『梶井基次郎全集 第一巻 作品・草稿編』
「時どき彼は、病める部分をとり出して眺めた。それはなにか一匹の悲しんでゐる生き物の表情で、彼に訴へるのだつた。」
(梶井基次郎 「ある心の風景」 より)
『梶井基次郎
全集 第一巻
作品・草稿編』
筑摩書房
1999年11月10日 初版第1刷発行
8p+638p 口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背クロス装上製本 貼函
定価5,800円+税
装幀: 中山銀士
月報① (8p):
魂の旅情(高橋英夫)/再会した梶井(菅野昭正)/捨て難い小品(三島由紀夫/昭和31年10月)/梶井基次郎と現代作家(江藤淳/昭和34年7月)/編集室から
本書「編集ノート」より:
「本全集は昭和三十四年(一九五九)に筑摩書房より刊行された『梶井基次郎全集』全三巻、及び、それを補訂した昭和四十一年(一九六六)版を大幅に改訂し、新たな方針の下に編集した。」

帯文:
「新編集による
決定版全集
[全三巻 別巻一]
小説作品は
著者生前唯一の刊本
『檸檬』を底本に
厳密な校訂を加え、
草稿編は著者自身の
表記を如実に再現し、
推敲の跡を刻明にたどる。」
目次:
小説
檸檬
城のある町にて
泥濘
路上
過去
雪後
ある心の風景
Kの昇天――或はKの溺死
冬の日
櫻の樹の下には
器樂的幻覺
筧の話
蒼穹
冬の蠅
ある崖上の感情
愛撫
闇の繪卷
交尾
のんきな患者
評論・隨筆
『新潮』十月新人號小説評
『亞』の回想
淺見淵君に就いて
『戰旗』『文藝戰線』七月號創作評
『靑空』のことなど
詩集『戰爭』
「親近」と「拒絶」
『靑空』記事
講演會 其他 (大正十五年二月號)
編輯後記 (大正十五年三月號)
編輯後記 (大正十五年四月號)
靑空同人印象記 (大正十五年六月號)
編輯後記 (大正十五年九月號)
「靑空語」に寄せて (昭和二年一月號)
編輯後記 (昭和二年一月號)
習作
奎吉
矛盾の樣な眞實
太郎と街
橡の花――或る私信
川端康成第四短篇集「心中」を主題とせるヴァリエイション
作文、詩歌・戯曲草稿
中學時代作文
秋の曙
詩草稿
秘やかな樂しみ
〔秋の日の下〕
〔愛する少女達〕
戯曲草稿
河岸 (一幕)
〔断片群〕
〔永劫回歸〕
攀ぢ登る男 (一幕)
〔異稿〕
凱歌 (一幕)
小説草稿 (一)
小さき良心
〔喧嘩〕
〔鼠〕
裸像を盗む男
不幸
〔草稿 1〕
〔プロット〕
〔草稿 2〕
歸宅前後
卑怯者
〔断片群 1〕
〔断片群 2〕
彷徨
〔草稿 1〕
〔草稿 2〕
彷徨の一部 發展
大蒜
水滸傳
〔断片群 1〕
〔断片群 2〕
母親
矛盾の樣な眞實 (草稿)
〔異稿〕
奎吉 (草稿)
〔カッフェー・ラーヴェン〕
〔断片群〕
〔瀨戸内海の夜〕
解題 (鈴木貞美)
編集ノート
解題
◆本書より◆
「檸檬」より:
「何故だか其頃私は見すぼらしくて美しいものに強くひきつけられたのを覺(おぼ)えてゐる。風景にしても壞(くづ)れかかつた街だとか、その街にしても(中略)汚い洗濯物が干してあつたりがらくた(引用者注: 「がらくた」に傍点)が轉してあつたりむさくるしい部屋が覗いてゐたりする裏通が好きであつた。雨や風が蝕(むしば)んでやがて土に歸つてしまふ、と云つたやうな趣(おもむ)きのある街で、土塀が崩(くづ)れてゐたり家竝が傾きかかつてゐたり――勢ひのいいのは植物だけで時とすると吃驚(びつくり)させるやうな向日葵(ひまはり)があつたりカンナが咲いてゐたりする。」
「私は、出來ることなら京都から逃出して誰一人(だれひとり)知らないやうな市へ行つてしまひたかつた。(中略)希はくは此處が何時の間(ま)にかその市になつてゐるのだつたら。――錯覺がやうやく成功しはじめると私はそれからそれへ想像の繪具(ゑのぐ)を塗りつけてゆく。何のことはない、私の錯覺と壞(くづ)れかかつた街との二重寫しである。そして私はその中に現實の私自身を見失ふのを樂しんだ。」
「城のある町にて」より:
「海岸にしては大きい立木が所どころ繁つてゐる。その蔭にちよつぴり人家の屋根が覗いてゐる。そして入江には舟が舫(もや)つてゐる氣持。
それはただそれだけの眺めであつた。何處を取り立てて特別(とくべつ)心を惹くやうなところはなかつた。それでゐて變(へん)に心が惹かれた。」
「人種の異つたやうな人びとが住んでゐて、此の世と離れた生活を營んでゐる。――そんなやうな所にも思へる。とはいへそれはあまりお伽話(とぎばなし)めかした、ぴつたりしないところがある。」
「では一體(たい)何だらうか。このパノラマ風の眺めは何に限らず一種の美しさを添へるものである。」
「空が秋らしく靑空に澄む日には、海はその靑より稍々温い深靑に映(うつ)つた。白い雲がある時は海も白く光つて見えた。今日は先程の入道雲が水平線の上へ擴(ひろが)つてザボンの内皮の色がして、海も入江の眞近(まぢか)までその色に映つてゐた。今日も入江はいつものやうに謎をかくして靜まつてゐた。
見てゐると、獸(けもの)のやうにこの城のはなから悲しい唸聲(うなりごゑ)を出して見たいやうな氣になるのも同じであつた。息苦しいほど妙なものに思へた。
夢で不思議な所へ行つてゐて、此處は來た覺(おぼ)えがあると思つてゐる。――丁度それに似た氣持で、えたいの知れない想出(おもひで)が湧いて來る。」
「私はお前にこんなものをやらうと思ふ。
一つはゼリーだ。ちよつとした人の足音(あしおと)にさへいくつもの波紋(はもん)が起り、風が吹いて來ると漣(さざなみ)をたてる。色は海の靑色で――御覽そのなかをいくつも魚が泳いでゐる。
もう一つは窓掛けだ。織物ではあるが秋草(あきぐさ)が茂つてゐる叢(くさむら)になつてゐる。またそこには見えないが、色づきかけた銀杏(いちやう)の木がその上には生えてゐる氣持。風が來ると草がさわぐ。そして、御覽。尺取蟲(しやくとりむし)が枝から枝を匍つてゐる。」
「泥濘」より:
「以前自分はよく野原などでこんな氣持を經驗したことがある。それは極(ご)くほのかな氣持ではあつたが、風に吹かれてゐる草などを見つめてゐるうちに、何時(いつ)か自分の裡にも丁度その草の葉のやうに搖(ゆ)れてゐるもののあるのを感じる。それは定(さだ)かなものではなかつた。かすかな氣配ではあつたが、然し不思議にも秋風に吹かれてさわさわ搖(ゆ)れてゐる草自身の感覺といふやうなものを感じるのであつた。醉はされたやうな氣持で、そのあとはいつも心が淸(すが)すがしいものに變つてゐた。」
「影の中に生き物らしい氣配(けはい)があらはれて來た。何(なに)を思つてゐるのか確かに何かを思(おも)つてゐる――影(かげ)だと思つてゐたものは、それは、生(なま)なましい自分であつた!
