米津玄師 × 宇多田ヒカル:子ども時代にはともに漫画家を夢見て、今はCERNや科学に希望を見出す──共鳴し合うふたりの対話(後編)

米津玄師と宇多田ヒカルの初コラボ楽曲であり、 劇場版『チェンソーマン レゼ篇』エンディング曲「JANE DOE」。そのPV撮影直後に行われた対談で、ともに漫画家を夢見た子ども時代、身体性が創作に及ぼす影響、そして科学への憧憬までを語り合った。撮影の舞台裏や楽曲オファーへの経緯、お互いの“声”に対する思いが明かされる前編はこちらから。

米津玄師が明かす自身の音楽の軌跡──「俺のこの声ってバンドの中で埋もれちゃうんですよ」

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米津:そもそもロックミュージックとかがすごく好きで。

宇多田:あ、そうなんですか?

米津:はい、子どものころ、バンドとか組んだりしてて。

宇多田:バンドはボーカルですか?

米津:ボーカルギターをやっていたんですけど。中学生とか高校生って、音量バランスがめちゃくちゃだから。とにかくギターがでかい音を出したら、ベースもでかい音を出してみたいな。そうすると、この声って埋もれちゃうんですよ。

宇多田:あー、なるほど。それつらいですね。私も絶対無理だなぁ。

米津:やりながら自分で何を歌ってるかわからなかったんですよね。

宇多田:なるほど。どこから自分でアレンジとかも? 「バンドじゃなくて、ひとりでもやれるじゃん」なのか、もしくは「ひとりでやりたい」ってなんか変わった時期はいつごろだったんですか?

米津:そもそも自分の曲が作りたいっていうのはずっとあって。バンド組んだ瞬間に、自分の曲を演奏しようみたいにやってたんですけど。いかんせん人と一緒に何かやるっていうのが下手くそな人間だったので。「こうしてくれない?」って言って、返ってくるのがそうじゃなかったときに、「わかった、自分でやります」っていう形になって。そのときマルチトラックレコーダーを買って、自分でチープな打ち込みだったり、ギターレコーディングしてみたら、そっちのほうが断然楽しかったんですよね。バンドへの憧れみたいなのはありつつも、自分で曲を作ってるうちに、そっちがどんどん大きくなってきちゃって。

宇多田:それがいくつぐらいですか。

米津:それが18歳くらいのころで。あの、ボーカロイドってわかります?

宇多田:はい。ボーカロイド。

米津玄師とボーカロイドとの出合い──「“この世ならざる者”の歌みたいな感じだった」

米津:ボーカロイドっていうのがあって。

宇多田:はいはい。

米津:合成音声の女の子に。

宇多田:初音ミクとかそういうのですか。

米津:そうです。それを最初やってたんです。

宇多田:へえー!

米津:ボーカロイドっていうのが出たらしいと知って、面白そうだなと思って、自分で声を買って打ち込んで投稿し始めたら、思いの外いろんな人に聴いてもらえるようになって。そこから気がついたらこうなってたみたいな感じがありますね。

宇多田:へー、じゃあ今でも自分の声も楽器のひとつみたいな?

米津:そうですね。そのときの感覚ってものすごく強く残ってる気もする。ボーカロイドって当時とはちょっと違って、今はだいぶ進歩してるんですけど。昔って“この世ならざる者の歌”みたいな感じだったんですよ。

宇多田:うん。それも込みでいいのかなって思ってました。なんかかわいいって思っちゃうっていうか。

米津:そういうニュアンスが好きな人たちが盛り上げていってっていう形だったんですけど、どうしても日本語の母音とか子音っていうものの意識がものすごく強くなってくるので。母音、子音を分けて打ち込むんですよ。Kだけ打って、その後にAを打って、KAにするみたいな。

宇多田:なるほど。

米津:日本語ってひとつの音にニュアンスが少ないというか。

宇多田:音っていうのは、一音節? 一文字?

