淫夢は「良いこと」もしたのか?
本当なら今日投稿する記事は「淫夢最前線 デデドン界隈後編」となるはずだった。しかし重大な構成ミスが発覚したことにより本日の公開は不可能となったので、代わりにこの記事を執筆した。
(ちなみにタイトルの元ネタ本は読んで)ないです。
淫夢は「悪いこと」をしたのか?
淫夢の問題点というのはよく語られる。いわく、淫夢は肖像権や著作権を侵害していると。いわく、淫夢は猥褻な映像を至る所に露出させ公序良俗に反すると。いわく、淫夢はホモフォビアに基づく差別コンテンツであると。
第二ファシンテルン兄貴によると、ニコニコ運営による淫夢動画の大量削除事件、いわゆるホモコーストはかつては「猥褻物」への弾圧だったが、将来的には「 ヘイトクライム」として弾圧されるという。(「まったく新しいホモコースト」)
このように、淫夢が「どう悪いか」は社会情勢によって変化すると考えられるが、いずれの時代でも淫夢が潔白とされたことはないだろう。もしかすると、淫夢に悪性があるということに気づかない・目を瞑る淫夢厨はいたかもしれないが、一度問題点を突きつけられれば嫌でもそれを自覚することになるだろう。
よって、淫夢が「悪いこと」をしたというのは現状では認めざるを得ないことである。
淫夢は「良いこと」もしたのか?
「淫夢は悪いことをした/している」ということは実によく語られてきた。淫夢の問題点をまとめる記事なんかは検索すれば非常にたくさん見つかる。淫夢に関するまとめ記事などを読んでも、しばしば注意事項的に淫夢の問題点が記してある。一方で、「淫夢が良いことをした/している」とする記事は、たとえ露悪的なものであっても直ちには検索に引っかからない。
しかし我々は知っている筈である。淫夢には間違いなく魅力があったことを。魅力とは、すなわち美学によって測られるべきものであるから、倫理の問題ではないのかも知れない。しかしここでは、あえて「良いこと」を広い意味で捉えてたいと思う。そうすることで、可能な限り淫夢の「良い点」を多く記したいと思ったからだ。
この記事に辿り着いた人の中には、淫夢のことを深刻な悪であると断じている者もいるかもしれない。そしてこの記事のことを、差別の正当化を試みるものであると判断するかもしれない。しかし私はこの記事を通して、淫夢が差別ではない、といいたいのでもなければ、淫夢が差別だというのは一つの意見にすぎないという相対主義的なことを言いたいのではない。私は、少なからざる人々が、差別的とされるものに「良いこと」を感じている事実を分析しようと試みているのである。
私は淫夢は「良いこと」をしてきたという立場をとる。しかしそれは、淫夢の「悪いこと」を相殺することはないばかりか、「悪いこと」の裏返しですらありえる。なぜならここでの「良いこと」とは「善」のことではないからだ。したがって、これから述べる「良いこと」とは現状では淫夢の免罪符になるようなことはないだろう。ただし、もしかすれば価値観のラジカルな変遷によっては、淫夢の「良いこと」が本当に「善」として再評価されるかもしれない。(あるいはより「悪」として。)私はそこに「良いこと」をしたかどうかを検証する意義があるとも考えている。
それでは、具体的にはどんな「良いこと」がされてきたのかを振り返ってゆこう。
1、淫夢はメンタルヘルスに貢献する
第一に、淫夢は淫夢厨のメンタルヘルスに貢献するといえる。淫夢は「見る抗うつ剤」と呼ばれることもある。ここでいう「抗うつ剤」とは当然正確な意味ではない。言葉の語感そのままに、日常生活での疲れやストレスを吹き飛ばすような爽快感・安心感があると感じるという意味である。雑にいうと、淫夢は日常の癒し・楽しみというわけだ。
おそらくこのことは淫夢厨にも広く認識されており、以下のようなBB先輩劇場も存在する。(「歴史改変された世界に来た先輩」)
https://sp.nicovideo.jp/watch/sm31987482
この動画では、淫夢が生まれなかった世界が描かれる。そこは「淫夢が誕生しなかった事でストレスを抱える現代人の心の拠り所がなくなってしま」った世界であり、大量の鬱の発生と、それに伴う大量の自殺者が生まれてしまったということがGOによって語られる。
実際に淫夢が自殺防止に貢献している証拠はない(当たり前だよなぁ?)のだが、そのようにイメージされる程度には淫夢がメンタルヘルスの向上に貢献していることは確かなことであろう。
スマホゲーム「いむいむ!人生詰む詰むと化した先輩!」の制作者兄貴の元にも「人生救われました」系のメッセージが届いたりしたらしい。(「野獣先輩は抗うつ剤となりうるか。(電気羊はアンドロイドの夢を見るか)」)
