「こんばんは先生。補習授業は楽しんでいるか?」
「そうだね。どこかの誰かさんに爆弾情報を貰ってなかったら楽しめてたかも」
「なに?そんな事があったのか。先生も相変わらず大変だな」
私が原因なのは百も承知だが責任逃れは行っておく。
「まぁ、実は君から情報を貰っていなくても楽しめてたかはちょっと微妙かも。どうもトリニティは今かなり複雑な事になっててね」
曰く、最初に補習授業を受ける為に集められた生徒達が実はエデン条約の締結を阻止しようと動いている裏切り者の候補の寄せ集めだったらしい。そして補習授業部はそんな裏切り者をまとめて退学させる為に作られた部活であると。
「――手緩いな。候補まで見つかっているのなら拷問でも何でもして情報を抜き出せばいいものを。何故こんな迂遠なやり方をしているんだ?」
「うん、まぁ聞かなかった事にしておくけど、とりあえずそれで私がその裏切り者を探す事になったんだけど……またここで問題が出てね」
その後しばらくしてティーパーティーの一人である聖園ミカが先生の元を訪れて裏切り者の名を告げた。名前は白洲アズサ。なんとアリウス校からの転校生らしい。転校の手引きをしたのも聖園ミカ本人との事。確かセイアがミカの名前を出してぶん殴りに行くとか言っていたが、ミカがセイアの襲撃に関わっていたという事か?しかし何故アリウスと繋がりがある事を自分からバラすような真似をしたんだ?先生がアリウスの情報を知っている訳がないと油断したか?だとしてもお粗末すぎるが。
「なるほど、話は分かった。つまりこれから私が白洲アズサから適当に情報を抜き出せばいいわけだな?任せてくれ。今すぐに行こう」
まさかここまで早く話が展開するとは思わなかった。やるじゃないか先生。
媚薬はある。産卵薬も鞭もある。準備は万端だ。――行くぞっ!
「ちょちょちょ、ちょっと待って!」
「あぁ、分かっている。無論聖園ミカも対象だ。アリウスと繋がっているのは確定だからな。とりあえずこの二人を鞭でしばけばどうとでもなるだろう」
――いや待てよ?しまったな。絞首台は一台しか持ち歩いていない。もし同時に調教する事になってしまったら絞首台が足りないな……。仕方ない、一度拠点に戻り絞首台を補充して改めてしばきに行くか。
「すまない先生。私とした事が少し早まってしまった」
「え、あ、うん。分かってくれたなら良かったよ」
「二人から情報を聞き出すなら絞首台は二台必要だ。拠点に戻れば数は用意出来るが今日はもう夜も遅いし明日そちらへ行く事にしよう」
「待って?とりあえず待って?アズサ達はそんな悪い子じゃないからそんな物騒な手段を使わなくてもきっと話してくれると思うんだ!」
それが本当なら私としても楽だから助かるが……。
「アズサから話を聞くのもそうなんだけど、いっそのこと調印式前にアリウスの問題を解決出来ないかなって思ってね。君と話を擦り合わせたかったんだ。そういう意味では今日君に会えて良かったよ」
ふむ?私がアリウスに対して強襲をかけるのを諦めたのは場所が特定できないからだ。しかし今アリウスからの転校生とアリウスと繋がりの持つ者がトリニティに居ると分かっている以上、二人から情報を聞き出せればこちらから叩き潰せるかもしれない。
――やはり、調教だな?
