あ、そう言えばナイトレイン全クリしました!
「いいから早くしろって!どうせどっかにはあるんだろ!!」
まだ諦めてくれないのか?
ソラは今自分が置かれている状況を呪った。
目の前にいるのは、キヴォトスではよく見る(?)スケバン2人衆。
ここ、シャーレは七人囚の一人が結構な頻度で来る割には、如何にもスケバンです。といった生徒が来るのは案外少ない。
……少ないはず、のだが。今日は、その少ない可能性が当てはまる日だったらしい。そうだとしても何事も無く過ぎ去ればよかったのだが……
「で、ですから、先生はタバコを吸わないのでうちには置いてないんですよ。そ、そもそも、未成年喫煙はだめだって……」
「うるせー!あたしらだってちょっと大人な気分を味わってみたいんだよ!!」
……先程から、専らこの調子である。
相手の買う目的の品はタバコ。
どうやら、大人である先生がいるシャーレのエンジェル24ならタバコを置いていると踏んだらしい。しかし、ソラが幾らタバコは売れないと言っても、相手は此方が何処かにお目当てのものを隠し持っていると言うばかり。
ソラの方も、渡して大人しく引き下がってくれるなら好きにしてくれ。と言いたい所だが、そもそも在庫が無いのではどうしょうもない。既に半泣きの彼女にはただ、怒声を躱しながら早々に嵐が過ぎ去ってくれることを願うことしかできなかった。
……だが、彼女の願いとは裏腹に、状況は悪化の一途を辿る。
「お前……いつまでもあたしらが大人しくしていると思ったら大間違いだぞ!!」
「どうしても応じねえってんなら、こっちだって実力行使しかねえよなあっ!?」
そうスケバン達は言うやいなや、背負っていた自分達の武器を構えた。多勢に無勢。無論、中学生のソラが勝てるはずもない。
不幸なことに、普段は他の生徒らでそこそこ賑わうエンジェル24も、今は天気と時間帯相まってスケバンとソラしかいない。
改めて、ソラは自分の運の悪さを呪った。
しかし、このまま何もしないわけにはいかない。彼女はせめてものと相手の制止を試みる。
「あ、あの、店に被害が及ぶと困るので、できればやめてもらえると……」
「え?……いや、お前何で自分の身より店の心配してんの?」
「え、普通そうじゃないですか?」
「は?」
何故か、普通の事を言ったはずなのに首を傾げられた為、ソラの方も首を傾げた。しかし、彼女の言葉により、両者の間に立ち込めていた緊張が一時的に解けた。
……かに思えたが、
「……まあいい。安心しろよ、この距離ならお前のでこ以外に当たることはねぇからな!!」
それも殆ど一瞬のこと。
改めて凶悪な笑みを浮かべたスケバンの一人が、アサルトライフルの銃口をソラのすべすべとした額に突きつけた。
……結局、こうなるのか。
やけに冷静になったソラの脳裏に、そんな言葉が過った。精々気絶するだけだとは分かっていても、痛いものは痛い。
せめて、出来るだけ早く意識が飛べば……
ソラはこれから自分に襲い掛かるであろう衝撃に備え、ギュッと目を閉じた。
そして……
「何を、している?」
次の瞬間ソラの耳朶を打ったのは銃声ではなく、聞き覚えのある……しかし、あの時とは違い、底冷えするような怒気を帯びた声だった。
「……あ?な、ああああ?!」
「ちょ、何おわあああああ!!?」
続けて聞こえてくるスケバン達の悲鳴。
……何かが、起こっている。
その事を理解したソラは恐る恐る目を開く。
そこには……
「な、何なんだよお前!?放せ、放せって!?」
「………」
「あだだだだ無言で腕を締め上げるなあぁあ!?」
スケバン2人の武器を持っている方の腕を掴んで、ギリギリと吊り上げているグラングの姿があった。彼女らは何とか拘束から逃れようとグラングを殴る蹴るしているが、微塵もその体幹が揺らぐ様子はない。
相変わらずその表情は読み取りづらいが、スケバンを見つめる褪せた黄金の瞳が、零下の色を持っていることだけはソラにも理解できた。
……恐らくつい先程帰ってきた時に、この場面に直面したのだろう。
「ソラ」
「……へ?」
その時、グラングが短くソラに呼びかけた。
彼女の瞳は、未だ油断なくスケバンを見つめている。
