でっかい熊か何かであってもそうだね #900
おはようございます。
1000日連続ということで書き始めて900日目。残すところ100日となりました。その後も続けるかどうかは決めていないんだけれども。
バガボンドを読んで強さとは何かを考えています。考えれば考えるほどよくわからなくなってくるわけですね。それを考えている時点で執着しているわけだし、今すべきことを考えた瞬間に次の今はくるわけで…と考えてもよくわかりません。というお話です。笑
<ただの言葉である>
柳生石舟斎の死期が近いとの噂を聞いてやってきた一刀流の祖でもある大剣豪の伊藤一刀斎。
一刀斎は自分(一刀斎)と石舟斎のどちらが天下無双だと尋ねると、席修正は「天下無双などない、なぜならすべてはひとつであるから」と一刀斎には理解できないことを話しています。
すると一刀斎は石舟斎の喉元に刃を突きつけ、
「闘えば儂が勝つ。あんたは儂に斬られる」
と言い放ち、天下無双はおれだと言わんばかりの態度を示します。
すると天下無双などないと言っていた石舟斎は刃を向けてきた一刀斎にこう言い放ちます。
「でっかい熊か何かであってもそうだね」
出典:バガボンド(井上雄彦/講談社)
確かに現時点で闘えば一刀斎の勝利は間違いないでしょう。でも石舟斎曰くそれは一刀斎でなくても熊のような獣でも同じこと。もしくは熊でなくても同じように力のあるものならそうかもしれません。
自分(石舟斎)を殺せるものは他にもたくさんいるということ。すなわち天下無双と呼ばれていた石舟斎を倒すことが天下無双を示すことになるのであればそれはもはや天下無双ではないということです。
以前、武蔵が石舟斎の元を訪れた時に、石舟斎が武蔵に「天下無双とはただの言葉」ということを伝えていました。
一方で一刀斎やかつての武蔵は「天下無双」にこだわりそこを目指して剣を奮っていたわけですね。
ここに石舟斎のいう強さと一刀斎のいう強さは違うものなのだということがわかりますね。
<勝つこと=強さではない>
天下無双を求めたかつての武蔵や一刀斎は勝つことにこだわり、相手を倒すことで天下無双であることを知らしめていきました。
つまりは斬り続けて最後に生き残った奴が天下無双であるということ。
ですがそれであれば石舟斎のように老いた時に、誰か自分より強いものが現れたときには天下無双ではなくなってしまいます。
つまり、勝つこと天下無双に執着を抱いているわけですのでそれを失いたくないという気持ちが出てくる。
それが恐れや不安、焦りにつながり動きの硬さに繋がってしまうのです。
天下無双(結果)を手に入れようとすればするほど、執着が強くなり恐れも大きくなる。
強さへの執着も生きることへの執着もすべて恐れを生み出してしまいます。
一刀斎は武を極めたものの行き着く先であると言ってもいいかもしれません。己を磨き技を磨き天下無双の評価されるまで上り詰めた大剣豪です。
その強さを石舟斎は「熊かなにか」と言っています。
一方で石舟斎は自然のような強さを持っています。かつての武蔵も「この人は山だ」と言っていたようにありのままを受け止めていく強さがあります。
同じ強さでもどちらのほうの強さが崩れづらいか恐れを感じづらいかはいうまでもないですよね。
<求めたものの先に何があるのか>
バガボンドのような武士道の世界でなくても結果を追い求めて執着してしまうことはよくあることです。
むしろ何かに執着していることがほとんどのはずです。欲求がある時点でそこには執着が生まれますからね。だからこそ人は苦しむのだと思います。
スポーツであれば勝ちたい、金メダルを取りたい、すごいと言われたいというようなことに意識が行きがちです。
スポーツに限らず仕事でも人生においてもそう。もちろん最初はそこを目指して取り組むことも大きなモチベーションになります。
でもそれが目的になってしまった時に失うことの恐れから常に不安やプレッシャーを感じながら過ごしていかなくてはいけなくなってしまいます。
ずっとうまくいき続けること、勝ち続けることなんて無理なわけで。今が良かったとしてもいつかは失敗するし、いつかは負けてしまうもの。
失敗しないように負けないようにどうしたら良いのかを考えることももちろん大事ですが、失敗しても負けても大丈夫と思えるほど、結果から執着を手放した時に何が起きても揺るがない動じない強さに変わるのではないでしょうか。
僕自身、まだ結果を意識してしまっている(執着してしまっている)段階にいるのでなんとも言えないのですが、とはいえまずは結果を求めて行動しないとだなと感じるところもあります。
そこにたどり着いた人だけが感じれること、見れる景色があると思うんです。天下無双と呼ばれるほどになったからこそ、天下無双というもの自体に何も意味がないとわかるように…
今の自分のあるがままを受け入れる強さを持つこと。強さを求めているということは弱いからだということすらも受け入れてしまうこと。
弱さと強さは表裏一体でたどり着くことのない終わりのないものなのかな。石舟斎も無限だって言ってたし。なんか書いててこんがらがってきた。笑
<まとめ>
①勝つことや周りからの評価を目的にしてしまうと、それを欲するがゆえに失った時や手に入らなかった時の恐れが出てくる。
②失敗しないように負けないようにどうしたら良いのかを考えることももちろん大事だが、失敗しても負けても大丈夫だと思えるほど、結果から執着を手放した時に何が起きても揺るがない動じない強さに変わる(のではないか)
スポーツの世界なんて負けても死ぬわけではないのだから、当時の武士たちにとってはぬるいものなのかもしれないな。命のやり取りの中で執着を手放すってイメージができない…笑
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森下健(もりしたけん)
1986/10/31 埼玉県三郷市出身。
学生時代は水泳に没頭。専門種目はバタフライ。現在はトライアスロンにハマっている。青春真っ只中。
奥様と息子(4歳)と娘(0歳)の4人家族。横浜在住。
メンタルトレーニングの情報を中心に書きたいと思います。


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