大阪・関西万博
大阪・関西万博技術記事―ふるえる石ころ、来場者を誘導 ミライセンスの3Dハプティクス技術にみる未来のムラタ
4月13日から開幕した2025年日本国際博覧会(以降、「大阪・関西万博」)。村田製作所(以降、ムラタ)はゴールドパートナーとして協賛し、宮田裕章プロデューサーの手掛けるシグネチャーパビリオンBetter Co-Beingに、自社の電子部品の技術力を結集したデバイスを提供し、新たな体験価値を生み出しています。
特に注目を集めているのが、ふるえているだけなのに、脳に錯覚を引き起こし、引っ張られているような感覚になる「ふしぎな石ころ“echorb(エコーブ)”」。このデバイスに採用された、聞きなじみのない「3Dハプティクス」という技術の詳細について、取材しました。
「うわ~」「すご~い」ふしぎな石ころ“echorb”、振動が生む共鳴体験
5月某日、ムラタがゴールドパートナーとして協賛するシグネチャーパビリオンBetter Co-Beingでは、ムラタの最先端技術を詰め込んだデバイス「ふしぎな石ころ“echorb”」に触れた来場者から驚きの声が上がっていました。
“echorb”は特殊な振動により、脳にあたかも引っ張られたかのような錯覚を引き起こせるデバイスです。柔らかな曲線が特徴的な“echorb”を持った来場者は、手の中にあるこの石ころがふるえると、腕が前後・左右に引っ張られるような感覚を体験できます。そして、“echorb”は来場者がパビリオン内のアートの前に立つと連動してふるえ、パビリオン内の各所で「共鳴体験」を生み出しています。
この「ふしぎな石ころ“echorb”」に搭載されている技術は「3Dハプティクス(触力覚)技術」と呼ばれるものです。ほかにもムラタは来場者の鼓動を測定する技術としてミリ波レーダーセンサや荷重センサを、パビリオン内の“echorb”の位置検知技術としてLFアンテナを活用しています。
今回の技術記事では、まず3Dハプティクス技術に焦点を当て、同技術を手掛けるムラタグループ企業のミライセンスや今後のハプティクス技術の可能性などについて、ご紹介します。
振動で脳が錯覚 3Dハプティクス技術手掛けるミライセンスとは
「人間の感覚を大きく拡張し、新たな地平を拓くことができる技術だ」。ミライセンスのコファウンダーの香田夏雄氏は3Dハプティクス技術についてこう話します。
ミライセンスは2014年に産総研初ベンチャーとして創業。ソニー木原研究所を退職した香田氏が、3Dハプティクス技術を研究していた産総研の中村則雄博士と出会ったことがきっかけでした。
この3Dハプティクス技術は、引っ張られるような『力覚』、堅さ・柔らかさという『圧覚』、触り心地につながる『触覚』を再現できることが大きな特徴です。この技術に大きな可能性を感じた香田氏が、中村博士とともにミライセンスを立ち上げました。
なぜ様々な触力覚の再現ができるのでしょうか? キーとなる言葉は『錯覚』です。香田氏は「例えば『目の錯覚』では、本来まっすぐなはずの線が曲がって見える。つまり、錯覚とは『脳の力を借りて、あり得ないことを体験させる』ものだ」と説明します。
その上で「ミライセンスの技術は『振動を使って脳に錯覚を引き起こす』という非常に特殊なテクノロジーだ。この技術を使うことで本来の物理的な制限を取っ払って、新たな体験を生み出せる」と力を込めます。
例えばゲームコントローラーの場合、一般的なものは細かくふるえて、レーシングゲームで車の走っている路面状況を伝えることができます。ただ、ミライセンスの場合は引っ張られた感覚・手ごたえ・ザラザラ感などさらに幅広い『感覚に訴える表現』を振動で再現することができ、よりリアリティのある体験を提供できます。
そんなミライセンスについて、2019年にはムラタが同社のグループ化を発表します。当時の状況について、香田氏は「ちょうどミライセンスとしても、振動のアルゴリズムを持っているだけでは、次のステップに進んでいけないと考えていた」と振り返ります。
きちんと錯覚を引き起こすためには、精細な振動を作りだせるアクチュエータという部品も手掛けなければならないと感じていました。そうして総合電子部品メーカーのムラタとタッグを組むことに決めました。
ムラタの仲間入りを果たし、悲願としていたアクチュエータを手に入れたミライセンスですが、香田氏は「ムラタ内に入ったからといって、ミライセンスを解体しなかったのもうれしかった。ベンチャー企業としてのスピード感が維持できるように、社内の仕組みなども調整をしてくれた。大企業の資本力とベンチャーらしいスピード感の両方を強みとして手に入れることができた」と話します。