「それにアリウスも私にとっては大切な生徒だからね。ゲマトリアが関わっている以上、その襲撃も本当に生徒達の意思によって行われているのかどうかも疑わしいと思うから」
「まぁ、確かにそこは同感だ」
学校は留年というのをしなければたった三年間しかいられない。言ってしまえば世代の入れ替わりがとても早い。トリニティとゲヘナは世代が変わってもなお関係が今も続いているからお互いに嫌悪するのは分かるのだが、アリウスはトリニティやゲヘナですら居所を掴めない程に関わりが希薄な学校だ。そんな断絶状態ともいえる状況でいつまでも二校に対して恨みを抱いていられるだろうか。本来ならば世代交代によってとっくの昔にそんな恨みは風化されているはずだ。
となると、その恨みを焚きつけ続けている者がいるという予想が立つ。それがゲマトリア、というかゴルコンダであるという可能性は確かにあり得るだろう。
「そうだね。もしゲマトリアが生徒を利用しているのなら、アリウスの生徒達をテロリストにするわけにはいかない」
「とはいえ本当にゲマトリアの仕業かもまだ分からないぞ?もしかしたらゲマトリアはただ技術供与をしているだけで、本当にアリウスの意思によって行われている可能性もある」
「それでも私のやる事は変わらないよ。間違った道を進もうとしている生徒を放って置くことは出来ない。アズサを見れば分かるんだけど、今のアリウスは恐らくまともな場所じゃないからね」
どうやらアズサは補習授業を受けるに値する成績の悪さらしく、それでいて常識に疎く、戦闘技術は非常に高いらしい。まるでそれ以外は必要ないかのように。
「多分アリウスでは戦う事以外は何も教えられていないんじゃないかな。そんなふざけた事をアリウスの生徒達が自発的に行うはずがないって信じているし、何より――子供の本分は戦いじゃなくて勉強だよ」
「ははっ。――そうだな、先生ならばそう言うか。では一旦アズサへの調教は保留としよう。ミカの方は完全にアリウスと繋がりがあるうえに、恐らくだがセイアの襲撃に関与している。そちらはもしかすれば向こうの出方次第では手荒な対応になる可能性は留意しておいてくれ」
「そうならない事を祈るよ。きっとミカも何か理由があってそうしたと思うから」
――どうかな。現状ではマコトと同じ提案をアリウスから受けたのがミカである可能性が一番高い。そう考えると恐らくエデン条約の反対派であり尚且つアリウスと同じくゲヘナを敵対視しているであろう事を考えると、一筋縄でいかないだろう。
「では明日君たちの居るところへ私が行く。そこで一緒にアズサから話を聞かせてもらおう。後でモモトークで君の位置情報を知らせてくれ」
「うん、分かったよ。――あれ、でもゲヘナ側の君がこっちに来るのはちょっと危険じゃない?そもそもお互いを刺激しない為にこうして私達がここに来てるわけだし」
そこは恐らく問題ない。透明化の魔法を唱え、その上で隠密を駆使すれば並大抵の者には私を見つける事は出来ないだろう。実際に先生の目の前で実践してみせると――
「え?今目の前にいるのこれ?全然見えないんだけど」
「あぁ、居るぞ」
「うわ本当だ……。何もない所から声がするの結構ホラーだね」
「これでトリニティへ入るから安心だ。政治的憂慮など、バレなければ問題にはならないからな」
だがアスナという直感持ちにはバレてもおかしくないかもしれない。予知夢といい直感といい、それらの能力は割と出鱈目な性能をしている。そう考えるとトリニティでも何かしらの能力でバレる可能性はゼロではないので油断はしない方がいいだろう。
「私にも君みたいに戦える力があれば良かったんだけどね……。そうすれば君を巻き込んだり生徒を危険な目に遭わせる事も無いのに……」
ふむ、出来れば魔法くらいなら教えてあげたいところだが、恐らく先生には逆効果になりそうな気がする。彼はどこまで行っても生徒第一主義だ。力があれば自分の身を顧みる事無く生徒の為に進み続けるだろう。
「君には無くて正解だ。中途半端に力を身に着けてしまうと君の性分を考えるに生徒を庇って早死にしそうだ」
そう言うと先生はその光景が頭に浮かんだのか苦笑しながらも納得したような顔をしている。私が居る限りは先生がどれだけ死のうが蘇生してやれるが、死が当たり前ではない価値観の者が何度も死を経験するのは本人の精神衛生上良くないかもしれない。
「では明日またトリニティで会おう、先生」
「うん、問題ないとは思うけど見つからないように気を付けてね」
そうしてある程度話も纏まったので別れを告げてセナの車に乗り帰路に就く。道中ハルナ達からトリニティで暴れた理由などを聞きながら、やはりこの子達はノースティリスに向いていると再認識しつつその日を終えた。
ゴールドマグロは私も一目見てみたかったな……。
**********
「という訳で調印式前にアリウスをどうにかしてくる」
「キキッ。――いや待ていきなり話が飛んでいるじゃないか。一から説明をしろ説明を!」
翌日の朝方に万魔殿の所へ向かいマコトにトリニティへ行くことを報告したらそんな事を言われた。イロハにはトキと一緒に居た時におおよその事は教えておいたはずだから私がトリニティへ赴く事になってもそこまで驚きは無いと思うのだが、何か食い違いがあったか?
