メンデルスゾーンへの評価は、死後、時代の波にもまれて下降していった。彼の暗い予感どおり、ドイツでは社会不安を背景にアーリア主義が拡大し、ユダヤ人排斥が強化されたからだ。
まっさきに狼煙をあげたのはヴァーグナーだった。ヴァーグナーはかつてメンデルスゾーンの作品を誉め、自作の発表場所がなくて困っていたとき彼に頼み込んでゲヴァントハウスでとりあげてもらった恩義があるにもかかわらず、彼の死後3年目にあたる1850年、匿名で「音楽におけるユダヤ主義」という一文を音楽雑誌へ載せた。
曰く、「ユダヤ人は創造するのではなく模倣しかしない」「彼らの容貌はとうてい美術の対象にはなりえない代物だ」「ユダヤ人が歌うと、彼らの喋り方の嫌なところがそのまま歌の中にあらわれて、即刻、退散したくなる」「メンデルスゾーンはヨアヒムだのダヴィッドだのをつれてきて、ライプツィヒをユダヤ音楽の町にしてしまった」「メンデルスゾーンは才能や教養はあったが、人に感動を与える音楽は作れなかった」エトセトラ・・・
これを「論文」と呼べるのか。人種差別に基づく悪口雑言にすぎない。しかしだからこそ反響は大きく、音楽界にのみとどまらない反ユダヤ陣営を大いに勢いづかせたのである。
ヴァーグナーの卑劣さは、これを匿名で書いたということばかりではなかった。彼は、当時まだオペラ界に大きな力を持っていたユダヤ人マイヤーベーアについては、自分が不利になるかもしれないと万が一を慮って巧妙に批判を避け、マイヤーベーアが亡くなると、待ってましたといわんばかり、今度は本名でマイヤーベーア攻撃をはじめ、先の「論文」も自分が書いたのを公表したのだった。
歴史は雪崩をうって先へ進む。70年後、ミュンヘンにファシズム政党ナチスが生まれ、その党首ヒトラーが政権をとると、ユダヤ人への迫害は公然のものとなり、メンデルスゾーン銀行は解体されてしまう。
音楽も例外ではなかった。ヴァーグナーの本拠地バイロイトがナチスの後援で賑わう一方、メンデルスゾーンの名前は教科書から消され、ゲヴァントハウスの前に建っていた彼の銅像は破壊され、彼の名がついていた通りの名称は変更され、彼の作品の出版は禁止された。
「真夏の夜の夢」というタイトルで別作品を書くようにと、何人かの作曲家たち(リヒャルト・シュトラウスは拒否した)がナチスから命じられた。「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」だけは、人気がありすぎて演奏され続けたが、メンデルスゾーンの名前は伏せられたままだった。
1945年、戦争は終結し、ナチスは崩壊したが、いったん傷つけられたメンデルスゾーンの名誉回復は大変だった。今でこそ芸術性・創造性の高さを認めない者は少なくなったものの、長い間、「軽い曲を作った幸せな音楽家」「サロン的音楽家」といった侮蔑的扱いを受けてきた影響はあなどれない。
メンデルスゾーン作品の大きな特徴である貴族的優雅さ、明朗で知的な美しさ、類稀なメロディの豊かさといったものが、あたかも短所であるかのように論じられさえした。
ある意味、メンデルスゾーン研究はようやく始まったばかりといっていいのかもしれない。「弦楽四重奏曲へ短調」の凄まじい絶望の描写、オラトリオ「エリア」のオペラ的スケール感など、彼の多面性が徐々に知られつつある。単純な幸せなだけの人生ではなかったことも、彼の芸術をとおして認識されつつある。
メンデルスゾーンが「マタイ受難曲」を再演し、蘇らせるまで、バッハは古臭いカビのはえた音楽とされていたことを思い出してみよう。メンデルスゾーンも同じこと。金持ちの道楽的音楽作りだったとの偏見を捨て、反ユダヤの足枷をとりはらい、ただ彼の音楽だけに純粋に耳を傾けてみよう。
そうすればメンデルスゾーン本来の魅力と、その広大な世界がありありと拡がってくるのがわかるだろう。
♪♪♪「メンデルスゾーンとアンデルセン」⇒http://www.saela.co.jp/isbn/ISBN4-378-02841-7.htm
まっさきに狼煙をあげたのはヴァーグナーだった。ヴァーグナーはかつてメンデルスゾーンの作品を誉め、自作の発表場所がなくて困っていたとき彼に頼み込んでゲヴァントハウスでとりあげてもらった恩義があるにもかかわらず、彼の死後3年目にあたる1850年、匿名で「音楽におけるユダヤ主義」という一文を音楽雑誌へ載せた。