米津:一文字ですね。一文字の中にニュアンスが少ない。「か」「き」「く」「け」「こ」。だいぶ短いじゃないですか。なので、そのままボーカロイドにやらせると、本当にこうなっちゃう。(カクカクした動き)

宇多田:パパピカプー。

米津:そうそう。

宇多田:ペポパーって。

米津:これを、どうしようかなみたいなことを、すごく考えてたことがあって。なので、それが今作る音楽にも何らかの影響を及ぼしているような気はしますね。

宇多田:自分で歌うんだったら、いくらでも好きなようにニュアンスをつけられるじゃないですか。同じ「ガー」でも。「ガー↑」にしたっていいし、「ガッ!」でもいいし。その自由さに逆に気づくとか、そういうこともあったんですかね。

米津:昔はずっとそれを聴いてたから、こういう歌じゃないといけないっていうことを。

宇多田:逆にそのストレートな感じに影響を受けたみたいな。

米津:そうですね。それがいちばん気持ちいいものだと思ってて。

宇多田:なるほど。面白い、それ。

「そのまんま歌おうとすると、米津さんのモノマネみたいになっちゃって。しかも私にとっては不自然な歌い方になっちゃうから」(宇多田)

宇多田:(デモの)歌をいただいて。私はその逆の歌い方なんだなって思って。特に自分がどういう歌い方をする人かとか、あんまり考えたことなかったんですけど。ほかの人が作った歌を歌うってことがほぼないので。しかも、世に出たものじゃなくて、まだ作ってる途中の、米津さんのボーカルが入ったものをいただいて、私が歌うはずのパートも米津さん(の声)がガイドとして入れてあって。さあ私は、これをどう私らしく歌えばいいんだろう? と思ったときに、差を感じたというか。

“歌手”が歌えばそこですでに解釈が入ってるっていうか。原曲を作った人が出すニュアンスって、その解釈を挟んでいない。ろ過されてるんだけど、原液みたいな。不思議な原水から汲んできたものだから。それを私が初めて解釈する人になるっていう「歌手」としての体験。私からすると「自分が作ってない曲を歌う」という経験が今まであまりなかったので。作曲者としての違いなのか、歌手としての違いなのか、それが一緒になっている状態で、そのまんま歌おうとすると、米津さんのモノマネみたいになっちゃって。しかも私にとっては不自然な歌い方になっちゃうから。

でも、「これって作曲者としての米津さんの意図だと思う」っていう部分──そこは保たなきゃっていう部分と、「歌手としては、私なら絶対こう歌わないから、真似しているだけじゃ意味ないから、私らしくする」のさじ加減だったり、駆け引きみたいな。お互いが持っている、“作る”と“演じる”のプロセスみたいなものがすごく面白かったです。自分のこと(をより理解するという意味で)もすごく勉強になって。

「宇多田さんから返ってきた音源を聴いたときに、本当に全然別物になっていました」(米津)

米津:それは、こちらもすごく思いましたね。デモをお渡しして、好きなように歌ってくださいってお伝えして。返ってきたその音源を聴いたときに、本当に全然別物になってましたよね。これは悪い意味ではなくて。

宇多田:うん。

米津:自分なりにですけど、宇多田さんの声を想像しながらあの曲を作ったっていうのはありつつも、自分の想像を超えてくるというか。1音目が始まった瞬間から、自分の想像した宇多田さんが歌っている曲そのものでありつつも、それ以上に自分の想像の斜め上を超えていくようなものがあって。すごいって思うと同時に、最初ちょっと戸惑いがあって。なるほど、一回聴き込もうっていう時間がすごくあって。

宇多田:私もいろいろ迷いがちょっとあって。

「軸を揃える人と、ずらして崩していく人。真逆でデュエットできるってなかなかない。しかもお互い作曲者同士で」(宇多田)

米津:何パターンか歌ってくださって。自分なりにずっと聴いたうえで、自分が想定していたこの曲と、宇多田さんがある意味ではみだしてくれたこの曲っていうものを自分の中で引っ張り合いさせて、結局やっぱり宇多田さんがはみだしてくれた歌のほうが、どう足掻いても強いっていう感覚になりましたね。

宇多田:私がいちばん感じた違いが、米津さんには軸をすごく感じる。マスをすごく揃えるみたいな感覚に近い譜割とかあって。私がまさにその逆で、ずらしていく人で。崩していく、ずらしていく。むしろ軸を避けることで、軸を意識してもらうみたいな。だから真逆なんだって思って。それってすごくないって思ったんです。真逆で、デュエットできるって、なかなかないんじゃないかなと思って。しかもお互い作曲(をする)者同士で。だから、これってすごくレアな、すごい素敵なチャンスだと思って。私がちょっとはみ出したり揺らしたりする歌い方な分、その後に米津さんが入ってきたときに、うわっ超かっこいいって。パッて入ったときに逆だから。期待に自然と応えていくパートと、突然それを裏切るパートの配分って、たぶん無意識に考えて作ってると思うんです。その、「あ、なんか変わった」っていうのが、「違うキャラ出てきた」とか、「場面変わった」みたいな感じ。米津さんの歌をすっごい聴いてきた人でも、ちょっとでも新鮮な、新たな発見みたいな何かがあったらいいなって思いました。私自身がやっていてそう感じたので。

