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エンジェル24のバックヤード。
そこには、品出しを待っている商品の他にも店員の為に備え付けられた必要最低限の生活用品もあった。
人1人が入れるだけのスペースが辛うじてあるだけのシャワー室もその1つだ。
その中では今、シャワーの水が打ち付ける音が響いていた。
「……悪くは、ない」
上部にある、枯れた蓮の花を小さくしたような見てくれの器具から流れ出る温かな水。
それを一身に受け止めながら、背の高い少女……グラングはそう呟いた。
この場所に来るなり衣服を脱いでシャワーというものを浴びろとソラに言いつけられ、言われた通りにしてこの場所に入ったのがつい先程。
見慣れない器具に最初こそ戸惑ったものの、金具を捻れば水が出てくるという分かってしまえば単純なものだった。
生憎、仕組みは見当もつかないが。
……いや、
「見慣れぬ、というのなら。
この地の全てが、見慣れぬものだ。
……己の身も、含めて」
グラングはそう呟くと、正面にある四角い鏡に視線を合わせた。
濡れた鏡面の向こう側からこちらを見つめ返すのは、
水分を含み、色の抜けた肌に張り付く髪は白く、長く。
身体はほっそりとしていて、胸はなだらかな双丘を描いている。
……間違いなく、少女の身体だ。
そしてその頭上には、赤く暗い色の光輪が浮かんでいた。
……不意に、グラングはゆっくりと鏡面に左手を差し伸べた。
向こう側の少女も鏡合わせに動き、鏡面に右手をついた。
「少女よ。お主は何故、ここに居る?」
鏡面の向こう側の少女に向けて、グラングはそう問いかける。
鏡面の向こう側の少女も同じに、グラングにそう問いかけた。
……問いかけへの返答はない。
暫くの静寂の後、グラングは再び問いかける。
「……何故、我は、生きている?」
……その問いかけへの返答もまた、返ってくることはなかった。
当たり前だ。これは、ただの自問でしかないのだから。
「……」
グラングは何処か喪失感を覚えながら、
ゆっくりと鏡から自分の左手へと視線を移す。
少女らしいほっそりとした指が見えるが、手の甲の様子はわからない。
荒縄で手に固定されたタリスマンが、それを覆い隠していた。
金色の円盤で形作られたタリスマンの中心には赤黒い宝石が嵌め込まれており、その中では微かな何かがいるようにも見える。
「……[死]よ」
グラングがタリスマンに向けて呼びかけるように呟く。
それと同時、一瞬だけ宝石の中の何かが渦巻いた。
……あくまで、ほんの小さなものでしか無かったが。
「……奪われれば、もう、戻らぬか」
グラングはそう呟くと、ゆっくりと鏡についた手を下ろした。
あぁ、守るべき[死]は奪われ、瞳の奥の祝福は失われた。
ここは、我が居るべき狭間の地にあらず。
……ならば、何故変わり果てたこの身体は今も息をし、生を浪費している?
「……マリカ。我には死すら、赦されぬか」
グラングはただ1人、
今はもう何処に居るかもわからぬ主に向けて呼びかける。
けれどその声は、降り注ぐ水の音の中に消えて……
「あのー、グラングさん?」
「!?」
その時、シャワー室の扉のすぐ外から、グラングがこの地に来て初めて出会った人物……マリカと同じ黄金の髪を持つ少女の声が聞こえた。
物思いに耽っていたが故にその気配を感じ取ることが出来ず、少なからず驚くグラング。
そんな彼女の様子など露知らず、ソラは扉越しにグラングに呼びかける。
「近くの棚に着替えを置いておくので、上がったらそっちに着替えてくださいね。
こっちの服は洗濯しちゃうので」
「あ、あぁ。承知し……」
承知した。と、殆どそう言いかけたところでグラングの言葉が止まった。
……待て、彼女は今何と言った?
