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モラハラ上司だった僕が、採用で“誰かの居場所”を作るようになった話

僕はかつてモラハラ上司だったが、会社はめちゃくちゃ好きだ。
嫌いな人と喋ることさえ楽しい。

今はもう会社員じゃない。それでも採用を通じて、誰かの居場所を作りたい。
これは、承認欲求の塊で嫌われ者だった僕が、そう思えるようになるまでの話だ。

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為国辰弥|求人代理店を運営

バレー部を辞めた日、青春を失った

子どもの頃の僕は、ピアノばかり弾いていた。
いわゆる“陰キャ”で、どちらかというと「いいとこ育ち」だったと思う。

中学では、いわゆる二軍。
いじめられてもいないけど目立つこともない、40人中29番目くらいの人気だ。
飛び抜けて得意なものはなく、ちやほやされた経験もなかった。

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高校に入って身長が10センチ伸びて、視界も環境もがらりと変わった。
1年生でバレー部のエースに抜擢。
人生で初めて女の子にちやほやされ、”一軍の自分”になった。
当時は『テニスの王子様』が流行っていて、「バレーの王子様って呼ばれてるよ」と言われたときは、そこそこうれしかった。

そんな大躍進を遂げた僕は、昔の自分みたいなタイプに優しくする……ことはなく、見下すようになった。
「俺はお前らとは違う」と思い上がり、レギュラー外の部員に荷物を持たせる始末。
高校生にしても、大人げなさすぎる。

高校1年生の冬、腰を痛めて部活を休み、軽い気持ちで「辞める」と言った。
先生や仲間が引き留めると思っていたから。
別れるつもりがないのに「別れる」と言って、恋人の反応を見たがるようなものだ。

でも、誰も僕を引き留めなかった。
あっけなく辞められてしまって、戻ろうとしたら
「Tシャツにでっかく『為国』って書いて練習に来るなら戻っていいよ」
と言われた。

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それは、入部したばかりの1年生が名前を憶えてもらうために行う習わしだった。
天狗になっていた僕は、反感を買っていたのだ。

「雑魚たちの反逆だ」
と思い、バレー部には戻らなかった。

これが、人生における最大の後悔だ。

部活を辞めてから、放課後にバレーして、カラオケや買い物に行く楽しみが消えた。
代わりに、実家のピアノ室にこもって『はじめの一歩』のビデオを何時間も見続ける日々。

人間の価値はコミュニケーションだと思う。
誰とも話さず過ごす時間は、死んでいるのと変わらなかった。

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過去に戻れるなら、Tシャツに名前を書いてでも戻る。
あの頃は「ダサいことを真剣にやるのはかっこ悪い」と思っていたけれど、今ならわかる。
ダサいことを真剣にやれるやつが、一番かっこいいと。


嫌われ者から抜け出すには、成果しかなかった

大学では普通の学生だった。
バイトしてそこそこ恋愛する、一般的な青年。

ただ、就活には自信があった。
人気のゼミに10倍の倍率で合格し、弁も立つほうだったから、周囲から「為国ならどこでも受かる」と言われていた。

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でも、結果は爆死だった。

理由は二つある。
ひとつはリーマンショックで採用枠が激減したこと。
もうひとつは、就活本を読みすぎて“テンプレ人間”になっていたことだ。

「私の強みは継続力です。なぜならば──」
みたいな定型文を、いかにも就活生らしく話していた。
自分の言葉を捨てて取り繕った結果、ことごとく落ちた。

当時は通過の連絡が電話で、落選はメールで届く時代。
パソコンルームの前で「電話よ鳴れ」と祈った。
でも、届いたのは“ご愁傷メール”。
画面を見た瞬間、吐き気がした。

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留年して就活をやり直し、いくつか内定をもらった。
最終的に選んだのは旅行会社。
同期が80人もいて楽しかったが、僕に添乗員の仕事は合わなかった。

3年目の終わり、尊敬する先輩に転職を勧められて転職活動を始めた。
会社選びの軸はたった1つ、
「結果を出した人が正当に評価される会社に入りたい」
だった。
上司の好みや筆記試験で昇格が決まる“運ゲー”みたいな世界にうんざりしていたから。

キャリアアドバイザーから紹介されたのがマイナビだ。
念願の成果主義の会社を選んだ――はずだった。
入社して1年後、僕は地獄を見た。

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ある日、事業部長に
「お前の喋り方は偉そうだ。全員に敬語で話せ」
とルールを敷かれた。

100人の事業部のうち半分は後輩だったが、敬語。
それでもめげずに飲み会で後輩と仲良くしていたら
「為国は後輩との会話禁止」
との箝口令が出た。

50人もの後輩と、1年間、たった一言も交わせなかった。

飲み会でも仕事でも、話しかけられたら叱責される。
だれかが僕に話しかけようとすると、別のだれかがそれを咎め、そっとポストイットを渡される。
平衡感覚を失って、食べられるのはうどんだけになった。

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病院に行けば、うつ病と書かれた診断書をもらえただろう。
それでも辞めなかった。

