ニューヨーク在住9年目の、久保純子さん。家族や友人との時間、街で見かけたモノ・コト、感じたことなど、日々の暮らしを通して久保さんが見つめた「いまのニューヨーク」をつづります。
次女が9月から高校の最終学年に突入した。大学受験も佳境を迎えて、各大学へ提出するエッセー書きやSAT(高校生の学力を測る統一テスト)、先生たちへの推薦状依頼など、慌ただしい日々が続いている。親としては何もしてあげることはできないが、心だけはざわざわ。娘がコホンと咳(せき)をしようもんなら、すぐさまハチミツと生姜(しょうが)の温かい飲み物を用意し、バランスの取れた食事を作って、せめて健康管理だけはしっかりやらなくてはと勝手にテンパっている(娘には見せないようにポーカーフェースを装っているが)。
「bell-to-bell policy」はじまる
そんな矢先、もう一つざわざわする出来事が起こった。ニューヨーク州で、学校での携帯電話使用を禁止する、通称『bell-to-bell policy(学校始業ベルから終業ベルまで禁止)法』が定められたのだ。インターネットにつながるすべてのデバイスが対象で、スマホはもちろん、スマートウォッチも含まれている。NYタイムズによると、アメリカのティーンエージャーの約90%が電話を持っていて、8歳児でも約3人に一人がスマホを保持しているという。オンライン上のいじめやハラスメントが多発していて、子どもたちのうつ、不安、自傷との関連が取り沙汰されている。
ニューヨークでは、10年ほど前から子どものスマホ使用は問題視されてきたが、ここへ来てついにキャシー・ホークル州知事が踏み切った形だ。母親でもあるホークル州知事は、かねて子どもたちへの悪影響を危惧していて、「中毒性のある技術から子どもたちを傷つけている。この措置がクリックやスクロールなどに費やす時間を減らし、実際の人間関係に時間を向けさせる環境が、子どもたちの社会的な発達の機会をつくる」と述べている。
9月4日の新学期スタートを前に、親の間でも動揺が走った。親のグループチャットがあるのだが、そこには、この新しい取り決めをめぐって何百という意見が連日飛び交っていた。「今年に入って、立て続けにNY市で銃乱射事件が起こっていて、何度も学校がロックダウンされているのに、緊急時にどうやって子どもたちと連絡を取るのか」「普段からまったく学校の電話が通じないのにどうするのか。昔のように、電話対応係の職員を雇うというのか」という不安の声がある一方、「子どもたちが授業に集中できるのは賛成」「もともと私たちは学生時代携帯電話なんてなかったけど、それで良かったしね」と賛否両論、意見が割れている。
確かに緊急時に娘と連絡が取れないのは不安だが、正直、私としては、学校で携帯電話は必要がないと思っている。ただ、娘の学校もそうだが、学校によってはパソコンも禁止されることになり、これまで多くの宿題や課題を授業中にパソコンを使ってやっていたことを考えると、それでなくても放課後に何時間も宿題に追われていたのに、しわ寄せがくるのは否めない。
9月4日、いよいよ携帯使用禁止の初日がやってきた。携帯電話をどこに保管するかは学校によってルールが決められる。学校のロッカーに一日中しまっておくところもあれば、娘の高校のように、ロック式のマグネットポーチがあてがわれて、登校するやポーチにしまい、入り口で構える先生たちがロックを確認する学校もある。このロック作業が想像通り混乱を極めていて、生徒数の多い娘の学校では莫大(ばくだい)な時間がかかり、子どもたちは、学校の外に並んで順番待ちすること40分、1時間目の授業に間に合わないという問題が出てきたのである。遠方から通っている生徒たちが多い中、これ以上早起きをして登校はできない。オペレーションが完全に破綻(はたん)している、と親からは不満が噴出。
また、一つ30ドルするポーチはニューヨーク市とニューヨーク州から予算が捻出され、2900万ドル(約43億円)が投入されるとのことだが、すでに逼迫(ひっぱく)している市の予算をさらに圧迫するのではないかといった声もある。とにかく今はまだ問題だらけなのである。
携帯電話がないと、何が変わった?
娘に「何か変わった?」か聞いてみると、「携帯がないと不便! 高校最後の年に友達との写真も撮れない」とブーブー。デジカメを持っていかなくちゃ、と。そして、中には、ガラケー(インターネット機能がないのでオッケー)や無線機、トランプやウノを持ってくる生徒もいるとのこと。時代がさかのぼっていて、なんだかほっこりする。
世界に目を向けてみると、フランスも、学力低下や心身の健康への影響を考慮して、2018年から幼稚園から中学校でのデジタルデバイスの使用が法律で禁止されている他、韓国も若年層のスマホ依存に歯止めをかけるため、来年3月から、小中高での授業中のスマートフォンの使用が原則禁止されるそうだ。
日本はどうなのだろう? 文科省も度々スマホへの警鐘を鳴らしている。2009年に小中学校への携帯電話の持ち込みを「原則禁止」と通知を出したが、社会情勢の変化から、2020年には「引き続き原則禁止だが、中学校は一定の条件のもと持ち込みを認める」としている。高校においては、それぞれの学校の判断に委ねられているようだ。こども家庭庁が2025年に発表した調査によると、日本の高校生の97.6%がスマホからネットを閲覧しているというデータが示されている。この数字を見ると近い将来、日本各地で携帯利用に何らかの制限が設けられることも予想される。
親がスマホを見ている時間が長ければ長いほど、子どもたちの依存率も高まるというデータも見聞きした。私も、ラインやメールにメッセージが来たらすぐに返信しなくちゃという気持ちになるし、必要もないのに、真横に置いてダラダラ見てしまう。ましてや、前頭葉が発達中の子どもたちに自制しなさいと言っても、お門違いだ。自戒の念を込めて、今この記事を書いている。