2025-10-04

希死念慮という名の死神

現在私は貯まらない貯金、劣悪な住環境趣味時間を使えない多忙絶対に許されぬ恋というヘレンケラーもびっくりの四重苦を抱えているのだが、やはりというか当然というか最近希死念慮という名の死神が手招きするようになった。

これまでも約20年ほど強迫性障害を抱えており、薬でなんとかやり過ごしてきたがついにやって来たかという感じだ。思うに人間という生物ストレス耐性の限界値というものが各々備わっていて、その数値を超えると希死念慮という名の電源ボタン作動したくなる衝動に駆られるのではないか。つまり死は生きる苦しみから逃れる救済措置でもあるというわけだ。

希死念慮を和らげる薬も現在いろいろ試してはいるが、今のところ特効薬と呼べるものは見つかっていない。イライラ不安限界まで高まる首吊り飛び降りイメージが頭に浮かぶようになっている。

しかし、私は今死ぬわけにはいかない。死神に負けるわけにはいかない。なぜなら脳内にこれは絶対に世に出しておきたいという作品ネタがまだまだあるからだ。これらを発表せずしてこの世を去ることはできない。カート・コバーンあの日ショットガンで自らの頭を撃ち抜いていなかったら我々はもっと多くの名曲を聴けたはずだ。

今の私は私のために生きてなく、世に出るのを今か今かと待ち望んでいる作品たちのために辛うじて生きている。私は作品を世に出すためのデバイスタンパク質の塊。そう言い聞かせてこの生き地獄を耐えている。

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