『梶井基次郎全集 第二巻 草稿・ノート編』
「若しその名前をつけるなら、白雲郷とでも云つたところへ私は住み度いと思つてゐるのだ。私は輕い寐椅子を持ち出してひねもす溪の空を渡つてゆく雲を眺めてゐよう」
(梶井基次郎 「雲」 より)
『梶井基次郎
全集 第二巻
草稿・ノート編』
筑摩書房
1999年12月9日 初版第1刷発行
592p 目次5p
口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背クロス装上製本 貼函
定価5,800円+税
装幀: 中山銀士
月報② (8p):
そっとしておきたい世界(城山三郎)/〈幻の梶井基次郎〉とネクロフィリズム(中村雄二郎)/梶井基次郎小説全集(小島信夫/昭和40年10月)/梶井基次郎について(庄野潤三/昭和33年12月)/同時代の思い出(窪川鶴次郎/昭和27年9月)
本書「解題」より:
「本巻は「小説草稿(二)」編、「ノート」編の二部で構成する。「小説草稿(二)」編は、本全集第一巻の「小説草稿(一)」編に続くものであり、「ノート」編は梶井基次郎の残した日記・ノート類を再現・翻刻するものである。」

帯文:
「新編集による
決定版全集
[全三巻 別巻一]
東京帝国大学入学以降に
書きとめられた
小説草稿と、
大正九年から
死の年昭和七年まで、
残されたすべてのノート類を、
可能なかぎり忠実に復元する。」
目次:
小説草稿 (二)
〔夕凬橋の狸〕
〔貧しい生活より〕
〔犬を賣る男〕
〔病氣〕(草稿)
〔瀨山の話〕
〔檸檬〕(断片)
〔雪の日〕
汽車その他――瀨山の話
凧
私信
闇の書
〔夕燒雲〕
栗鼠は籠にはいってゐる
奇妙な手品師
〔猫〕
雲
〔藥〕
〔海〕
琴を持つた乞食と舞踏人形
〔交尾 その三〕
籔熊亭
温泉
ノート
第一帖
第二帖
第三帖
第四帖
第五帖
第六帖
第七帖
第八帖
第九帖
第十帖
第十一帖
第十二帖
第十三帖
第十四帖
第十五帖
第十六帖
解題 (鈴木貞美)
◆本書より◆
「〔瀨山の話〕」より:
「私はその男のことを思ふといつも何ともいひ樣のない氣持になってしまふ。」
「瀨山とても此の世の中に處してゆくことが丸で出來ない男ではないのであるが、もともと彼の目安とする所がそこにあるのではないので、と云っておしまひにはその、試驗で云へばぎりぎりの六十點の生活をあの樣にまで渇望するのだが。全く瀨山は夢想家と云はうか何と云はうか、彼の自分を責める時程ひねくれて酷なことはなく――それもある時期が來なければそうではないので、またその時期が來るまでの彼のだらしなさ程底抜けのものはまたないのである。
彼は毎朝顏を洗ふことをすらしなくなる。例へば徴兵檢査を怠けたときいても彼にはありそうなことゝ思へる。私は一度彼の下宿で酒壜に黄色い液體が詰められて、それが押入の中に何本もおいてあるのを見た。それは小便だったのだ。私はそれが何故臭くなるまで捨てられずにおいてあるのだらうと思った。彼はそうする氣にならないのである。氣が向かないのだ。
然し一度嫌氣がさしたとなれば彼はそれを捨て去るだけでは承知しないだらう。彼は眞面目になって臭氣に充ちた押入を燒き拂はうと思ふにちがひない。彼は片方の極端にゐて、その片方の極端でなければそれに代へるのを肯じない、背後にあるのはいつも一見出來ない相談の嚴格さなのだ。」
「彼は何と現世的な生活の爲に惠まれてゐない男だらう。彼は彼の母がゐなければとうに餓死してゐるか、何か情けない罪のために牢屋へ入れられてゐる人間なのだ。どんなに永く生きのびても畢竟彼の生活は、放縱の次が燒糞、放縱―破綻―後悔―の循環小數に過ぎないのではないか。
