261 天使様からの贈り物
取り分けられた分を真昼に手ずから食べさせられて死ぬほど恥ずかしい思いをした周に、真昼はやはり満足げな笑みを浮かべて嬉しそうに周が照れる様を眺めていた。
「美味しかったですか?」
「……美味しかったけど、食べさせる必要は?」
「ありました、周くんは主役ですので」
「他に人が居たら確実に晒しものなんだよなあ……二人きりだからいいけどさ」
ここに樹達が居たらまず間違いなくにやにや笑われるしからかわれるだろう。それか生暖かい眼差しと笑みを向けてくるか。
今日は真昼が周本人よりも楽しみにしていて上機嫌なのでそんな外野も気にしないだろうが、される側の周は羞恥で悶える羽目になりそうだ。
次の真昼の誕生日を祝う時には絶対にやり返してやろう、と心に決めながら真昼のせいで二重の意味で甘くなった口内を牛乳でリセットする周に、真昼は微笑みながら側に置いていた自分のバッグから何かを取り出す。
掌より少し大きめサイズの白い箱に、紺のリボンがあしらわれている。
流石に今のタイミングで出されたそれが何か分からない程鈍くもないのだが、思わず真昼を見てしまうと、真昼ははにかむように頬を淡く染めつつ緩めた。
「誕生日プレゼントです。お気に召すかどうか分かりませんが」
少し自信がなさそうに告げてそっと周の掌に載せた真昼は、ソワソワとした様子で周を窺ってくる。
どうやらこの場で開けてもよいらしい。反応が見たいのだろう。
折角いただいたのだから目の前で開けるべきか、とリボンを丁寧に解いて箱の蓋を開けると、中にはベルベット地のボックスが更に入っていた。
てっきり中にプレゼントが直接入っているのかと思ったら焦らされたので一瞬拍子抜けしてしまったのだが、こんなにも厳重な扱いをしているというのは真昼のこちらを驚かせたいという気持ちが混ざっているのだろう。
一体ここまで包んだものはなんなんだ、と思いながらそっと中のボックスを開けると――落ち着いた白い輝きを持ったクリップのようなものが入っていた。
何か花のような模様の透かし彫りが入ったそれは、一瞬何か分からなかったが、周が学校の式典の時に着けているものだとすぐに思い当たった。
「……ネクタイピン?」
「大正解です。……正直、男性に何をあげたらいいか悩んだのです。よくある腕時計はあまり高めのものだと気後れするでしょうし、やはり好みが分かれてくるのではないか、と思いまして。そもそも周くんは腕時計ありますし気に入っているみたいですので」
基本的に手元にスマホがあるのであまり腕時計自体身に着けないが、唯一外出の際に身につけるのは両親から高校入学祝いにもらった腕時計くらいだろう。
ちょっと奮発したらしく、流石にそれを学校で着けるのは躊躇われたし、周自体そこまで長時間の外出もしないので着ける頻度は少ない。
だが、それでも真昼と出かける際に着けていたので、真昼も覚えていたようだ。
「それなら身に着ける機会が適度にあって周くんが普段買わないもの、という事になりまして。うちの学校は、式典以外は華美なものでなければネクタイピンの装着は自由でしょう? 社会人になっても使えるものにしようと思って」
式典の際には着けるなら校章入りのネクタイピンのみになっているが、それ以外は特に制限されていない。そして大抵の男子が面倒だからと着けていない。
周も普段は着けない、というかピンの存在を忘れかけている人間なのだが、こうして真昼に贈られたら毎日着けてしまいそうだ。
恐らく、着けてほしいからこそこういった日常使いするものを贈り物に選んだのだろう。
「社会人になっていたら何本も必要になるネクタイという手もあったのですけど……学生だとネクタイは決まってますし。校則は校則ですからね。スーツを着る機会が出来たらまた選びますね」
「……うん、ありがとう。これは大事に手入れしながら使っていく」
これからもずっと側に居るつもりだ、というのが語らずとも伝わってくるので、自然と胸が歓喜を含んだ熱で満ちていく。
勿論、周は最初からそのつもりでいるのだが、真昼からもその気持ちがありありと感じられて、気恥ずかしいし、それ以上に嬉しかった。
このネクタイピンも、真昼も、これから先ずっと大切にしていこう、とこの胸の熱と一緒に忘れないように刻み込んで真昼に微笑みを向けた周に、真昼は安心したような力の抜けた笑みを浮かべた。
「よかった。ちょっと喜んでもらえるか不安でした。正直男子高校生へのチョイスではない自覚はありましたので」
「真昼の贈り物なら何でも喜ぶ自信があるが」
「ふふ、それは分かってますけど、どうせなら周くんが必要としてくれるものを贈りたかったので。周くんがあんまり物欲ないし物持ちもいいから贈り物に悩んだのですよ」
基本的にこれといって物を欲しがらない周に苦心したらしいので、周としては苦笑するしかない。
別に物欲がないという訳ではないが、これといって欲しいというものとなると真昼への誓いのために必要な物を買う軍資金になるので、これは自分で稼ぐべきものだし本人に頼るなんて情けない真似は絶対に有り得ない。そしてバイトの目的すら真昼には具体的には言っていないので、真昼に口にする事にもないだろう。
となると欲しいものはあまりないと言えたし、普段から物を欲さないので真昼は非常に困っただろう。
「俺からすれば、真昼がくれるものは全般的に喜ぶんだけどなあ」