2、淫夢は弱者の生存に貢献する
第二に、淫夢は弱者が生き延びることに貢献する。社会的に弱者が生きるに当たっては、困難が存在する。その困難を超えてゆくのに淫夢が有効に作用するというのである。
たとえば、淫夢を通して社会との接点をもつことができる。そうすることで、「不登校や引きこもりから抜け出し、いじめや孤立から身を守るための「武器」として機能したケースも存在する」のだという。(「弱者の生存戦略と強者の裁き:倫理と現実の狭間で」)
また、社会との接点の獲得とは異なるが、淫夢が「陰キャである自分たちだけのものである」という感覚によって自尊心・自己肯定を得られたという例も見られる。(「最近の淫夢について思うこと」、「淫夢の広がり〜BSS〜」)
このように、弱者にとっての淫夢とは、他者とつながることであったり、自己を肯定することに役立ってきたということは記しておかねばならないだろう。
3、淫夢動画制作による技術の獲得
たまに淫夢のおかげで現在は映像系の仕事に就いている、的なコメントを見ることがある。わざわざ嘘をつくような場面でのコメントではなかった筈なので、おそらく事実だろう。
映像系の仕事に就くほどではないにしても、動画や画像、音声などの編集技術を習得したという者は少なくないだろう。淫夢では多くの投稿者により編集の入門動画や演出の解説が投稿されており、技術習得のための教材が数多く、しかも無料で手に入る。動画投稿を目的とする場合、再生数やコメントを獲得したいというインセンティブが働くために、より技術が研鑽されていくのである。
また、淫夢で得られた知識は淫夢動画作り以外にも応用可能である。なぜなら淫夢で使用されているツールの多くは、ネット上で公開されているフリーソフトや実質無料で体験できるソフトだからである。前者であれば、動画編集ソフトAuiUtlや音声編集編集ソフトのAudacity、後者であれば音MAD制作に使われるReaperや無料版のある生成AIなどである。その他にも、MMDやVOICELOIDであるとか、プログラミングなどを学習する者もいる。
これらは当然、淫夢動画以外の制作にも用いることのできるツールであるので、投稿者の能力向上に大変寄与する。この記事の筆者も、淫夢とは無関係の場面で動画編集が必要になったときに、AviUtlのスキルが役立った実例があるのだ。
4、淫夢動画を通しての未知の文化との出会い
淫夢動画が実に多様であることは言うまでもないだろう。なぜなら淫夢動画には、ホモ的なものからの逸脱がない限り、基本的に何を持ち込んでも構わないからだ。
特に初期の淫夢には「風評被害」と呼ばれる、淫夢とは無関係のものに淫夢の文脈を見出す「こじつけ」が行われており、それを通して淫夢厨に広く知れ渡ったものが多くある。
その代表的なものがポップバンド「Nona Reaves」である。月曜先輩ことNSDR兄貴が野獣先輩に似ているとこじつけられたことでライブ映像が転載されたのがきっかけであるが、結果として淫夢厨の多くが「Nona」の楽曲に魅了されることになる。NSDR兄貴がニコ生の番組で述べたところによると、「結構Nonaのファンになった奴もいる」、「握手会とか来るんですよ結構。」とのことで、実際に淫夢が影響力をもったことが伺える。(「【衝撃!】NSDR兄貴と淫夢民の和解の瞬間をとらえたVTR」)
淫夢経由で楽曲を知るということはよくある。先述のとおり、淫夢は(ホモ的であれば)何を持ち込んでも自由なので、音楽も自由に持ち込めた。不幸にもホモビデオに使用されたのが発見されたり、BB素材のBGMとして大喜利的に使われたり、BB先輩劇場や長編淫夢の劇伴として使われたりと経緯は多様ながら、各々の淫夢厨にとって未知の音楽と出会う機会が淫夢にはたくさんあり、名曲のコメント欄には「出会い方以外は完璧だった」という文言がたびたび見られるようになった。
楽曲だけではない。古今東西の物語、地理、歴史、映画、アニメ、ネットミームなどを学ぶことができる機会が多かった。「理系淫夢」もあり、特に数学の問題を解説するシリーズが人気を博した。
他にも「ホモと学ぶシリーズ」の珍しい転載動画や「野獣先輩新説シリーズ」のマニアックなネタ動画など、淫夢は新知識を得ることができる学びの場としても機能したのであった。
このように、淫夢を通して文化を学習することで、淫夢厨は知的好奇心を充足することができた。知ること、学ぶことの楽しみを享受できたのである。純粋に知識を増やすことができたともいえよう。
とあるはてなダイアリーでは「淫夢が無ければ知らなかったことも多かったはずだ」ということが哀しげな文体で綴られている。(「淫夢が教えてくれたこと」)
