『U G Y A A A A』
「くっ……!」
「……っ」
倉庫への道、まさに人工の断崖絶壁というべき場所で、二人は戦っていた。
いや、追い詰められていたというべきだろうか。
柚葉とガルシアは、まさしく防戦一方だった。
頼みの綱のマネモブは不調であり、先ほどミアズマに釣られた大量のエーテリアスの群れに呑み込まれた。
頑丈な傘によって、ミアズマ・フィーンドの攻撃を防ぐ。しかし、衝撃も速度もそこらのエーテリアスがひっかうにならない一撃一撃は、柚葉の体力と気力を削り取る。
彼女と並んで戦っているのがガルシアだ。
彼はそこらのエーテリアスからはぎ取った頑丈そうな装甲や、落ちていた武器を使い捨ててまで対抗している。
しかし、今はガルシア自身の怪力や反射神経で持っているようなものなので、武器がなくなれば即座に決壊するバランスである。
『S Y A A A A !』
「……!」
ガルシアの武器が破壊された。
それを見た柚葉は、自身も余裕などないというのにガルシアの前へと躍り出た。
『U A A A A !』
「ガルシア!」
「!」
傘を開き盾とする。
彼女の傘は頑丈であり、ミアズマ・フィーンドの攻撃を難なく防いだ……が、衝撃は殺せるものではなかった。
柚葉はガルシア諸共、下へと落下した。
「キャアアアア!?」
「……」
ガルシアは空中で柚葉を抱きかかえた。
自らがクッションになるつもりだ。地面へ激突する直前にもう一度柚葉を投げ、衝撃を殺すのだ。
タフなガルシアはこの落下程度では死なない。脚から激突すれば、あるいは着地に成功できる可能性は十二分にある。だが、万が一失敗すれば? ミアズマ・フィーンドの邪魔が入れば?
死なないまでも戦闘不能に陥るだろう。
「柚葉ーっ! ガルシアーっ!」
ちょうどその時、全速力で駆けてきたのはアリス。
その後ろにはリンとオボルス小隊のトリガー。しかし、間に合わない。
だがその時だった。黄金の光が二人を包み込んだのは。
「あ、あれは……!?」
「師匠だ!」
二人を助けたのは儀玄だった。
片腕で柚葉を抱え、もう片方の腕でガルシアの腕を引っ張る。ある意味怪力だ。
儀玄はゆっくりと下に降り、二人を離した。
「柚葉!」
フラフラとした疲労困憊の柚葉をアリス達が支える。
ガルシアはそんな彼女達を見守りつつ、儀玄へと目を向けた。
「お前さん、重いな」
「……」
冗談なのか本気なのか、軽い調子の儀玄。
筋骨隆々のガルシアを片手で引っ張れるなら大丈夫なのではないか。
ガルシアはそう思った。
「どうやら間に合ったようだな」
「タイミングバッチリ!」
雲嶽山から駆け付けた儀玄の目的は、二人を助ける以外にもう一つある。
「さあ……ケリをつけようか」
凄まじい勢いで落下してくるミアズマ・フィーンド。
ミアズマの波動と狂気は、見る者を圧倒するだろう。しかし、この場に怯む者などいない。
さらに、リベンジを果たしたい者もやってきた。
『俺は
『NANIッ』
どこからか声がする。
その場所とは……
『俺は“
ミアズマ・フィーンドの頭上に、マネモブが座っている。
声がかかるまでまるで存在を感じ取れなかった。まさに武術の秘奥とも呼べるそれは。
『
『S Y A――』
その存在を感知したミアズマ・フィーンドが攻撃を加えようとした時――
『G U A ッ』
『己の体重を小鳥のように軽くすることも…象のように重くすることも可能なんだ』
マネモブの体重が増加し、ミアズマ・フィーンドを圧し潰した。
いかなる原理なのか、弟子にすら伝えられないその技は、確かに大きな隙を作りだした。
『多勢に無勢だいっけぇ』
ついに決戦が始まる……!
Now Loading......
