30代で念願のVTuber
1カ月で適応障害

2025年2月14日 10:00

念願のバーチャルユーチューバー(Vチューバー)デビューから1カ月たたずして30代女性の心と体は悲鳴を上げた。過酷なノルマに追われて月労働が380時間を超過。適応障害を発症した。所属事務所に引退を申し出たところ、違約金500万円を請求された。非情ともいえる事務所の対応の背景に、栄枯盛衰が激しい業界構造も垣間見える。

契約違反なら実名公表

2022年7月初め、都内に住む女性がVチューバー事務所と業務委託契約を結んだ。事務所が割り当てたのはゴシック調の衣装に身を包んだ銀髪の女性キャラクター。希望に胸を膨らませつつ、目を通した契約書に一抹の不安を感じたに違いない。業務内容は、ノルマ月20本以上のライブ配信▽月10本以上で各回1時間以上の動画収録▽SNSの運用▽企画業務――など多岐にわたった。

契約期間は約2年。指示を守れなければ500万円の違約金を事務所に支払い、契約違反の場合は実名と違反行為を公開するという。競業を避けるため契約終了から2年間はVチューバーとしての活動を禁止する条項も盛り込まれた。

Vチューバーとしてデビューした女性はわずか1カ月で適応障害を発症した(写真はイメージ)

いざデビューすると待っていたのは働きづめの日々。配信内容の企画から脚本づくりまですべてひとりでこなさなければならず、デビュー動画の制作は準備だけで30時間以上かかった。動画内容もゲーム実況や歌唱、紙芝居など定番とされるものには大体手を出した。

事務所から1カ月分の配信予定を細かくシートに記入するよう求められ、社長のチェックが入った。社長からはライブ配信中に業務チャットで発言内容の指示が飛ぶこともあった。昼夜を徹した作業がほぼ2週間続いた。

女性側によると、1カ月の労働時間は380時間以上となり、過労死ラインを優に100時間以上超えた。「配信に穴を開けられない」。深刻な睡眠不足と原因不明の発熱に悩まされながらも業務を続けていたが、とうとう起き上がれなくなった。「抑うつ状態が著しく、向こう2カ月間の自宅療養を要する」。契約の1カ月後、受診した精神科クリニックでドクターストップがかかった。

届いた最後通告

「限界を感じています。せっかく頂いたチャンスなのに申し訳ありません」。適応障害と診断された女性がチャットで社長に状況を説明すると、最初は気遣うメッセージが返ってきた。ところが、スタッフと面談後に改めて活動休止を申し出ると、打って変わって冷たい反応に。「契約内容の再読をお願いします」「72時間以内に返信がない場合は対応を進めなければなりません」。畳みかけるような文言は違約金の請求をほのめかしていた。

8月末に最後通告のメールが届く。「9月中の復帰が難しいなら契約不履行で違約金が発生します。活動再開の日程を2日以内に回答してください」。考えは変わらないと女性が伝えると、会社は違約金500万円の支払いを求めて女性を提訴した。

事務所側は裁判で「ライブ配信や動画収録は女性の裁量に任せ、業務量の調整などにも努めていた」が、女性が復帰に向けた建設的な提案を一切せず、解除の意思を示したと述べた。無駄になったというキャラクターの準備費用は300万円。短期間の配信停止によってSNS上に女性を擁護する投稿などがあり、会社の評価が下がったとして「500万円の賠償金はむしろ実損を大きく下回る」と説明した。

これに対し、女性側は「事務所の過剰な業務指示に加え、高額の違約金を示唆する脅しともとれる対応で精神的に追い詰められた」と反論。活動休止の原因は事務所側にあり、違約金を払う必要はないと強調した。

作り手側は立場弱く

Vチューバーが注目されるようになったのは16年。市場は急成長を遂げ、矢野経済研究所(東京・中野)によると、近年は国内市場規模が年1.5〜2.1倍のペースで拡大している。プロデュースやマネジメントを行う事務所が乱立し、東証プライム市場に上場する大手から所属数人の小規模までが生き残りをかけてしのぎを削る。

ニフティ(東京・新宿)が1月に公表した小中学生のなりたい職業調査で、Vチューバーはユーチューバーを上回った。一方で作り手側は個人事業主が多く弱い立場に置かれがちだ。曖昧な契約や不適正取引によって問題が起きることがあり、公正取引委員会は作り手の保護に目を光らせる。そもそも一方的に不利益を強いる契約条項は公序良俗違反で無効となりかねない。

24年7月の一審判決は「事務所が女性の精神状態への配慮に欠ける指示を行った結果、信頼関係が決定的に破壊された」と指摘。契約解除の責任は事務所側にあるとして、契約の有効無効を検討するまでもなく事務所側の請求に理由はないと判断した。同年11月の二審判決も「事務所側の不適切な対応によって契約解除を余儀なくされた」として訴えを退け、事務所側敗訴の判決は確定した。

ライブ配信や投稿動画から得られる広告収入は事務所と女性で折半する契約になっていた。心身のバランスを崩しながら配信にいそしんだ1カ月間で女性が手にした報酬は2万2175円だった。

取材・記事
小西雄介

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