彼には外の人に比べて何かが足りないのだ、いや與へられてゐる種々のものゝうちの何かゞ比例を破ってゐるのだ。その爲にあの男は此の世の掟が守れないのだ。」
「〔猫〕」より:
「「白」や「黑」の以前にはやはり訪問猫の「ノボ」といふのがゐた。この名前は今は死んだこの家の老主人がつけたのである。
「お前は[ノボやぞ。]ノボーツとし[と]てるよつてにノボやぞ。おいノボ。こらノボ」
朝から酒を嗜むその老主人は〈毎日〉さう云ひながら人指ゆびでその猫の額を突きき(ママ)突き酒を飲んでゐた。すると家族の誰も彼もが皆笑ふのである。實際それは滑稽な猫であつた。第一彼は決して鳴かないのである。だから食物をねだるなんてことはしない。[それから第二に彼は驚ろくなん]人が呉れたら食べるのである。呉れなければ――呉れなければ結局は歸るのであるが、まあ大抵はそのままで坐つてゐる。そのうちに呉れるのである。第二に彼は決してものに驚ろかない。どんなにされても平氣である。何事にも無關心である。こんな物臭さな猫なんてゐるものではない。
この猫の唯一の藝(?)といふのは「された恰好そのままになつてゐる」といふことだつた。仰向けに轉されて四つ足を空に向けて置くとそのままでゐるのである。前足の一本を膝に載せてやると、恐らくこの懶猫には似附か〈ないそのうら恥しい恰好で凝つとしてゐるのである。〉」
「雲」より:
「若しその名前をつけるなら、白雲郷とでも云つたところへ私は住[み度い][んでゐたいのだ。]み度いと思つてゐるのだ。私は輕い寐椅子を持ち出してひねもす溪の空を渡つてゆく雲を眺めてゐや(よ)う、(以下欠)」

こちらもご参照ください:
『梶井基次郎全集 第三巻 書簡編』
(梶井基次郎 「雲」 より)
『梶井基次郎
全集 第二巻
草稿・ノート編』
筑摩書房
1999年12月9日 初版第1刷発行
592p 目次5p
口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背クロス装上製本 貼函
定価5,800円+税
装幀: 中山銀士
月報② (8p):
そっとしておきたい世界(城山三郎)/〈幻の梶井基次郎〉とネクロフィリズム(中村雄二郎)/梶井基次郎小説全集(小島信夫/昭和40年10月)/梶井基次郎について(庄野潤三/昭和33年12月)/同時代の思い出(窪川鶴次郎/昭和27年9月)
本書「解題」より:
「本巻は「小説草稿(二)」編、「ノート」編の二部で構成する。「小説草稿(二)」編は、本全集第一巻の「小説草稿(一)」編に続くものであり、「ノート」編は梶井基次郎の残した日記・ノート類を再現・翻刻するものである。」
帯文:
「新編集による
決定版全集
[全三巻 別巻一]
東京帝国大学入学以降に
書きとめられた
小説草稿と、
大正九年から
死の年昭和七年まで、
残されたすべてのノート類を、
可能なかぎり忠実に復元する。」
目次:
小説草稿 (二)
〔夕凬橋の狸〕
〔貧しい生活より〕
〔犬を賣る男〕
〔病氣〕(草稿)
〔瀨山の話〕
〔檸檬〕(断片)
〔雪の日〕
汽車その他――瀨山の話
凧
私信
闇の書
〔夕燒雲〕
栗鼠は籠にはいってゐる
奇妙な手品師
〔猫〕
雲
〔藥〕
〔海〕
琴を持つた乞食と舞踏人形
〔交尾 その三〕
籔熊亭
温泉
ノート
第一帖
第二帖
第三帖
第四帖
第五帖
第六帖
第七帖
第八帖
第九帖
第十帖
第十一帖
第十二帖
第十三帖