自分が歩いてゆく! そしてこちらの自分は月のやうな位置からその自分を眺めてゐる。地面はなにか玻璃(はり)を張つたやうな透明(とうめい)で、自分は輕い眩暈(めまひ)を感じる。
「あれは何處(どこ)へ歩いてゆくのだらう」と漠(ばく)とした不安が自分に起りはじめた。……」
「路上」より:
「窓からは線路に沿つた家々の内部(なか)が見えた。破屋といふのではないが、とりわけて見ようといふやうな立派な家では勿論(もちろん)なかつた。然し人の家の内部といふものにはなにか心惹(こころひ)かれる風情(ふぜい)といつたやうなものが感じられる。」
「どうして引返さうとはしなかつたのか。魅(み)せられたやうに滑つて來た自分が恐(おそろ)しかつた。――破滅(はめつ)といふものの一つの姿を見たやうな氣がした。なるほどこんなにして滑つて來るのだと思つた。」
「過去」より:
「以前住んだ町を歩いて見る日がたうとうやつて來た。彼は道々、町の名前が變つてはゐないかと心配しながら、ひとに道を尋(たづ)ねた。町はあつた。近づくにつれて心が重くなつた。一軒(けん)二軒、昔と變らない家が、新らしい家に挾(はさ)まれて殘つてゐた。はつと胸を衝(つ)かれる瞬間があつた。然しその家は違つてゐた。確かに町はその町に違ひなかつた。幼な友達の家が一軒あつた。代が變つて友達の名前になつてゐた。臺所から首を出してゐる母らしいひとの眼を彼は避けた。その家が見つかれば道は憶えてゐた。彼はその方へ歩き出した。
彼は往來(わうらい)に立ち竦(すく)んだ。十三年前の自分が往來を走つてゐる! ――その子供は何も知らないで、町角を曲(まが)つて見えなくなつてしまつた。彼は泪ぐむだ。何といふ旅情だ! それはもう嗚咽(をえつ)に近かつた。」
「雪後」より:
「「此處だつた」と彼は思つた。灌木や竹藪の根が生(なま)なました赤土から切口を覗(のぞ)かせてゐる例の切通し坂だつた。――彼が其處へ來かかると、赤土から女の太腿(ふともも)が出てゐた。何本も何本もだつた。
「何だらう」
「それは××が南洋から持つて歸つて、庭へ植ゑてゐる〇〇の木の根だ」
さう云つたのは何時の間にやつて來たのか友人の大槻の聲だつた。彼は納得(なつとく)がいつたやうな氣がした。と同時に切通しの上は××の屋敷だつたと思つた。
少時歩いてゐると今度は田舎道だつた。邸宅などの氣配(けはい)はなかつた。矢張切り崩(くづ)された赤土のなかからによきによき女の腿が生(は)えてゐた。
「〇〇の木などある筈がない。何なんだらう?」
何時か友人は傍にゐなくなつてゐた。――」
「ある心の風景」より:
「其處は入り込んだ町で、晝間でも人通は尠く、魚の臓腑(はらわた)や鼠の死骸は幾日も位置を動かなかつた。兩側の家々はなにか荒廢してゐた。自然力の風化して行くあとが見えた。紅殻(べにがら)が古びてゐ、荒壁(あらかべ)の塀は崩(くづ)れ、人びとはそのなかで古手拭のやうに無氣力な生活をしてゐるやうに思はれた。」
「時どき柱時計の振子の音が戸の隙間(すきま)から洩れてきこえて來た。遠くの樹に風が黑く渡る。と、やがて眼近い夾竹桃は深い夜のなかで搖れはじめるのであつた。(中略)蟋蟀(こほろぎ)が鳴いてゐた。そのあたりから――と思はれた――微(かす)かな植物の朽(く)ちてゆく匂ひが漂つて來た。」
「――足が地脹(ぢば)れをしてゐる。その上に、嚙んだ齒がた(引用者注: 「がた」に傍点)のやうなものが二列(ふたなら)びついてゐる。脹れは段々ひどくなつて行つた。それにつれてその痕(きず)は段々深く、まはりが大きくなつて來た。或るものはネエヴルの尻(しり)のやうである。盛りあがつた氣味惡い肉が内部から覗(のぞ)いてゐた。」
「變な感じで、足は見てゐるうちにも靑く脹(は)れてゆく。痛くもなんともなかつた。腫物(はれもの)は紅いサボテンの花のやうである。
母がゐる。
「あゝあ。こんなになつた。」
彼は母に當てつけの口調だつた。
「知らないぢやないか」
「だつて、あなたが爪(つめ)でかた(引用者注: 「かた」に傍点)をつけたのぢやありませんか」」
「「ね! お母さん!」と母を責めた。
母は弱らされてゐた。が暫(しばら)くしてたうとう、
「そいぢや、癒(なほ)してあげよう」と云つた。
二列(ならび)の腫物(はれもの)は何時の間にか胸から腹へかけて移つてゐた。どうするのかと彼が見てゐると、母は胸の皮を引張つて來て(中略)一方の腫物を一方の腫物のなかへ、恰度釦(ぼたん)を嵌(は)めるやうにして嵌め込んで行つた。」
「一對(つい)づつ一對づつ一列の腫物は他の一列へさういふ風にしてみな嵌まつてしまつた。
「これは××博士の法だよ」と母が云つた。釦(ぼたん)の多いフロツクコートを着たやうである。然し少し動いても直ぐ脱(はづ)れさうで不安であつた。――」
「時どき彼は、病める部分をとり出して眺めた。それはなにか一匹の悲しんでゐる生き物の表情で、彼に訴へるのだつた。」
「川の此方岸には高い欅の樹が葉を茂らせてゐる。喬は風に戰いでゐるその高い梢に心は惹(ひ)かれた。稍々暫らく凝視(みい)つてゐるうちに、彼の心の裡(うち)のなにかがその梢に棲(とま)り、高い氣流のなかで小さい葉と共に搖れ靑い枝と共に撓(たわ)んでゐるのが感じられた。
「ああこの氣持」と喬は思つた。「視(み)ること、それはもうなにか(引用者注: 「なにか」に傍点)なのだ。自分の魂の一部分或は全部がそれに乘り移ることなのだ」」
「生れてから未だ一度も踏(ふ)まなかつた道、そして同時に、實に親(した)しい思ひを起させる道。――それはもう彼が限られた回數通り過(す)ぎたことのある何時もの道ではなかつた。何時の頃から歩いてゐるのか、喬は自分がとことはの過ぎてゆく者であるのを今は感じた。」
