……すいません、8月の夏休みまで投稿間隔空きます。課題を放置しすぎるのはよくない
グラングがエンジェル24に来てから実に4日。
その間、ソラから見た彼女の仕事ぶりは順調そのものだった。
物覚えが非常に早く、それでいて手際と丁寧さを両立させている。単純に背丈と力があることもあり、いつの間にかソラの方が助けられているような状況になっている程だった。
唯一問題があるとすれば、常に無が張り付いている表情に起因する絶望的な愛想の無さだが、これの矯正に関してはソラは一先ず脇に置いていた。
[……すまぬ。意識的に笑みを浮かべたことが、ないのだ]
一度「少しでいいので笑みを浮かべて接客して欲しい」とソラが提案した時に、しばらく自分の頬に手を当てて考え込んだ末、グラングが言った言葉だ。
確かに、彼女は考えていること自体はそこそこわかりやすい反応を示すが、当の表情は微妙に変わる程度である。完全に仕事モードに入るとそれすら消える。短い付き合いの中ではあるが、ソラはその事を何となく理解していた。
……それに、あの時履歴書に書いていた年齢が真実なら、並大抵のことでは治るはずもないだろう。
一先ず3桁目の数字が4であるのは見た。その時点で書くのを止めた為、4桁目があるかはわからない。あったら怖い。
それはさておき……
時間はその日の朝に移る。
「……グラング、そろそろ休憩に入ってもいいんだよ?」
もうそろそろ、デジタル時計の数字が6:00を示そうという時。
消費期限切れ寸前の弁当を回収して回っていたソラは、背後で品出しに勤しんでいる彼女にそう声をかける。
それを聞いたグラングは、作業を継続しながらちらりとソラの方へと振り返った。
「我は休息せずとも、問題ない。品出しも、まだ終えていない」
「い、いや。私はさっきまでしっかり寝てたし……っていうか」
そこでソラは言葉を区切ると、小柄な体躯を活かしてグラングの目の前にさっと滑り込んだ。
突然の行動にかくりと首を傾げる彼女に向けて、ソラは言い聞かせるように言った。
「そもそもグラング、バイトに入ってから一回も寝てないじゃない!休憩も少ししかとってくれないし、その間もずっと起きてるし!」
「……む」
ソラの言葉に、グラングは小さく唸ると少しばかり目を逸らした。
……あと一つ、彼女の欠点を挙げるとすればこれか。
兎に角、仕事をしたがるのである。
一応、日中はソラが、夜間はグラングが。という区分でシフトを回しているのだが、実際のところ日中の裏方作業はソラがカウンターに立っている間に殆どグラングがこなしてしまっているのである。
そして、全く寝ようとしない。
無論ソラも、1人でエンジェル24を切り盛りしていた頃は徹夜することもあったが、流石に4日間連続となると立っていてもうつらうつらし始めるし、何なら隙を見て寝ようと試み始める。けれど、グラングはそれが一切ないのだ。
それどころか、休憩すら先のように断るか、数分と経たず休憩をやめて仕事を再開する状況である。
……しかも、その休憩というのが椅子に座って虚空を見つめるという何とも言い難いものなので、余計ことソラは彼女の事を心配していた。
そんなソラのお叱りの言葉に、グラングはポツリと一言。
「……我は、寝ずとも良い質なのだ」
「いや、ショートスリーパーなら聞いたことあるけど、寝なくてもいい人は聞いたことないよ」
その言葉に即座にツッコミが入った。
少なくとも、ソラにはグラングの言葉が言い訳に聞こえた。
それに対し、グラングはまた、少しばかり考え込む。そして……
「……」
無言で両の手を広げると、何か数えているのか指を折りたたみ始めた。その動作に妙な恐怖を覚えたソラは、グラングに恐る恐る問いかけた。
「……何、数えてるの?」
「我が故郷において、眠らずにあった年月を数えている。おおよそ数百「ぶふっ!?」」
さらりと飛び出したトンデモ発言に、ソラは思わず噴き出した。
単位も数値も何もかもおかしい。聞いてる限りで数百年である。更に恐ろしいことと言えば、グラングはこの状況で冗談や嘘をつくような性格では確実にないことだろう。
つまり、必然的にこれは真実ということに……
「わ、わかった。寝なくてもいいのはわかった……から?」
「うむ。では、我は品出しに戻ろう」
ソラが返した辛うじての返答にグラングは頷くと、片手で器用に続けていた品出しの作業を本格的に再開する。ソラは邪魔にならないよう彼女の正面から移動したものの、何とも言えない様子でその姿を見ていた。
……驚き過ぎて咄嗟に思い浮かばなかったが、寝なくて良かったとしても休憩位とって貰うべきでは……?
