故に、如何なる使命もなく、虚ろな抜け身である。
声に応えるものは既に居ず、ただ罪罰のみを背負う。
再誕と獣
嘗て、凄惨たる大戦があった。
破砕戦争と呼ばれるその戦は、狭間の地の全てを吞み込み、戦火を広げ。
その末には、ただ1人の勝者もいなかった。
ただ残るは砕け散り、壊れ狂った黄金律。
その破片を携え、争いの傷が癒えぬままに各地に散った神の子ら、デミゴッド。
狭間の地は滅びに瀕し、静かな終わりを迎えようとしていた。
……その地の片隅、朱い腐敗に侵されたケイリッドの奥。
そこにそびえる神殿に、それはいた。
……渇く
神殿の最奥で静かに座す何者かは、心の内でそう呻いた。
人の身の倍ほどある巨躯はぼろ布を無理矢理綱で巻いたような服で覆い隠され、
そこからちらちらと覗く肌や手足からは、人ならざる獣の手足が見え隠れしていた。
……渇く
……もう、この感覚を、自身の罪を、咎を感じていつ振りか。
「……グゥゥ」
何者かは小さく、獣のごとき呻き声を上げた。
我が罪、渇き、忘れない。
主から、義姉でありこの地の女王であるマリカから信じて託された大切なもの。
その一欠けらを盗まれ、陰謀の夜が起こり。
その後に、破砕戦争が巻き起こった。
……自分が、自分がもっとしっかりしていれば。
[死]を普段封じておけば、このようなことは起こらなかった。
このような、ことは……
「司祭」
不意に、司祭と呼ばれた何者かに向けて声がかかった。
司祭が自分の目の前へと視線を戻せば、
1人の人間がこちらに黒い根の塊のようなもの……[死]を差し出していた。
「……褪せ人よ、感謝する」
司祭は短く礼を言うと、差し出された手のひれに乗った[死]に喰らいついた。
[死]は酷く硬く、そして苦い。
渇きを僅かに和らげる感覚すら、幻想にすぎないのかもしれない。
けれど、司祭はそれを何も言わずにかみ砕き、飲み下した。
……
同時、かみ砕いたその破片の中から、感覚のようなものが溢れ出す。
それは、この地に残る[死]の数を示す感覚。
これもまた、酷く慣れた感覚だ。
……けれど、それは今、少し違った様相を呈していた。
「全て……全て喰らった」
司祭は呆然と、呟くように言った。
全て喰らった。狭間の地に散らばった[死]を。己の罪を。
……けれど、
「だが、まだ渇く……ひどく渇く」
己の身を焼き焦がすこの感覚が消えることはない。
「グオオオオオッ!!!」
司祭は宙を仰ぎ咆哮する。
神殿の外に聳え立つ、空を覆う黄金樹に向けて慟哭する。
「マリカよ!これが罪か!もう、二度とは戻らぬか!」
……しかし、心のどこかではわかっていた。
どれだけ贖罪しようとも、どれだけもう一度己の責務を全うしようとも。
既に過ぎ去ったことは取り返しがつかず、壊れたまま。
ならば、自身が許されることもまた、永久に来ることはないのだと。
……
「……褪せ人、長い働き、感謝する」
ひと時の感傷に、慟哭に浸ったのち。
司祭は目の前で飄々と佇む人間に、己の手足となって働いていた褪せ人に向けて静かに声をかけた。
褪せ人は何も言わず、ただ司祭のことを見つめている。
……相変わらず無口なことだ。
まあ、その点に関して言えば自分も似たり寄ったりか。
とりとめのない思考が脳裏をめぐる中、
司祭は褪せ人に向けて最後の言伝をする。
「だがもう、この地でできることは、何もない。我は、渇きと共に生きよう」
……これからも永久に、永劫に。
時のねじくれた崩れゆく地で、渇きと共に生きよう。
司祭は懐にゆっくりと手をいれると、褪せ人に向けて最後の報酬を差し出す。
それは、秘宝であった。
淡い黄金色に煌めく鍛石、時を歪める竜の鱗。
褪せ人は司祭から差し出されたそれをしばらく見つめた後、そっとそれを手に取る。
それを目深なフードの奥から確認した後、司祭は手を下げた。
「……さらばだ」
別れの言葉はほんの短く。
僅かばかりの名残惜しさも感じながら。
「ウオオオォォォンッ!!!!」
咆哮。
それと同時に己の姿が消えてゆく。
崩れ行くあの地に向けて、旅立ってゆく。
司祭の視界に最後に映ったのは、静かにこちらを見つめる褪せ人の姿だった。
………
……我が罪、渇き……忘れない。
もう二度と、誰にも、盗ませはせぬ。
託された[死]を、盗ませはせぬ。
あぁ、けれど、けれど。
マリカよ、何故……
何故、我を、欺いた?