「「俺はだんだん癒(なほ)つてゆくぞ」」
「「私の病(や)んでゐる生き物。私は暗闇のなかにやがて消えてしまふ。然しお前は睡らないでひとりおきてゐるやうに思へる。そとの蟲のやうに……靑い燐光を燃(もや)しながら……」」
「Kの昇天」より:
「「影と『ドツペルゲンゲル』。私はこの二つに、月夜になれば憑かれるんですよ。この世のものでないといふやうな、そんなものを見たときの感じ。――その感じになじんでゐると、現實の世界が全く身に合はなく思はれて來るのです。だから晝間は阿片喫煙者(あへんきつえんしや)のやうに倦怠です」
とK君は云ひました。
自分の姿が見えて來る。不思議はそればかりではない。段々姿があらはれて來るに隨(したが)つて、影の自分は彼自身の人格を持ちはじめ、それにつれて此方の自分は段々氣持が杳(はる)かになつて、或る瞬間から月へ向つて、スウスウツと昇(のぼ)つて行く。それは氣持で何物とも云へませんが、まあ魂とでも云ふのでせう。それが月から射し下ろして來る光線を遡(さかのぼ)つて、それはなんとも云へぬ氣持で、昇天してゆくのです。」」
「「シラノが月へ行く方法を竝(なら)べたてるところがありますね。これはその今一つの方法ですよ。でも、ジユウル・ラフオルグの詩にあるやうに
哀(あは)れなる哉、イカルスが幾人(いくたり)も來ては落つこちる。
私も何遍(なんべん)やつてもおつこちるんですよ
さう云つてK君は笑ひました。」
「冬の日」より:
「堯は此頃生きる熱意をまるで感じなくなつてゐた。一日一日が彼を引摺(ひきず)つてゐた。そして裡に住むべきところをなくした魂は、常に外界へ逃れよう逃れようと焦慮(あせ)つてゐた。――晝は部屋の窓を展いて盲人のやうにそとの風景を凝視(みつ)める。夜は屋の外の物音や鐵瓶(てつびん)の音に聾者のやうな耳を澄ます。」
「冬陽は郵便受のなかへまで射(さ)しこむ。路上のどんな小さな石粒(いしつぶ)も一つ一つ影を持つてゐて、見てゐると、それがみな埃及(エジプト)のピラミツドのやうな巨大(コロツサール)な悲しみを浮べてゐる。――低地を距てた洋館には、その時刻、竝んだ蒼桐(あをぎり)の幽靈のやうな影が寫(うつ)つてゐた。向日性を持つた、もやし(引用者注: 「もやし」に傍点)のやうに蒼白(あをじろ)い堯の觸手は、不知不識その灰色した木造家屋の方へ伸(の)びて行つて、其處に滲(し)み込んだ不思議な影の痕(きず)を撫(な)でるのであつた。」
「――食ふものも持たない。何處に泊るあてもない。そして日は暮れかかつてゐるが、この他國の町は早や自分を拒(こば)んでゐる。――
それが現實であるかのやうな暗愁(あんしう)が彼の心を翳つて行つた。またそんな記憶が嘗ての自分にあつたやうな、一種訝(いぶ)かしい甘美な氣持が堯を切なくした。」
「固い寢床はそれを離れると午後にはじまる一日が待つてゐた。傾いた冬の日が窓のそとのまのあたり(引用者注: 「まのあたり」に傍点)を幻燈のやうに寫し出してゐる、その毎日であつた。そしてその不思議な日射(ひざ)しはだんだんすべてのものが假象(かしやう)にしか過ぎないといふことや、假象であるゆゑ精神的な美しさに染められてゐるのだといふことを露骨にして來るのだつた。枇杷(びは)が花をつけ、遠くの日溜からは橙の實が目を射(い)つた。そして初冬の時雨(しぐれ)はもう霰となつて軒をはしつた。
霰はあとからあとへ黑い屋根瓦を打つてはころころ轉(ころが)つた。トタン屋根を撲(う)つ音。やつで(引用者注: 「やつで」に傍点)の葉を彈く音。枯草(かれくさ)に消える音。やがてサアーといふそれが世間に降(ふ)つてゐる音がきこえ出す。と、白い冬の面紗を破つて近くの邱(をか)からは鶴の啼聲が起つた。(中略)彼は窓際(まどぎは)に倚つて風狂といふものが存在した古い時代のことを思つた。しかしそれを自分の身に當嵌(あては)めることは堯には出來なかつた。」
「にはかに重い疲れが彼に凭(よ)りかかる。知らない町の知らない町角で、堯の心はも再び明るくはならなかつた。」
「櫻の樹の下には」より:
「馬のやうな屍體、犬猫のやうな屍體、そして人間のやうな屍體、屍體はみな腐爛(ふらん)して蛆(うじ)が湧き、堪らなく臭い。それでゐて水晶のやうな液をたらたらとたらしてゐる。櫻の根は貪婪(たんらん)な蛸のやうに、それを抱きかかへ、いそぎんちやくの食絲のやうな毛根を聚(あつ)めてその液體を吸つてゐる。」
「この溪間(たにま)ではなにも俺をよろこばすものはない。鶯や四十雀も、白い日光をさ靑に煙らせてゐる木の若芽(わかめ)も、ただそれだけでは、もうろうとした心象に過ぎない。俺には慘劇が必要なんだ。その平衡(へいかう)があつて、はじめて俺の心象は明確になつて來る。俺の心は惡鬼のやうに憂鬱に渇いてゐる。俺の心に憂鬱が完成するときにばかり、俺の心は和(なご)んで來る。」
「器樂的幻覺」より:
「「なんといふ不思議だらうこの石化は? 今なら、あの白い手がたとへあの上で殺人を演(えん)じても、誰れ一人叫び出さうとはしないだらう」」
「筧の話」より:
「何といふ錯誤だらう! 私は物體が二つに見える醉つ拂ひのやうに、同じ現實から二つの表象を見なければならなかつたのだ。しかもその一方は理想の光に輝(かがや)かされ、もう一方は暗黑の絶望を背負(せお)つてゐた。そしてそれらは私がはつきりと見ようとする途端(とたん)一つに重(かさ)なつて、またもとの退屈な現實に歸つてしまふのだつた。」
