片親育ちへの偏見を平気で口にできる、“両親育ちの人たち”
昨日、ある芸能人のスキャンダルきっかけでSNSで拡散された「片親育ちは〜〜〜」と言う差別的発言を受けて。
SNSを見ていると、定期的に「片親育ちは〜」「シングルマザーは〜」というような発言がバズります。
そしてそのたびに、当事者たちは傷つき、またしばらくすると繰り返される――。
なぜこんなにも、ひとり親家庭に対する偏見は、何度も、何度も繰り返されるのでしょうか?
※なお、"片親"という表現自体が、「欠けている」「不完全な家庭」という意味合いがあり好ましくないため、以降"ひとり親家庭"とします。
なぜ、ひとり親家庭への偏見は繰り返されるのか?
この現象には、いくつかの社会的背景や構造があると感じています。
1. 「家族の理想像」が未だにアップデートされていない
日本では、「父・母・子ども」のそろった家庭が“普通”で“正解”とされる空気が今だに根強くあります。
メディアでも学校教育でも、その価値観はあまり疑われずに語られ続けてきました。
そこから外れる家庭、特にひとり親家庭は「足りていない」「欠けている」と見なされやすく、その見方が何気ない偏見の言葉を生み出しています。
2. “想像できない”から、勝手なストーリーが作られる
両親がそろった家庭で育った人にとって、ひとり親家庭のリアルは想像しづらいものです。すると、実態を知らないまま、「ひとり親だから不幸」「愛情不足で育ったんでしょ」というような、勝手な物語ができあがってしまう。
これは悪意というより、想像力の欠如ですが、その無自覚さが偏見の温床になっています。
3. “自己責任論”が強すぎる社会
離婚・未婚・死別など、ひとり親になる背景はさまざまですが、
「自分で選んだんでしょ?」「結婚に失敗したんでしょ?」というような視点で語られることがあります。
その結果「苦労して当然」「問題があるのは家庭のせい」といった論調が生まれやすくなる。社会構造や支援制度の不備には目を向けず、「家庭の形」に責任を押しつける風潮があるのです。
4. SNSという場で、“弱い立場”が叩かれやすい
匿名性や拡散性の強いSNSでは、社会的に弱い立場の人が攻撃対象になりやすい傾向があります。
不安や不満のはけ口として、他者を叩く空気が蔓延している。
その中で、「ひとり親家庭」はとても狙われやすい存在になってしまっているのです。
「片親育ち=かわいそう」は、誰の視点?
「かわいそう」って、誰の目線の話なのか?
確かに、ひとり親家庭には大変なこともあります。
だからと言って「両親が揃っていればすべてうまくいく」という訳でもありません。
実際に親が2人いても、虐待される子もいれば、貧困や家庭内暴力のなかで苦しむ子もいる。
それなのに、「片親だから不幸」「片親だから問題を抱えている」と一括りにされてしまう。
それは結局「自分は“揃った家庭”に生まれたから、あなたよりマシ」という優越感に浸るためのレッテル貼りではないでしょうか。
偏見の根拠は“思い込み”
Xで投稿されていた「片親育ちは将来不倫しやすい」という話。
調べたところ、裏付けとなる統計データは存在しません。
一部で「愛着」や「心理的適応」に関する研究はありますが、
それが不倫と直接的に結びつくという証拠は示されていません。
つまりこれは、“主観的な偏見”であって、事実に基づいた指摘ではないのです。
また「非行率が高い」というデータが存在するのも事実ですが、その要因は「ひとり親であること」そのものではなく、貧困・孤立・支援不足などの社会構造の問題に起因しています。
社会がその子に何を与え、何を奪っているかの方が重要です。
偏見の言葉が、未来を奪う
子どもは「自分がひとり親家庭で育っている」ことを、最初から気にしているわけではありません。
でも、周囲から「かわいそうだね」「普通じゃないね」と扱われ続けることで、その言葉が静かに心に刺さっていく。
「やっぱり自分は普通じゃないのかもしれない」
「家庭のことで、夢を持っちゃいけないのかもしれない」
「自分には、大切な何かが足りないのかも」
そうやって、自分の価値を疑い、未来の選択肢を狭めていってしまうのです。
無自覚な“安全圏”からの言葉
「気にしすぎじゃない? 」
「ひとり親育ちの人でも、幸せだったって言う人もいるでしょ」
「SNSの発言なんてスルーすればいいじゃん」
―― そう言えるのは、おそらくあなたが“言われる側”じゃないから。
ひとり親になることを選んだのは私自身です。
でも、私自身はもちろんですが、娘が差別をされることまで選んだ覚えはありません。
さいごに
あなたが何気なく使ったその言葉は、ただの「意見」ではなく、“暴力”にもなりうることです。
あなたは「ひとり親家庭」という言葉に、どんなイメージを持っていますか?
誰かの思い込みや社会的なイメージを無意識に受け入れていませんか?
家庭の形は違っても、どんな子どもにも幸せになる権利があります。
だからこそ、大人が貼るレッテルではなく、子どもたちが自分の力で未来を描ける社会であってほしい。
そう願って、私はこれからも声を上げ続けます。


コメント
1子どもの情緒安定に必要なのは「両親が揃っているか」じゃなくて「信頼できる大人がいるかどうか」。
偏見による誹謗中傷は、この科学的事実に基づいた社会づくりの妨げにしかならないですよね。
当事者じゃないなら黙っとけ――。っと心の中でつぶやいておきます。
あ。でちゃってたわ。笑