その言葉が思い浮かんだ瞬間、
ぐちゃぐちゃとした思考に覆われていた彼女の頭が急速に働き始める。
洗濯……洗濯とはあれだ。
市民らが行うという衣服を洗浄する行為だ。
昔の自分はそういったこととは無縁だったが……
いや、そんなことはどうでもいい。
脱いだ衣服を選択するということは即ち、自分の衣服に触れられるということで……
「……!待」
「え、何これ重っ!?きゃああぁぁぁあっ!?!?」
グラングがソラに声をかけようとするも時すでに遅し。
次の瞬間、何か硬いものが地面に落ちる音と共にソラの悲鳴が扉越しに響き渡った。
「ソラっ!」
その声を聞いたグラングは、身体が濡れていることも忘れてシャワー室から飛び出した。
その先にあるのは洗面台が備え付けられた脱衣所。
そこでは……
「うぅ、いたた……」
落ちてきたものが額にぶつかったらしく、若干赤くなったその場所を手で押さえているソラの姿があった。
とは言え、一先ず大きな怪我はなさそうである。
その事実にグラングは少しばかり安堵する。
誰だって、恩人に大事があって欲しくはないだろう。
……その人に、敬愛していた主の面影があるなら尚更だ。
グラングはソラの近くにしゃがみ込むと、彼女に声をかける。
「傷はないか?」
「ぁ……グラングさん。一応、大丈夫……で、す?」
声をかけられていたソラは、
額を押さえながらではあるが、ゆっくりと顔を上げる。
……しかし、その動きは彼女の姿を捉えた瞬間に固まることになった。
「……ほへ?」
ソラの視界に飛び込んできたのは初めて目にするグラングの素顔。
物静かで冷静な印象を受けるその顔立ちは、
間違いなく非常に整っていると言える。
視界の端に映る裸体はスラリとしていて、溢れる水滴すらその姿を彩っていて……
何と言うべきか、同性である筈なのに何故か胸の高鳴りが……
「……何か、あったのか?」
「へ?」
固まったまま何も言わないソラに向けてグラングが心配そうに問いかける。
その声を聞いて、ソラは漸く我に返った。
あれ?今自分は……
……数秒後、遅れてその事を理解した彼女の顔がぽっと湯だったように赤くなった。
「は、へ、いや、そのっ何でも、何でもないですっ!!??」
「……?そうか。それなら安心した」
大慌てでその場から跳ね起きるソラ。
そんな彼女の様子を見てグラングは首を傾げたものの、少なくとも元気そうではあるので特に気に留めることなく立ち上がった。
その姿を見て、ソラの心に再びドキリと波が走るが、
彼女は、何を考えているんだと慌ててそれを振り払うと、話題の転換を図った。
「と、ともあれ……その、服のことなんですけど……」
「あぁ……そのことであったな」
グラングはそう言うと、改めてソラの側に落ちていたもの……
自分が着ていた綱を巻いた襤褸切れのような服を見やった。
雨をぐっしょりと含んでいるそれだが、よく見ると、中に別の何かが入っているようだった。
「その、洗濯機に運ぼうとしたんですけど予想外に重くて落としちゃって……っていうか何が入ってるんですか?これ」
「それは……」
ソラの言葉に、グラングは僅かに言い淀んだ。
しかし、すぐに思い直す。
……別に、ここは狭間の地でも、
あの地と関わりの深い場所でもない。
現に、ソラはマリカの事を一切知らなかった。
ならば、この中身を見せても特段問題はないだろう。
「……しばし、待ってくれ」
グラングはソラにそう声をかけてしゃがむと、
襤褸切れを繋ぎ止めている綱を慣れた手つきで解いた。
その様子を彼女の後ろから覗いていたソラだったが、やがてその表情は驚きに彩られることになる。
「これって……鎧?」
そこにあったのは、漆黒の鎧だった。
各所が薄く金で装飾されているが不思議と豪華な印象は受けず、寧ろ確かな荘厳さを持っている。