「あ、すいません。めんどくさくて報告を後回しにしちゃってました」
「うん。報連相はしっかりしようかイロハ」
「なっ!イロハは知っていたのか?このマコト様を差し置いて話を進めるとはいい度胸だなぁ!というかお前はいつからこの人とそんな繋がりを得ていたんだ!?」
いや待てそこから知らなかったのか?イロハは結構な回数拠点にサボりに来ていたはずなんだが……。
「いや、イブキの分のプリンをマコト先輩が食べちゃってイブキが泣いた時に言いましたよ?そのプリンはこの人が作ってくれた物だって」
「――そうだったか?」
「はい。イブキのご機嫌を取るのに夢中で聞いていなかったんでしょうね」
「――キキッ、まぁいい。よくやったぞイロハ。きちんと私の指示をこなしたようだな」
「はぁ、何か勘違いしてそうですが、めんどくさいので指摘しないでおきますか」
トリニティは今裏切り者がどうこうと忙しないというのに、こっちは平和で何だかほっこりしてしまうな。ヒナとトリニティが絡まなければマコトも微笑ましい子なんだが。しかし今まではイブキとイロハの分しか作っていなかったのも悪かったか。これからはマコトの分も用意しておこう。
「それで?結局何故そういう結論に至った?トリニティの問題はトリニティに任せるのではなかったか?」
「それはですね――」
イロハが報告しつつ時折私も補足を入れながらこれまで集めた情報をマコトにも共有した。
「キキッ、話は分かった。――しかしティーパーティーの百合園セイアを手籠めにするとは、中々やるな!キハハハ!」
私は喋るつもりは無かったのにイロハがセイアを調教した事を報告してしまった。報連相をしっかりしろとは言ったがそんな事まで報告しないで欲しい。
「愉快愉快!これはもう実質ゲヘナがティーパーティーを手中に入れたと言っても過言ではないな!」
「過言ですね」
「お前はミレニアムでも暴れたと聞き及んでいるぞ?これで三大校は全てこのマコト様の物となったと言える!」
「言えないですね」
「これはもう認めるしかあるまい!お前はこのマコト様のパートナーに相応しい逸材だとな!感謝するがいい。私が認める者などこのキヴォトスにはそう多くないのだからな」
「ん?あぁ、ありがとう」
何故かパートナー認定されてしまった。一応私はヒナとそれなりの仲なのだがそこは良いのだろうか。いや、マコトの事だからそのことは頭から抜け落ちていそうだな……。
「キキッ。私からの賛辞を受けてなお平静を保つその余裕、ますます気に入ったぞ」
「マコト先輩、彼は風紀委員会側であって風紀委員長とは大層仲が良い事をお忘れで?」
「――なにぃ!?イロハ、この人を篭絡したのではないのか!?」
あぁ、そういえばそんな名目でサボりに来ていたな。
「いえ、どちらかと言えば篭絡されてるのはこちら側かと。私とイブキはプリンとか色々ご馳走になる事が多いですし。あ、この前は魔法を教えて貰いましたね」
「なにぃ!?イロハはまだしもイブキを篭絡するとは何事だ!?許さんぞ!」
「落ち着け。私はまだイブキとは会った事すらないぞ」
「会わずとも篭絡する事が可能だと言うのかお前は――!?その手腕はまさに見事という他ないがイブキに手を出す事だけは許せん……!!!」