「「課せられてゐるのは永遠の退屈だ。生の幻影は絶望と重なつてゐる」」
「蒼穹」より:
「ある晩春の午後、私は村の街道に沿つた土堤(どて)の上で日を浴(あ)びてゐた。空にはながらく動かないでゐる巨(おほ)きな雲があつた。その雲はその地球に面した側に藤紫色をした陰翳を持つてゐた。そしてその尨大な容積やその藤紫色をした陰翳はなにかしら茫然とした悲哀をその雲に感じさせた。」
「風景は絶えず重力(ぢゆうりよく)の法則に脅(おびや)かされてゐた。そのうへ光と影の移り變りは溪間(たにま)にゐる人に始終慌(あわただ)しい感情を與へてゐた。さうした村のなかでは、溪間からは高く一日日(ひ)の當るこの平地の眺めほど心を休めるものはなかつた。私にとつてはその終日日(ひ)に倦(あ)いた眺めが悲しいまでノスタルヂツクだつた。Lotus-eater の住(す)んでゐるといふ何時(いつ)も午後ばかりの國――それが私には想像された。」
「そんな風景のうへを遊んでゐた私の眼は、二つの溪をへだてた杉山の上から靑空の透(す)いて見えるほど淡い雲が絶えず湧いて來るのを見たとき、不知不識(しらずしらず)そのなかへ吸ひ込まれて行つた。湧き出て來る雲は見る見る日に輝(かが)やいた巨大な姿を空のなかへ擴(ひろ)げるのであつた。
それは一方からの盡(つ)きない生成とともにゆつくり旋回してゐた。また一方では捲きあがつて行つた縁(へり)が絶えず靑空のなかへ消え込むのだつた。かうした雲の變化ほど見る人の心に云ひ知れぬ深い感情を喚(よ)び起すものはない。その變化を見極(みきは)めようとする眼はいつもその盡きない生成と消滅のなかへ溺れ込んでしまひ、ただそればかりを繰り返してゐるうちに、不思議な恐怖に似た感情がだんだん胸へ昂(たか)まつて來る。その感情は喉を詰(つま)らせるやうになつて來、身體からは平衡の感じがだんだん失はれて來、若しそんな状態が長く續けば、そのある極點から、自分の身體は奈落(ならく)のやうなもののなかへ落ちてゆくのではないかと思はれる。それも花火に仕掛けられた紙人形のやうに、身體のあらゆる部分から力を失つて。――
私の眼はだんだん雲との距離を絶(ぜつ)して、さう云つた感情のなかへ捲き込まれて行つた。そのとき私はふとある不思議な現象に眼をとめたのである。それは雲の湧いて出るところが、影になつた杉山の直(す)ぐ上からではなく、そこからかなりの距(へだた)りを持つたところにあつたことであつた。そこへ來てはじめて薄(うつす)り見えはじめる。それから見る見る巨(おほ)きな姿をあらはす。――
私は空のなかに見えない山のやうなものがあるのではないかといふやうな不思議な氣持に捕へらえた。そのとき私の心をふとかすめたものがあつた。それはこの村でのある闇夜(やみよ)の經驗であつた。
その夜私は提灯も持たないで闇の街道を歩いてゐた。それは途中にただ一軒の人家しかない、そしてその家の燈(ひ)がちやうど戸の節穴(ふしあな)から寫る戸外の風景のやうに見えてゐる、大きな闇のなかであつた。街道へその家の燈(ひ)が光を投げてゐる。そのなかへ突然(とつぜん)姿をあらはした人影があつた。おそらくそれは私と同じやうに提灯を持たないで歩いてゐた村人だつたのであらう。私は別にその人影を怪(あや)しいと思つたのではなかつた。しかし私はなんといふことなく凝(じ)つと、その人影が闇のなかへ消えてゆくのを眺めてゐたのである。その人影は背に負つた光をだんだん失ひながら消えて行つた。網膜だけの感じになり、闇のなかの想像になり、遂にはその想像もふつつり斷(た)ち切れてしまつた。そのとき私は『何處』といふもののない闇に微(かす)かな戰慄(せんりつ)を感じた。その闇のなかへ同じやうな絶望的な順序で消えてゆく私自身を想像し、云ひ知れぬ恐怖と情熱を覺(おぼ)えたのである。――
その記憶が私の心をかすめたとき、突然私は悟(さと)つた。雲が湧(わ)き立つては消えてゆく空のなかにあつたものは、見えない山のやうなものでもなく、不思議な岬(みさき)のやうなものでもなく、なんといふ虚無! 白日の闇が滿(み)ち充(み)ちてゐるのだといふことを。(中略)濃い藍色(あゐいろ)に煙りあがつたこの季節の空は、そのとき、見れば見るほどただ闇としか私には感覺出來なかつたのである。」
「冬の蠅」より:
「「蠅と日光浴をしてゐる男」いま諸君の目にはさうした表象が浮かんでゐるにちがひない。日光浴を書いたついでに私はもう一つの表象「日光浴をしながら太陽を憎(にく)んでゐる男」を書いてゆかう。」
「私は日の當つた風景の象徴する幸福な感情を否定するのではない。その幸福は今や私を傷(きずつ)ける。私はそれを憎むのである。」
「ある崖上の感情」より:
「石田はその路を通つてゆくとき、誰れかに咎(とが)められはしないかと云ふやうなうしろめたさを感じた。なぜなら、その路へは大つぴらに通りすがりの家が窓を開(ひら)いてゐるのだつた。そのなかには肌脱(はだぬ)ぎになつた人がゐたり、柱時計が鳴つてゐたり、味氣ない生活が蚊遣(かや)りを燻(いぶ)したりしてゐた。そのうへ、軒燈にはきまつたやうにやもり(引用者注: 「やもり」に傍点)がとまつてゐて彼を氣味惡がらせた。」
「闇の繪卷」より:
「深い闇のなかで味はふこの安息は一體なにを意味してゐるのだらう。今は誰れの眼からも隱(かく)れてしまつた――今は巨大な闇と一如(いちによ)になつてしまつた――それがこの感情なのだらうか。」
「交尾」より:
