大阪・関西万博
FEM解析で村田製作所の製品開発を支え続けるCAEソフトFemtet―40年にわたる歩み
電子部品業界で世界をリードする村田製作所の研究・開発の現場では、約40年前から内作しているCAE*1ソフトウェア(以下、CAEソフト)が活用され、製品仕様を決めるための検討データを提供するなど、製品の開発・設計を支えています。現在、その内作CAEソフトの解析分野は、応力や電磁波・電場・磁場の解析*2だけでなく、流体、熱伝導、圧電、音波と多岐にわたり、若手からベテランまで、村田製作所の多くのエンジニアにとって欠かせないツールとなっています。
このCAEソフトは、有限要素法に基づく解析―FEM*3解析を実行します。開発をはじめたのは、一人のエンジニアでした。ひたむきに開発したCAEソフトはFemtet(フェムテット)と名付けられ、2008年以降、関連会社で外販もしています。
本記事では、電子部品メーカーである村田製作所が、なぜCAEソフトを開発・販売しているのか、また、なぜCAE解析を専門としないエンジニアでもFemtetを使いこなせるのか、そのカギを開発者に聞きました。
*1 CAE:Computer Aided Engineeringの略で、コンピュータ上で工学的なシミュレーションを可能にする技術のこと。
*2 解析:計算や理論によって現象を調べること。
*3 FEM:Finite Element Methodの略。
<当ページトップ画像の解析対象>
電磁波:ログペリアンテナ、電場:めっき時の部品、磁場:電磁モータ、流体:CPUクーラ、熱伝導:電子回路基板、応力:はんだ(疲労解析)、圧電:超音波モータ、音波:バイオリン(音の指向性)
1. 連成解析も可能な有限要素法に基づくCAEソフトFemtet
パーソナルコンピュータが普及する以前のモノづくりでは、製品の設計や製造プロセスで修正や試作をして評価、改善という試行錯誤を重ねてきました。しかし現在では、実際に設計や製造をはじめる前にコンピュータ上でさまざまなシミュレーションを実施し、設計や製造プロセスの見通しを立てることが一般的になっています。シミュレーションの活用によって、以前のような手探りの試行錯誤が減少し、開発期間の短縮やコスト削減を実現できるため、シミュレーションは現代のモノづくりに不可欠な技術となっています。
このようにシミュレーション技術の重要性が広く認識されている現在、欧米が主流のこの分野で国内唯一の統合CAEソフトFemtetを開発した村田製作所(以下、ムラタ)の岡田の業績は、ムラタのみならず国内CAEソフト業界にとっても貴重な貢献になっています。
Femtetは、有限要素法に基づいており(<コラム>FEM解析とは参照)、以下の特長があります。
- モデリング*4からメッシュ*5の生成、解析、結果表示までの一連の操作が電卓感覚レベル
- 8つの解析分野がワンパッケージ―電磁波・電場・磁場、流体、熱伝導、応力、圧電、音波(図1参照)
- ひとつのモデルで各解析分野との連成解析*6が可能(図1参照)
機能性に加え操作性も優れており、「まず試してみよう」と思わせるUI(ユーザインターフェース)になっていることもあり、電子機器メーカーだけでなく、自動車・電装系企業や材料・エネルギー関連企業、機械系企業のほか、大学・高専や研究機関においても採用されています。
*4 モデリング:コンピュータ上で解析対象の形状を作る作業のこと。
*5 メッシュ:解析対象を分割したときの小さな領域(要素)のこと。
*6 連成解析:例えば、熱伝導解析で得られた結果を応力解析に引き渡すことで、熱応力解析が可能になります。
オプションの追加により、非線形解析や過度解析、マルチコアCPUの最適並列処理による高速化などが可能になります。連成解析については<Femtetヘルプ 連成解析の概要>をご参照ください。
2. Femtet開発の変遷
2.1 開発のきっかけ
Femtet開発者の岡田は、1979年に大学を卒業しムラタに入社。入社後は製造現場を担当し、その際にステンレス製の時計用振動子の構造を効率的に設計するための解析ソフトを作れないかと検討をはじめました。これは、大学時代にシミュレーションによる解析を経験し、その知見を活かしたいという想いがあったからです。
大学時代の研究室にコンピュータはありませんでしたが、当時のムラタにはミニコンと呼ばれるFORTRAN言語で動作するコンピュータがありました。そこで、岡田は振動を解析するためのソフトの作成にとりかかり、夜7時から遅いときには夜12時まで毎日プログラミングに取り組むことでソフトを完成させました。そして、シミュレーションの結果は実験結果とよく一致し、また試作回数を大幅に減らせることが分かったため、このソフトは社内で共有・活用されることになりました。