「
「おまっ、これとは失礼なぁだだだだ!?」
グラングの物言いに文句を言おうとしたスケバンだったが、再び手首を絞められたのかその声はすぐに悲鳴へと変わる。
……いっそ哀れにも見える光景だが、先程の事を考えるとあまり同情できない。
まあ、それはともかく。ソラはグラングの質問に返答する。
「お客さん……では、ある、かも?一応……」
「……む」
「ほ、ほら、そこのちっこいのも客だって言ってるじゃねえか!それがわかったらとっとと放せって!!」
「そうだそうだ!お客さまは神様だろうが!!」
ソラの言葉を受けて、ここぞとばかりにグラングに突っかかるスケバン達。しかし、グラングは拘束を解くことなく、かわりに彼女らの腕に握られているもの……見るのはこれが初めてだが、少なくとも武器であろうものを確認した後、改めてソラの方を見た。
「だが、これはお主に、危害を加えようとした」
「……それはそう」
「うぐっ。そ、それは……」
先程迄の威勢は何処へやら。
一気に弱気になるスケバン。
何やら打開策を考えている様子の彼女らだったが、その時漸くグラングが着ている制服に気がついたのか声を上げた。
「そ、そうだ!タバコ、あたし達はタバコが買いたいだけなんだよ!それさえ買ったらどっか行くからさ、な?」
「……等と、言っているが」
スケバンの言葉を聞いて、一応ソラの方へと声をかけるグラング。そんな彼女の言葉に対しソラは、グラングが助けに来たためメンタルがある程度回復してきたこともあり、ハッキリとスケバンにそれを告げた。
「だから、タバコはそもそも置いてないし、置いてたとしても売れないって言ってるじゃないですか!これ以上はお店の迷惑なので出てってください!!」
その小さな身体から出せる、精一杯の声。
店内が静まり返るも一瞬のこと。
ソラの言葉に、グラングはコクリと頷いた。
「……わかった」
「んだとお前コラ!!」
「こっちが下手に出れば……って、わわわっ!?」
スケバンらの抗議の声を気にもとめず、グラングはソラの言葉に従って、彼女らを建物の外に出すべく移動を開始した。
因みに、エンジェル24からシャーレの出口までの距離はほとんど無い。故に、グラングがそれを完遂するのも早かった。
幸いと言うべきか、外の雨はかなり小降りになっていて、傘を持たずに出た彼女らが濡れるようなことはなかった。外に出たグラングはそこから暫く進んだ後、すぐ前の歩道で2人の腕をパッと放した。
「うわっと!?」
「あぶっ!?!」
いきなりのことだった上、すぐ近くにそこそこの大きさの水溜りがあった故にスケバンたちは慌てて体勢を立て直してそれを避ける羽目になった。
そんな彼女らに、グラングは変わらず零下の視線を送りながら、ただ一言告げた。
「去れ。此度は、それでいい」
「お前ぇ……」
グラングとしては、言っている通りこのまま何処かへ去るならば見逃すつもりだった。しかし、彼女の思惑とは裏腹に、相手はその言葉を挑発と受け取ったらしい。明らかに敵意の籠もった視線でグラングの事を睨みつけ……
「はい。傘、お返ししますね」
「……あ、そういや忘れてたわ」
「どうもどうも」
横合いから置いていかれた傘を返しに来たソラが口を挟んだことにより、一触即発の空気は霧散した。ソラから自分たちのビニール傘をいそいそと受け取るスケバン2名。
……
「……って、んなこたどうでもいいんだよ!!」
数秒の沈黙の後、彼女達は我に返ると同時に、受け取った傘を後ろへ放り投げると、そのままグラングの方をビシリと指さす。
「さっきから客に舐めた態度取りやがって……!幾ら温厚なあたしらでも限度ってもんがあるんだよ!」
「つうか高々店員2人に舐められたりしたら、あたしらの面子にも関わんだよ!」
そう言うが早いか、スケバン達は先程のように掴まれることを警戒してか少し後退すると、自身の得物を改めて持ち直した。
「……ソラ、下がっていろ」
それに対するグラングの行動は簡潔だった。ソラの事を守るように体勢を落とすと、武器を取り出す為か懐に手を入れる。
……その時、ソラの脳裏にふと思い浮かぶことがあった。
そういえば、グラングの武器とはなんだ?