「先程から露路(ろぢ)の上には盛んに白いものが往來してゐる。これはこの露地だけとは云はない。表通りも夜更(よふ)けになるとこの通りである。これは猫だ。私は何故この町では猫がこんなに我物顏(わがものがほ)に道を歩くのか考えて見たことがある。(中略)彼等はブールヴァールを歩く貴婦人のやうに悠(いう)々と歩く。また市役所の測量工夫のやうに辻から辻へ走つてゆくのである。」
「この瀨には殊にたくさんの河鹿がゐた。その聲は瀨をどよもして響いてゐた。遠くの方から風の渡るやうに響いて來る。それは近くの瀨の波頭の間から高まつて來て、眼の下の一團で高潮(かうてう)に達しる。その傳播は微妙で、絶えず湧き起り絶えず搖れ動く一つのまぼろしを見るやうである。科學の教へるところによると、この地球にはじめて聲を持つ生物が産(うま)れたのは石炭紀の兩棲類だといふことである。だからこれがこの地球に響いた最初の生の合唱だと思ふといくらか壮烈な氣がしないでもない。」
「『亞』の回想」より:
「村の本屋へ新刊の雜誌が來てゐても、此頃は買はずに歸るのが常である。流行文學よりも色づいた柿の葉の一片を持つて歸る方が今の僕にはたのしい。」
「橡の花」より:
「その前晩私はやはり憂鬱に苦しめられてゐました。びしよびしよと雨が降つてゐました。(中略)本を讀む氣もしませんでしたので私はいたづら書きをしてゐました。その waste という字は書き易い字であるのか――筆のいたづらに直ぐ書く字がありますね――その字の一つなのです。私はそれを無暗にたくさん書いてゐました。そのうちに私の耳はそのなかゝら機を織るやうな一定のリズムを聽きはじめたのです。手の調子がきまつて來たためです。當然きこえる筈だつたのです。なにかきこえると聽耳をたてはじめてから、それが一つの可愛いリズムだと思ひ當てたまでの私の氣持は、緊張と云ひ喜びといふにはあまりささやかなものでした。然し一時間前の倦怠ではもうありませんでした。私はその衣ずれのやうなまた小人國の汽車のやうな可愛いリズムに聽き入りました。」

こちらもご参照ください:
『梶井基次郎全集 第二巻 草稿・ノート編』
ガルシア=マルケス 『青い犬の目』 井上義一 訳
瀧口修造 『瀧口修造の詩的実験 1927―1937』
(梶井基次郎 「ある心の風景」 より)
『梶井基次郎
全集 第一巻
作品・草稿編』
筑摩書房
1999年11月10日 初版第1刷発行
8p+638p 口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背クロス装上製本 貼函
定価5,800円+税
装幀: 中山銀士
月報① (8p):
魂の旅情(高橋英夫)/再会した梶井(菅野昭正)/捨て難い小品(三島由紀夫/昭和31年10月)/梶井基次郎と現代作家(江藤淳/昭和34年7月)/編集室から
本書「編集ノート」より:
「本全集は昭和三十四年(一九五九)に筑摩書房より刊行された『梶井基次郎全集』全三巻、及び、それを補訂した昭和四十一年(一九六六)版を大幅に改訂し、新たな方針の下に編集した。」
帯文:
「新編集による
決定版全集
[全三巻 別巻一]
小説作品は
著者生前唯一の刊本
『檸檬』を底本に
厳密な校訂を加え、
草稿編は著者自身の
表記を如実に再現し、
推敲の跡を刻明にたどる。」
目次:
小説
檸檬
城のある町にて
泥濘
路上
過去
雪後
ある心の風景
Kの昇天――或はKの溺死
冬の日
櫻の樹の下には
器樂的幻覺
筧の話
蒼穹
冬の蠅
ある崖上の感情
愛撫
闇の繪卷
交尾
のんきな患者
評論・隨筆
『新潮』十月新人號小説評
『亞』の回想
淺見淵君に就いて
『戰旗』『文藝戰線』七月號創作評
『靑空』のことなど
詩集『戰爭』
「親近」と「拒絶」
『靑空』記事
講演會 其他 (大正十五年二月號)
編輯後記 (大正十五年三月號)
編輯後記 (大正十五年四月號)
靑空同人印象記 (大正十五年六月號)
編輯後記 (大正十五年九月號)
「靑空語」に寄せて (昭和二年一月號)
編輯後記 (昭和二年一月號)
習作
奎吉
矛盾の樣な眞實
太郎と街
橡の花――或る私信
川端康成第四短篇集「心中」を主題とせるヴァリエイション
作文、詩歌・戯曲草稿
中學時代作文
秋の曙
詩草稿
秘やかな樂しみ
〔秋の日の下〕
〔愛する少女達〕
戯曲草稿
河岸 (一幕)
〔断片群〕
〔永劫回歸〕
攀ぢ登る男 (一幕)
〔異稿〕
凱歌 (一幕)
小説草稿 (一)
小さき良心
〔喧嘩〕
〔鼠〕
裸像を盗む男
不幸
〔草稿 1〕
〔プロット〕
〔草稿 2〕
歸宅前後
卑怯者
〔断片群 1〕
〔断片群 2〕
彷徨
〔草稿 1〕
〔草稿 2〕
彷徨の一部 發展
大蒜
水滸傳
〔断片群 1〕
〔断片群 2〕
母親
矛盾の樣な眞實 (草稿)
〔異稿〕
奎吉 (草稿)
〔カッフェー・ラーヴェン〕
〔断片群〕
〔瀨戸内海の夜〕
解題 (鈴木貞美)
編集ノート
解題
◆本書より◆
「檸檬」より:
「何故だか其頃私は見すぼらしくて美しいものに強くひきつけられたのを覺(おぼ)えてゐる。風景にしても壞(くづ)れかかつた街だとか、その街にしても(中略)汚い洗濯物が干してあつたりがらくた(引用者注: 「がらくた」に傍点)が轉してあつたりむさくるしい部屋が覗いてゐたりする裏通が好きであつた。雨や風が蝕(むしば)んでやがて土に歸つてしまふ、と云つたやうな趣(おもむ)きのある街で、土塀が崩(くづ)れてゐたり家竝が傾きかかつてゐたり――勢ひのいいのは植物だけで時とすると吃驚(びつくり)させるやうな向日葵(ひまはり)があつたりカンナが咲いてゐたりする。」