『しゃあっ』『灘神影流“塊貫拳”』
いの一番に攻撃を加えたのはやはりマネモブだ。
地面に体れたミアズマ・フィーンドへの追い打ちじみた変則マウントポジションからの塊貫拳。
並のエーテリアスどころか、無防備だったとはいえサクリファイスであるヘレティック・ジェスターの頭部すら一撃で粉砕せしめた拳が胴体に迫る。
『S Y A A A A』
『なにっ』『灘神影流“鷹鎌脚”』
だが、何も黙って攻撃を受ける者などいない。
ミアズマ・フィーンドは双剣を操り、上のマネモブを狙った。
威力もさることながら、縦横無尽に動くという双剣は恐るべきものだった。しかし、マネモブは冷静に鷹鎌脚で対応し、剣を弾き返した。
「私も負けていられないのだわ!」
猛攻というのはこの光景を意味するのだろうか。
マネモブが離脱する直前にはアリスと柚葉が走り出す。レイピアで斬りつけ、傘からは爆発物。
おまけに軽業師もかくやというほどに高い機動力。まさに息もつかせぬ波状攻撃だ。
「柚葉、もう少しなのだわ。頑張れそう?」
「私はへーき! ガルシアもね」
「……」
新たな武器を受け取ったガルシアに、弾薬を補充した柚葉はもう無敵だ。
彼女達が攻撃を加えている瞬間にも、ガルシアはトリガーと共に精密な射撃で弾丸を命中させている。
「それはいい。戦える奴は何人いてもいいからな」
「でも師匠気を付けて。あの怪物は……」
「うむ。アキラから聞いた。特殊なコアにミアズマでの回復を併せ持つやばい奴だと」
『“不知火”に“破龍”!?』
「あ、マネモブは知らなかったっけ」
今更重要な情報を聞いたマネモブだった。
「だが我らの本分はこうした邪道を討つことにある」
『それはワシのことを言うとんのかい』
「お前は別だ」
マネモブの瞬間移動じみた機動力と、儀玄の符と武術による多彩な動きの間に挟まれる会話。
まるで通常攻撃のように空気を打ち鳴らす拳、邪悪を浄化する術法が飛び交うのは、二人が最高峰の実力者であることを意味していた。
「……こいつとはただならぬ縁がある」
『なにっ』『ふうんそういうことか』
「お前は何をしようというのだ」
何度目かの双剣をはじき返し。
マネモブは儀玄へと向き直った。
全て理解した。ミアズマの特性、光の司祭の存在、そしてミアズマ・フィーンドの外見から、儀玄とミアズマ・フィーンドの関係を。
『神の計画を阻止し人類を滅亡から救う「ロンギヌス」のメンバーとだけ言っておこう』
「やれやれ、それを人は余計なお世話というんだぞ」
『もし神龍がお前の兄キだったらお前は兄弟同士で殺し合うことになるかもしれねえ』『そんな残酷なことをお前にやらせられるか』
「……お前という奴は」
どこまでも愚直に人を、怪物でさえも救おうとするその姿勢に儀玄の心に火がついた。
彼女もまた、人々を救うために存在する雲嶽山の当主なのである。
『血を分けた子供同士が殺し合うのが楽しいのか?』
マネモブの呟きは誰に対するものだったのか、あるいはホロウへの問いかけだったのかもしれない。
「皆! エネルギー吸収の前兆だよ!」
「ああ、させるものか」
『宮沢、今からプロレスの恐ろしさを教えてやるよ』
ミアズマ・フィーンドが、周囲のミアズマを吸収し回復を図っている。
ただでさ強いというのに驚異的な継戦能力を持つ……ミアズマ・フィーンドはまさに悪夢的存在だった。
『しゃあっ』『兜浸掌』
『U G Y A A A A』
張り手のような一撃。
しかし凶悪な気をまとったそれは人間の脳ならグチャグチャに崩壊させる。
エーテリアスでさえそれは変わらない。何発も耐えられるものではないだろう。
『G A A ッ』
『危ねぇ』『残像をひと蹴りで消しやがった』
「マネモブ避けてね~」
『へっ』『下種の拳など掠りもしないわっ』
マネモブが消えるように移動した瞬間を狙い、柚葉特製の爆弾が発射された。
それは多大な衝撃と周囲に煙をまき散らし相手を混乱させる。
「はあっ」
その煙を斬り裂いて現れたのはアリスだ。
目にもとまらぬ早業が五芒星を描き、敵を粉砕する。
後に残るのは重撃だ。
『A A A A』
あまりのダメージと回復を中断された怒りか、ミアズマ・フィーンドが獣じみた咆哮を上げる。
「ふん」
その時フッ、と背後に儀玄が現れた。
手には符。しかも必殺の威力を持った特製のそれが、ミアズマ・フィーンドの背に叩きつけられた。
「お見事っ! コアが露出だあっ」
『お見事ですキーボー』『やはり私がにらんだ通りあなたは強い
叩きつけられた部分から現れたのは、エーテルコア。
体内に隠されていたのだ。普段からコアを隠しているマネモブにも効くのだろうか……?