……
「……あ」
その事に気がついたソラの表情がサッと青ざめた。
そうだ。狭間の地から来たというグラングは、自分が持っている一世代前のガラケーどころか家電すら全く知らなかった。そんな人が銃器を持っているわけがないではないか。
一応、ソラは銃を持っているものの、それはあくまで小口径の格安拳銃。あちらの持っているアサルトライフルとは取り回しぐらいしか勝っている点がない。
戦力差は歴然。幾らグラングの力が片手で人を持ち上げられるほど強かったとしてもこれでは……
「案ずるな」
「……へ?」
その時、不安に怯える彼女に声がかかった。
その声の主は他でもない、グラングだった。
……ソラが抱える不安を感じ取ったのだろうか?僅かに振り向いたその横顔は、少しでも彼女を安心させようとした、柔らかなものだった。
「荒事には、自信がある」
彼女の口らから静かに紡がれるのは、決して強がりなどではない。確信にも似た言葉。
「……わかった。お願い、グラング」
いつの間にか、抱いていた不安は消えていた。
ソラの言葉にグラングは小さく頷くと、懐のそれを取り出した。彼女の手に握られていたのは……
「……ナイフ?」
それは、黄金の刃を持った幅広の短剣だった。
剣脊の部分はまるで指のような白い石で装飾されている。
……明らかに異質な見た目。そして、殆ど誰もが銃を持っているキヴォトスでは先ず見ない装備。
それを少し離れた場所から視認したスケバン達に浮かんだ感情は、嘲笑以上に困惑の色が強かった。
「……何だあれ?」
「ナイフ……なのか?あんなので何しようって」
しかし、彼女らが悠長に話せていたのはそこまでだった。
タンッ
軽やかに地を蹴る音とともに、グラングがその背丈を感じさせぬ速度で疾駆する。極度の前傾姿勢を取ったその姿は、白狼の耳と尾を靡かせた獣そのもの。
「は?」
反応する間すら与えぬ急激な接近。
スケバンの片割れが辛うじて視認したのは、自分の右肩の関節目がけて突き出される短剣のきらめきだけだった。
「あだっ!?」
強烈な刺突を受け身を取る間もなくもろに喰らい、スケバンが大きくよろめいた……しかし、
「……?」
グラングは手に伝わってきた刺突の感触に、違和感を覚えていた。
彼女はたった今、目の前の少女を行動不能にすべく、肩を容易に刺し貫くほどの力で刺突を放った……はずだった。
しかし得られた感覚は、精々皮膚を切り裂けているかどうかという感触。その違和感を前に、グラングの動きが一瞬鈍った。しかし、一瞬の鈍りと言うものは戦場においては致命的だ。
「て、てめえ!?」
「!!」
次の瞬間、横合いから断続的に火薬が炸裂するような音が響き渡る。
反射的にグラングがその方向へ視線を向ければ、相手が持っている武器の先端から、鋭利な先端の金属片が無数に射出されていた。
彼女の並外れた動体視力でも、辛うじて捉えることしか出来ない速度。
そして、それは確かに、自身の身体を貫こうとしている。
死ぬ
グラングの脳裏を駆け抜けた単語は、
殆ど直感に近い物だった。
元の肉体であれば耐えれただろうが、今のそれは少女のものと何の変わりない。後1秒と経たぬうちに、着弾した金属片は皮膚を引き裂き、肉の奥底までを貫くだろう。
短い、運命であったか。
何の因果か、見知らぬ土地に再びの生を受けて数刻。守るべき者を見出したと言うのに、呆気なく死に至ろうとしている。
……あぁ、結局。自分は何も成せぬ、守れぬまま……
タタタタタタッ
その思考が終わらぬうちに、グラングの胸に、腕に、腹に、肩に、無数の衝撃が走った。そして……
「……?」
彼女に襲いかかった痛みはそれっきりで肌が貫かれることはなく、ましてや、肉や臓物が貫かれる激痛を覚えることもなかった。
「……何故?」
その事実に、グラングはただただ困惑する。
……その時、
「どうだ、今のは効いただろ!!」
威勢のいいスケバンの声が、グラングの耳朶を打った。
けれど、その言葉はグラングが致命傷を負っていない事に驚愕するでも、困惑するでもなく。まるで、彼女が生きていることが当たり前であるとでも言うかのようだった。
………
「……なるほど」
そこで漸く、グラングは悟った。
ここは、こういった地なのだ。
此方の短剣が少女を刺し貫く事が無かったように、
少女の飛び道具が、此方を血袋に変えることが無かったように。ここは、そのような[律]が支配する地なのだ。
……ともあれ。ただ1つ、事実なのは。
彼女は改めて、正面の相手を見据える。
「加減は、無用か」
「さっきは良くもやったな!!」
グラングが小さく呟くと同時、先程の刺突の衝撃から復帰したもう片方のスケバンが、目の前の相手目掛けてアサルトライフルを連射した。
しかし、その動作を視認していたグラングは、即座に体勢を屈めてそれをあっさり回避すると、そのまま短剣で相手の脚を切り払いながら後退する。
「あだっ!?」