「私は、出來ることなら京都から逃出して誰一人(だれひとり)知らないやうな市へ行つてしまひたかつた。(中略)希はくは此處が何時の間(ま)にかその市になつてゐるのだつたら。――錯覺がやうやく成功しはじめると私はそれからそれへ想像の繪具(ゑのぐ)を塗りつけてゆく。何のことはない、私の錯覺と壞(くづ)れかかつた街との二重寫しである。そして私はその中に現實の私自身を見失ふのを樂しんだ。」
「城のある町にて」より:
「海岸にしては大きい立木が所どころ繁つてゐる。その蔭にちよつぴり人家の屋根が覗いてゐる。そして入江には舟が舫(もや)つてゐる氣持。
それはただそれだけの眺めであつた。何處を取り立てて特別(とくべつ)心を惹くやうなところはなかつた。それでゐて變(へん)に心が惹かれた。」
「人種の異つたやうな人びとが住んでゐて、此の世と離れた生活を營んでゐる。――そんなやうな所にも思へる。とはいへそれはあまりお伽話(とぎばなし)めかした、ぴつたりしないところがある。」
「では一體(たい)何だらうか。このパノラマ風の眺めは何に限らず一種の美しさを添へるものである。」
「空が秋らしく靑空に澄む日には、海はその靑より稍々温い深靑に映(うつ)つた。白い雲がある時は海も白く光つて見えた。今日は先程の入道雲が水平線の上へ擴(ひろが)つてザボンの内皮の色がして、海も入江の眞近(まぢか)までその色に映つてゐた。今日も入江はいつものやうに謎をかくして靜まつてゐた。
見てゐると、獸(けもの)のやうにこの城のはなから悲しい唸聲(うなりごゑ)を出して見たいやうな氣になるのも同じであつた。息苦しいほど妙なものに思へた。
夢で不思議な所へ行つてゐて、此處は來た覺(おぼ)えがあると思つてゐる。――丁度それに似た氣持で、えたいの知れない想出(おもひで)が湧いて來る。」
「私はお前にこんなものをやらうと思ふ。
一つはゼリーだ。ちよつとした人の足音(あしおと)にさへいくつもの波紋(はもん)が起り、風が吹いて來ると漣(さざなみ)をたてる。色は海の靑色で――御覽そのなかをいくつも魚が泳いでゐる。
もう一つは窓掛けだ。織物ではあるが秋草(あきぐさ)が茂つてゐる叢(くさむら)になつてゐる。またそこには見えないが、色づきかけた銀杏(いちやう)の木がその上には生えてゐる氣持。風が來ると草がさわぐ。そして、御覽。尺取蟲(しやくとりむし)が枝から枝を匍つてゐる。」
「泥濘」より:
「以前自分はよく野原などでこんな氣持を經驗したことがある。それは極(ご)くほのかな氣持ではあつたが、風に吹かれてゐる草などを見つめてゐるうちに、何時(いつ)か自分の裡にも丁度その草の葉のやうに搖(ゆ)れてゐるもののあるのを感じる。それは定(さだ)かなものではなかつた。かすかな氣配ではあつたが、然し不思議にも秋風に吹かれてさわさわ搖(ゆ)れてゐる草自身の感覺といふやうなものを感じるのであつた。醉はされたやうな氣持で、そのあとはいつも心が淸(すが)すがしいものに變つてゐた。」
「影の中に生き物らしい氣配(けはい)があらはれて來た。何(なに)を思つてゐるのか確かに何かを思(おも)つてゐる――影(かげ)だと思つてゐたものは、それは、生(なま)なましい自分であつた!
自分が歩いてゆく! そしてこちらの自分は月のやうな位置からその自分を眺めてゐる。地面はなにか玻璃(はり)を張つたやうな透明(とうめい)で、自分は輕い眩暈(めまひ)を感じる。
「あれは何處(どこ)へ歩いてゆくのだらう」と漠(ばく)とした不安が自分に起りはじめた。……」
「路上」より:
「窓からは線路に沿つた家々の内部(なか)が見えた。破屋といふのではないが、とりわけて見ようといふやうな立派な家では勿論(もちろん)なかつた。然し人の家の内部といふものにはなにか心惹(こころひ)かれる風情(ふぜい)といつたやうなものが感じられる。」
「どうして引返さうとはしなかつたのか。魅(み)せられたやうに滑つて來た自分が恐(おそろ)しかつた。――破滅(はめつ)といふものの一つの姿を見たやうな氣がした。なるほどこんなにして滑つて來るのだと思つた。」
「過去」より:
「以前住んだ町を歩いて見る日がたうとうやつて來た。彼は道々、町の名前が變つてはゐないかと心配しながら、ひとに道を尋(たづ)ねた。町はあつた。近づくにつれて心が重くなつた。一軒(けん)二軒、昔と變らない家が、新らしい家に挾(はさ)まれて殘つてゐた。はつと胸を衝(つ)かれる瞬間があつた。然しその家は違つてゐた。確かに町はその町に違ひなかつた。幼な友達の家が一軒あつた。代が變つて友達の名前になつてゐた。臺所から首を出してゐる母らしいひとの眼を彼は避けた。その家が見つかれば道は憶えてゐた。彼はその方へ歩き出した。
彼は往來(わうらい)に立ち竦(すく)んだ。十三年前の自分が往來を走つてゐる! ――その子供は何も知らないで、町角を曲(まが)つて見えなくなつてしまつた。彼は泪ぐむだ。何といふ旅情だ! それはもう嗚咽(をえつ)に近かつた。」
「雪後」より:
「「此處だつた」と彼は思つた。灌木や竹藪の根が生(なま)なました赤土から切口を覗(のぞ)かせてゐる例の切通し坂だつた。――彼が其處へ來かかると、赤土から女の太腿(ふともも)が出てゐた。何本も何本もだつた。
「何だらう」
「それは××が南洋から持つて歸つて、庭へ植ゑてゐる〇〇の木の根だ」
さう云つたのは何時の間にやつて來たのか友人の大槻の聲だつた。彼は納得(なつとく)がいつたやうな氣がした。と同時に切通しの上は××の屋敷だつたと思つた。
少時歩いてゐると今度は田舎道だつた。邸宅などの氣配(けはい)はなかつた。矢張切り崩(くづ)された赤土のなかからによきによき女の腿が生(は)えてゐた。
