在家の師家であった。元、東京顕微鏡院理事長。朝日新聞社
論説委員の下村満子氏の父君である。安谷白雲師のあとをつ
いで、三宝教団の師家となった。
哲学を研究してみても、人間が円満完全、無限絶対の実在で
あると説く教えは仏道以外にはない。この事実を思想的に理
解するのではなく、体験として見得し、納得することが禅の
ねらいであり、これを見性といい、悟道というのである。
自分を不完全な、有限相対の存在と思っている人間が、円満
完全、無限絶対の自己の本質に目覚め(これを見性といい、
悟りという)、この事実を自ら納得する(これを証という)
とき、人間の一切の不安、苦悩はいっぺんに雲散霧消するの
である。この時の歓喜は全く筆舌につくしがたい。人によっ
て深浅、強弱の差はあるが、一度この歓喜を体験した人でな
ければ、本当の禅の話は通じない。どんなに仏教に関する学
識が豊かであろうと、どれほど禅録、祖録を読破し、そらん
じていようと、この体験がない限り、禅にとっては全くの門
外漢である。」
06/10/17 10:28