このまま負けたくない。
この場所を手放したくない。
仲間に入れない僕が居場所を作るには、成果を出すしかない。

休みは年間で4日、365日のうち361日働き、営業700人中ダントツの1位になった。

それから「結果を出したやつが正義」というポリシーが強化され、定性評価を嫌い、数字で人を評価するようになった。
好き嫌いはあっても、感情を仕事に持ち込まない。
自分がそうされて、心底嫌だったから。

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でもなかなか美談にはならないもので、誰よりもモラハラを受けた僕は、部下にモラハラするようになってしまった。
部下たちは「為国さんにはついていけない」と大反発。
「もう敵しかいない」と感じ、上司に「結果が正義とされる事業部に行かせてください」と直訴した。

異動先は、求人広告の営業部門(求人事業部)
社内でも「ヤバいヤツが来る」と噂されていたけれど、僕は成果で悪評を塗り替えると決めていた。

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異動直後のパーティーで、こう宣言した。

「1年以内に全員ぶち抜くんで、待っといてください」

1年後、本当に全員を抜いた。
千人の事業部で営業1位、MVPになったのだ。

それから飲みに誘われるようになり、相談されるようになり、仲間ができた。

数字を出せば、評価は覆る。居場所が手に入る。
マイナビを離れた今も、当時の仲間たちは大切な存在だ。

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背伸びして承認欲求を叶えた、その先

やがて課長から部長へ昇格したが、部長の仕事は合わなかった。
20人の部下を管理するのが苦痛で、仕組み化も得意ではない。

限界を感じていたとき、YouTubeで『年収チャンネル』の新メンバー募集動画を見つけた。
ファンだったから、軽い気持ちで応募した。
社名を出さない条件で出演が決まり、オーディションの予選を通過。

でも、動画が公開された瞬間に社内で大問題になった。
コメント欄には社員と思われるユーザーからの非難が並び、会社でも冷たい視線が突き刺さる。
「もうこの会社にはいられない」と辞表を出した。

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会社という居場所を失ったうえに、最終オーディションで落選。
どん底だった。

そんなとき、年収チャンネル主宰の株本さんから連絡が来て「一緒に仕事がしたい」と言われた。
契約して2日後、50万円の売り上げを出したら「すごくないですか?ぜひチャンネルにも出てほしいです」と番組出演が決まり、年収チャンネルのメンバーになれた。

「なんでオーディションに落ちた為国が出演してるんだ」
というコメントもあり、僕は“仕事ができるモラハラ”というキャラを尖らせ、認められるために必死で爪痕を残した。

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嫌われるのは怖くなかった。
僕が怖いのは「無風」であり、だれにも見てもらえないことだったから。

1年後、年収チャンネルをきっかけに起業リアリティ番組『Nontitle(ノンタイトル)』に出演。
志のある若手たちが事業プランを競い合い、勝者はそのまま事業化できるというYouTube企画だ。

“仕事ができるモラハラ”キャラがプラスに働き、毎日200~300件のDMが届いた。
最終回で優勝を勝ち取り、プレゼンした学校事業で高校を本格的に立ち上げることに。
SNSで持て囃され、うっかり「天下取ったな」と思ってしまった。

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掲げた事業テーマは、“高校を作る”。
理由はシンプルで、もう一度高校生になりたかったからだ。

今でも高校生に戻る夢をよく見る。
かつての自分のような高校生の居場所を作りたかった。

でも、生徒は集まらなかった。
SNSで大いに叩かれ、僕の評価はバブル崩壊のごとく地に落ちた。
承認欲求の塊みたいな自分にも嫌気がさし、撤退を決めた。

こうして僕はまた、居場所を失った。


居場所を作りたい。だから“採用”を続ける

高校生のときに失った居場所を、ずっと探してきた。
不器用な僕にとって一生のテーマだろう。

認知度が上がってからいくつもの事業を手掛けていたが、法人の求人広告だけに絞り「これで勝負する」と決めた。

求人広告が僕の一番詳しい分野であり、“人の居場所”を作れるから。
知見と知名度を生かしてどこの代理店よりも成果を出す自信があるし、もらったお金の倍の成果を出すつもりで働いている。

採用は、人の居場所を広げる仕事だ。
僕自身、会社で自分の居場所を見つけた。
だから今度は、だれかの居場所を作りたい。

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独立した今も、やっぱり”会社”が好きだ。
嫌いな人と喋ることさえ楽しい。

嫌な感情があるからこそ、喜びも感じられる。
家でひとりでテレビを見ていたら、強い感情は生まれない。
ストレスだって“生きてる証拠”だ。

好きな人とも、そうじゃない人とも同じ空間にいられること。
それが人間としての成長だと思っている。

今でも会社員に戻りたいと思う瞬間はある。
でも、クライアントの顔があるから、戻らない。
採用に結果で応え、居場所を作る。

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(取材・文/秋カヲリ ©キャリアドラマ)

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モラハラ上司だった僕が、採用で“誰かの居場所”を作るようになった話|キャリアはドラマ、主役はあなた。
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