……なぜ、壊した……?
………
視界は揺らめき、記憶は虚ろに移ろう。
場面は移り、そこは緩慢な崩壊を迎えつつある時の歪んだ遺跡。
その最奥に司祭は座していた。
フードの奥に隠れた瞳は、この場所と外とを唯一繋ぐ門を捉えて離さない。
……その時、門の奥から何者かの人影が現れた。
「……グゥゥ」
司祭は身を固くする。
この場所に来る者の目的などひとつしかあるまい。
即ち、封じられた[死]を奪いに……
……だが、次の瞬間、司祭の表情は驚愕に彩られることになる。
「褪せ人……?」
そう、こちらに斧槍を携えてゆっくりと歩んでくる人影は、
間違いなく司祭に協力してくれていて、そして信頼していた褪せ人の姿だった。
「まさか、お主が……なぜ……」
司祭は呆然とそう呟く。
けれど、あくまで彼の思考は冷静だった。
そうとも。褪せ人の目指す場所がエルデンリングの修復……
即ち、古き律の排除であるならば、自分との相対は避けられない。
何より、黄金律を砕くことこそがマリカの願いなのだから。
……けれど、
「……だが、もう二度と、誰にも……」
司祭は静かに己の右手の短剣を握りしめる。
鋭く、正面に佇む褪せ人を見据える。
「誰にも、運命の死、盗ませはせぬ」
そう、己に言い聞かせるように、決意するように司祭は声を発する。
それと同時、その巨体が褪せ人に向けて弾かれたように駆け出した。
…………
……あぁ、褪せ人よ。
もし真実を知ったとき、お主の瞳に我はどう映るだろうか?
自身より遥かに小さく、脆い身体でありながら。
斬撃を、祈祷を、すり抜けるように回避し、懐に潜り込み。
こちらに手傷を与える人間に向けて、司祭はそう、心の中で呟く。
主に欺かれながら、主の意志にそぐわぬことであると知りながら。
古に送られた命に未だ縋り続け、頑なに守り続けるこの身。
哀れだと憐憫を向けるだろうか、
愚かだと嘲笑するだろうか。
あぁ、しかしこれが影従であるのだ。
大いなる意志から遣わされた、主の影となり、つき従う従者。
主に裏切られて尚、送られた命に縋り続けるしかない哀れな獣だ。
我が主、マリカよ。
貴女の瞳には、自分の姿は大いなる意志の走狗と映ったのだろうか?
自分は、貴女の信頼を真に得るには足りない存在でしかなかっただろうか?