第十四帖
第十五帖
第十六帖
解題 (鈴木貞美)
◆本書より◆
「〔瀨山の話〕」より:
「私はその男のことを思ふといつも何ともいひ樣のない氣持になってしまふ。」
「瀨山とても此の世の中に處してゆくことが丸で出來ない男ではないのであるが、もともと彼の目安とする所がそこにあるのではないので、と云っておしまひにはその、試驗で云へばぎりぎりの六十點の生活をあの樣にまで渇望するのだが。全く瀨山は夢想家と云はうか何と云はうか、彼の自分を責める時程ひねくれて酷なことはなく――それもある時期が來なければそうではないので、またその時期が來るまでの彼のだらしなさ程底抜けのものはまたないのである。
彼は毎朝顏を洗ふことをすらしなくなる。例へば徴兵檢査を怠けたときいても彼にはありそうなことゝ思へる。私は一度彼の下宿で酒壜に黄色い液體が詰められて、それが押入の中に何本もおいてあるのを見た。それは小便だったのだ。私はそれが何故臭くなるまで捨てられずにおいてあるのだらうと思った。彼はそうする氣にならないのである。氣が向かないのだ。
然し一度嫌氣がさしたとなれば彼はそれを捨て去るだけでは承知しないだらう。彼は眞面目になって臭氣に充ちた押入を燒き拂はうと思ふにちがひない。彼は片方の極端にゐて、その片方の極端でなければそれに代へるのを肯じない、背後にあるのはいつも一見出來ない相談の嚴格さなのだ。」
「彼は何と現世的な生活の爲に惠まれてゐない男だらう。彼は彼の母がゐなければとうに餓死してゐるか、何か情けない罪のために牢屋へ入れられてゐる人間なのだ。どんなに永く生きのびても畢竟彼の生活は、放縱の次が燒糞、放縱―破綻―後悔―の循環小數に過ぎないのではないか。
彼には外の人に比べて何かが足りないのだ、いや與へられてゐる種々のものゝうちの何かゞ比例を破ってゐるのだ。その爲にあの男は此の世の掟が守れないのだ。」
「〔猫〕」より:
「「白」や「黑」の以前にはやはり訪問猫の「ノボ」といふのがゐた。この名前は今は死んだこの家の老主人がつけたのである。
「お前は[ノボやぞ。]ノボーツとし[と]てるよつてにノボやぞ。おいノボ。こらノボ」
朝から酒を嗜むその老主人は〈毎日〉さう云ひながら人指ゆびでその猫の額を突きき(ママ)突き酒を飲んでゐた。すると家族の誰も彼もが皆笑ふのである。實際それは滑稽な猫であつた。第一彼は決して鳴かないのである。だから食物をねだるなんてことはしない。[それから第二に彼は驚ろくなん]人が呉れたら食べるのである。呉れなければ――呉れなければ結局は歸るのであるが、まあ大抵はそのままで坐つてゐる。そのうちに呉れるのである。第二に彼は決してものに驚ろかない。どんなにされても平氣である。何事にも無關心である。こんな物臭さな猫なんてゐるものではない。
この猫の唯一の藝(?)といふのは「された恰好そのままになつてゐる」といふことだつた。仰向けに轉されて四つ足を空に向けて置くとそのままでゐるのである。前足の一本を膝に載せてやると、恐らくこの懶猫には似附か〈ないそのうら恥しい恰好で凝つとしてゐるのである。〉」
「雲」より:
「若しその名前をつけるなら、白雲郷とでも云つたところへ私は住[み度い][んでゐたいのだ。]み度いと思つてゐるのだ。私は輕い寐椅子を持ち出してひねもす溪の空を渡つてゆく雲を眺めてゐや(よ)う、(以下欠)」
こちらもご参照ください:
『梶井基次郎全集 第三巻 書簡編』
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