「〇〇の木などある筈がない。何なんだらう?」
何時か友人は傍にゐなくなつてゐた。――」
「ある心の風景」より:
「其處は入り込んだ町で、晝間でも人通は尠く、魚の臓腑(はらわた)や鼠の死骸は幾日も位置を動かなかつた。兩側の家々はなにか荒廢してゐた。自然力の風化して行くあとが見えた。紅殻(べにがら)が古びてゐ、荒壁(あらかべ)の塀は崩(くづ)れ、人びとはそのなかで古手拭のやうに無氣力な生活をしてゐるやうに思はれた。」
「時どき柱時計の振子の音が戸の隙間(すきま)から洩れてきこえて來た。遠くの樹に風が黑く渡る。と、やがて眼近い夾竹桃は深い夜のなかで搖れはじめるのであつた。(中略)蟋蟀(こほろぎ)が鳴いてゐた。そのあたりから――と思はれた――微(かす)かな植物の朽(く)ちてゆく匂ひが漂つて來た。」
「――足が地脹(ぢば)れをしてゐる。その上に、嚙んだ齒がた(引用者注: 「がた」に傍点)のやうなものが二列(ふたなら)びついてゐる。脹れは段々ひどくなつて行つた。それにつれてその痕(きず)は段々深く、まはりが大きくなつて來た。或るものはネエヴルの尻(しり)のやうである。盛りあがつた氣味惡い肉が内部から覗(のぞ)いてゐた。」
「變な感じで、足は見てゐるうちにも靑く脹(は)れてゆく。痛くもなんともなかつた。腫物(はれもの)は紅いサボテンの花のやうである。
母がゐる。
「あゝあ。こんなになつた。」
彼は母に當てつけの口調だつた。
「知らないぢやないか」
「だつて、あなたが爪(つめ)でかた(引用者注: 「かた」に傍点)をつけたのぢやありませんか」」
「「ね! お母さん!」と母を責めた。
母は弱らされてゐた。が暫(しばら)くしてたうとう、
「そいぢや、癒(なほ)してあげよう」と云つた。
二列(ならび)の腫物(はれもの)は何時の間にか胸から腹へかけて移つてゐた。どうするのかと彼が見てゐると、母は胸の皮を引張つて來て(中略)一方の腫物を一方の腫物のなかへ、恰度釦(ぼたん)を嵌(は)めるやうにして嵌め込んで行つた。」
「一對(つい)づつ一對づつ一列の腫物は他の一列へさういふ風にしてみな嵌まつてしまつた。
「これは××博士の法だよ」と母が云つた。釦(ぼたん)の多いフロツクコートを着たやうである。然し少し動いても直ぐ脱(はづ)れさうで不安であつた。――」
「時どき彼は、病める部分をとり出して眺めた。それはなにか一匹の悲しんでゐる生き物の表情で、彼に訴へるのだつた。」
「川の此方岸には高い欅の樹が葉を茂らせてゐる。喬は風に戰いでゐるその高い梢に心は惹(ひ)かれた。稍々暫らく凝視(みい)つてゐるうちに、彼の心の裡(うち)のなにかがその梢に棲(とま)り、高い氣流のなかで小さい葉と共に搖れ靑い枝と共に撓(たわ)んでゐるのが感じられた。
「ああこの氣持」と喬は思つた。「視(み)ること、それはもうなにか(引用者注: 「なにか」に傍点)なのだ。自分の魂の一部分或は全部がそれに乘り移ることなのだ」」
「生れてから未だ一度も踏(ふ)まなかつた道、そして同時に、實に親(した)しい思ひを起させる道。――それはもう彼が限られた回數通り過(す)ぎたことのある何時もの道ではなかつた。何時の頃から歩いてゐるのか、喬は自分がとことはの過ぎてゆく者であるのを今は感じた。」
「「俺はだんだん癒(なほ)つてゆくぞ」」
「「私の病(や)んでゐる生き物。私は暗闇のなかにやがて消えてしまふ。然しお前は睡らないでひとりおきてゐるやうに思へる。そとの蟲のやうに……靑い燐光を燃(もや)しながら……」」
「Kの昇天」より:
「「影と『ドツペルゲンゲル』。私はこの二つに、月夜になれば憑かれるんですよ。この世のものでないといふやうな、そんなものを見たときの感じ。――その感じになじんでゐると、現實の世界が全く身に合はなく思はれて來るのです。だから晝間は阿片喫煙者(あへんきつえんしや)のやうに倦怠です」
とK君は云ひました。
自分の姿が見えて來る。不思議はそればかりではない。段々姿があらはれて來るに隨(したが)つて、影の自分は彼自身の人格を持ちはじめ、それにつれて此方の自分は段々氣持が杳(はる)かになつて、或る瞬間から月へ向つて、スウスウツと昇(のぼ)つて行く。それは氣持で何物とも云へませんが、まあ魂とでも云ふのでせう。それが月から射し下ろして來る光線を遡(さかのぼ)つて、それはなんとも云へぬ氣持で、昇天してゆくのです。」」
「「シラノが月へ行く方法を竝(なら)べたてるところがありますね。これはその今一つの方法ですよ。でも、ジユウル・ラフオルグの詩にあるやうに
哀(あは)れなる哉、イカルスが幾人(いくたり)も來ては落つこちる。
私も何遍(なんべん)やつてもおつこちるんですよ
さう云つてK君は笑ひました。」
「冬の日」より:
「堯は此頃生きる熱意をまるで感じなくなつてゐた。一日一日が彼を引摺(ひきず)つてゐた。そして裡に住むべきところをなくした魂は、常に外界へ逃れよう逃れようと焦慮(あせ)つてゐた。――晝は部屋の窓を展いて盲人のやうにそとの風景を凝視(みつ)める。夜は屋の外の物音や鐵瓶(てつびん)の音に聾者のやうな耳を澄ます。」
「冬陽は郵便受のなかへまで射(さ)しこむ。路上のどんな小さな石粒(いしつぶ)も一つ一つ影を持つてゐて、見てゐると、それがみな埃及(エジプト)のピラミツドのやうな巨大(コロツサール)な悲しみを浮べてゐる。――低地を距てた洋館には、その時刻、竝んだ蒼桐(あをぎり)の幽靈のやうな影が寫(うつ)つてゐた。向日性を持つた、もやし(引用者注: 「もやし」に傍点)のやうに蒼白(あをじろ)い堯の觸手は、不知不識その灰色した木造家屋の方へ伸(の)びて行つて、其處に滲(し)み込んだ不思議な影の痕(きず)を撫(な)でるのであつた。」
