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村上春樹と聖書 (ワザワイを転じて福となす)

村上春樹と聖書 (ワザワイを転じて福となす)


(村上春樹)

「ぼくは地震のことについても,オウムのことについても,

何かひとつの転換点,

そういうものとして非常に興味を持っているのです。

事件そのものは非常に不幸なことではあるけれども,

それらを契機として,ワザワイを転じて福となす,

というか,何かが開けていくという予感がするんです。」

(「村上春樹,河合隼雄に会いに行く」p184)



それは,この世のものは崩れ去る,

真実なもの,

いつまでも残るものを知るという契機なのでしょう。

使徒のペテロは,

旧約聖書の預言者イザヤの言葉を引用して,

次のように言います。


(1ペテロ1:22-25)

「あなたがたは,

真理に従うことによって,たましいを清め,

偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから,

互いに心から熱く愛し合いなさい。

あなたがたが新しく生まれたのは,

朽ちる種からではなく,

朽ちない種からであり,

生ける,いつまでも変わることのない,

神のことばによるのです。

『人はみな草のようで,

その栄えは,みな草の花のようだ。

草はしおれ,花は散る。

しかし,主のことばは,

とこしえに変わることがない。』

とあるからです。

あなたがたに宣べ伝えられた

福音のことばがこれです。」



パウロは次のように言いました。

(ローマ8:29)

「神は,あらかじめ知っておられる人々を,

御子のかたちと同じ姿に

あらかじめ定められたからです。

それは,御子が多くの兄弟たちの中で

長子となられるためです。」

 

(2009.7.27)

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