そしてそのスピード感や技術力は、大阪・関西万博における「ふしぎな石ころ“echorb”」の開発にも活かされていきました。
世の中になかったポータブルタイプの3Dハプティクスデバイスの開発へ「2~3年かかることを半年で」
そんなミライセンスに白羽の矢が立ったのは、2023年4月。ムラタが協賛する大阪・関西万博のシグネチャーパビリオンBetter Co-Beingの展示を企画検討する中で、「石ころ」型のデバイス開発が発案され、その中に3Dハプティクス技術を搭載することが決まりました。
これまで、PCとつながった状態で動く3Dハプティクス技術搭載デバイスを手掛けてきたミライセンスですが、ポータブルで動くデバイスはこれまで世の中にないものであり、開発の道のりは未知数でした。
「通常は2~3年はかかる作業を半年ほどの期間で仕上げた。もともとムラタがアクチュエータを手掛けてきたこともあるが、総合電子部品メーカーとしてのムラタのノウハウ、そしてミライセンスのメンバーを含めての総合力があったからできたことだと思う」。3Dハプティクス技術のコアとなる、振動を生み出すアクチュエータを担当したミライセンス技術開発部の加賀山健司氏はこう振り返ります。
開発したのは2方向に出力することができる独自のアクチュエータです。
一般的なアクチュエータは1軸方向、つまり1方向にしか出力することができません。しかし当製品は2軸方向に出力できます。
そのため、前後そして左右方向ひいては360度のどの方向にも引っ張られるような複雑な錯覚の実現につなげられました。触力覚に必要な正確な振動の強さと応答性にも優れています。
ただ、アクチュエータのみでは多くの来場者の方に錯覚を引き起こすことはできません。アクチュエータの効果を最大化するためのソフトウェアの制御技術、そしてechorb自体の設計というハードウェア面での工夫も必要となってきます。
大阪・関西万博開催の約1年前、2024年3月に万博関係者に体験してもらったところ、「感じ方が弱くて、あまり引っ張られた感じがしなかった」(技術開発部でソフトウェアの開発を担った竒藤圭人氏)といいます。最後は人がどう感じるか、という難題に対して、「それでも、錯覚を起こすためのアルゴリズムはきっちりとある」との思いのもと、3Dハプティクス技術を初めて体験する人を月1~2回呼んで検証を繰り返しました。
ハードウェア面でも工夫を重ねました。アクチュエータの配置の最適化、そして振動がよりダイレクトに伝わるようにするため石ころ自体の軽量化・スリム化に挑みました。例えば基板に穴をあけてみるなど、トライ&エラーを繰り返しました。石ころの商品設計を担った原田裕之氏は「1グラム単位の軽量化を繰り返すことで、『これならいける』というレベルまで持っていった」と話します。
『想像力』が支えた“echorb”開発 来場者の喜ぶ顔を目指して
では、どうしていくつもの難題を乗り越えて、大阪・関西万博に間に合わせることができたのでしょうか。香田氏は「メンバー皆の『想像力』がすごかった。石ころの具体的な仕様が決まらない中でも『来場者の方が喜ぶ顔』を皆が思い浮かべて仕事に取り組んでいた」と話します。
その上で、「これまではメーカーの方に要求された仕様の実現に向けて仕事をしていた。しかし、今後の未来社会を考えていく上で、こうした『仕様書』は存在しない。自らが『未来社会はどうなるのか?』ということを主体的に考えて、仕様の決まっていない世界に飛び込んでいく必要がある」と力を込めます。
将来の技術展開分野定めず、アイデア次第
関西・大阪万博の会場で実際に動くechorbとその体験者の反応を見て、ミライセンスのメンバーからは「改めて3Dハプティクス技術はすごいんだと実感した」「一般の方にも通用する技術だと知れて、うれしかった」といった声が上がります。
3Dハプティクス技術の展開先としては、ゲームのコントローラーでよりリアルな体験を生み出したり、目が不自由な方の使われる白杖(はくじょう)に搭載して道案内に活用したりといった使い道が想定されています。
ただ、香田氏は「関西・大阪万博の経験を通じて、より広い視野で展開用途を考えていきたい。『触覚』というのは普段は意識しないが、常に身近に感じているものだ。今の勢いを失わずに、豊富なアイデアのもと、これまでの想定になかった新たな領域にチャレンジしたい」と意気込みます。
大阪・関西万博をきっかけにして、新たに取り組みを広げていくミライセンスの今後の動向から目が離せません。
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