________

 

 

「すまないグラング。新たな理論を見たことで技術者としての心が暴走してしまって……」

「……次から、気をつけてくれ」

 

その後、時間の経過によるものか、はたまた聖印を入手する目処が立ったからか。何れにせよ正気に戻ったエンジニア部が、グラングに謝罪するのは早かった。

当のグラングもいつもなら「構わない」というところだが、先ほどは流石に身の危険を感じたらしく、若干疲れた声色でそう返答した。

 

……そんな中、渦中のエンジニア部の1人であるコトリが、あっと声を上げた。

 

「そ、そう言えば。先程のことがあってから言うのはあれなんですけど……って、大丈夫です何もしませんから!?」

 

自分が声を上げると同時、再度警戒態勢に移行したグラング以下数名に、コトリは慌ててそう声を上げた。正直なところ信用し難いが……彼女らも、一先ず話を聞くことにはしたようだ。

 

「……何だ?」

「いやーその、ナイフってどんな意味があるのかなー、何て」

「む、そうであったか」

 

若干引き気味のコトリの質問。それを聞いて漸くグラングは警戒を解いた。

 

「……これは武器として使う他にも、獣の祈祷と縁があるのだ。故に、祈祷強化の触媒としての意味がある。この衣服も、な」

「な、なるほど……そう聞くとより司祭らしいといいますか」

 

何やら呟きながら、嬉しそうにメモを取るコトリ。そんな彼女の様子を見てグラングは心の奥底でほっと一息ついていた。……言ってしまえば、警戒を解いたことにより少し弛緩していた。

故に彼女にとって、不意にソラから発せられた言葉は全くもって想定外だったのだ。

 

 

「あ、それじゃあ左手の金色のも祈祷の為のものだったの?」

「……!?」

 

 

金色のメダル。彼女の左手に今も荒縄で固定されているそれ。その話題が出た瞬間、グラングは明らかな動揺を示した。しかし、彼女の横で会話は続いてゆく。

 

「おお!金色のって何々?」

「えっと、グラングっていつも左手に金色の……お守り?みたいなのつけてるんです。何かあんまり左手を使わないから気がついたの最近なんですけど……」

 

金色、という単語に惹かれたのか、期待に満ちた様子で質問するモモイ。それに返答するソラ。その言葉を押しとどめようとグラングは腕を伸ばすが、何故だか声がうまく出ない。

……その時、グラングの伸ばしていないほうの腕……左手側のぶかぶかの袖の中を、アリスが何気なく覗き込んだ。彼女の表情が何か見つけた、と言いたげにパッと輝いた。

 

「あ、ホントです!小さなメダルみたいな……」

「!!」

 

アリスの声を聞き取り、理解するまでの一瞬の硬直。

 

……奪われる

 

脳裏をそんな言葉が駆け抜けたかと思うと、よく考えるひと時の暇すらなく、グラングの身体は本能のそれに近い反射に従って動いていた。

 

「っ!!!」

 

その身体がいつにもまして俊敏に、跳ねるように動かされる。

気がついた時には、グラングは左手を庇いながらアリスから大きく距離をとっていた。

 

一見すると、大切なものに突然触れられそうになって驚いたようにも見える。けれどそれ以上に、その姿は何かを恐れているようで……

 

「し、司祭?アリスは、何か禁忌に触れてしまったのですか?」

「……!」

 

アリスが恐る恐る、と言った様子でグラングに向けてそう問いかける。その言葉で、グラングの緊張はほどけたらしい。彼女はその後もしばらくの間迷ったように視線を巡らせていたが、やがてアリスのすぐ近くまで接近すると目の高さを彼女に合わせてゆっくりと口を開いた。

 

「気にせずとも良い。昔、就いていた任の、名残のようなものだ。驚かせて、しまったか?」

 

発せられたのは怒るでもなく、驚かせてしまったアリスを案じる言葉。けれどその言葉の中には、今も殆ど動かしていない左手……そこへ着けている物への言葉を、明確に拒絶しているようでもあった。

 

「ア、アリスは大丈夫です。でも……」

「ならば、良かった」

 

アリスが言葉の続きを言う前に、グラングはそれを切り捨てるように返答を返すとそのまま立ち上がった。その時、自身の近くにいつの間にかソラとモモイがいた事にグラングは気がついた。