「イロハ、ちょっとどうにかしてくれないか?」
何故こうもゲヘナの子というのは一度感情が昂ぶると話が通じなくなる子が多いんだ。アコとかアコとかアコとか。これがゲヘナの特徴とか流石にちょっと嫌だぞ。
「こうなったマコト先輩はもうどうにも出来ないですね。諦めましょう」
「イブキにそういうのはまだはやーい!!!」
そんな感じでマコトがわちゃわちゃと騒いでいるとドアが勢いよく開かれ、小さな人影が現れた。
「じゃーん!イブキだよ!おっはよー!」
なるほど、彼女がイブキか。確かに愛嬌のある可愛らしい子だ。しかしこのタイミングでやってくるのか……。
「キキッ、イブキか。おはよう」
「おはようございますイブキ。今日も元気でかわいいですね」
「マコト先輩イロハ先輩おはよー!――あれ?イブキの知らない人がいる?」
「イ、イブキ、この人はだな――」
「この人がたまにイブキにプリンを作ってくれてる人ですよイブキ」
「イ、イロハ!余計な事を言うな!篭絡されたらどうするんだ!?」
プリンで篭絡ってなんだ。
「え、プリンのお兄ちゃん!?初めまして!イブキはイブキだよ!いつもプリンありがとうございます!」
「初めましてイブキ。どういたしまして、ちゃんとお礼を言えるなんて偉いな」
「えへへ~。あ、もしかしてイブキ今日もプリン食べられる?」
イブキが目を輝かせて聞いてくるが残念な事に今日は持参してきていない。そう伝えるとしょぼんと落ち込んでしまうがまた後日にプリンを届ける事を約束した。
「わーい!ありがとうお兄ちゃん!――じゃあ今日はお膝の上に乗ってもいい?」
「あぁ、構わないよ。おいで」
なんというか本当に甘やかしたくなる子だ。私の拠点にいる妹達と背丈が似ている事もあって尚の事そう感じてしまう。いそいそと私の膝に登る姿を眺めているとイブキと目が合いこちらにはにかんでくる。思わず頭を撫ででしまう。
「――なっ、がっ、ぐががが」
マコトが白目を向きながら泡を吹いている。少しからかって遊ばせてもらうか。
「――マコト、この通りイブキは貰っていく」
「――――コヒュッ」
この程度の一言で絶命してしまった。しかも妙に既視感のある反応だ。
「やはり面白いなこの子は」
「あまりからかわないであげてください。後で慰めるのめんどくさいので」
「あはは!マコト先輩面白い顔してるー!どうしたのー?」
「マコト先輩はイブキが楽しそうにしているのを見て喜んでいるだけですよ」
「そうなの?じゃあマコト先輩も一緒にお膝に乗ろうよ!楽しいよ?」
――ん?
「――ハッ!やはりイブキは天才だ!賢いなぁ!」
賢い要素あったか?
そう言うや否や私とイブキの元へ来てイブキをひょいっと担ぎ上げて何故かマコトが私の膝に乗りイブキを自分の膝に乗せるという謎の構図が完成した。なんだこれ。
「ふむ、これが男性の膝の上の感覚か……。流石に気恥ずかしいな」
そこで素面に戻るのやめてもらえないだろうか。
「やっぱりマコト先輩のお膝の上も好きー!」
「キキキ!そうかそうか!やはりイブキは見る目があるなぁ!」
「なんなんです?この状況」
私が知りたいよ。