……少なくともキヴォトスでは先ず見られるようなものではなく、何かのコスプレ衣装のように代用素材で作っているようにも見えない。
「……そう。ただの鎧、だ」
そんなソラの言葉に対し、
グラングはただ一言、呟くようにそう言った。
先程まで着ていたであろうその鎧の表面を、懐かしむように軽く撫でた。
そしてその後、小さく息をつくと立ち上がった。
「お主の都合の良い場所に、置いてくれればいい。
動かすことが難しいようなら、我も手を貸そう」
「私の都合がいい……って、これ、大事な物なんじゃ?」
グラングの言葉に、ソラが困ったようにそう問いかける。
その言葉通り鎧は手入れが行き届いていて、相当大切にされていたものだと言うことがわかる。
けれど、グラングは小さく首を振った。
その表情に滲むのは、諦観。
「これはもう、我が身につけるべき、ものではない」
……まただ。
ソラの脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
フードを被っていたときからそうだが、
グラングは自分の事を聞かれると時折、
寂しいような、苦しいような、そんな仕草をする。
……ソラは、グラングの過去を知らない。
どうやら、前は狭間の地と呼ばれる場所にいたらしいということしかわからない。
けれど、そうしている彼女を見ていると、余計こと放って置けなくなる。
「お主が邪魔だというのなら、いっそ売り払っても……」
「いや、売りませんからね!?逆に扱いに困りますし。
この鎧は……その、バックヤードにしっかり飾らせてもらいますから!」
唐突に突拍子もないことを言い出したグラングにソラは慌ててそう言い返すと、手早く運べてしまいそうな鎧の兜をよいしょと持ち上げた。
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結局あの後、ソラ1人で鎧を全て運ぶことは叶わず、
着替えが終わったグラングに手伝ってもらうことにより、
漸くバックヤードの端にそれっぽく飾ることができた。
……因みに、グラングにはエンジェル24に置いてある予備の制服のうち一番大きいものを渡していたはずだが、それでも多少きつかったらしい。
何処がとは言わないが然程大きくなかったので何とか着用できたのは幸いか。
何処がとは言わないが。
その後はグラングが洗濯機……というか家電電子機器その他諸々を全く知らないことが発覚しつつも、現在にうつる。
「ガフガフ」
バックヤードに置いてある簡易折り畳み机。
そこには今、かなりの量の賞味期限間近の売れ残り商品が積まれていた。
惣菜パンにおにぎり、弁当etc…
……しかし驚くべきは、その半分ほどが既に空になっていることだろう。
「……ガフ」
空袋とまだ手をつけていない食事の山に挟まれて、
黙々とそれらを食べ進めているのは無論、グラングだ。
因みに、渡された割り箸は割られることすらなく握り締められて使われている。
……紛うことなき箸への冒涜だが、正しい使い方を知らないグラングはそのようなことは知る由もない。
そうして5分ほどで、割り箸の尊厳と引き換えにグラングは全ての食事を食べ終えてしまった。
「……全て、喰らった」
積み上がる包装袋や弁当殻を見て、グラングはそう呟く。
正直な所、味はよくわからなかった。
彼女にとって食事とは、永遠の渇きをほんの一時満たす為の手段でしかない。
……そんな中、彼女の脳裏には食事にうつる前のソラとの会話が思い浮かんでいた。
[ソラ、これは……?]
[あ、お腹いっぱいになるまで
好きなのを食べてもらっていいですよ。
どの道賞味期限が近いので……]
「………」
賞味期限の意味は判りかねるが、
恐らく腐ることが近い、という意味だろう。
だが果たして、自分はこれを全部食べてしまって良かったのだろうか?