……いや、このような結果が待っていた以上、事実そうであったのだろう。
けれど、もし……もし、貴女がたった一言。
たった一言、「私と共に来い」と、そう言ってくれたのなら。
今も、貴女の影であっただろうに……
トン
その時、獣の懐に小さな、しかし鈍い衝撃が走る。
獣の纏った漆黒の鎧を貫通して、身体を刺し貫いた褪せ人の斧槍。
……明らかな、致命傷であった。
どうやら、ここで自分の運命も死を迎えるようだ。
段々と薄れゆく意識の中、獣はそれを理解する。
身体一片一片が崩れゆく光の粒子となり、宙に融けてゆく。
「……すまぬ、マリカよ」
朧げになる視界のままに、獣は空を仰ぐ。
「……黄金律は、もう、戻らぬ」
……獣が最後に溢した言葉は、
呼びかけの主に決して届くことはない贖罪の言葉だった。
…………
…………
……
……
___________________________________________________
「……ふぁ……ぅ」
早朝。雨の降り注ぐ現代的な街並みの郊外。
その一画にあるエンジェル24と銘打たれた店のカウンターで、
一人の小さな少女が欠伸をかみ殺しながら立っていた。
「眠い……」
外で降っている雨による湿気で湿った金髪が、小さな歩幅に合わせてゆらりと揺れる。
……ここまでならどこにでもいるごく普通の少女であろうが、
不思議なことに彼女の腰からは小さな白い羽が生え、
その頭上には、空色の光輪が浮かんでいた。
そして彼女と同じように、外に広がる雨雲が立ち込めた空にもまた、幾重にも幾何学の光輪が描かれていた。
……ここはキヴォトス、学園都市という機能を持つ神秘の地。
そして、少女は特異な見た目をしているものの、この地に暮らすごく普通の生徒の一人だ。
強いて普通でない点を上げるとするなれば、学校よりバイト先のコンビニにいる時間の方が長いことぐらいか。
そんな少女は、今日もこのエンジェル24の店内で朝を迎えていた。
「取り敢えず、そろそろ品出しして……
あと昨日できなかった分の掃除も……うっ」
そうして今日すぐにやるべきことを列挙すると、
思いの外あったためか少女は顔をしかめた。
とはいえ、普段より準備が少しばかり忙しいだけだ。
それさえ過ぎ去ればいつもと同じ……そう、いつもと全く同じ、バイトが待っている。
「……よし、今日も一日……」
がんばるぞ、と少女が日常へと向かう自分を小さく励まそうとした……その時だった。
「……あれ?」
エンジェル24の正面のガラス張りの壁。
その1枚の向こう側に人程の大きさの襤褸切れが寄りかかっていたのだ。
降り注ぐ雨に打たれているそれはじっとりと雨粒を吸い込み、
早朝の暗がりに溶け込みそうになっている。
そんな何かを、日常とは違う謎の物体を見て、少女は眉をひそめた。
「……不法投棄?でも、何でわざわざここに、っていうかそもそもいつから……?」
キヴォトスの治安が中々に終わっている事は少女とて重々承知だ。
酷い時だと店に戦車が突っ込んできたこともある。
けれど、不法投棄というものはこの場所では珍しい。
ポイ捨てはあるにはあるが、それすら近くにある建物的な問題で一般的な場所よりかなり少ない。
そもそも、深夜から半分寝そうになりつつもずっとカウンターに立っていたものの、何者かがあんな大きな物を置きに来たような様子はなかったはず……
だからこそ、少女はその不法投棄物を見て首を傾げた。
「……いや、何にせよ開店前には片付けなきゃ」
とは言え、と少女は疑問を振り払うとそう思い直す。
店舗周辺の管理も店員の義務である。
「でも……あんまり触りたくないな。
あれ、絶対水でぐっしょりしてるし……」
この際、店のレインコートを自腹で買ってから退かそうか?