これがきっかけで、当時の専務取締役の一人は、創業者である社長にシミュレーションの重要性を伝え、コンピュータによる設計の重要性を説明してくれました。そして「これからはコンピュータで設計する時代が来る。君はこのシミュレーションソフトの開発だけに集中しなさい」と専務が岡田に声をかけ、その後、岡田はソフト開発に没頭することができました。
ただ、当時のミニコンの実力はCPUが16ビットでメモリが32キロバイトしかなく、ハードディスク装置は付いていたものの、今のPCの数万分の1から数百万分の1しか能力がありませんでした。しかも、ディスプレイは文字しか表示しません。それでもそのミニコンの端末でソフト開発に取り組みました。「そんな時代だったのです」と岡田は語ります。
2.2 直観的に使える操作性の追求と社内の普及
1980年代に入り、国産の16ビットのPCが登場。そこから数年を経てコンピュータは急速に発展しました。岡田の元には、ムラタ内のさまざまな部門からシミュレーションのソフト開発の依頼が届くようになりましたが、これまで対象にしていた分野(振動系)以外の依頼も多く、電磁気や圧電などについても勉強したと言います。そして、岡田と開発チームメンバの努力によって、シミュレーションできる解析分野が増え、CAEソフトとして社内での活用が広がっていきました(図2)。
また、岡田は、開発や設計を担当するエンジニアに操作方法を教える中で、CAE解析の専任者だけでなく、社内の研究者や開発者も自分たちでシミュレーションできるように、ソフトの操作をできるだけ簡単にし、直感的に使えるよう改良を進めてきました。このことが、多くの開発や設計の現場でFemtetが使われるようになったきっかけとなりました。岡田は、「キーボードで操作するCUI*7よりも、今のPCなどのGUI*8の方がずっと分かりやすいです。社内でFemtetが広まったのは、GUI*8が普及したことも大きな理由です」と話しています。
*7 CUI:Character User Interfaceの略。主にキーボードを使用して文字によるコマンド入力でコンピュータを操作する仕組み。
*8 GUI:Graphical User Interfaceの略。アイコンやボタンなどの視覚的要素を、マウスやキーボード、タッチパネルなどで操作する仕組み。
2.3 外販に踏み切った決め手
電子機器・電子部品の業界においては、自社内でCAEソフトを開発していたものの、最終的に海外のCAEソフトを活用し、自社の開発を終了するケースが多くあります。ムラタでは、自社内で開発を続け、さらに外販に成功しています。その理由は、前述の社内普及のきっかけと同様、使いやすさにも重点を置いたことにあります。
岡田は次のように言っています。「ソルバ*9の開発グループと、操作性に関わる入力・出力のHMI(ヒューマンマシンインターフェース)の強化をはかる開発グループに分け、ソルバの開発と同じくらいのパワーを操作性の開発にかけました。この操作性を充実させたことが、外販に踏み切った決め手だった」と言います。当時、海外CAEソフトの日本市場での拡大が進む中、使いやすいCAEソフトであれば海外CAEソフトと勝負できると自信があったからです。
しかし、販売当初は全く売れませんでした。そこで、営業訪問先での声を聞きながら、CAD*10データのインポートなど、CAEソフトの利用者がよく使う機能を充実させていきました。この対応によって、ゆるやかにユーザが増え始め、3年目には黒字化を達成しました。ユーザが増えることで寄せられる意見や要望も多くなり、それらを反映させることでFemtetの機能はさらに充実していきました。
*9 ソルバ:解析結果を求めるためのプログラムや機能のこと。
*10 CAD:Computer-Aided Designの略。コンピュータによる設計図の作成・編集などを支援するツールのこと。
3. FEM解析に必要なメッシャ機能の強み
項目1でFemtetの特長について触れましたが、その他の強みとして、メッシュの自由設定をあげることができます。Femtetの操作は、モデリングした解析対象を要素またはメッシュと呼ばれる多数の小さな部分に分割する処理からはじまり、その処理をメッシュ生成といいます(図3)。この機能はメッシャと呼ばれ、Femtetのメッシャは、モデルのある部分はメッシュを細かく、ある部分は大まかにするというように、メッシュサイズを自由に設定できます(図4―Femtetヘルプ 部分的なメッシュサイズより)。これは使い勝手が良い仕様のひとつであり、このように自由度のあるメッシャをムラタは自社開発しています。