昔の自分の労働環境を棚に上げて悶々と考え込むソラ。
しかし、当のグラングはそれすらしてくれそうにない。何か、何か彼女を一旦休憩させる方法は……
「"ソラ、グラング、朝早くからお疲れ様"」
その時、そんな彼女らの背後からよく聞き覚えのある声が響いた。2人が声の下方向へ振り向けば、にこやかな笑みを浮かべた先生がいた。
「先生、か」
「……」
けれど、そんな彼に対して示した2人の反応は対極。グラングは特に気にする様子なく先生に向けてそういったものの、ソラの方はと言うと、無言で何処となく厳しい視線を先生に向けた。
「"えと、ソラ……?"」
「い、いや。幾ら冗談と言っても、グラングに変なことしたことには変わりないじゃないですか」
「"……否定できない"」
そんな彼女に恐る恐る声をかけるも、呆気なく言葉を封じられる先生。先の一件で生まれた誤解は解けこそしたものの、未だ先生に対する評価は厳しいままであった。
……それはさておき。
ソラは一旦回収作業を中断してレジに向かいながら先生に声をかける。
「それで、今回も妖怪マックスと栄養ドリンクですか?それとも朝ごはんとか……」
先生がエンジェル24を訪れる理由と言えば、だいたいこれである。大量の仕事をこなす為の眠気覚ましを買うか、はたまた作る余裕のない食事を調達するか。
しかし、その言葉に対し、先生は短く首を振った。
「"いや、今日はグラングに用事があって……って何も変なこと考えてないよ!?違うからね!?"」
瞬間、再度警戒態勢に移行したソラに向けて慌てて先生は弁明すると、その用件を告げた。
「"その、少し前にあったミレニアムの生徒達って、覚えてる?"」
「……あぁ。彼の者らか」
その先生の言葉で、グラングは先生の言いたい用件というものを察した。そう言えば先日の一件の後、ミレニアムの生徒……もとい、モモイ達から学校に来てほしいと誘われていた。ソラの方も、思い当たる節があったらしく、ようやく警戒を解いた。
「えと、つまりミレニアムの先輩さんから連絡が……?」
「"うん。丁度私も別の予定があったし、この機会に一緒に行けないかなって"」
なるほど、とソラは納得した。
それならば、先生がグラングに用事があると言ったのも頷ける。
「"というわけでグラング。これからミレニアムに行けないかな?"」
先生は、改めてグラングに問いかけた。
……だが。
「……む」
「"あり?"」
今度は彼女の反応の方が芳しくなかった。先生が首を傾げる中、グラングは先生と……そして、未だ品出しの途中で商品が残っている段ボールとの間で、視線を行き来させる。しばらくの沈黙の後、やがて彼女は1つ息をつくと、先生に告げた。
「すまぬ。まだ、仕事が残っている」
「"あー、そっか……"」
その言葉に、残念そうな表情になる先生。
「"それじゃあ、また今度都合がつくときに……"」
「ま、待ってください!」
しかし、今にも去ろうとする先生を呼び止める声があった。
……ソラだ。きょとんとした様子で振り向く先生に、彼女は声を張り上げた。
「わ、私一人でも仕事はどうにかなるので。グラングを連れて行ってくれませんか」
「……!?」
その言葉に誰よりも驚いたのは、他でもないグラングである。
「ソラ、何故……」
「へ……?」
彼女は何故か、酷く狼狽し、何かを恐れてているような表情でソラの方へ声をかける。予想にもしなかった反応にソラは一瞬答えに窮した。
……だが、
いやいや、自分が怯んでどうする。
そんな思考が思い浮かぶと同時、硬直を振り払うように頭を振ると、グラングに向けて告げた。
「グラングは働きすぎなの!だから今日は特別に休日、わかった?」
「……しかし」
ソラの言葉に対し、何に気がついたのか恐れの表情は消えたものの、それでも何処か不服そうなグラング。
そこまで自分は信頼ならないだろうか?