5、淫夢をきっかけにした就職
かなり特殊だとは思うが、ウリセン業界・AV業界に就職した上倉兄貴(代表作:HOMOTHER)の例もある。
就職がうまく進んでいなかった兄貴だったが、淫夢動画の視聴をきっかけに「A社」(Acceed)の面接を受けることとなり、ウリセンボーイとしてデビューしたのだという。(「A社の面接行った話」)その後、動画編集が好きなのを買われ、人材不足だったという制作事業部(ホモビデオを制作する部門)にアルバイト、後に正社員として務め、ホモビ監督にまでなったという。(「【実録日記】ゲイビデオ会社でアルバイトを始める話」)
上倉兄貴は現在ではホモビ監督は引退しているようだが、引き続きAV業界に勤めているようである。淫夢をきっかけにホモビ業界に就職するというのは稀有な例ではある。とはいえ、淫夢が接点となって特定の業種に関心をもった例というのは、先述の映像業界に就職したらしき淫夢厨のような場合も含めれば、皆無ではないのかもしれない。
6、淫夢をきっかけに同性愛者への理解が増進した?
『ビジュアル・コミュニケーション』収録の「野獣先輩は淫らな夢を見るか? 〈真夏の夜の淫夢〉概説」でも取り上げられていたが、「淫夢をきっかけに同性愛者への理解が深まった」というような淫夢厨の書き込みをみることがある。
これは文字通り受け取ることはできない。そもそも同性愛者への理解が深まったというのが、どういうことなのかという問題がある。たとえば、単にホモセックスの知識を得たり、ウリセン業界の用語を知ったりするだけのことをいうのか。それとも同性愛者は「おかしくない」人々であるという風に認識を改めたのか。その場合、差別コンテンツとされる淫夢を消費し続けるのが妥当なのか…
となると、これは「良いことか」以前にそもそも何かということになる。したがってここではそのような意見の紹介に留めておこう。
あるまとめサイト【注1】の記事を見たところ、正直「理解増進」については淫夢厨の中にも疑わしいと思うものがいるようである。なお、記事タイトルはネタであるので有識者など当然存在しない。(「有識者「淫夢コンテンツはLGBTへの理解や容認を促進し、同性愛をタブーでないものにした」 ◀これマジ?」)
【注1】「究極ちゃんねる」の記事。参考リストには転載元の嫌儲板のスレを掲載。
7、淫夢は価値ある創作の場を形成していた
数々の淫夢論者たちによって、淫夢の価値とは何かという問いが論じられてきた。どん行兄貴は「自由」や「多様性」と答えたし、nagaradam兄貴は欺瞞のない表現ができることだと答えただろう。(「私は東方が嫌いです」、「☆」、「淫夢の衰退論と「淫夢の政治化」)
淫夢の価値がどのようなものであるのかという問いは、結論は出ていない難問である。私も過去の記事にて解答を試みて失敗してきた。なぜなら、問題があまりに漠然としており、加えて資料も十分でないのだ。そのため淫夢の本質的な価値とは何か、今の私には判断できない。
確かなのは、少なからざる論者にとって淫夢というのは創作の場としての価値、他の創作の場には無い特有の価値があったと見なされてきた、ということである。
メインストリームとされる創作の場ではできないことができるのが淫夢だった。たとえば、自己矛盾兄貴の(自伝的?)作品には、コンプライアンス遵守で雁字搦めにされるCM編集(野獣先輩)が、最終的には自由な創作のできる淫夢に堕ちる、という動画がある。(「先輩がMAD作者になった理由」)
https://sp.nicovideo.jp/watch/sm27207162
そこではまさに、淫夢は守るべき規制のない自由な場であるとされている。そして優れた技術を持つ美大卒の自己矛盾兄貴が「淫夢堕ち」した事実があるというのも、彼にとって淫夢が創作の場として表現をするのに適した場所であると感じられたからであろう。(彼のその後についてはここでは触れない。)
それどころか、インターネットがオルタナティブからメインストリームに移行する中で、淫夢のような場はメインストリーム化に満足できない人々の受け皿となったようにも思われる。先に引用したどん行兄貴なんかは、まさにそうした人々の一人だったと思われる。(「私は東方が嫌いです」)
淫夢には、創作の場としての独特の魅力があった。そして、それに惹きつけられた淫夢厨の中には、ネット難民的な人間もいた。淫夢は創作活動を行う人々や他所に馴染めない人々のための居場所となったというわけである。
総括
以上の7つの「良いこと」を振り返ってみるだけでも、なぜ淫夢が我々にとって魅力的だったのかを考えるきっかけになるのではないだろうか。