米津:言われてみれば、すごく不思議な塩梅の曲になったかもしれないですね。

「自分の音楽の原点が、けっこう身体性が希薄なところにある」(米津)

米津: 宇多田さんはある種の身体性みたいなものについて、どう思っていますか? さっきも話したように、自分の音楽の原点が、身体性が希薄なところにあって。子どものころから、インターネットの中にあるものがすごく好きだったんですよね。小学生くらいのころに家にインターネットが開通して、すごい遠くの人とコミュニケーションができるようになって。田舎の育ちでバッタとか捕まえてた少年だったのが、すごい遠くまで世の中が広がっているんだっていう。一言で言うと、すごく夢のあるものに思えたんですよね。そこから自分の人生が大きく変わった。

宇多田:開けた?

米津:開けたような気がしていて。ボーカロイドというのも、インターネットだし。絵を描くにしても、パソコンの中で絵を描くっていうのが一番好きだったし。ある意味で、情報量が削ぎ落とされたデジタルなものに、自分の故郷があるんじゃないかっていう感覚があって。

宇多田:で、身体性についてと言ったのは、実体があまりないような、手に持つようなものじゃないものに惹かれたり、開かされたりしてきたから、それに対して、身体性そのものをどう思うかみたいな?

米津:そうですね。自分が身体性のなさっていう表現を今まで取ることが多かったんですけど。そういう意味で、身体性ってどういうふうに思いますか?

「想像力をかきたてるもの──自分の中だけでも感じられるものみたいなものに惹かれてきた」(宇多田)

宇多田:そういうものたちを身体性がないものとは思わないです。哲学的な用語で身体性というものがあるとしたら、私はそれを知らないんですけど。実態があるっぽいものとか、手に持てるようなものとして身体性っていうんであれば、私はそれ全部、幻覚と変わらないと思うので。インターフェースも、パソコンでメールを送ってるときも、シュッとかヒューンとか音がするけど、別にどこかに何かが飛んでいっているわけではないし。それってただの象徴だから。体があるっていうのも、本当にあるのかわかんないし。脳がそう処理しているだけって思うので。なので、想像力をすごく発揮するというか、想像力をかきたてるもの──自分の中だけでも感じられるものみたいなものに惹かれてきたのかなって今、聞いて思いました。

米津:なるほど。

宇多田:人との繋がりも、目の前にいる人とか周りにいる人たちとの繋がりより、感じにくいときに逆に繋がりを感じられるとか。目の前にいないのに、画面の向こうにいっぱい人がいて繋がってるっていう感覚とか、自分の中でそれを内在化して想像することで(より感覚が強まる)。だから外にあるものより、中にあるものを重んじるような感じやすい子だったのかなって、今思いました。

米津:なるほど。すごい。面白いですね。面白い。

宇多田:子どものときに私も感じたなと思ったのが、とにかく本の世界とか芸術の世界というものにすごく惹かれて、「現実より良い」って思ったんですよ。その中のほうが強く感じられるって。自由だし、どんな時代のどんな人も、作家が死んでいても、今いる私と、この作家が同じ気持ちになって繋がってるんだとか感じられるし。隣にいる人より、本とか絵とか何かを描いた人のことを想像することで繋がった気持ちになる、その想像の力っていうイメージ力が強いんじゃないですか。音楽もそうだけど、自分の中でイメージしたものをゼロから作るってことは──身体性はないともいえる。画面の中だったりデータ上のことだったりするかもしれないけど──実際にはあるものにしてるから。そういうところはみんなどうやってやってるんだろうって、ものを作る人は思うとこなんじゃないですか。

子ども時代はともに漫画家を夢見ていたふたり

米津:宇多田さんにとっては、子どものころから、空想だったりそういう類いのものが自分の人生の中でものすごく大きなものでしたか?

宇多田:うん。むしろ、そっちがメインでした。だからずっと本を読んでいたし。同じ絵をずっと繰り返して毎日描くとか。むしろ、中で起きることにすごく興味がありました。あの、漫画家に憧れてたとかっていうのをちょっと耳に挟んだんですけど。

米津:そうです。

宇多田:そうなんですか。

米津:漫画家になりたかったですね。

宇多田:子どものころですか?

