日本がどこに投下したところで、我々がソ連かメキシコに直接打ち込まないと順位は変わらない・・・そう思っていましたが、これだけの高得点となると話は別です。この爆弾が落された国が、アフガニスタン等のかなり点数に余裕のある国ならともかく、ソ連やメキシコであれば、終戦時に我々の抱えている二つの爆弾が爆発しても、まず負けはない。残りの6時間と少し、どこかに籠城して逃げ切ればいいわけです。
ここで、西ドイツの4人は急いで各国のメンバーに電話して連絡を取り始めました。私は襲撃国である日本のキャバセカンドに電話をしましたが、「どこに落したかは言えない」とのこと。
しかし、キャノンさんがそれぞれの国のリーダーに電話をしたところ、我々を警戒していたであろうソ連以外のすべての国と繋がり、どこも「食らったのはうちじゃない」との返事でした。これで、自動的にソ連に落ちたことが確定しました。
このキャノンさんの報告に、西ドイツ一同は大歓喜。前夜からの凍死しそうになりながらの長い長い徘徊は表面上実を結びませんでしたが決して無駄ではなく、神様が我々の努力を見てくれていて、最高の形で報われたように思いました。傍目からは、まだ暗さの残る凍えるような早朝に何もない路上で歓喜してはしゃぐ我々は、ものすごく奇異な存在に映ったことでしょう。
もうこうなれば我々のなすべきことは終戦まで安全な場所に籠るのみです。今いる場所はソ連の潜伏先からあまり離れていないため、一刻も早く籠城できるところを見つける必要があります。そうして我々の目に飛び込んできたのは・・・
「ホテル ラヴィ」
そうです、ラブホです。ここの一室に4人で籠って、終戦まで過ごそうとしました。ただ、問題は・・・我々の男女構成です。キャノンさん、稲中さん、私ハヒョムーカの男3人と、ぽんぽちさんの女1人。これで入れてもらえるのか・・・?古典的なフロントの人と面と向かってやり取りをする形のホテルだったため、門前払いを食らわないかが心配でした。そして行ってみると・・・「まず、4人で一室に入るのは不可。それと、男女ペアじゃないとダメ。男女1名ずつは入れられるが、残る男2名は無理」とのことでした。やっぱりな~と思いつつ、仕方がないので諦めて漫喫を探すことに。
しかし、これもなかなか近くには見当たらなかったので、近くの駅から電車にのり、東横線を使って渋谷まで出ることにしました。
電車は混んでいて、座ることが出来ませんでしたが、暖かい車内に入ると、溜め込んでいた疲労と眠気があふれるように押し寄せて来ました。口数は少なく、みんな疲れ切っていましたが、眼にはそれまでなかった強い生気が宿っており、充実感に満たされていました。
そして午前8時30分頃渋谷に到着し、キャノンさんの意向でシャワー室のあるネカフェに入りました。8時52分にキャノンさんが流したメーリスが、我々の闘いの終わりを告げました。
「我々は避難完了しました。
ドイツ国民の皆さん、12時までは家の中にいてください。宅急便はお母ちゃんに出てもらってください。お母ちゃんがいなけりゃ無視してください。窓から手 を出さないでください。ウンコは我慢してください。相手(ソ連?)は何をするかわかりません。昨日の俺がまさにそうですが、「~だから大丈夫」はダメで す。オレオレ詐欺と一緒です。
それでは皆さん、このまま終電を迎えましょう!!」
最後の「終戦」が「終電」になってしまっているのは、それだけこの半日が過酷だったということでしょう。私が午後6時に襲撃されてから、約15時間に及ぶ凄まじい試練が、そして少々気が早いですが、26日間に及ぶ西ドイツの戦いが、幕を降ろした瞬間でした。
日本の春マキさんが流した玉音放送は、まさに我々の終戦宣言でもありました。
キャノンさんがシャワー室に行き、他の3人はそれぞれの部屋に籠り、眠りに落ちていきました。
14/12/23 22:16