そんな事を考えながら、一先ずそれの詳細を確認すべく、少女はバックヤードへと移動すると、飾り気のない大ぶりのビニール傘を取り出した。
________________
少女は傘を差しつつ店から出ると、
不法投棄物(推定)へと近づく。
段々と彼女が接近するにつれ、朧気だったそれの輪郭が鮮明になってゆく。
間近で見て見ると、どうやらそれは襤褸切れの塊ではなく襤褸切れと綱で包まれたものであるらしかった。
「結局なんなんだろ、これ」
そう呟きながら少女は布を軽く持ち上げた。
その隙間から覗くのは、色の抜けたような白い肌……
「……え?」
瞬間、少女の動きがガチリと固まった。
肌……それは、雨で湿っているものの間違いなく人の肌だった。
「え、えぇ!?」
目の前にいるのは粗大ゴミでも襤褸切れの塊でもない。
よく見れば、身に纏っていると思しき襤褸切れはぶかぶかではあるものの、辛うじて人型の様相を保っている。
間違いなく人……そう、人が倒れているのだ。
少女が驚愕の声を上げるも、その人はぴくりとも動く様子はない。
「あ、えと、その、大丈夫?大丈夫ですかっ!?」
突然の事に慌てたのか、少女は傘を放り出すように置くとその人の肩辺りを掴んで必死に声をかけた。
襤褸切れの下に何か着込んでいるのか、その感触は硬い。
しかし、ゆらゆらと揺すられているはずなのに、相手は全く起きる様子がなかった。
その様子を見て、少女の脳裏に最悪の可能性が駆け抜けた。
……死んで、いるのだろうか?
「……ひぅっ」
それが思い浮かんだ瞬間、
少女の背筋に悍ましい感覚が駆け抜けた。
彼女に限らず、キヴォトスの生徒らの頭上に浮かんでいるヘイロー。
それがある限り、銃弾で撃たれてもアザができる程度で済み、戦車の砲撃を受けても気絶するのがそこそこだ。
それ故に、キヴォトスの人は死という概念と程遠い。
しかし同時に、ヘイローの消失は死と同義。
一応寝ているときや気絶している時は一時的に見えなくなるものの、目の前の人は冷たい雨に打たれ続け、その上でここまで呼びかけに応えないというのは……
「ど、どうし、よう……?」
少女の頭の中を、疑問と恐怖がぐるぐると回る。
気がつけば、肩を揺する手は解けていた。
身体がうまく動かせない。
何をすればいいのか、わからない。
「と、取り敢えず救急車呼ばなきゃ……いや、間に合わないかもだし……えっと、えっと、えっと……??」
混乱し、右往左往しながら少女は必死で考える。
段々と自分が雨で濡れていることにも気がついていないようだ。
「……そうだ。先生なら、先生なら……!」
……何か、少女の脳裏に思い付くものがあったらしい。
この建物の主の愛称を少女は呟く。
彼なら、もしかすれば……!
そう思い立った少女は、上の階にあるその人の居室へと駆けだそうとした。
……その時だった。
「ぅ……」
「……へ?」
ほんの小さなうめき声が正面から聞こえた。
少女がキョトンとした声を零す中、目の前の人は小さく身動ぎしたのだ。
先程までぴくりとも動いていなかったその人の頭上に、
ゆっくりとヘイローの光が灯る。
……生きている。
その事実を、少女は漸く理解した。
「よ、よかった……」
少女は安堵に胸を撫で下ろした。
少なくとも、自分が想定していた最悪は起こることはなかったのだ。
……しかし、安堵を自覚すると同時、少女の心にある感覚が沸々と湧き上がってきた。
「……いや、そもそも何でこんなところで寝てるのよ……」
そうだ、そもそも目の前の奴がこんなところで寝ていなければ朝から余計な心労がかからずに済んだのだ。
というか、今更ながら雨で結構濡れてしまったことに気がついた。着替えは果たしてあったかどうか……
……頭が冷静になるにつれ、目の前の人物に対する八つ当たりにも近い怒りがふつふつと湧いてきた。
そんな彼女の感情も露知らず、目が覚めたらしい相手は、何故だが感触を確かめるように自分の身体をペタペタと触っている。