「……お菓子の包み紙あげても喜んでもらえそうなのが怖いですね」
「何か意図があるんだろうなあ、なんか面白い柄とか可愛い柄なんだろうなあ、と思って保管するけど」
「しませんけどね!? そんな事するなら普通にそのお菓子あげますから!」
「まあそれは冗談って分かってたから。……真昼が気持ちを込めてくれるものなら何でも嬉しいよ」
「……もう」
不満げな口調だったが、顔はどう見ても緩んでいたので、照れ隠しなのだろう。
そんな真昼を幸せな気持ちで見てからネクタイピンをそっとしまって明日から着けよう、と決めた周に、真昼はおずおずといった様子で周の服の裾を掴んだ。
「あともう一つ、細やかなプレゼント、というか」
どこか躊躇いがちな口調に、周はどうかしたのかと首を傾げて。
「今日は私、これから日付変更まで周くんのお願い事は何でも聞きます」
真昼の言葉を聞いた瞬間危うくむせそうになった。
今牛乳を飲んでいなくて助かった。口に含んでいたら思い切り口から飛び出ていた事だろう。
軽く咳をしてから真昼を見れば、意を決した様子の真昼が見つめ返してきた。どうやら本気で言っているらしい。
「……そういう危ない事を……」
「恋人に、なんですから」
「それでも、です」
前にも言ったような気がしなくもないのだが、とりあえず女性が男性の言う事を何でも聞くというのは非常に危ない事である。
いくら恋人だろうと、危ないものは危ないのだ。
「……周くんって控えめというか無欲というか」
「そうじゃなくてさあ……駄目だろ。女の子なんだから」
「周くんがひどい事をするとはちっとも思ってませんよ」
「……ひどい事をしたら?」
「責任は取ってもらいますので」
純真無垢で信頼に満ちた眼差しで真っ直ぐに見つめてくる真昼に、周は負けたと無意識に感じながら軽く頬をかいて、それからそっと真昼の体に手を伸ばした。
「何しなくても責任は取るけどさあ……ばか」
本当に、真昼は周に甘いし、周になら何をされてもいいと思っているのが、少し怖い。幾ら約束したとはいえ健全な青少年で、理性が仕事しない時もあるかもしれないのに。
(それだけ好かれているって証左ではあるんだろうけど)
幾ら何でも信用しすぎな気がする、と思いながら柔らかな肢体をそっと抱き寄せて、肩口に顔を埋める。
すんと息を吸えば、先にお風呂には入っているらしくいつもよりやや強めにボディーソープの香りがした。
(多分、ここで俺がもし真昼が欲しいって言ったら頷くんだろうなあ)
自分で誓った事を破るつもりなど毛頭ないが、恥ずかしがりながらも頷く光景が簡単に想像出来たので、やはり甘々な彼女は恐ろしい。いつ自制心をなくすか分からない。
男の理性なんてちり紙よりも薄っぺらで、煽られれば吹き飛んでしまう。
気を付けなければ、と改めて気を引き締めて、唇をゆっくりと頬の方に滑らせてそっと息をこぼす。
途端に真昼はびくっと体を揺らすものだから、非常にくすぐったさに弱く敏感なのだと、誰が見ても分かるだろう。
といっても誰にも見せるつもりなどないし、彼女がどこもかしこも感覚が鋭敏な事は周だけが知っていればいい。
腕の中でもぞもぞと動きつつ抵抗はしない真昼に小さく笑って、周はそっと耳元に唇を寄せた。
「……そうだな、久し振りに、抱き枕になってもらおうかな」
真昼は周にお願いをしてほしいそうなので、周の理性が千切れない範囲で出来うる限り甘えられそうなお願いを口にすると、腕の中の真昼がぽっと顔を赤くした。
別に文字通り抱き枕になってもらうだけで、他に何をするという訳でもなかったのだが、彼女は変な妄想をしている気がする。
この前のお泊りのような事は、流石に周もするつもりはない。あれはギリギリで止められたから良かったのであって、次はどうなるか分からないのだ。
「……別に文字通り抱き枕になってもらうだけなんだけど、何想像したんだ」
「しっ、してません! そんな不埒な事なんて、」
「俺別にどういう想像か言ってないんだけど?」
中身までは言ってない、と指摘すれば、先程よりも頬が赤色を強くしていく。
湯気でも出るんじゃないか、というくらいに顔を赤くした真昼は、半分涙目になって周を上目遣いで微妙に睨んで、身をよじって周の手から逃れた。
「ば、ばか、あまねくんのばか」
「俺何もしてないだろ」
「う……でも、……いじわるです」
「意地悪なのは認める。ごめん、真昼が可愛くてつい」
触れられても構わない、と思っている真昼があまりにもいじらしくて、ついからかうような事を言ってしまったが、つつきすぎると拗ねる事は間違いない。
なので先んじて素直に謝ると、真昼はそれ以上不満は言えなくなったらしく、不満の発散はぽこんぽこんと軽く周の胸を叩く行為に変わった。
すっかり色付いた頬を隠そうともせず周に可愛らしい八つ当たりをしかける真昼に周も小さく笑って頭を撫でるのだが、流石に機嫌は直りきらないのか頬に小さな風船が詰め込まれかけている。
「……き、着替え持ってきますから、周くんはその間にお風呂入っていてくださいね」
周の生暖かい笑みが変わらないのを見て、真昼はとうとう逃げるようにして家を出ていった。といっても、すぐに帰ってくるであろうが。
脱兎の如く逃げ出した真昼に一瞬呆気にとられたものの、あとからこみ上げてくる愛でたいという感覚に、つい声に出して笑うのであった。