その中では私は、日本の伝統信仰の神道に触れることができ、日本の仏教文化に触れることもできました。庭園や茶室の見学では「侘びと寂び」の日本の美学にも触れることができました。
そして歴史の勉学を通して、万世一系の日本の皇室の大事さを学ぶことができ、多くの外来文化を虚心坦懐に受け入れながら、自らの芯となるものを決して失わない日本文化の奥行きの深さに対する理解を深めることができました。
楠木正成や西郷隆盛などの代表的な日本武士の美しい生き方と潔い死に方から日本の心を学ぶこともできました。
日本への愛着も忠誠も求められなかった
その5年間の勉学と遊学の体験を通して、私は日本の信仰と日本の精神に心を寄せることとなりました。そして日本の文化と美学に傾倒することとなり、「日本」をこよなく愛する「愛日家」の一人となりました。
その一方、毎日の日常生活においては、周りの日本人から礼儀作法を学び、日本的な考え方と日本社会のコンセンサスを学び、徐々に「日本的なもの」を身につけることができるようになりました。
こうした中で私は、やがて日本国籍への帰化、つまり、日本という民族共同体に帰依し、日本人「化」することを願うようになりました。
平成18(2006)年11月に神戸の法務局に帰化の申請書を出しました。約1年間の書類審査の結果、翌19年11月、私の願いが叶えられて、帰化申請が許可されました。
しかし審査期間中においては、法務局の担当者からは日本に対する考え方を聞かれることは一度もなく、日本に対する愛着心や忠誠心について問われることはいっさいありませんでした。そして、いよいよ帰化の許可がおりて、晴々しい気持ちで法務局へ飛んでいったのですが、そこでの体験はまた、大変意外なものでした。