そんな相手に向けて、少女は近くで開いたままになっていた傘をさっと被ると、つかつかと接近した。
「あの、何があったのか知りませんけど、ここで寝られると困るんですけど!?」
「……?」
少なからず怒りのこもった少女の言葉。
それに対し、未だ座り込んだままの謎の人物はゆるりと反応を示した。
目深に被ったぶかぶかの襤褸切れがフードのようになり、その容姿どころか顔の輪郭すら見ることは叶わないが、確かにこちらを向いているらしい。
そして……
「……マリカ?」
「え?」
小さな、鈴を転がすような声がフードの奥から溢れた。
聞き覚えはないが、どうやら人物名らしいその単語に少女は首を傾げるが、目の前の人物も、何故だがその自分の声に驚いたような反応を示した。
「……いや、私の名前はソラですけど」
「……………」
一先ず間違いを訂正すべく、
自らの名前を名乗った少女ことソラ。
けれど、当の相手はそれに反応を返すことはなく、ただじっと何か考え込んでいた。
……その反応に、ソラは再びムッとしたようだ。
「あの、聞こえてますか?」
「……すまぬ。少し、錯乱していた」
その時、漸く相手がまともな反応を示した。
途切れ途切れで、少し独特な言い回し。
それにソラが少し疑問を覚えたのも束の間、その人はゆっくりと立ち上がった。
……その背丈は、恐ろしく高かった。
恐らく、180cmは優にある。
けれどその身体の様相はぶかぶかの襤褸切れで伺えず、
布の隙間から白い肌が辛うじて覗くのみだ。
ともあれ、身長が140cmと少ししかないソラと比べると、かなり身長差がある。
少なからず圧倒されるソラだったが、
そんな彼女に向けて相手はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「マリカと、容姿が少しばかり似ていた。不快であったなら、詫びよう」
「あ……いや、別にいいんですけど……」
混乱しながらも辛うじてそう返答するソラ。
……けれど、マリカとは一体誰だ?
ふと、ソラの脳裏にそんな疑問が浮かんだ。
目の前の人物……少なくとも生徒であろう誰かは、まるでそのマリカという人を自分も知っているように話す。
そのことが、ソラの心に違和感となって浮かんでいた。
「その、言いたいことはいろいろあるんですけど……マリカって、誰ですか?」
「……!?」
その何気ないソラの言葉に、目の前の人物は表情が分からなくても理解できるほど確かな動揺を示した。
……そこまで驚くことなのだろうか?ひょっとすると、自分が知らないだけで有名人である、とか……
ソラが心の中で首をかしげる中、何とか衝撃から立ち直ったらしい相手が彼女に問いかける。
「お主、ここは……何処、なのだ?」
「え、何処……って、エンジェル24のシャーレ店ですけど」
「……いや、その……なんだ」
ソラの返答を聞いたはいいものの、相手の言葉は歯切れが悪い。
……しばらくの間、両者の間に静寂が流れる。
その末、相手が再びソラに問いかけたのは、決して少なくない時間が経った後だった。
「お主……ここは、狭間の地ではない……のか?」
「……狭間の地?」
全くもって聞き馴染みのない言葉だった。
おそらくは、何処かの地名らしいが……
……ソラ自身、キヴォトスの地名を全て把握しているわけではないが、少なくともそのような名前の場所はここにはないと断言できる。
「ここは、キヴォトスっていう学園都市です。
少なくともその、狭間の地ではない……というか、生徒じゃないんですか?」
「……そう、か」
ソラの言葉に何か察したのか、相手はほんの短く、吐息のような声を発するのみだった。
何処となく落ち込んでいるようにも見える。
しばらくの間俯いていたその人物だったが、やがて顔を上げると改めてソラの方を見た。
「……確か、ソラと言ったな。情報の提供、感謝する」