その反応にムッとしたソラは。グラングに向けて精一杯身体を大きく見せるように胸を張ると、堂々と言った。
「そもそも、グラングが来るまでは私が1人でお店を回してたんだから!1日位なら全然大丈夫だよ!」
「……むぅ」
そんな彼女の言葉に、グラングは短く唸ると何か考え込む。しかし、然程しない内に彼女は再び顔を上げると、まっすぐソラのことを見た。
「だが、仕事は問題なかろうとも、先の時は、お主1人では危うかった」
「う……そ、それはそうだけど……」
その言葉に、ソラは言い淀んだ。
ソラの自衛力が皆無なのは事実で、グラングの言っていることは全くもって正しい。その為、そこを突かれると痛い。
「で、でも、あんな事滅多にないし……」
「故に、こうする」
尚も何とか反論を試みるソラ。しかし彼女は、それに意識を割かれ過ぎたが故に、素早く伸びてきたグラングの両手の存在に、寸前まで気が付かなかった。
「……ぇ、へあっ!?」
気がついた時には時既に遅し。ソラの身体は体格で圧倒的に勝るグラングに高く持ち上げられ、身動きが殆ど取れなくなっていた。手足を動かしても、そもそも彼女の胴体に届きもしない。
「ちょ、ちょっとグラング、おろして!」
「先生。客人が増えるが、問題はないか?」
「えっ!?」
慌てるソラを横目に、先生の方へと視線を向けたグラングは少し遠回しな問いかけを放つ。
……しかし、その意味が分からぬ先生とソラではない。
「"わ、私は問題ない……よ?"」
「私は問題あるんですけど!!」
先生の恐る恐る、と言った様子の返答に対し、即座にソラの声が飛んだ。詰まる所グラングはソラも一緒にミレニアム行こうとしているのである。しかし、そうなれば当然、エンジェル24を空けることになってしまう。
それだけはソラは避けたかった……が、
「ソラ」
「ひうっ!?」
その意志も、突然彼女の身体を己の直ぐ側へと抱き寄せたグラングの行動により霧散する。今にも顔が触れ合ってしまいそうな距離で、2人の視線が交差した。
「今日は、お主も休日だ」
「あ、ぅ………」
……見惚れてしまった顔を、説得の手段として使うのは、本当に、本当にズルいと思う。
ソラは、心の中でグラングを呪った。
こうなってしまっては、彼女に残された選択肢は1つしかない。更に、この状況に先生が畳み掛ける。
「"2人とも毎日頑張ってくれてるし、今日は特別に有給休暇ってことでいいよ"」
……実質的なこの場所の管理者である先生からのお墨付き。ソラの退路は、感情、理性の両面から完全に絶たれた。
「〜っ!わ、わかったから、一緒に行くからおろして!」
グラングからの懇願するような視線に耐えかねたソラがそう言うのに、然程時間は掛からなかった。
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先程のやり取りから1時間ほど。
電車を乗り継いだ末、グラングと先生、そしてソラは目標地点であるミレニアムサイエンススクールのすぐ近くまでたどり着いていた。
ガラスと石でできた枯れ大木の林のような建物群。その隙間を縫うように走る石とも土とも似つかない黒色の地面。その上を走る鉄の箱等々……
今の所殆どの時間をエンジェル24の中で過ごしていた故に、グラングとってこの景色の何もかもが奇妙に映って見えた。
「………」
「ここがミレニアム……」