……考えてみてもわからない。
わからないなら、聞いてみることにしよう。
そう思い立ったグラングは席を立つと、
ソラが入っていった扉……即ち、バックヤードとカウンターとを繋ぐ扉へと向かう。
そしてその取っ手に手をかけると、ソラがしていた行動の見様見真似でそれを捻り、ゆっくりとそれを押した。
カチャリ、と小さな音を立てて扉が開く。
その先には、グラングが見たこともない景色が広がっていた。
「……ほう」
白を基調とした明るく広い長方形の空間。
そこには所狭しと棚が並べられ、様々な商品が陳列されていた。
……何となく、ソラの話からするに売店であろうということは想像していたが、行商や露店ばかりで、照明も火か陽光ばかりだった狭間の地の事を思うと、妙な気持ちになる。
それはさておき、ソラはというと案外すぐに見つかった。
というのも、扉を開けた先で奇妙な器具の前で静かに四角の板を触っていたのだ。
彼女の方はこちらには気がついていないらしい。
グラングは、正面に並んだ機械や揚げられた食料が入った透明な箱を物珍しげに見つつも、ソラの方へ近づいた。
「ソラ?」
「……へ、うわぁ!?」
……どうやら、相当集中していたらしい。
声をかけられたソラはグラングの姿を見取ると、
思わず四角い板を取り落としそうになるほど驚いた。
「い、いつから……っていうか、もうお腹いっぱいなんですか?」
「いや、そのことなんだが……」
ソラからの問いかけにグラングは一瞬言い淀んだものの、やがて意を決して彼女にその事を告げた。
「全て、喰らってしまった」
「…………え?」
ソラ、フリーズ。
何度か心を落ち着ける為かぱちぱちと目を瞬かせた後、
恐る恐るグラングに問いかける。
「全て喰らった……って、あれ、全部食べちゃったんですか?」
「……やはり、不都合があったか?」
ソラの言葉に、
何処となく不安そうな声色と表情になるグラング。
そんな彼女の様子を見て、ソラは慌てて手をパタパタと振った。
「い、いやいや、どうせ廃棄されるものだったしいいんですけどね!?ともあれ、お腹がいっぱいになったらそれで……」
グウ
その時、全く空気を読まずソラの言葉を遮ってグラングの腹から発せられる空腹の声。
2人の間に、何とも言えない空気が流れる。
「ホントに、食べたんですよね?」
「食した。まだ、机に皿が積み上がっている筈だ」
ソラからの問いかけ。
しかし、確かに全て食べてはいるグラングはそう返答するしかない。
ソラは訝しげにグラングを見つつも、バックヤードの確認へと向かう。
……然程せぬ内に、扉の向こうの光景を見た彼女の驚愕の声が聞こえた。
「……ホントに、全部食べちゃったんだ。でも何で……」
「それは……」
そう言いかけたところで、グラングは言葉に詰まった。
あれだけの量の食事をした筈なのに未だ空腹。
ソラが疑問を覚えることも無理もないだろう。
とは言え、この[渇き]というものを抱くようになった切っ掛けを全て話すとなるとかなり長くなってしまう。
……それになにより、余計な事を話して、目の前の心優しい少女に心労をかけるようなことはしたくなかった。
「……我は、空腹でなくとも、時折腹が鳴るのだ」
「あれ、そうなんですか?」
「うむ……一応、先程までは間違いなく、空腹だった」
どうやら、適当な出任せをソラは信じてくれたようだ。
その事実にグラングは心の中で安堵する。
そんな彼女の心情など露知らず、
世の中色々な体質があるものだと勝手に納得していたソラは、
ふと、グラングにずっと尋ねようと思っていた事を思い出した。
「そう言えばグラングさん。
この後服の洗濯が終わったらどうするつもりなんですか?」
「……この後、か」
ソラからの問いかけで思い出したかのように、グラングはその単語を鸚鵡返しに口ずさんだ。
……この後。
果たしてそれは、今の自分にあるのだろうか?
そんな思考が脳裏を過ぎりながらも、グラングはソラの問いかけに対して取り敢えずの返答を紡いだ。
「……お主とは別れ、宛なくこの地を旅する事になる。
もしかすれば、再会は叶うかもしれぬが……」
「それはやっぱり、狭間の地って所に帰りたいから……ですか?」
初めて出会った時に一度だけ聞いた、
グラングの住んでいたらしい地名。
どうしてキヴォトスに来たのかはわからないが、
少なくとも本意ではない様だし……
「……どうで、あろうな」
けれど、ソラの想像に反しグラングの反応は芳しくない。
寧ろその表情には、あの寂しそうな表情が浮かんでいた。
口にこそ出さないものの、
グラング自身、故郷への帰還は既にあきらめているに等しかった。
キヴォトスという地が何かも、そもそも故郷の所在すらわからない。
それに、瞳の奥が色褪せていたということは……
「……この旅に、これという意味はないのかもしれぬ」
グラングの脳裏に、そんな言葉が過った。
悩んでいる、とは少し違う彼女の言葉、表情。
……このままどこかに行かせてしまうと、またどこかで倒れてしまうのでは?
