近所のスーパーのレジで、男性客がレジにレシートを突き出し、「これ見ろよ!」と大声で言ったので、うわークレーマーだー と思ったのですが。その男性客は「さっきパックご飯20個買ったのに、会計が1個分だよ!」と大声で続けていました。正直ないい人だったのでした。
西田シャトナー伯【ジャイ!マヒシュマティ!】
西田シャトナー伯【ジャイ!マヒシュマティ!】
112.5K posts
西田シャトナー伯【ジャイ!マヒシュマティ!】
@Nshatner
西田シャトナー伯【ジャイ!マヒシュマティ!】’s posts
この拡樹さんのフォームは、静止していても自転車が見える。ハンドルに体重を預けているので肩が上り、肩の間に頭が落ちている。両腕とも脱力してぶらぶらと動く事が可能。しかし実際は左手でハンドルを保持しているのです。彼はこれでローリングもできる。超絶すごいフォームコントロールなのです。
人を小馬鹿にすることで笑いを取るクセのある人は、
逆に自分が小馬鹿にされることも笑いとして理解するのかと思いきや、
むしろ意外にも、人並みより繊細に傷つき、すぐに怒る。
というケースを、人生を通じてたくさん目撃してきました。ここに難しさがあります。
Replying to
また別の日、スーパーで別の男性客が大声を出していたので、今度こそ怖い人かと思ったら、 「は? 取り替えなくていいよ! パッケージが汚れただけだろ! いいよこれで! いいよ! いいんだよ!」 でした。いい人なのでした。 大声だと怖い人にと思ってしまう私の思い込みでした。
たまにテレビで折紙作家として取材されると「なぜ日本だけで折り紙が生まれたのか?」「なぜ日本の折り紙が世界に広まったのか?」みたいなことを大抵質問されるんです。「日本だけで生まれたのではない」と答えるんですが、オンエアされたことないです。
先日道を歩いていた小学生低学年3人組があきらかに「ふとっちょ・メガネ・熱血」というキャラ立ち3人組だった上、メガネくんが「ともあれ、奴にはアイスクリームを食べさせるしかあるまい。そうすればあるいは事情を説明してくれるだろうぜ」(原文ママ) とか言ってて、すごくカッコ良かった。
稽古場で役者が良い芝居した時の掛け声集も欲しいな。
「肩にちっちゃい演出家のってんのかい」
「ピンスポが立ってる」
「声があるいてる」
「オーラでかいよ」
「1人だけゲネまで終わってんのかい」
「追加公演出てる」
とかかな?
動いてなくてもこの圧倒的なパワーの3人!
そして拡樹さんのこのポーズ。かつて拡樹さんが自分で提案して磨き上げたのもです。野獣が休んでいて、いつでも牙と爪が伸びてくる凄さ。
今日は私も劇場にいたのです。箱学のレジェンド3人に囲んでもらって、気持ち最高! まるで風になった気持ちで、何を聞かれても答えはYesです!
秋人くんが稽古場に大量の美味しいサンドウィッチを差し入れてくれて、ニコニコと稽古を見守ってくれてるのを見て、ああ新開さんって大学行って、俳優さんになったんだっけ…と錯覚してしまう。
応援したい俳優が出ている芝居を一生懸命時間作って見に行った観客が、たとえその作品自体が面白くなくてもしょうもなくても、せめて一生懸命その俳優を褒める。それを、「みんな俳優しか見てない」と断ずるのは想像力がなさすぎます。
舞台『弱虫ペダル』最後の楽日。
私は舞台裏から楽日の舞台を見ました。
ありがとうペダステ。ありがとう皆さん。
私も最後、カーテンコールで挨拶に立たせていただきました。(続く)
美術家が作ってきてくれた小さなオブジェを、役者がうっかり蹴って凹ませてしまい、それを皆が「あーあ」って笑って。そのあと舞台の隅で密かにそのオブジェを抱きしめながら泣いている美術家を見たことがある。皆、自分の仕事を一生懸命やってるんだよ。
演出技術のひとつに、補色残像効果があります。
例えば重要なシーンを「青」い空間にしたい時、その前のシーンをなるべく長く、青の補色である「オレンジ」の光で満たし、観客の視覚をオレンジに慣れさせます。
すると照明が青に変わった瞬間、その青は視覚の限界を超えた「認識をゆさぶる青」になる。
『アズワン/AS ONE』のことを考えながら。
今日も自分の空を眺めながら過ごす私になるでしょう。
JO1の楽曲を聴いてます。どの曲もすごく良くて、信じがたいクオリティ。ずっと聴いています。
「オリジナルを作る環境にないから原作を改変するしかない、そんな我々の気持ちをわかって欲しい」
と意味の言葉を見かけ、
「絵が描けからあなたの絵を私の絵だとして発表するしかない、そんな私の気持ちをわかって欲しい」
っていう意味のニセ絵師の言葉を思い出した。
「売れて」なくても素晴らしい作品や表現者はいる! …ってことを思い詰めるあまり、「売れてる」作品や表現者を、その作品を見ずにバカにし始めるケースがあって、それはアカンです全然アカンです。
拡樹座長は「行ってきます」と僕に言い、「今日のこの勝負に絶対勝ちましょう」とメンバーたちに言い、そして毎日舞台の道に戦いにでかけた。楽な日は一日とてなかったし、単純に「勝った」と言えるほど、舞台は甘くない。でも今、折り重なった勝利を感じています。
Replying to
