古書店でほこりをかぶっていそうな古典が、思わぬ形で売れに売れている。タイトルは「愛するよりも愛されたい」。万葉集の恋歌を現代語訳したものだが、若者言葉で表現したところがユニークすぎる。まるで、日本最古の和歌集が現代で息を吹き返したかのようだ。
コロナ給付金10万円で起業 ひとり出版社、ワンチャンものに
昨年10月に発行し、発行部数は6刷6万部。現在、7刷を準備中で間もなく9万部に伸ばす勢いだという。歌集としては、異例の大ヒット。万葉集に収められた約4500首の中から、恋歌を中心に約90首を訳した。
<来むと言ふも 来ぬ時あるを 来じと言ふを 来むとは待たじ 来じと言ふものを>
プロポーズをしそうでしてくれない男性にやきもきしている歌人、大伴坂上郎女の歌の意訳は大胆だ。
<くんのかい? こんのかい! こんの? くんの? いや こんのかい!>
じりじりした乙女心。まるでお笑い芸人がつっこみを入れているかのようで、小気味いい。
<さのかたは 実になりにしを 今さらに 春雨降りて 花咲かめやも>
男性の告白を拒む人妻の胸の内をしっとりつづる作者不明の歌は、1回限りのチャンスを意味する現代語「ワンチャン」を使い、ポップに変貌させている。
<うち 人妻やのに 付きあえるわけないやん ワンチャンないで>
他にも、相手を死ぬほど好きという女心を<キュンキュンして死にそう♡>、天武天皇の息子の歌では自分を<イケメンの俺>とナルシシスト風に呼ばせるなど、くだけた言葉が並ぶ。
手がけたのは、ひとり出版社「万葉社」を営む佐々木良さん(38)である。結婚を機に京都に居を構える佐々木さんは月2回、万葉社のある高松市に通い、企画や執筆、デザイン、発送まで一人でこなす。
どんな感覚の持ち主か知りたくて、万葉集のふるさと、奈良で待ち合わせた。歌集の大ヒットで「全国の書店などから5分に1回、電話がかかってきて。朝7時から夜中まで鳴りやまなかった」と打ち明ける。
実のところ、若者語訳は趣味の延長だった。歌集は佐々木さんが結婚式を開いた昨年10月10日に発行した。初版はわずか500部。「こんなん、みんな買わんだろうから、結婚式の引き出物に」と約50冊を配り、残りはインターネットの通販サイトに出品した。
出版取次会社には扱いを断られ、営業をせず、広告費もゼロ。だが、ネット交流サービス(SNS)などで話題になり、売れ行きが急増。刷っても刷っても間に合わない状況になった。大ヒットの理由を「訳の意外性なのでしょう。普段本を読まない人も興味を持ってくれ、まるで雑貨を手に取る感覚で買ってくれているらしい」と語る。「2刷まで1冊8円だった利益も上がり、6刷で計2000万円くらいになりました」。佐々木さんには、これを資金として、かなえたい夢がある。
当時住んでいた高松市で「万葉社」を立ち上げたのは2020年。コロナ禍で支給された10万円の特別定額給付金を資本金に充てた。家賃4000円の事務所を構えた。佐々木さんは「国が10万円を支給したのは、何年後かに10万円のお返しがあると考えたからだろう」と解釈した。
目標は1億円を納税すること。…
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