2人は何か言い淀んでいる様子だったが、やがて意を決すると声をかける。

 

「グラング、その、」

「私も、聞き過ぎちゃって……」

「心配せずとも良い。我は、大丈夫だ」

 

けれど、グラングは2人の言葉を明確に[拒絶]した。フードの奥、僅かに覗いた口元は、何処か寂しそうだった。

 

「して……お主ら。祈祷を使ってみたいと言うことだったが、違ったか?」

 

ここでグラングが、不意に少女らに向けてそう問いかけた。基本的に何事にも受け身な彼女の中では、とても珍しい言葉。落ち窪んだ場の空気を、少しでも変えようとしているようだった。

 

「あっ、あーそうじゃん!前に祈祷を教えてもらう約束してた!」

 

意図を察したのだろう。モモイがわざとらしく声を上げると、真っ先にグラングに向けて手を上げた。

 

「はい!私、獣の爪が使ってみたい!」

「そ、それなら私も!仕事中はあんまり時間がないし……」

「お姉ちゃん早いって!私も一緒に……」

「わ、私も、め、迷惑にならない程度で……」

「アリスも……よろしくお願いします。司祭」

 

モモイに続けてソラが。更に続けてミドリが。少女達が次から次とグラングに駆け寄る。

 

「私達もお願いしていいかな?自分で体験するというのも何よりの経験になるのでね」

「"今回ばかりは、私も生徒にならせてもらおうかな"」

 

その輪の中にエンジニア部の少女達、そして先生までも加わる。

……自然と、先ほどの出来事は皆の記憶から薄れてゆく。

 

 

「……では、先ずは基礎的なものから、であるな」

 

 

集まった生徒達を一度見回して、グラングはその言葉と共に、祈祷教室を始めた。

 

 

 

________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは、裏路地だった。

 

 

キヴォトスの中の深い場所。日の当たる場所にいられない者たちが集まって形成されたブラックマーケット。その中で違法建築が重なり続け、複雑に入り組み、迷宮のようになった場所。その奥部。深く深く入り組んだ結果、誰も入りこめないほどになった所に、それは存在していた。

古くは廃墟に囲まれた薄暗い場所でしかなかったそこは、いつの日か木漏れ日が差し込み、石畳の間から小さな草花が茂る、虫たちの小さな楽園を形成していた。

 

そんなある日、その楽園の中を一匹の蝶がひらひらと舞っていた。

朱く、朱く。透き通るような青空の下にあって尚朱い、枯葉のような羽のその蝶は、ゆらりゆらりとはためくように宙を惑った後、石畳の割れ目に咲いた花の1つに静かに羽を下ろした。

 

……だが、次の瞬間それは起こった。

 

それが触れた小さな花が、少しずつ、少しずつ、朱く零れ、腐り落ちてゆく。

蝶は慌てふためき飛び立つも、その頃には小さな花はすっかり朱く腐敗し、石畳に滲むような跡を残すばかりとなってしまった。

蝶は再び、惑うように宙を舞う。それを美しい色と香りで誘う花々は、まだ幾重にも咲いている。

けれど、蝶はためらうように一度宙を回った後、どこか寂し気な気配を残して、木漏れ日の差す楽園の中心……その場所に横たわった何者かを目指して飛跳した。

 

 

その何者かは、一人の少女だった。

赤く、長い髪。

それと同じに赤く、端正に織られた衣服。

そこから覗く、何かに侵された肌。

両の足の殆どは、腐敗することのない無垢の金で形作られており、右の腕に至っては肩口から消え、その代わりに一本の針が黒々とした断面に深くと突き刺さっていた。

けれど、その姿に痛々しさはなく、寧ろ未だ瞼を閉じたままの顔は、痣がありながら凛とした美しさ、そしてわずかながらあどけなさを残しているようで……

 

 

「……」

 

 

ふわり、ふわりと。木漏れ日の中心に横たわった少女、彼女の白い鼻先を目指して朱い蝶が舞う。

そしてその蝶の細い足が、彼女に触れた時。

 

 

 

 

「……ぅ」

 

 

 

 

蝶の姿は搔き消え、黄金の瞳が薄く開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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