曰く、「ユダヤ人は創造するのではなく模倣しかしない」「彼らの容貌はとうてい美術の対象にはなりえない代物だ」「ユダヤ人が歌うと、彼らの喋り方の嫌なところがそのまま歌の中にあらわれて、即刻、退散したくなる」「メンデルスゾーンはヨアヒムだのダヴィッドだのをつれてきて、ライプツィヒをユダヤ音楽の町にしてしまった」「メンデルスゾーンは才能や教養はあったが、人に感動を与える音楽は作れなかった」エトセトラ・・・
これを「論文」と呼べるのか。人種差別に基づく悪口雑言にすぎない。しかしだからこそ反響は大きく、音楽界にのみとどまらない反ユダヤ陣営を大いに勢いづかせたのである。
ヴァーグナーの卑劣さは、これを匿名で書いたということばかりではなかった。彼は、当時まだオペラ界に大きな力を持っていたユダヤ人マイヤーベーアについては、自分が不利になるかもしれないと万が一を慮って巧妙に批判を避け、マイヤーベーアが亡くなると、待ってましたといわんばかり、今度は本名でマイヤーベーア攻撃をはじめ、先の「論文」も自分が書いたのを公表したのだった。
歴史は雪崩をうって先へ進む。70年後、ミュンヘンにファシズム政党ナチスが生まれ、その党首ヒトラーが政権をとると、ユダヤ人への迫害は公然のものとなり、メンデルスゾーン銀行は解体されてしまう。
音楽も例外ではなかった。ヴァーグナーの本拠地バイロイトがナチスの後援で賑わう一方、メンデルスゾーンの名前は教科書から消され、ゲヴァントハウスの前に建っていた彼の銅像は破壊され、彼の名がついていた通りの名称は変更され、彼の作品の出版は禁止された。
「真夏の夜の夢」というタイトルで別作品を書くようにと、何人かの作曲家たち(リヒャルト・シュトラウスは拒否した)がナチスから命じられた。「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」だけは、人気がありすぎて演奏され続けたが、メンデルスゾーンの名前は伏せられたままだった。
1945年、戦争は終結し、ナチスは崩壊したが、いったん傷つけられたメンデルスゾーンの名誉回復は大変だった。今でこそ芸術性・創造性の高さを認めない者は少なくなったものの、長い間、「軽い曲を作った幸せな音楽家」「サロン的音楽家」といった侮蔑的扱いを受けてきた影響はあなどれない。
メンデルスゾーン作品の大きな特徴である貴族的優雅さ、明朗で知的な美しさ、類稀なメロディの豊かさといったものが、あたかも短所であるかのように論じられさえした。
ある意味、メンデルスゾーン研究はようやく始まったばかりといっていいのかもしれない。「弦楽四重奏曲へ短調」の凄まじい絶望の描写、オラトリオ「エリア」のオペラ的スケール感など、彼の多面性が徐々に知られつつある。単純な幸せなだけの人生ではなかったことも、彼の芸術をとおして認識されつつある。
メンデルスゾーンが「マタイ受難曲」を再演し、蘇らせるまで、バッハは古臭いカビのはえた音楽とされていたことを思い出してみよう。メンデルスゾーンも同じこと。金持ちの道楽的音楽作りだったとの偏見を捨て、反ユダヤの足枷をとりはらい、ただ彼の音楽だけに純粋に耳を傾けてみよう。
そうすればメンデルスゾーン本来の魅力と、その広大な世界がありありと拡がってくるのがわかるだろう。
♪♪♪「メンデルスゾーンとアンデルセン」⇒http://www.saela.co.jp/isbn/ISBN4-378-02841-7.htm
突出してもっていた人種なのではないかと思います。
最近、宗教的な問題を聞き、グローバルスタンダードに
ついて日本での活用性に疑問は憶えましたが、
人種差別はそれ以前の問題。
突出した能力を兼ね備えていたからこその、ひがみの
ような気がしてなりませんね。
話は変わりますが、以前「中野京子と行く旅」というのがありましたでしょう。
このブログを読んでいて、そういうのがあったら、行きたいなと思っています。
メンデルスゾーンの「死後」ということは、恐らく生前から苦々しい思いを抱いていたのかなあという気がしたものですから。
私はヴァーグナーのオペラは冗長過ぎて苦手なのですが、音楽にも彼の性格が現れているような気がします。
この記事と私のブログの中野さんのご本紹介記事をトラックバックさせていただきました。かなり、稚拙文章で恥ずかしいのですが、もしよろしければお読みください。
私のブログでも、中野さんのブログをブックマークさせていただいてもよろしいでしょうか?