それらを見て、ソラの中にそんな考えが不意に浮かんだ。
……いや、かもしれないではない。
このままだと間違いなくグラングの身に良くないことが起こる。
そしてその疑問は、ある種の確信へと転じた。
確証などほとんどない直感だが、不思議とそんな気がソラはした。
それは……嫌だ。
ほんの数時間の付き合いだが、そんなことがあって欲しくない。
ならば今、グラングをここに引き留めるためには……
何か名案はないものかと周囲に視線を配っていたソラ。
……最終的にその視線が止まったのは、ごく間近にあるものだった。
それは……エンジェル24の制服を着たグラングの姿、そのものだ。
「あの、グラングさん」
「……む?」
ソラから声をかけられたグラングが、何気なく足元にいる少女に視線を向ける。
色褪せた黄金の瞳が、ソラの姿を捉えた。
……受け入れて、くれるだろうか?
褪せた瞳に照らされて、ソラの心の中でにわかに不安が過る。
しかし、彼女はすぐにその不安を振り払う。
やってみなければわからないのだ。
今更不安になってどうする。
意を決したソラは、改めてグラングの瞳を見返した。
「もし、本当に行く当てがないんだったら、ここで暮らしませんか?」
「……!?」
ソラから告げられた言葉にグラングは動揺によるものか、小さく息を呑んだ。
しかし、その表情はすぐに戸惑いへと変わる。
「だが、それは……」
「いいんです!どうせ迷惑になるんじゃないかな、とか考えてるんでしょうけど。
全然大丈夫ですから!それに、私もここに住んでるみたいなものですし……」
そこまで言ったところで、
話が微妙に逸れたことに気が付いたソラは、
小さく咳ばらいして一度言葉を区切った後、話を戻す。
「それに、何もただで泊まれるわけじゃないですよ。
しっかりとそれなりのことはしてもらいますからね」
「それなりの、こと?」
訳も分からず首を傾げるグラング。
そんな彼女に向けてソラは、自分が先程思いついた[それなりのこと]を告げた。
「このお店で、エンジェル24でバイトしてもらいます!」
「……ばいと?」
聞きなれない単語が出てきたが故にきょとんとした様子のグラング。
そんな彼女に向けて、ソラは尚も言葉を紡ぐ。
「その、ここって人手不足……というか私しか店員がいないんです。
だからグラングさんが一緒にバイトしてくれるとすごく助かるというか!?
そ、それに、きちんとお給料も出ますし……
……っていうか、この後旅に出るにしろ、
お金がないのにどうするつもりだったんですか?」
「……むぅ」
宙の言葉に、グラングは小さく困ったように呻くだけだった。
彼女自身、少々無理のあることだとはわかっていたらしい。
尚もこちらの姿を捉えている少女の姿を見て、グラングはゆっくり考え込む。
「ともかく、なんにせよお金は絶対に必要なんですから。
今のここの責任者の人は甘いのでグラングさんのこともきっと「わかった」へ?」
言葉の合間に脈絡なく発せられた声に、ソラはきょとんとした声を溢した。
……声の主は、無論のことグラングだ。
彼女の表情には先程までの憂いはなく、小さな微笑みが浮かんでいた。
「ばいと、というのは、この場所で職に就くのと、同義であろう?