Femtetは以上のような強みをもちながら、その価格は海外のCAEソフトに比べ導入しやすい設定にしています(詳細はこちら)。「機能が盛りだくさんになると、操作が難しくなり使いづらくなります。加えて、機能が多い分だけ価格も高くなります。Femtetは、本当に必要な機能に絞り込み、多くの開発・設計の現場で活用しやすいソフトウェアであることをコンセプトに開発を続けています」と岡田は言います。
4. これからのFemtet―すべての開発・設計者の役に立ちたいという想い
Femtetを採用いただいているお客様は、国内大手企業だけはありません。最近では中小企業においても採用が増えてきており、CAEソフトに触れたことがないと思われる潜在ユーザは、まだまだ多いと考えています。「国内・海外を問わず、すべての開発・設計者の役に立ちたいという想いから、今後は、CAEの初心者の方でも簡単に使えるよう、ゲーム体験するようなチュートリアルをめざし、強化していきたいと考えています。もちろん基礎機能の強化も進めていき、多くの企業や人を通じて、Femtetはこれからも社会に貢献し続けるCAEソフトでありたいですね」と岡田は願っています。
<コラム>Femtetによる解析事例―大阪・関西万博に提供のふしぎな石ころ“echorb”
ムラタは、2025年開催の日本国際博覧会「大阪・関西万博」のシグネチャーパビリオン“Better Co-Being”に協賛し、丸い形をした石のようなデバイス「ふしぎな石ころ“echorb(エコーブ)”」を提供しています(図5)。echorbを手に持つと、特殊な振動により脳にあたかも引っ張られるかのような触感・手ごたえ感の錯覚を引き起こす3Dハプティクス技術を体感できます。実は、このechorbの開発・設計にFemtetが使われました。
具体的には、複雑な形状をした筐体(きょうたい)の強度や振動の伝達、振動中の筐体温度分布などを解析し、その結果、安全上の問題が生じないという検証データをFemtetから得ることができました。
例えば、echorbの上部を押した場合に、どれくらいの荷重をかけると、その部分と全体がどれくらい変位する(へこむ、または膨らむ)のかを調べるために応力解析を実施しました。
図6が解析結果です。変位は色で確認でき、青色はほとんど変位がなく、赤色は最も変位の大きいことを示しています。そして、実試験で、この赤色の箇所に人が握った際に想定される荷重をかけ、Femtetの解析結果と比較しました。その結果が以下で、Femtetの優れた解析性能が示されました。
- 実試験とFemtetの解析で得られた変位量を比較すると、両者はほぼ一致した。
- Femtetの解析では、筐体全体にかかる応力は筐体材料の強度閾値より低いことが示され、また実試験でも破壊にいたらなかった。
<参考>その他のFemtet解析事例(動画)
水冷IGBTモジュールのピン配置と圧力損失の最適設計[熱流体解析]
ビアホールの効果[電磁波]
TDR解析[電磁波]
<コラム>FEM解析とは―偏微分方程式の近似的な解を求める手法
例えば、電磁気の基本方程式であるマクスウェル方程式など、物理現象を記述する偏微分方程式は、厳密に解ける場合がごく限られています。そのため、これらを近似的にでも解こうとするさまざまな数値解析の手法が、コンピュータの進化とともに発展してきました。その代表的な数値解析手法のひとつが有限要素法による解析―FEM解析です。
本文でも触れていますが、FEM解析では、解析対象を小さなメッシュ(要素)に分割し、それぞれの要素に対して物理の偏微分方程式(Femtetの場合については[補足]参照)を適用することで、全体の挙動を近似的に求めています。
解析対象を小さな要素に分割することは、複雑な形状や構造、不均一な材料特性でも解析しやすいという柔軟性をもたらします。冒頭の解析画像において、多様な形状に対応できているのは、この要素分割が背景にあります。
[補足]Femtetにおいて各分野の解析で使われている主な方程式と法則(Femtetヘルプ テクニカルノートより)
- 電磁波/電場/磁場:マクスウェル方程式
- 流体:ナビエ・ストークスの方程式
- 熱伝導:熱量保存則とフーリエの法則
- 応力:運動方程式とフックの法則
- 圧電:圧電方程式
- 音波:波動方程式(ヘルムホルツの方程式)