「くそ、まだ動くかこの!ナイフしか持ってないくせに生意気なんだよ!!」
スケバン達が、悪態をつきながらグラングに銃口を向ける。
けれど、常に獣の如き身のこなしで素早く動き続ける彼女を中々照準に捉える事ができない。
「……」
それに対してグラングは、素早く動き続けながら片手を濡れたアスファルトについた。一見すれば、不可解な動作だ。
……その意味をわからぬものからすれば、だが。
ガリッ
「「「……へ?」」」
その光景を見たスケバン2人……そしてグラングを見守っていたソラは、仲良く呆けた声を発する事になった。
何せ、グラングの指が。
華奢な白いそれが。
アスファルトをあっさりと破砕、貫通し、引き裂きながら。その破片を掴み上げていたのだ。
「散れ」
瞬間、グラングは握りしめたアスファルトの礫を散弾のように投擲した。針状となった石の雨が、スケバン達の身体を打つ。1つ1つの威力こそ低いものの、確かな衝撃を持ったそれは、彼女らを確かに怯ませる。
「痛ったあ!?」
「何だよそれ……っておわっ!?」
その一瞬の隙の中に、グラングは素早く飛び込むと、再び短剣の刺突を繰り出した。
……しかし、今回の狙いは肩口ではなく、少女の鳩尾だった。
「がはっ!?」
無理矢理息が吐き出される奇妙な音が頭上から聞こえてくる。しかしグラングは、今度こそ敵の意識を刈り取るべく容赦無く連撃を浴びせる。
勢いをそのままに短剣を左右に薙ぐような斬撃、そして短剣を逆手に持ち替え、力任せの刺突をもう一度繰り出した。
「がっ……ぁ」
頭上に浮かぶ光輪が揺れたかと思うと、フッとそれが消え失せる。それと同時、意識を失った相手の身体が、力無くその場に崩れ落ちた。
……先ずは、1人。
グラングは心の中でポツリと呟く。
しかし、その余韻に浸る間もなく、
彼女は次の敵を鋭く見据えた。
「ひっ」
その瞳に宿るのは、静かな敵意。
彼女が感じたことなどなかった、恐ろしい何か。
このままでは負ける。
完膚無きまでに叩き潰される。
何か、何か策は……
残されたスケバンの片割れは何とか状況を打開すべく必死で思考を巡らせる。
……けれど、その答えは案外間近にあった。
「……あ」
視界の端に映る、目の前の相手と同じエンジェル24の制服を着た小さな少女。抵抗する術など殆ど持っていない、明らかな弱者。
そうだ
スケバンはアサルトライフルを構える。
しかし銃口はグラングではなく、ソラの方へと向けられていた。相手の方へと視界を戻せば、その行動意味を理解したグラングの瞳が、驚愕に見開かれている。その表情で、スケバンは己の策がうまく言ったことを理解した。
「お、お前!それ以上近づくようだった
ガキンッ!!
響き渡る金属音。
それは、スケバンの発しようとした言葉をあっさりと上書きした。それと同時、彼女は銃を持っているはずの腕が妙に軽いことに気がついた。
……途轍もなく、嫌な予感がする。
その予感を知らないフリをしながら、スケバンは自分の腕の方へと。今も銃を握りしめているはずのそこへと、再度視線を移した。
……しかし、予感は的中した。
「あっ」
握られていたはずの、アサルトライフルがない。
ふと視線を動かせば、沢山のアスファルトの礫と共に向こうの方へ転がっている。
何が起こったかは自明だ。咄嗟にグラングの放った石の散弾が、彼女の武器を吹き飛ばしたのだ。
「……まじで?」
ガァン!!
呆然とするスケバン。
しかしその意識は、グラングのいる方向から響き渡った破砕音に無理矢理引き戻される事となった。
反射的にそちらの方へ視線を向ければ、相手は再び指をアスファルトへ……いや、先程にも増して深々と突き立てている。
此方をみる色褪せた黄金の瞳には、先程迄は辛うじてなかった明確な怒気が宿っていた。
「……!待「引き裂け……!」」
グラングが唸るようにそう声を発すると同時、地面がその手により擦れ、引き裂かれ、甲高い悲鳴を辺り一帯に響き渡らせる。彼女はそれを意に介することなく、その勢いのまま、力任せに腕を振り抜いた。
ゴッ!!
瞬間、アスファルトの破片を引き裂く様にして、5本の獣爪を形取った衝撃波が放たれた。それらは地を割り砕き、5本の直線を描きながらスケバンに向けて迫る。
「……うっそぉ」
……彼女は、迫りくる非現実に立ち尽くすしか無かった。
一拍の時間を置き、衝撃波に跳ね飛ばされたスケバンの身体が宙を舞う。砕けたアスファルトに叩きつけられた時、その意識は既に消え失せていた。
後書きです。(今回からちょっと毛色を変えてみます)
さて、今回はグラングの戦闘回でした。
誰だって恩人が傷つけられそうになったらキレます。個人的な印象としてはグラングはどちらかと言うと静かにキレるタイプだと思ってるんですけど、どうですかね?
あと、今作では前作とは違い、ヘイローの加護の適応範囲を増やしています。
……まあ、グラングの[あれ]に関してはその限りではないんですがね。