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私が活動を続ける理由

未来の子供にツケを回さない。

そのために、今できること。

小学校4年生の時、登山家の野口健さんと富士山のゴミ拾いに行きました。
そこで見たのは、あまりにひどい光景でした。注射器、テレビ、バスまでもが捨てられていたのです。
大人たちは、このあり様を放置していました。
野口さんは言いました。
「大人は見て見ぬふりをする。だから、君たち子どもが変えてほしい」
「じゃあ、私が伝える!」
そう心に決めた私は、無関心な人にも社会問題を身近に感じてもらおうと、お笑い芸人になりました。
そして現在は、時事YouTuberとして取材をし、伝える活動を続けています。

あれから十数年。気づけば、私は大人になっていました。
でも、私は「いい地球、いい社会を作ってきた」と自信を持って言うことができません。
「自分たちには関係ない。自分たちの世代はこのまま逃げ切れる」
そう考える無責任な大人たちに嫌気が差していたのに、
今では自分が子どもや孫の世代に“宿題”を押し付けることになってしまいました。
今、地球が悲鳴を上げています。
異常気象により災害が増え、戦争は無くならず、貧富の差が広がり、プラスチックが海を汚しています。

だから、決めました。もう先延ばしにはしません。
もう一度、小学生の頃に決意したように、伝えて、みんなで社会を変えたい。
私は今、現場に取材に行くこと、出張授業で直接会うこと、YouTubeで伝えることで、
社会を一歩ずつ変える仲間を増やしています。
誰かに「ありがとう」と言われたら、最高に嬉しいし、幸せです。
だから、この楽しさをみなさんにも味わって欲しい。
自分たちの子どもやひ孫に、「ありがとう」と言われるようや地球や社会を作りましょう。
私たち一人ひとりの力は微力ですが、無力ではないはずです。

ストーリー

生誕

Birth

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0

由緒正しき家庭の
箱入り娘

1993年7月5日、神奈川県横浜市に生まれ。高祖父は、渋沢栄一から頼まれ、東京ガスの社長を務めた、日本の応用化学の父、高松豊吉。新宿を開拓したのは、江戸時代のご先祖さまという名家。由緒正しき家庭にお嬢様として生まれ、箱入り娘としてぬくぬく育つ。内気な性格で、友達はできず、親が子育てに困る。たかまつ家はみな、慶応一家で「慶応に入らないと人ではない」という偏った教育方針のもとで育つ。

小学生時代

Primary
School

01

1

社会問題に
興味をもった小学生

アルピニスト野口健の環境学校に小4で参加し、富士山のゴミ拾いをきっかけに、社会問題に関心を持つ。勉強が大っ嫌いで、スポーツ大好き。将来の夢はサッカー選手だったが親に猛反対され、「親のせいでサッカー選手になれなかった」と思う日々。そんなダサい自分が嫌で、「次やりたいことが見つかったら、環境のせいではなく、自分のせいにできるまでやろう」と決意する。神奈川県の女子校で一番自由だと聞き、受験直前の猛勉強で奇跡的にフェリス女学院に合格する。

中学生時代

Junior
High School

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2

お笑いに目覚めた
中学生

勉強で周りに追いつけず、自己肯定感が下がりまくる。読売新聞の子ども記者になり、富士山の不法投棄問題を伝えようとするが、70本近く取材をする中で「真面目に語ってもあまり関心を集めないこと」に悩む。爆笑問題の太田さんの本と出会い、お笑いが効果的かもしれないと、芸人を志す。実際に英語のスピーチコンテストで余興をしたところ盛り上がり、「学年でビリの私に皆が食いついている。これがお笑いの力だ」と感銘を受ける。 

高校生時代

High
School

03

3

お笑いで社会問題を発信すると決めた高校生

学校の広島研修で、語り部の方から「『原爆が投下されたのが公園で良かったですね」と若者から言われた」と聞いて驚く。無知は怖いと考え、核兵器の論文執筆。高校生平和大使となり、国連でスピーチをする中で、結論ありきで若者が活動をすることに疑問を感じ、主権者教育の大切さに気づく。野田秀樹や三谷幸喜の社会問題を描いた演劇に感化され、大学受験で自身の将来と向き合う中で、お笑いを通して社会問題を発信すると決意。慶應大学総合政策学部に合格後、お笑いの養成所に通う。

大学生時代

University

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お嬢様芸人として
プチブレイクした大学生

お笑いジャーナリストを目指しながら、社会問題を伝えるための言語学、政治を学び、教員免許を取得。大学4年時からは東京大学大学院情報学環教育部でメディアについて学ぶ。
大学1年時にR-1ぐらんぷり準決勝進出し、13社からスカウトされた後、サンミュージックからお嬢様芸人としてデビュー。日本テレビ「ワラチャン!」で優勝し、「エンタの神様」「行列のできる法律相談所」などに出演するが、テレビで政治の話ができないことに悩み、事務所から独立。海外取材の経験から、SDGsに関心を持つ。

笑下村塾設立

Company

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笑いで世直しを
モットーに起業

クラウドファンディングで学費を集め、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科で、主権者教育の研究をする。18歳選挙権をきっかけに株式会社 笑下村塾を設立し、1年で全国の学校2~3万人に出張授業を届ける。芸人100人が、全国200万人に出張授業を届けることを目指し、国会で芸人100人が集うライブを開催。1回の出張授業で投票率が84%と効果は抜群だったが、「何のメディアを見ればいいか?」と聞かれ、若者向けのメディアが必要だと実感。

NHK時代

NHK

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ジャーナリストとして
修行したNHK時代

「若者の政治番組を作る」「ジャーナリストの腕を磨く」ため、NHKに入局。報道局ディレクターとして、教育分野を中心に取材を重ねる。NHKの報道によって政策が動くなど意義を感じる一方で、大手メディアの限界を感じる。副業更新時に許可が降りず、退局。出張授業に協力してくれる芸人が増え、全国に広がる。漫才協会に入り、社会風刺ネタをする。単独ライブのゲストには、池上彰、田原総一朗、立川志の輔、田村淳、せやろがいおじさん、宇野常寛、野口健らが駆けつけた。

時事YouTuber時代

Youtuber

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忖度なしの
時事YouTuber

NHKを退社後、「若者向けの社会問題解決型YouTube番組」を作るため、クラウドファンディングで600万円集める。 自民党総裁選や野党の結党大会などを忖度なしで取材し、政治家インタビューに力を入れる。公文書改ざんやテレビ番組のやらせなど、大手メディアが避けがちな話題を真正面から取り上げる。
「子どもにツケを回さない」思いから、持続可能な社会を作るSDGsに共感し、テレビの解説、出張授業、企業研修など、SDGsの普及に力を入れる。