「──僕が、貴方の『英雄』になります。なって、みせます」
夢を見ていた。追憶するのは、わずか一か月前の記憶。
二人で幾度となく特訓をしてきた市壁の上──望月を間近に控えた淡い月光に照らされる白髪の少年は、その
黒竜討伐、決戦前夜。
歴戦の冒険者達でさえ
今日この日、この市壁の上で会おうと。
──
そんな予感があったのもあるが、アイズにはもっと大事な目的があった。
それは、終末の権化が跋扈する戦場において、何よりも致命的な隙になるだろう。
だから、ベルに全てを打ち明ける。
彼が、
結果、その日を境にアイズは変わった。
少年が堂々と言い放った言葉が、アイズを救い出してくれた。
『戦姫』としての自分が形を無くしていくのが分かった。
幼い少女が──本当の
「ベル……ベル!」
目の前の愛しい少年を、まるで子供に戻ったように掻き抱いて、泣き喚く。
「はい、アイズさん、ここにいます」
「ベル……ベル、ベルッ!」
「はい……貴方の傍にいます」
「ベルは、いなくならない……?」
「ずっと追いかけてきた
「わたしの、『英雄』でいてくれる?」
「はい、僕は貴方の『英雄』になります。そう言ったじゃないですか」
彼は初めて目にする
アイズの体を抱き締め返してくれた。
この日、アイズの『英雄』が現れた。ずっと求めていた、それでも現れてくれなかった、もう諦めていた筈の『英雄』が。
アイズは
そして、少年は宣言通り『英雄』になった。
地獄のような戦場の中にあって、彼が鳴らす鐘の音は、正しく希望の光であり続けた。
抗う気力を無くして膝をつく者を、膝さえ無くして地を這う者を、奮い立たせた。
アイズを、数多の仲間の命を、何度も救った。
アイズは、あの光を一生忘れないだろう。
ベル・クラネルは、『英雄』だ。
紛うことなき、【最後の英雄】。
そう、『世界の英雄』なのだ。
場面が切り替わる。遠ざかっていく少年の背中。
待って。と、アイズが叫ぶ。──止まってくれない。
何度泣き叫んでも、彼は走り続ける。『誰か』を助けるために。アイズではない、『誰か』を。
アイズだけの『英雄』は、そのまま振り返らずに、走り続ける──。
ハッ。と、アイズは飛び起きた。
「はぁっ、はぁっ、はあっ……」
ひどい動悸がしている。当然だ。アイズにとって、これ以上ない悪夢を見たのだから。
それに突き動かされるように、深い暗晦の中、自らの隣を確認した。
(ベルが、いない……!)
アイズの行動は迅速だった。
眠りに至るまでの記憶を思い出すことなど放り捨てて愛剣を佩き、音速をもって天幕を飛び出す。
「ベルッ!」
「うわぁっ!……あ、アイズさん⁉︎」
「え……?」
*
「それで、不安になって急いで飛び出してきたんですか?」
「うん……」
「僕が、いなくなると?」
「だって……ベルは、みんなの英雄、だから……!」
それだけでベルはアイズの言わんとすることを理解したのか、指で頬を掻いて不器用に微笑んでみせる。
「えっと、僕、今でもあんまり実感湧かないっていうか……」
「でも、みんなベルのことすごいって言ってる。街の人も、フィンも、ガレスも、リヴェリアも……レフィーヤだって」
少しずつ天井の水晶が灯り始め、『夜』の終わりが近づいた18階層──地上でいうところの明朝──彼は誰時の湖の水面で、暖かな火がゆらゆらと揺れていた。その手前に映るのは、肩を寄せ合って座る二人の姿。
燃え盛る火はベルが見張りついでに近くの枯れ枝を集めて、魔法で着火したものらしい。
しかし今のアイズには、その炎の温かみを感じることができなかった。
「
「……?」
「私なんか、ベルに見合ってないんじゃないかって。愛想も悪くて、その、話すのも得意じゃなくて……戦うこと以外、何をやっても、ダメだから……」
ベルは、何も言わない。最後まで聞こうとしてくれているのだろう。
「だから……いつか、他の人のところに行っちゃうんじゃないかって。助けを呼んでる『誰か』のところに。……きっと、私だけの『英雄』でいて欲しいっていう、嫉妬、なんだと思う」
自嘲を含んだ微笑みを見せながら、アイズは己の胸中を吐露する。
「でも、アイズさん、変わりましたよね?」
え──?と、片時もアイズから目を逸らさずにじっと聞いてくれていたベルの問いに、不意を突かれた。
「どういう、意味……?」
「確かに出会った頃は表情が全然変わらなくて、何を考えているのか分からない人だなぁって思ってましたけど……あ、えっと、そんなアイズさんも好きですよ?」
「わ、わかってる」
誤解を防ぐためとはいえ唐突な告白に、二人して真っ赤になってしまう。
「と、とにかく、話していく内に、アイズさんの色々な表情を知れて……お付き合いを始めてからは、
「それも、ベルのおかげ、だよ?」
「そ、そうなんですか?」
「うん、君と話すのすごく楽しかったし、最近は、もっと楽しくて……幸せ、なんだと思う」
だからこそ、君を失うのが怖い。アイズが明かした本音に、ベルは──。
「僕だって、怖いです」
「え……」
「貴方に追いつこうって頑張ってきました。貴方に相応しい男になろうって。でも、【最後の英雄】なんて呼ばれるようになっても……やっぱり僕は情けなくて、意気地なしで……こうやって、アイズさんを不安にさせてしまうから」
そう言って、ベルはアイズを優しく抱き締めた。
「あ……」
アイズには、首筋に触れるベルの指が震えているのが分かった。
すぐ近くにある彼の顔は紛れもなく、世界に『英雄』と
「オラリオには貴方に憧れている人が一杯いて、街中で歩いていると、沢山の男の人がアイズさんを見ていて……そういうとき、独占欲っていうんでしょうか。嫌な気持ちになって、そんな自分が嫌になって……不安になるんです。こんな僕じゃ、いつかアイズさんに愛想尽かされちゃうんじゃないかって」
ドクン、ドクンと、ベルの鼓動の音が、密着したアイズの胸に届く。
「そんなこと、ない」
「ですよね」
「えっ……?」
「アイズさんは、そんな人じゃない。そんなこと分かってるんです。でも、不安になっちゃうんです。アイズさんも、そうなんじゃないですか?」
「そう、かも……」
ベルがアイズを差し置いて他の『誰か』
そうなったら
「アイズさん。僕達きっと、言葉が足りないんですよ」
「うん、そうだね……」
そう。こと恋愛面においては俗にいうヘタレのベルと、口下手のアイズ。伝えなければ、すれ違いが起きて当然なのだ。
「──アイズさんは、僕にどんな『英雄』でいて欲しいですか?」
だから、この質問が必要だった。
「いつも側で守ってくれて……私を幸せにしてくれる、そんな『
アイズを抱く力が、強くなる。比例するように、アイズの心は満たされていく。負けないくらい強く、抱き締め返す。
「アイズさん……今、幸せですか?」
「うん、とっても……」
「じゃあ、僕はアイズさんの『英雄』だ」
「うん……!」
「アイズさん、大好きです」
「私も、大好き……!」
二人の体温が、混じり合う。
いつの間にか、目の前の炎が温かく感じられるようになっていた。
「クラネルさん、そろそろ交代の時間で……⁉︎し、失礼しましたっ⁉︎」
見張りを代わりにきた男装中の