「へ?い、いやいや、提供ってほどでもないですけど……」
いきなり感謝されて慌てるソラ。
しかし、相手はそんな彼女を後目に、ゆっくりとした足取りでその場から去ってゆく。
……無論、雨に打たれながら、だ。
その事に気がついたソラは、慌ててその背に声をかける。
「え、ちょっと、何処に行くんですか!?」
その言葉に、相手は足を止めると迷ったように振り向いた。
「……わからぬ。行く宛は、ない」
ソラの言葉に対する相手の返答は、ほんの短いものだった。
しかし、それは何処か悲哀と諦観ばかりが感情を埋めているようだった。
「わからない……って」
その言葉に込められた細かな感情の機微は、ソラにはわからない。
しかし、何かを感じ取ったのだろう。
彼女は言い淀んだ。
……その時だった。
グゥ
「……?」
何とも気の抜けた音が雨粒が打ち付ける音の中に混じった。
その音源はソラの目の前、即ち……
「今、お腹……」
「……むぅ」
未だ振り返った時の体勢のまま、
相手は小さく呻くと自分の腹辺りを見下ろした。
その瞬間、
グゥゥ
今度は雨音の中でも確かに分かるほどハッキリと、相手の腹が鳴った。
2人の間に何とも言えない沈黙が流れる。
……その沈黙を最初に破ったのは、相手の方だった。
「……渇く」
「乾く?」
微妙に噛み合わない両者の会話。
再びの沈黙……
しかし、今度のそれは然程長くなることはなかった。
「えと……お腹、空いてるんですか?」
恐る恐る、と言った様子でソラがそう問いかける。
それに対し相手は少しばかり考え込むと短く返答した。
「……そうとも、言う」
「……やっぱり」
なるほど。つまり、目の前の人物はお腹が空いた為にあそこで倒れていたのだ。
ソラは心の中でそう結論づけた。
……真実はどうであれ、少なくとも彼女の目にはそう映った。
もし、このまま何処かに行かせてしまっては、すぐにまた倒れてしまうだろう。
それに、ほんの少しの会話を交わしただけではあるが、雨の中ずぶ濡れになっても出歩こうとするあたり何処となく常識がズレているというか……
……正直な所、初めは体格差と奇妙な雰囲気で怖いと感じていたが、今は……目の前のこの人を放っておけない。
「あの、お金って持ってますか?」
ソラは念の為、相手に向けてそう問いかける。
そんな彼女の言葉に一瞬虚を突かれたように身を震わせた後、相手は自身の懐を探る。
……しかし、結果は芳しく無かったようで、すぐに申し訳なさそうに俯いた。
「……すまぬ。
「そ、それなら!」
その謝罪が言い終わらぬうちに、
ソラは相手の方へと駆け寄るとパッとその手を取った。
「!!」
その行動を前に、殆ど反射と言える速度で
相手の手が再び懐へと伸びた。
……けれど、その動作はソラの表情を、
敵意なく、善意に溢れた表情を見て、すぐに止まることになった。
「取り敢えず私についてきてくれませんか!?
ご飯もご馳走できますし、一時的に泊まるぐらいなら……」
その人が元いた場所では、
先ず向けられることのなかった純粋な善。
……言ってしまえば、それを向けられることに相手は全く慣れていなかった。
未だ少女に片手を取られたまま、その人はたじろぐ。
「いや、しかし……これ以上、世話になることには……」
「あー、もう!!」
ソラからの申し出を断ろうとしたが、その声を再び彼女は遮る。
その表情には、先のものとは少し違う怒りが含まれていた。
「そんなこと言って、今のままだとまた倒れちゃうでしょ!?
それに、そんなずぶ濡れだと風邪も引いちゃうかもだし……
ともかく、大人しくついてくる!」
いつの間にか敬語が崩れていることにも気が付かず、ソラは呆然としている相手の手を引く。
……かなりの体格差がある筈なのに、その身体は少女に引かれたことによりつんのめるように動き出した。
……本当に、連れてきて大丈夫だったのだろうか?