ユダヤ人問題はすごく難しいですよね。人種プラス宗教プラス土地問題ですもん。友人のご主人がユダヤ人でいろいろ聞いてはいますが、こんぐらかる一方です。
遅咲くらさん
はい、やりました。わたしが講師になり、ロシアツアーでオペラやバレエ、エルミタージュ美術館をまわってなかなか楽しかったです(でも精神的に疲れちゃって、この仕事はしばらくお預けと思って)
でもそうですね。フランドルでルーベンスを見たり、ブリュージュへというツアーとか、トルコあたりは考えてもいいかも・・・
しじみさん
ブックマークというのはリンクのことですか?(まだブログをはじめて3ヶ月の初心者でよくわからず)。お互いに見やすくなるのでしたら、どうぞ何でもやってくださるとありがたいです(こちらからは難しくてできないので)。ではどうぞよろしく!
〓前者は、自分の言語であるイディッシュを恥ずかしい出来損ないのドイツ語と考え、徹底して 「正しいドイツ語」 に鞍替えをしたようです。
〓後者は、イディッシュに誇りを持つべきだと考え、イディッシュ文学の発展を試みたようです。
〓アシュケナージの中の2つの派閥の中の、厳格なドイツ派の代表がメンデルスゾーンだったようです。
〓中野さんのワーグナーの話を読みまして、何というか、好意をよせたのに裏切られた 「ドイツ派ユダヤ人」 の悲哀を感じたのですが……
誘われてやってきました。
音楽そのものの中には、思想や偏見は見つけにくいもののようです。
難しい問題ですね。
時々訪問したく、私のブログにリンクさせていただいてよろしいでしょうか。
のら拝
まさにそのとおりですね。メンデルスゾーン家の人々は、バルトルディという新しい姓に変えたり、キリスト教に改宗したりと、ドイツ人へ同化するため頑張ったにもかかわらず裏切られてしまう・・・
norarecoさん
いらっしゃいませ♪
リンク歓迎です。どうぞよろしく。
映画で言うと、スピルバーグという天才いますよね。彼は、「シンドラーのリスト」で、アカデミー賞取ったけど、あれは、よくない。「ミユンヘン」は、アカデミー賞、逃したけど、素晴らしい作品です。ハリウドは、ユダヤ資本が支配し、アカデミー賞まで、支配しているようです。政治と芸術は、難しい。京子さんの、本などで、ワーグナーの厭らしさ、よく分かるけど、彼の、歌劇は、凄いとも思います。人間が、ダメでも、それは、市民社会倫理で観た、だめではないでしょうか?ピカソも、人間、親としては、最低の奴だったらしい。
しょせん、芸術は、悪魔に魅入られた世界なのでは?
メンデルスゾーン大好きです。あと、フランスノ、ラベル、ドビッシにも魅かれます。
「ミュンヘン」、よかったですね。原作もすごく面白かったです。
ワーグナーをして、そこまで陰湿に責めさせたものは何だったのでしょうか。