米津:小学生で、中学生のころも描いてたんですけど。そこら辺からだんだん音楽を。

宇多田:そうか、バンドもやって。

米津:そう。(音楽を)やるようになって、あんまり描かなくなっちゃって。いまだに骨が引っかかったような気持ちになることが多くって。漫画家になってたらどうだったんだろうな、みたいなことは思いますね。

宇多田:たまに描きたくなりません? 私も小学校のころ、漫画家を目指していて。

米津:ほんとですか。

「『りぼん』に10歳ぐらいのときにギャグ漫画を投稿したんです」(宇多田)

宇多田:小学校低学年くらいのときも大好きな漫画がいっぱいあったんですけど。小4ぐらいで、さくらももこさんとか、岡田あーみんさんとかにすごいハマって。そこで私も漫画家になりたいと思って。『りぼん』に、10歳ぐらいのときに漫画を投稿したんです。ギャグ漫画で。

米津:ギャグ漫画で!?

宇多田:ギャグ漫画で! さくらももこさんと岡田あーみんさんみたいな、シュールなギャグ漫画っていうのを描きたくて。「それいけ、ムームー」っていう、すごいシュールな漫画だったことを覚えてるんですけど。

米津:え、その内容とか覚えてるんですか?

宇多田:内容はなんか。全然強くなくて、全然ダメな、ホワーンとしたヒーローが主人公で、全然何もうまくいかない。で、誰も救えなくて終わっていくだけなんです。

米津:笑。

宇多田:『りぼん』の優しいところは、全部一応評価してくれるみたいで。だから一番低いCクラスっていうのに入って名前が載って、そこはちょっとやっぱりうれしかったです。トーンとか、Gペン、丸ペンとか、ちゃんと紙とか。

米津:あ、けっこう、ガチめにやってたんですね。

宇多田:親はそういうところをすごい応援してくれる人たちで。私がやりたいって言ったら、世界堂とか連れて行って買ってとか。だから「漫画家! そんな共通点が!? 」みたいな。私がシュールなギャグ漫画路線だったとすると、米津さんはどんな漫画家になってたんですか?

米津:普通に少年漫画がすごい好きだったんで。超能力とか使って戦うみたいな、そういうのを描いてはいたんですけど。たぶん一冊くらいは描いたと思うんですけど。今思えばそういう風に、『りぼん』とかに投稿すればよかったですね。なんかしなかったですね、それを。

宇多田:今でも遅くないですよ。

米津:それはお互いさまですよ。漫画読むの、好きですか?

宇多田:最近はさすがにあんまりないんですけど。子ども時代に住んでたニューヨークの家の荷物を、一昨年、去年くらいで引き払って整理して、そのときに、そのころ持ってた漫画を全部ロンドンの家に送ってもらって、全部本棚に並べて。その当時の1年生から4年生くらいまでのものがあって。それでちょっと懐かしくて。息子には日本語を読んでほしくて。でも、普通の本だとなかなか毎日読もうって、まあいろんな宿題もあるし言いにくいから。『ドラゴンボール』にハマってくれたんで、よく夜一緒に『ドラゴンボール』を読んでるんです、寝る前に。

米津:え〜、いいですね。

宇多田:悟空以外のキャラ(のパート)は全部私が読んでます。

米津:笑。

宇多田:悟空とプーアルだけ、息子が読んでくれて。

米津:へー、それだいぶ、大変ですね。

宇多田:けっこう、擬音とか本気で読むんで。ゴゴゴゴとか、バーン!とか、シュン!とかシャ!っとかドカーン!とか。

米津:けっこうなカロリーですよね。

宇多田:ね、すごい目覚めちゃうんですよね。

米津:ほぼ自分で読みますもんね、一人で。

宇多田:そう、でもすごい楽しいんです。すごい力ですよ。

CERNが憧れの地だったというふたりの科学と希望にまつわる対話

米津玄師 × 宇多田ヒカル:子ども時代にはともに漫画家を夢見て、今はCERNや科学に希望を見出す──共鳴し合うふたりの対話(後編)

米津:さっき撮影中にもチラッと話したんですけど、セルン(CERN:欧州原子核研究機構/スイスとフランスの国境に位置する世界最大級の素粒子物理学研究所)に行かれたんですよね。

宇多田:そうなんです。

米津:人生で一回行ってみたいなってずっと思ってて。ツアーとかやってたときに、次やるならどこ行きたいかという話をしてて。ほんとはライブしに行きたい国はここだっていう話をするべきなんですけど、セルンに行きたいっていう。