冒頭に述べた通り、昨今の情勢化、淫夢は差別コンテンツと捉えられうる。しかし淫夢がどれだけ「正しくない」ものであれ、国境を超えた人気を産んでしまったことは紛れもない事実である。そしてそれは当然、強烈な魅力が働いてたゆえと考えるほかない。
もし今後、淫夢がヘイトクライムとして弾圧されることになったとしても、ここに書き記した魅力のことを忘れては欲しくない。淫夢のことを単純に差別コンテンツに過ぎないものととらえ、その人気を社会の差別性にのみ起結させるような乱暴な論調が今後容易に出現し得るであろうことは、現時点で淫夢にまつわる資料が少なく、したがって検証不可能な状況であることを考えると、現実味を感じる。(乱暴な議論が展開されても反証できないのだから。)
ゆえに私は淫夢のした「良いこと」を記したのである。淫夢がある種の弱者を救いさえしていたことを記したのである。ある人にとって、淫夢がどれほど差別的に感じられたとしても、これは事実である。それは「良いこと」が「悪いこと」を相殺するという意味ではなく、淫夢がその二つを含む二重性を有していることを意味するのである。それを理解することは、むしろ差別に反対する人々にとって必要なはずである。なぜならそれこそが差別の現実だからである。
この文章が何かしら有効活用されることを望む。
【おしり】
投稿後、一部文章を修正。
引用・参照リスト
兄貴称略
第2ファシンテルン下北沢支部「まったく新しいホモコースト」(https://sp.nicovideo.jp/watch/sm40990542)
Electrider.mp35「歴史改変された世界に来た先輩」(https://sp.nicovideo.jp/watch/sm31987482)
かえでゲームズ「野獣先輩は抗うつ剤となりうるか。(電気羊はアンドロイドの夢を見るか)」(https://note.com/kaedeee_you/n/n82d9e74579c0)
真人間「弱者の生存戦略と強者の裁き:倫理と現実の狭間で」(https://note.com/ragnarok2000171/n/n4b80cc8ae774)
hassy1216「最近の淫夢について思うこと」(https://note.com/hassy1216/n/n4135ba4742fd)
垂涎「淫夢の広がり〜BSS〜」(https://note.com/sinsin_tomoni/n/nbef6b6c003e0)
すっとこ「【衝撃!】NSDR兄貴と淫夢民の和解の瞬間をとらえたVTR」(https://sp.nicovideo.jp/watch/sm23231773)
はてな匿名ダイアリー「淫夢が教えてくれたこと」(https://anond.hatelabo.jp/20250403000353)
上倉兄貴「【実録日記】A社の面接行った話【前編】」
(https://uekura.livedoor.blog/archives/19145083.html)
「【実録日記】A社の面接行った話【後編】」
(https://uekura.livedoor.blog/archives/19250686.html)
「【実録日記】ゲイビデオ会社でアルバイトを始める話」(https://uekura.livedoor.blog/archives/19589622.html)
5ちゃんねる ニュー速(嫌儲)「有識者「淫夢コンテンツはLGBTへの理解や容認を促進し、同性愛をタブーでないものにした」 ◀これマジ?」)」
(https://itest.5ch.net/greta/test/read.cgi/poverty/1650430759)
どん行「私は東方が嫌いです」ウェブアーカイブ(https://web.archive.org/web/20200531033203/https://ch.nicovideo.jp/donkou/blomaga/ar1899949
)
nagaradam「⭐︎」(https://note.com/nagaradam/n/n67368f28e5db)
第二ファシンテルン下北沢支部「淫夢の衰退論と「淫夢の政治化」」(https://note.com/810_inter/n/nc1bda2754875)
自己矛盾「先輩がMAD作者になった理由 前編」(https://sp.nicovideo.jp/watch/sm27207162)
「先輩がMAD作者になった理由 後編」
(https://commons.nicovideo.jp/works/sm27207184)
(以上全て2025年7月12日閲覧)


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