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江口寿史先生問題の著作権的視点からの考察

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
写真:イメージマート

人気イラストレーター・漫画家の江口寿史先生のイラストレーションがインスタグラムの写真に基づいたものであることが発覚し、ちょっとした炎上騒ぎになっています。顛末についてはここでは繰り返しませんので、この記事等をご参照下さい。簡単に言えば、モデルとなった人の肖像権(あるいはパブリシティ権)が侵害された事件と言えます。

肖像権は、法文上明確に定められた権利ではありませんが、判例上ほぼ確定している権利です。「人がみだりに他人から写真を撮られたり、撮られた写真をみだりに世間に公表、利用されない権利」と言ってよいでしょう。インスタグラムに自分の写真を載せたことが、自分と明らかにわかるイラストを広告宣伝で駅に掲示されたりすることまで承諾したとは思えませんので、無断使用は肖像権侵害とされてもしょうがないでしょう。

肖像権と似た概念としてパブリシティ権があります。肖像権が人格権中心であるの対して、パブリシティ権は財産権的要素が強い点に相違があります。芸能人の肖像を広告宣伝に勝手に使うようなケースではパブリシティ権が侵害され得ます。今回のケースでは被写体の方はモデルとしても活動されているようなので、肖像権の侵害以前にパブリシティ権が問題となるでしょう。

いずれにせよ、被写体の方の承諾があれば済む話ですので、インスタグラムであればメッセージでひと言承諾を得れば済んだ話ではないでしょうか(プロのモデルさんであれば契約上いろいろと必要かもしれませんが)?

ちょっと余談ですが、トレースなら誰でもできる(私にもできる)とX上で自身のトレースを公表している人がいましたが、江口先生の作品とは雲泥の差で、逆に江口先生の作品の素晴らしさを証明する結果になっているように思えます。そもそも、今回のケースは写真に基づいてイラストを描いたことは明らかであるところ、機械的に模写したものではなく、完全に江口先生のタッチになっていますので、トレースやトレパクと呼ぶこと自体が間違いでしょう。

ではここで、肖像権とパブリシティ権の話とは別に、著作権についても検討してみましょう。

基本的に、人間が撮った写真は著作物として扱われます。素人が撮ったスナップ写真であっても、構図の決定やシャッターチャンスの選択において創作的表現があると考えられ、著作物とされます。なお、自撮りでない限り、写真の著作物の著作者は(モデルさんではなく)写真を撮った人になります。なお、もし企業に属するカメラマンが職務として撮影したのであれば、職務著作となり、その企業が著作者となります。また、言うまでもないですが、元の著作者が著作権を譲渡すれば譲渡された人が著作権者となります。

他人の撮った写真をそのまんま許可なくコピーすれば複製権の侵害になるのは当然として、写真をベースにイラスト化した場合はどうでしょうか?

写真を参考にしてイラストを描いたというだけで著作権(翻案権)の侵害になるということはありません。写真の著作物に表れている表現の本質的特徴(典型的には構図)がイラストにも表れていることが必要条件です。

裁判例でも判断は事案ごとに分かれています。

著作権(翻案権)侵害が認定された事例としては、八坂神社祇園祭ポスター事件と呼ばれているものがあります(判決文)。裁判所サイトで実際の写真が掲載されていないのでわかりにくいですが、こちらの論考記事に引用されています。モノクロかつ画像が粗いので分かりにくいですが、元写真の特徴的な構図がそのまま水彩画として再現されており、真の意味での「トレパク」という感じがします。

著作権(翻案権)侵害が否定された事案としては、有料の素材写真に基づいてイラスト(同人誌の裏表紙)を作成した事件があります(判決文)。こちらは、裁判所のサイトに対象の物件が掲載されていますすので下に引用します。裁判所は「本件イラストは,本件写真素材の表現上の本質的な特徴を直接感得させるものとはいえない。」と判示し、侵害を否定しました。写真に基づいて(依拠して)イラストを描いたのはイラストレーター自身が認めているのですが、だからと言って必ず著作権侵害になるわけではありません。

出典:裁判所サイト
出典:裁判所サイト

その観点から考えると、今回のケースで問題ではないかとX等で指摘されている作品の中で、著作権的に問題になりそうなイラストはないように思えます(もちろん、肖像権やパブリシティ権の話は別)。私が見ていないものの中に写真そのまんまトレースのようなものがあるのかもしれないですが、江口先生のクリエイターとしての矜持としてそれはないのではないかと個人的には思います。

結局のところ、今回のケースは肖像権(パブリシティ権)に関する意識が不足していた(過去の”常識”から脱却できていなかった)ことに起因する問題と言えそうです。私見ですが、こういう話はクリエイター本人ではなく、マネージャーや出版社や広告代理店がサポートすべき問題だと思います。

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ありがとうございます。
弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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