宇多田:そのために。

米津:その3日後くらいに、宇多田さんのニュースになって。

宇多田:すいません、一足お先にちょっと行かせていただいちゃいました。

米津: 「行ってる」って。

宇多田:最高でした。私も何年も前からいつか行ってみたいなぁって憧れてて。そしたら、スタッフから、ポロッと。「WIREDっていう雑誌でこのセルンに取材に行く企画があるんだけど、けっこう大変だし、移動とか日数もかかるし、お断りにしますか? どうしましょうか?」って。「いや、待って!待ってください!」 みたいな。「やるやる!」って。

米津:行きたいですよね。

宇多田:好きなんですか? 量子力学とか。科学、物理。

米津:本当に表面をなぞるくらいですけど。10の何千乗、何百乗みたいな巨大な単位がバンバン出てくるじゃないですか。あれが気持ちいいというか。割とニヒリズムに効くというか。そんな感覚があるんですよね。

宇多田:うんうん。

「果てしがないからこそ、ある種の希望がある」(米津)

米津:すごく果てしない。地球ができて130何億年。で、ここからどれだけ先かに、地球が膨張し続けてものすごく寂しい空間になるかもしれないみたいな話を聞くたびに。果てしのない話じゃないですか。なんか果てしがないからこそ、ある種の希望があるというか。

宇多田:なんか信頼できる感じがしますね、逆にね。

米津:そうそうそう、すごく気持ちいいんですよね。ものすごい遠い未来とか、ものすごい遠い過去みたいな。おおよそ自分のことなんて知ってる人は誰一人いないだろうっていう環境に。なんか虚無に効くっていう、そんな感覚があって。自分たちが今、当たり前に暮らしている、常識としていることも、素粒子の世界では全然通用しなかったり。また、その素粒子というのも、本当に最小の単位なのかどうかもわかっていないところもあったりするかもしれないし。そういうことが。端的に本当に気持ちいいんですよね。

「そんなベーシックなことまで、こんなに私たちわかってないの? っていうことがなんか気持ちいいのかもしれない」(宇多田)

宇多田:わからないことがいっぱい。こんなにわからないことが、こんなに基礎的な、基本的な、自分たちが何でできているのかっていう。そんなベーシックなことまで、こんなに私たちわかってないの? っていうことがなんか気持ちいいのかもしれない。

米津:ほんとに。

宇多田:ワクワクするし。

米津:何もわからないじゃんっていう。「人間は万物の霊長だ」みたいな言葉もありますけど、そんなに詩的なものでもないなっていうふうにも思うし。

宇多田:それこそ身体性を問う、っていうことにもつながるというか。実際に全ての物質って、ただエネルギーの塊で。

米津:うんうんうん。

宇多田:本当に固い何かがあるわけじゃないみたいなところ。五感によって騙されている部分を超えて。でも、身体を持っていなければ考えることもできないっていう。脳とか使ってじゃないと。その矛盾が切ないって言ったら変だけど、そういうことにすごくときめきを感じるというか。

科学者と芸術家

宇多田:科学者の方たちと一日中お話をさせてもらえて、科学者と、音楽とか芸術アーティストっていうのは、やっぱり似てるって思いました。科学者じゃない私が言うのもあれなんですけれど。シンパシーを勝手に感じるというか。だって、できるかどうかわかんないことをやろうとして、まだ誰も信じてくれていない、自分だけがこうかもとか、こうしたらこうできるかもとか好奇心を持って、信念を持って、自分にしかわからないことに対して、ひたすら突き進む、そのことにエネルギーをひたすら費やしていくって、その真実の探求をしてると思うんですよね。自分にとっての真実。とにかくみんな、目がキラキラしていて、話もとにかく楽しくて。

米津:へー。

宇多田:ラージハドロンコライダーといういちばん大きな実験装置の一部に、地下100メートルのところにまで行かせてもらえたんですけど。

米津:あ、行ったんですか。

宇多田:ヘルメットをしなきゃいけなくて。でもなんでそこに入れたかっていうと、冬場は電力を節約するために、設備を全部オフにして、メンテナンスの時期にしてるらしいんですよ。普段運転してたら、放射能とか磁力とかがすごくて人が入っちゃいけない場所になっちゃうんですけど。冬2月ごろかな、行けたから、その見学もできたっていう。

米津:へー。

宇多田:でも、セルンもArts for CERNっていう芸術とのコラボレーションにすごく力を入れているみたいで、そういうアカウントもあるんですよ、インスタに。

米津:そうなんですか。

宇多田:あとで教えますね。だからそういうものが好きなアーティストと、科学が一緒に何かやっていけるといいなと思います。

米津:たしかに。俺も入りたいっす。

宇多田:やっていきましょう。

※この記事は対談映像から抜粋して掲載しております。

Photos: Tomoyuki Yamada Text: Yaka Matsumoto

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