「これで回復の術は断った。後は――」
『これがいわゆる浸透系の打撃』
マネモブが、ミアズマ・フィーンドの顔面を掴んだ。
そして叩き込まれる灘の秘技……
『“
「名前怖っ!?」
確かに名前は恐ろしい。
『“精髄”とはあなたを突き動かす力の根本』『
「“精髄”の消滅とは苦しみからの解放でもある」
その結果訪れるものとは――
『「穏やかな戦意喪失」』
『A、aa……』
あれほどまでに猛り狂っていたミアズマ・フィーンドが戦意を喪失した。
それが意味するものは……
「終わった~」
「フー良かった……お疲れ様なのだわ」
勝利である。
「ミアズマ・フィーンドの戦意喪失を確認。皆、お疲れ様!」
「……」
とにかく無尽蔵の体力と、縦横無尽の双剣を併せ持つ強敵だった。しかし、彼女は儀玄とマネモブによって救われたのだ。
儀玄とマネモブがミアズマ・フィーンドへと向かう。
「……」
『……』
姉妹……いや、事実上の他人同士でしかない二人が向かい合う。
「死者は甦らない。記憶を持っていたとしても同じだ。だがな、邪法によって作られたと言えど、苦しむ者を捨て置くことなどしないさ」
『……』
「これからはマネモブの元で暮らすがいい……ね、姉さん……」
『――!?』
ミアズマ・フィーンド……名は名なれど。
彼女は作られた怪物でしかない。しかし、儀玄の姉の記憶を持つ者である。
小さく、近くにいたマネモブにすら聞き取れない声で言われた言葉に、彼女は赤い目を見開いた。
『この大胸筋でなんぼでも受け止めたる』『ワシめっちゃタフやし』
『……SEWA NI NARU』
彼女が頭を軽く下げた。
どうやらもう暴れる心配はないようである。
「これにて一件落着~……とでも言うと思った!? オラーッ出て来いフェロクスーッ!」
リンが箱の一つに手をかけ、蓋を開けた。
すると、中にいたのはフェロクスだ。部下は絶望と苦痛の中ほとんど死に絶え、ただ一人生きながらえて責任者としてどうするつもりなのだろうか。
トリガーが銃口を向けると、フェロクスはめちゃくちゃ怯えていた。
「ヒィッ!? う、撃つな!」
「撃ちませんよ――なにっ」
「ヒィッ!? 今度は何だ!?」
フェロクスの胴体の横に突き刺さったのは、小さな刃物。
それはメス……そう、死神達の医療器具、超侵蝕エーテル無麻酔メスである。
「死神医療チーム!? 一体どこに……」
「上だよ!」
この倉庫は天井が空いている。
ブロロロロ……とエンジン音が遠ざかる。死神達は去ったようだ。
「これ、“俺達は死神医療チームだ。いつでもお前を狙ってるぞ”ってことじゃない?」
「ヒィィィィッ!?」
社会のルールを無視し非道な実験を行った者の妥当な末路だ。
苦しんで死なないだけ感謝して然るべきなのだが、当の彼は恐怖に怯えていた。
「死神って怖……ん?」
柚葉が呟きながら、その光景を見ていると、後ろから足音が。
それはアリスだった。
「柚葉……これ、返すわ!」
「あ……」
アリスは、柚葉にあるものを返した。
それは、マジカルボンプ・セイラープーのヘアピンだった。柚葉が拾い上げ、先ほどアリスに返したものだ。
「いいよ、だってあなたの――」
「いいから!」
アリスは泣いている。
共に、ライオネルによって引き寄せられた奇妙な縁を持つ者同士。
何かを失い、得た者達。
「あなたと私で生きてくの! ……はぐらかしたら、承知しない!」
アリスは、柚葉が自分を身代わりに皆を逃がしたことに怒っている。
