クラウドシティで見つけたステキな書き込み。
今日、紹介する二つ目は、現役のキリスト教会牧師である「きたろば」さんの日記。
きたろばさんはこないだもイスラエルへ研修に行ったマジメな牧師でありながら、自己紹介欄に「好きな作家、ル=ヴィン。マンガは、HUNTER×HUNTER、夏目友人帳の発刊が待ち遠しいところです。聖☆おにいさんにもはまってます☆」と書くオチャメさんだ。
題名「トラウマスイッチとキズのキズナ」
トラウマスイッチとは、ある言葉や態度、状況に反応して、ポチッと入るココロのスイッチ。
スイッチが入ると、憤りや怒り、悲しみや哀れみなどの感情がどっと吹き出る。
激しい感情の爆発が起きることもある。地雷を踏む。と表現してもいいかもしれない。
スイッチが入った人は、激しい感情を表して、「わたしは、あなたに傷つけられた」と言うかもしれない。
「あなたの言葉、態度が、わたしを傷つけた」と。
でも、その人は、スイッチが入るのを待っていたのだ。感情を爆発させられる時を待ち構えていたのだ。
この言葉を聞いたら、こんな態度を見たら、スイッチを入れようと。待ち構えていたのは、その人自身だ。
私たちは、誰もが、何らかのトラウマスイッチを持っていて、入れるタイミングを待ちわびている。
大爆発するスイッチもあれば、小さな破裂で済むものもあって、人とモノによって、まちまちだけど。
私たちは、大概の場合、主張の違いで対立するわけではない。
私たちは、同じ傷を抱えている者同士で結びつき、違う傷を抱えた相手と対立し合う。
ある言葉や態度に対して、同様の反応を見せる者同士が出会うと、そこには強力な連帯感が生まれることがある。
それが、キズのキズナ。
似たようなトラウマスイッチを抱えた者同士の、強い連帯感。
キズのキズナによって、複数の人々が、同時にトラウマスイッチを入れればどうなるか?
たぶん、ネット上の炎上という現象は、そうやって起きるのだろう。
同じ傷を抱えた人が、複数集まるという特殊な状況も、ネット上であれば、比較的容易だ。
「わたしたちは、傷つけられた」
複数のトラウマスイッチが押されて起きる連鎖爆発。
爆発する自分たちは多数者であるかのような幻想が、そこに生まれるとやっかいだ。
「傷つけられた、わたしたち」は、身を守る正当性の下、群れを成して、対象者に襲いかかる。
スイッチを押すきっかけを与えた。その相手に…。
キズのキズナは、一方では、ひどく脆い。
そのつながりの強さの原因に、当人たちは、まず無自覚だからだ。
意識したくもない傷によってつながる絆なのだから。当然と言えば当然だろう。
互いの傷の存在に触れないことが暗黙の了解。
傷の存在に気づいてしまった人は、そこに居続けることはできない。
自分のトラウマスイッチは何なのか?
それを分かってくれば、自己コントロールがうまくなる。
根本的な解決は、傷を癒すこと。
傷が癒されれば、スイッチは自ずと消滅するのだから。
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