『新潮日本文学アルバム 27 梶井基次郎』
『新潮日本文学アルバム 27
梶井基次郎』
編集・評伝: 鈴木貞美
エッセイ: 阿部昭
新潮社
1985年7月20日 印刷
1985年7月25日 発行
1p+111p 折込口絵1葉
四六判 角背紙装上製本 カバー
定価980円
本文アート紙。図版多数。

帯文:
「写真で実証する作家の劇的な生涯と作品創造の秘密!
新潮日本文学アルバム
「肺病にならんと、ええ文学はでけへんぞ」、京都三条大橋で怒鳴った三高生・基次郎。えたいの知れぬ青春の不安に追われ、自戒しては崩れる放蕩の果てに――病いに抗した自己凝視の意志を鮮やかに刻印して逝った31年」
目次:
評伝 (鈴木貞美)
生いたち(明治34年・出生~大正8年)
三高時代(大正8年~大正13年)
「青空」と友人たち(大正13年~昭和元年)
湯ヶ島の日々(昭和2年~昭和3年)
途絶(昭和3年~昭和7年・死)
カラー・ページ
『檸檬』(詩稿「秘やかな楽しみ」、初版本、他)
大阪、京都・三高時代
日記草稿ノート
東京、本郷・飯倉片町
松阪、『城のある町にて』
「青空」、草稿
伊豆・湯ヶ島
遺品
エッセイ
一枚の写真――温気と冷気 (阿部昭)
略年譜 (鈴木貞美)
主要参考文献 (鈴木貞美)
主要著作目録 (鈴木貞美)

◆本書より◆
評伝より:
「梶井には三高の帽子を得意にするような見栄っ張りなところもあった。友人に宛てた手紙に梶井漱石、梶井潤二郎などとサインするような気取りもあった。
「肺病になりたい、肺病にならんとええ文学はでけへんぞ」
四条大橋の上で、飯島正に言ったこともあったという。肺病と文学が結びつけて語られた時代だった。」
「基次郎は酒に浸り、遊廓へ通うようになる。」
「酒に酔い、「床間の懸物に唾を吐きかけて廻つたり、盃洗で男の大切なものを洗つて見せたり」、甘栗屋の釜に牛肉を投げこんだり、中華そば屋の屋台をひっくり返したり…… 中谷孝雄は、梶井のそのころの乱暴狼藉を「いささか狂気じみて来た」と回想している。」
「酔ってまた暴れた。アナーキストの歌を声高に歌って町をねり歩いたりした。」
「大きな社会の営みからみれば全く取るに足らない、そして一人の人間の人生にとってもほとんど意味をもたない、微妙な気分の変化や意識の現象を、ことばに定着することに梶井は腐心した。それらは書かれなければ雲散霧消してしまうものでしかなく、そうであるがゆえに、書くことによってはじめて客観的な形を与えられるものであった。」


◆感想◆
本書は「新潮日本文学アルバム」の中で最も地味な巻であるといってよいのではないでしょうか。なにしろ梶井には生前の著書は簡素な装幀の『檸檬』一冊しかないし、本人は容貌に自信がないゆえ写真嫌い、遺品はぼろぼろになったカバンに表札にノートにお兄さんの蔵書の漱石全集に知人にあげた徳利にお猪口。ゆかりの場所を訪ねて新たに撮影した写真には当時の面影はほとんどないです。「松阪城址から護城番を見る」という写真は「止マレ」と書かれた路面が雨でぬれている感じなど情緒があってよいですが、カラーとモノクロでトリミングを変えて使い回されています。
そういえば梶井のお父さん(放蕩者)の写真も同じのがトリミング&修正されて使い回されています。
梶井基次郎』
編集・評伝: 鈴木貞美
エッセイ: 阿部昭
新潮社
1985年7月20日 印刷
1985年7月25日 発行
1p+111p 折込口絵1葉
四六判 角背紙装上製本 カバー
定価980円
本文アート紙。図版多数。
帯文:
「写真で実証する作家の劇的な生涯と作品創造の秘密!
新潮日本文学アルバム
「肺病にならんと、ええ文学はでけへんぞ」、京都三条大橋で怒鳴った三高生・基次郎。えたいの知れぬ青春の不安に追われ、自戒しては崩れる放蕩の果てに――病いに抗した自己凝視の意志を鮮やかに刻印して逝った31年」
目次:
評伝 (鈴木貞美)
生いたち(明治34年・出生~大正8年)
三高時代(大正8年~大正13年)
「青空」と友人たち(大正13年~昭和元年)
湯ヶ島の日々(昭和2年~昭和3年)
途絶(昭和3年~昭和7年・死)
カラー・ページ
『檸檬』(詩稿「秘やかな楽しみ」、初版本、他)
大阪、京都・三高時代
日記草稿ノート
東京、本郷・飯倉片町
松阪、『城のある町にて』
「青空」、草稿
伊豆・湯ヶ島
遺品
エッセイ
一枚の写真――温気と冷気 (阿部昭)
略年譜 (鈴木貞美)
主要参考文献 (鈴木貞美)
主要著作目録 (鈴木貞美)
◆本書より◆
評伝より:
「梶井には三高の帽子を得意にするような見栄っ張りなところもあった。友人に宛てた手紙に梶井漱石、梶井潤二郎などとサインするような気取りもあった。
「肺病になりたい、肺病にならんとええ文学はでけへんぞ」
四条大橋の上で、飯島正に言ったこともあったという。肺病と文学が結びつけて語られた時代だった。」
「基次郎は酒に浸り、遊廓へ通うようになる。」
「酒に酔い、「床間の懸物に唾を吐きかけて廻つたり、盃洗で男の大切なものを洗つて見せたり」、甘栗屋の釜に牛肉を投げこんだり、中華そば屋の屋台をひっくり返したり…… 中谷孝雄は、梶井のそのころの乱暴狼藉を「いささか狂気じみて来た」と回想している。」
「酔ってまた暴れた。アナーキストの歌を声高に歌って町をねり歩いたりした。」
「大きな社会の営みからみれば全く取るに足らない、そして一人の人間の人生にとってもほとんど意味をもたない、微妙な気分の変化や意識の現象を、ことばに定着することに梶井は腐心した。それらは書かれなければ雲散霧消してしまうものでしかなく、そうであるがゆえに、書くことによってはじめて客観的な形を与えられるものであった。」
◆感想◆
本書は「新潮日本文学アルバム」の中で最も地味な巻であるといってよいのではないでしょうか。なにしろ梶井には生前の著書は簡素な装幀の『檸檬』一冊しかないし、本人は容貌に自信がないゆえ写真嫌い、遺品はぼろぼろになったカバンに表札にノートにお兄さんの蔵書の漱石全集に知人にあげた徳利にお猪口。ゆかりの場所を訪ねて新たに撮影した写真には当時の面影はほとんどないです。「松阪城址から護城番を見る」という写真は「止マレ」と書かれた路面が雨でぬれている感じなど情緒があってよいですが、カラーとモノクロでトリミングを変えて使い回されています。
そういえば梶井のお父さん(放蕩者)の写真も同じのがトリミング&修正されて使い回されています。
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