何も彼女だけが犠牲になることなんてなかった。柚葉もあそこから逃げていれば、きっと大丈夫だった。
感謝と怒りがごちゃ混ぜになった感情があふれ出る。
「アリス……」
「だから二度と、あんなこと――」
しないで欲しい、という言葉は紡がれなかった。
アリスが、柚葉の腕に包まれたからだ。
「――うん、約束するね」
柚葉とて、ここまで大切に思われてもう一度やらかすなんてできない。
「二人で、生きてこ……」
泣くアリス、苦笑する柚葉。
彼女達を、美しき日の光が包み込んだ。
『う あ あ あ あ』
「マネモブ泣いてるの?」
『美しい兄弟愛に感動しております』
マネモブのマネキン・フェイスから多量の液体が漏れ出る。
どことなくガソリン臭いそれは一体何なのか気になるが、リンは努めて無視した。
だが――美しき終わりには邪魔が入ることもある。
「たっ、大変だあっ」
「あ、あなたは……」
彼は死神医療チームから一人生き残ったフェロクスの部下だ。
鬼火たちについていったはずなのだが、焦燥した様子で走ってきた。
「落ち着け、一体どうしたというのだ」
「た、大変なんだ。エーテル爆薬が……エーテル爆薬が全部侵蝕されて化け物になったぁっ」
「なにっ」
「ううん、どういうことだ」
『お…おいあれを見ろ』
「また死神医療チームとか言い出さないよ……ね……?」
天井を見る。
そこから……超巨大な何者かが覗いていた!
筋骨隆々、まるでスーツを着たかのような人型のシルエット。
エーテルコアがあるからして、エーテリアスであることは間違いないが……問題は山とも言えるほどの大きさだ。
手袋のようなものをはめ、それは声を発した。
『言い訳は聞きたくない。ホロウの命により“エー爆青年オーエン・スミス”がゴミ処理してやる』
『な…なんだあっ』
「あーもう締まらない! 皆、多勢に無勢だいっけぇ」
最後に一仕事あるようだ。
そしてオーエン・スミスは何とか討伐された。
TOUGHの技では象塊が一番好き、それが僕です
【ミアズマ・フィーンド・名は名なれど】
・彼女が作り出された目的はホロウを混乱に陥れ、邪悪な研究を停止させ明るみに出すことだった。
そのために使い捨てられ、最後は死ぬだろう……そのはずだったのだ。だが、ここにイレギュラーが現れた。
“穏やかな戦意喪失”
重なる声が脳裏に響く。
全ての苦しみと記憶の混濁から解放され、かつての持ち主の持つ幸福な記憶が浮かんでくる。
自分は記憶の持ち主ではない。しかし、目の前の人物はそれを承知で自身を姉と呼んだ。
ようやく、ようやく救われた気分だった。
このまま死んでしまっても良いとさえ思える、晴れやかな気分だ。
だが、隣にいたエーテリアスは言った。
『この大胸筋でなんぼでも受け止めたる。ワシめっちゃタフやし』
他者の記憶を背負ってこの世に生まれたからには、生きなければならない。
本能のまま、苦しみのまま暴れる怪物は死に、今ここに新たな生命が誕生したのだ。
『どないする?』
『名前か? まあ良いだろう』――二大流派の当主同士の会話
【エー爆青年オーエン・スミス】
・とある企業がホロウに運び込んだ爆弾が、超強力な二体のエーテリアスの登場によって異化したもの。
オーエンは首刈り職人。そのバックドロップは“エーテル爆薬の爆発”とも言われるほどの威力を持つ、ブリッジを効かせた深い反り投げである。
全身エーテル爆薬の塊なので、攻撃時や死亡時には爆裂するだろう。
『とにかくオーエンは首をへし折ることに快楽を見出している危険な男なんだ』
『ミノタウロス……』――大男と少年の会話