会計時に気づかなかったのは、
1:他にもたくさんの商品を買っていて、差額に気づきにくかった
2:カードで支払っていて、差額に気づきにくかった
などの事情があったかもしれませんね。
大声とタメ口は 怖いし無礼だから良くないとは思います。
その俳優単体の動員力とは別に、
その人が出るとなぜか共演者の演技が冴える/なぜか演出がスウィングする/なぜかスタッフが動きやすい/…という、周りを良くする俳優がいるのです。
演出家はそういう人の功績を見逃さないようにしたいです。数字に現れにくい功績ですから。
もっともっと、舞台のスタッフたちの仕事が、公演パンフレットや公式サイトでも紹介されるようになったらいいなー と思ってるのです。
観客の中には、スタッフワークに興味を持つ人達だっていっぱいいる。
裏方、って言葉ありますけれど、実際には皆、そのセクションのエースたちなんですよ。
結婚して学んだこといっぱいあるけど、特にこれから結婚する人に伝えたいことは、ケンカしてしまった時、「話し合って納得したら仲直り」とかやめて、「まず仲直りして、仲の良い状態で話し合った方が10万倍良い」ってことだな。仲良くしたい相手とは、理屈忘れて仲良くするんだ。これ絶対。
悩んでいたら、秋人くんが、「いや、ここはセリフなくてもオレたちが演技でやれます」と言った。実際、やってのけた。とても大切なシーンになったよ。
Replying to
「私は正直に思ったことを(ズケズケ)というタイプなんだよ」
という人は、必ずしも「お互い正直にズケズケしよう」という世界観なのではなく、自分が他の人から正直にズケズケ言われることには耐えられないことも多いようです。
最近ふと思ったんですが。
誰かと一緒にモノづくりをする時、作りたい物の方向やジャンルが違う時よりも、作りたい「本気度」が違う時の方が、理解し合えないように思います。むしろ好きな映画や音楽が同じでも、本気度が違うと全然理解し合えないですね。
「特にこの曲を気に入ってる」ということをポストしたかったのですが、実のところ聴く曲全部が良くてびっくりしてるところです。変わった感じの曲もあるんですね。それも良い。
ついつい『無限大(INFINITY)』と『BE CLASSIC』『WHERE DO WE GO』『Eyes On Me』を多めに繰り返し聴いてしまってます。
Quote
西田シャトナー伯【ジャイ!マヒシュマティ!】
@Nshatner
『アズワン/AS ONE』のことを考えながら。
今日も自分の空を眺めながら過ごす私になるでしょう。
JO1の楽曲を聴いてます。どの曲もすごく良くて、信じがたいクオリティ。ずっと聴いています。
ルパン三世TVスペシャル『プリズン・オブ・ザ・パスト』に、
脚本で参加させていただきました。とてもとても嬉しくて、一生懸命書きました。
ルパン三世PART5第20話と同じく、辻初樹監督作品。すごく楽しい作品になりました。
放映は11月29日、是非ご覧ください!
↓
野獣覚醒の2回めのレース(真鶴ロードレース)の展開は、初稿台本ではもっとシンプルなものだった。僕は稽古場で、東堂・新開が、荒北・福富を引いて走る展開を思いつき、その場で作った。まだ脚本になっていない展開だったので、「オレたちが引くよ」みたいなセリフを作ろうと悩んでいたら、
招待客や関係者席の皆さんは、そうでない観客の皆さんの経済力によって、その席に無料で座れているわけだから、ホント礼儀正しくしていただきたい。
大好きな荒北靖友の戦いを、じっくり描こうと思います。この戦いの僕の座長は、鈴木拡樹くん。優しくて強い座長です。どんな荒野でも、一緒に前を、遠くを見て、野獣になって走ろうと思います。
「いけたら行く」って言われたら、「来れたら来てくれるんだな」と喜ぶし、
「またご一緒しましょう」って言われたら、「またご一緒できる」と喜ぶ。
僕はここを複雑に考えたくないです。
「折り紙」は、世界中に伝承作品があります。外国で折り紙を見かけたからといって、「日本の文化がここにも!」と思い込んで話しをすると、大変無礼なことになってしまう場合もありますよ。
演劇は人が生きるために大切だ、って言葉を聞きつつ。
立派な文学的な演劇の人たちから、エンタメ演劇は価値が低いって扱いされたり、商業の人たちから、小劇場演劇は対等ではないって扱いされたり、そういう記憶もありますので、そういう断絶、無くなる機会になったら良いなって思うのです。いま。
「何かを褒める手段として、別の何かをけなす」のはアカンな、と思ってきたんですが、近年、
「何かをけなすために、それに同意しないすべてをけなす」という手法に出会い、もうホントにほんとにアカンなと。
一度演劇をやめた人が、また演劇をやりたくなった時、それを応援できるような、受け入れ場所や機会になるような、そんな企画があったらいいなと、ふと思い始めたのです。若い人の登竜門だけでなく。まだ何も具体的ではないですが。どこか一緒に考えてくれるところ探したい。
秋人くんと拡樹くんが座長をつとめ、次に運ぶ、次につなぐと言って走ったふたつの箱学篇があったからこそ、我々は3日目まで来ることができた。まさに皆でつないだゴールだな。