お主の言う通り、どの道宛てのない身だ。
ならば、この提案を受けるというのも、悪いものではない」
「ということは……」
ソラの言葉に、グラングは小さく頷くと、
右手をゆっくりと差し出した。
「これから、よろしく頼む。ソラ」
「い、いや、こちらこそ、よろしくおねがいします……!」
少し挙動不審になりながらも、ソラは差し出されたその手を握り返した。
……自分より一回り大きなその手は、ほんのりと暖かかった。
その暖かさを受けて、漸くソラは自分の提案がうまくいったことを悟った。
よかった……
心の中でそう安堵するソラ。
そんな彼女のことを見ていたグラングだったが、
不意に何かを思い出したかのような表情になったかと思うと、
ソラに声をかけた。
「時にソラ。少し、よいか?」
「へ……?あ、仕事のことですか?
そのことだったら全然、いつでも聞いてくれたらいいですよ」
「いや……そうではないのだが」
ほの返答をやんわりと否定するグラング。
そんな彼女の言葉にソラは首を傾げた。
仕事のことではないなら、一体何だろうか?
そうソラは、何気なくそんなことを思っていた。
……しかし次の瞬間、その思考はグラングから放たれた突拍子もない質問を前に粉みじんに消し飛ぶこととなる。
「何故、先から敬語で話す?」
「…………へ?」
言われている意味がわからずぽけっとした声を発するソラ。
敬語……いや、グラングさんの方が年上だし、
そもそもさっきから自分は敬語……
「……あ」
そこまで考えたところでソラは思い出した。
確か、出会って然程立っていない時。
雨でずぶ濡れになりながらどこかに行こうとするグラングを叱り飛ばしたような気が……
「え、あ、あの時はその、慌ててたというか、心配だったというか……
とにかく、そんなつもりはなくて!?」
「いや、気にする必要はない」
もしかすると嫌だっただろうか?
そう思ったソラが慌てるが、
そんな彼女対し、グラングは小さく首を振るとそう声をかけると、
改めて言葉を紡いだ。
「……ただ、これから共に過ごすのだ。
我の呼びは敬称などなく、グラングでよい」
「え……?で、でも、冷静に考えたら、
グラングさんの方が絶対年上ですし、その……」
尚もグラングの言葉に言いよどむソラ。
その時、そんな彼女の目の前で、グラングがゆっくりとしゃがみこんだ。
2人の間にある大きな体格差もあり、自然と目の高さがあった。
一度見惚れてしまった顔立ちが、間近でソラのことを見つめる。
「ソラ、頼まれてくれるか?」
「……へぅ」
胸が、高鳴る。
上手く息ができない。
……こんなの、ズルいではないか。
ソラの脳裏を、そんな言葉が駆け抜けた。
どうして彼女ここまで呼び方に拘るのかはわからない。
でも、ここまでされてしまったら……
しばらくの静寂。
その中で、ソラは何度も視線を右往左往させた。
けれど、グラングが離れてくれる様子は全くない。
……やがて、その瞳は、諦めたように俯いた。
「……そ、その」
……恥ずかしい。
恐らく今自分の顔は、真っ赤になっているに違いない。
と、ソラはそう思った。
そんな彼女のことを、グラングは今も静かに見つめている。
そして……
「よ、よろしく。グラング」
「……あぁ、よろしく頼む」
その言葉を待ちわびていた、とでも言うかのように。
グラングは改めて、静かに微笑んだ。
……重なる。
面影が、重なる。
名も、人柄も、体つきも異なる。
似ているところなど、流れる黄金の髪色のみであるというのに。
幾度も幾度も、面影が重なる。
彼女にここにいないかと言われたとき、
どれほどの歓喜が心にあったことか。
先程の呼び名のことも、大層な訳など何もなく。
ただ、彼女の面影のある少女から敬語で呼ばれたくないという、
何ともおかしな欲望によるもの……
……祝福が壊れる時、人は壊れるという。
存外自分も、何処か壊れているのだろう。
どもー、時空未知です。
ということで今回の作品はいかがだったでしょうか?
背の高いクール系イケメン女子に
ガチ恋距離まで詰められてしどろもどろになるソラはいますか?
いますよね???(圧)
そんな欲望を前面に出した回でした。
いやー、透き通ってますねー
……まあ、最後の文章で一気にしっとりしてきたわけですが。