しかし、辺りの景色を見回しているのはグラングだけではない。普段のエンジェル24の制服ではなく、かわいらしい空色のワンピースを着込んだソラの方も、物珍しげにミレニアムの風景を見渡していた。
そんな彼女の様子を見て、グラングは声をかけた。
「ソラ。お主も、この地に来るのは、初めてなのか?」
「え?う、うん、一応ね。テレビで見たことはあるけど、ホントに来るのは初めて。ミレニアムって他の学区に比べて色んな機械とかあるから気になっちゃって」
ソラは彼女に向けてそう返答する。
因みに、返答を受けたグラングの方も私服……詰まる所、襤褸布を綱で巻いている格好である。ぶかぶかのそれと元々先生よりも若干高いというかなりの背丈も相まって、底知れぬ威圧感がある。初めてその格好を目にした先生が正体を見破ることが出来ず大いに混乱したことは言うまでもない。
後、後日グラングの普通の私服を買いに行くことも決定した。当たり前である。
そんな2人の会話に、横からそれを聞いていた先生も参加してきた。
「"確か、ソラってトリニティの学区にある中学校に通ってるんだっけ?"」
「まあ……そうですね。将来的にトリニティに行くことになるのはいいんですけど、お陰で今から学費を貯めなきゃいけなくて……はぁ」
将来払う事になる高額の学費のことを思い、ソラは何とも言えない表情でため息をついた。種別は異なるものの、同じく金銭面で問題を抱えている先生は、彼女の反応に困ったように笑うばかりである。
因みに、グラングの方はと言うと訳もわからず首を傾げるばかりである。精々、2人とも何か抱えている人だな、と思い至った程度か。
……丁度その時、ずっと建物の影を歩いているが故に閉じていた景色が一気に開けた。
「"お、そろそろみたいだね"」
「……む」
先生はそう言うと同時に、開けた景色の方向へと視線を向ける。グラングとソラも、その動作につられてその方向を見る。
……そこには
「"私が言うのもなんだけど……ようこそ、キヴォトスの最先端が集まる学園、ミレニアムサイエンススクールへ"」
天高くそびえる近代的なガラス張りの塔を中心として、様々な建物が、交通網が広がる景色が広がっていた。
地平線の彼方まで続くその景色は、グラングの知る狭間の地の王都と同等か、それ以上に広いようにも思える。
……学園と言うより、ある種の国のようだ。
グラングの脳裏に、ふとそんな言葉が思い浮かんだ。
「わぁ……」
目の前に広がる光景に、ソラの方も少なからず圧倒されているようだった。彼女もまた、キヴォトスの中でも特に大きい学園に付属する中学校に通っているが、その場所とはまた違った威容がミレニアムにはあった。
「やっぱり、せっかく来たわけだから記念に何か買っとこうかな……」
「それもよい、が……待ち人との用を済ませてから、だな」
「いや、それはわかってるって!」
グラングの言葉に抗議するソラ。その彼女の反応にたじろぐグラング。
そんな2人の掛け合いをほほえましそうに見つつも、先生は彼女らに声を掛けた。
「"あはは、それじゃあ取り敢えずモモイ達の方に行こっか"」
「わかってますよ!ほら、グラングも早く早く」
「う、うむ?」
先生の言葉にソラは食い気味にそう返答すると、ぶかぶかの袖の中からグラングの右手を探り当てると同時、置いてけぼり気味の彼女の手を引いて先生の示した方向へと歩き始めた。