手を引きながらバックヤードへと回り込むうち、ふとソラの脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
……いや
けれど、ソラはその言葉をすぐに振り払った。
あのままこの人を放っておいたら、少なくともいいことには繋がらなかっただろう。
自分は正しいことをしているのだ、それは間違いない。
そう思いつつ背後へと視線を向ければ、件の人物は狼狽えつつもソラの手に引かれて大人しくついてきていた。
……取り敢えず、店に入ったら備え付けのシャワーを浴びてもらおう。
その次は服。自分には大きすぎる制服がいくつもあるのだ、それから見繕えばいいだろう。
その後は……もう1時間も経たず賞味期限が切れる弁当やら惣菜がかなりある。どうせこのまま廃棄するぐらいならこの人に食べてもらおう。
「……あ」
そこまで結論を出した所で、ソラはあることに気がついた。
一番重要なことを、今の今まで聞いていないではないか。
それを思い出した時、丁度2人は裏手の扉の前にたどり着いていた。
「そう言えば、その……」
「……?」
何か言いたげなソラの様子に、相手は軽く首を傾げる。
「何か、あるのか?」
「いや、大したことじゃないんだけど、面と向かって言うと恥ずかしいと言うか……」
そう言って、先ほど迄の気迫は何処へやら。
少しばかりそれについて言い辛そうにしていたソラだったが、やがて意を決したように顔を上げると、表情の伺えぬ相手の顔辺りに視線を向けた。
……尤も、それは羞恥からかすぐにあらぬ方向へと逸らされてしまったが。
「その、名前……何て、言うのかなって……」
「……名前」
名前。
誰もが持っているはずの、ごくありふれたもの。
ソラからの途切れ途切れの問いかけを、
相手はぽつりと口ずさんだ。
それは何処か空虚であり、迷うようであった。
「……」
「……あ、あの?」
沈黙が流れる。
ソラの方も何か違和感を感じ取ったのか、
目の前の名を知らぬ人に向けて小さく声をかける。
その声を聞いて、漸くその人は我に返った。
名前……
……
「……グラング」
「……へ?」
沈黙の後に唐突に告げられたその言葉に、
ソラは呆けた声を溢した。
そんな彼女に向けて、その人はもう一度、それを告げた。
「グラング……我の名は、ただの、グラングだ」
……そう、ソラではない誰かに言い聞かせるように自らの名を告げるグラングの声色は、何処か、深い諦観に満ちていた。
どもー、時空未知です。
というわけで今回の作品はいかがだったでしょうか?
……はい、新作です。新シリーズです。
セリカちゃん物語はひと段落(?)したはいいものの(??)
もう片方のシリーズどうすんだという声が聞こえてきそうな気がしますが
その……スランプちゃってぇ……息抜き、したくってぇ……そしたらその息抜きが長くなっちゃってぇ(いつもの)
まあ、それはさておき遂にELDENRINGとのクロスに手を出しました。
いつもの如く独自解釈とフロム脳と啓蒙と性癖と狂い火マシマシでお送りしております。
でも後悔はしていません。ELDENRINGにハマって二次創作小説探しても司祭さんネタの小説なさすぎるのが悪い。
あんなかっこよくてかわいくてかわいs……かわいい人の小説が少ないなんて有り得ない!
まあ、前置きはほどほどにしてですね。
今回の小説はほのぼの路線を取るつもりです。
原作であれだけ苦労……というかお労しいことになってきたんです。
司祭さんにはかわいい女の子と一緒にキヴォトスでゆっくりしてもらいましょうね!
……え、それにしてはタグが不穏?
お前の前作読んでるからな??
…………君のような活きのいいカキはフライだよ。
因みに、ELDENRINGの二次創作は書こうと思ってたんですけどね、
団長に例の火を受領してもらった話でも書こうかとも考えたんですけど
とんでもなく長くなりそうだったので今回は見送りです。