「――食ふものも持たない。何處に泊るあてもない。そして日は暮れかかつてゐるが、この他國の町は早や自分を拒(こば)んでゐる。――
それが現實であるかのやうな暗愁(あんしう)が彼の心を翳つて行つた。またそんな記憶が嘗ての自分にあつたやうな、一種訝(いぶ)かしい甘美な氣持が堯を切なくした。」
「固い寢床はそれを離れると午後にはじまる一日が待つてゐた。傾いた冬の日が窓のそとのまのあたり(引用者注: 「まのあたり」に傍点)を幻燈のやうに寫し出してゐる、その毎日であつた。そしてその不思議な日射(ひざ)しはだんだんすべてのものが假象(かしやう)にしか過ぎないといふことや、假象であるゆゑ精神的な美しさに染められてゐるのだといふことを露骨にして來るのだつた。枇杷(びは)が花をつけ、遠くの日溜からは橙の實が目を射(い)つた。そして初冬の時雨(しぐれ)はもう霰となつて軒をはしつた。
霰はあとからあとへ黑い屋根瓦を打つてはころころ轉(ころが)つた。トタン屋根を撲(う)つ音。やつで(引用者注: 「やつで」に傍点)の葉を彈く音。枯草(かれくさ)に消える音。やがてサアーといふそれが世間に降(ふ)つてゐる音がきこえ出す。と、白い冬の面紗を破つて近くの邱(をか)からは鶴の啼聲が起つた。(中略)彼は窓際(まどぎは)に倚つて風狂といふものが存在した古い時代のことを思つた。しかしそれを自分の身に當嵌(あては)めることは堯には出來なかつた。」
「にはかに重い疲れが彼に凭(よ)りかかる。知らない町の知らない町角で、堯の心はも再び明るくはならなかつた。」
「櫻の樹の下には」より:
「馬のやうな屍體、犬猫のやうな屍體、そして人間のやうな屍體、屍體はみな腐爛(ふらん)して蛆(うじ)が湧き、堪らなく臭い。それでゐて水晶のやうな液をたらたらとたらしてゐる。櫻の根は貪婪(たんらん)な蛸のやうに、それを抱きかかへ、いそぎんちやくの食絲のやうな毛根を聚(あつ)めてその液體を吸つてゐる。」
「この溪間(たにま)ではなにも俺をよろこばすものはない。鶯や四十雀も、白い日光をさ靑に煙らせてゐる木の若芽(わかめ)も、ただそれだけでは、もうろうとした心象に過ぎない。俺には慘劇が必要なんだ。その平衡(へいかう)があつて、はじめて俺の心象は明確になつて來る。俺の心は惡鬼のやうに憂鬱に渇いてゐる。俺の心に憂鬱が完成するときにばかり、俺の心は和(なご)んで來る。」
「器樂的幻覺」より:
「「なんといふ不思議だらうこの石化は? 今なら、あの白い手がたとへあの上で殺人を演(えん)じても、誰れ一人叫び出さうとはしないだらう」」
「筧の話」より:
「何といふ錯誤だらう! 私は物體が二つに見える醉つ拂ひのやうに、同じ現實から二つの表象を見なければならなかつたのだ。しかもその一方は理想の光に輝(かがや)かされ、もう一方は暗黑の絶望を背負(せお)つてゐた。そしてそれらは私がはつきりと見ようとする途端(とたん)一つに重(かさ)なつて、またもとの退屈な現實に歸つてしまふのだつた。」
「「課せられてゐるのは永遠の退屈だ。生の幻影は絶望と重なつてゐる」」
「蒼穹」より:
「ある晩春の午後、私は村の街道に沿つた土堤(どて)の上で日を浴(あ)びてゐた。空にはながらく動かないでゐる巨(おほ)きな雲があつた。その雲はその地球に面した側に藤紫色をした陰翳を持つてゐた。そしてその尨大な容積やその藤紫色をした陰翳はなにかしら茫然とした悲哀をその雲に感じさせた。」
「風景は絶えず重力(ぢゆうりよく)の法則に脅(おびや)かされてゐた。そのうへ光と影の移り變りは溪間(たにま)にゐる人に始終慌(あわただ)しい感情を與へてゐた。さうした村のなかでは、溪間からは高く一日日(ひ)の當るこの平地の眺めほど心を休めるものはなかつた。私にとつてはその終日日(ひ)に倦(あ)いた眺めが悲しいまでノスタルヂツクだつた。Lotus-eater の住(す)んでゐるといふ何時(いつ)も午後ばかりの國――それが私には想像された。」
「そんな風景のうへを遊んでゐた私の眼は、二つの溪をへだてた杉山の上から靑空の透(す)いて見えるほど淡い雲が絶えず湧いて來るのを見たとき、不知不識(しらずしらず)そのなかへ吸ひ込まれて行つた。湧き出て來る雲は見る見る日に輝(かが)やいた巨大な姿を空のなかへ擴(ひろ)げるのであつた。
それは一方からの盡(つ)きない生成とともにゆつくり旋回してゐた。また一方では捲きあがつて行つた縁(へり)が絶えず靑空のなかへ消え込むのだつた。かうした雲の變化ほど見る人の心に云ひ知れぬ深い感情を喚(よ)び起すものはない。その變化を見極(みきは)めようとする眼はいつもその盡きない生成と消滅のなかへ溺れ込んでしまひ、ただそればかりを繰り返してゐるうちに、不思議な恐怖に似た感情がだんだん胸へ昂(たか)まつて來る。その感情は喉を詰(つま)らせるやうになつて來、身體からは平衡の感じがだんだん失はれて來、若しそんな状態が長く續けば、そのある極點から、自分の身體は奈落(ならく)のやうなもののなかへ落ちてゆくのではないかと思はれる。それも花火に仕掛けられた紙人形のやうに、身體のあらゆる部分から力を失つて。――
私の眼はだんだん雲との距離を絶(ぜつ)して、さう云つた感情のなかへ捲き込まれて行つた。そのとき私はふとある不思議な現象に眼をとめたのである。それは雲の湧いて出るところが、影になつた杉山の直(す)ぐ上からではなく、そこからかなりの距(へだた)りを持つたところにあつたことであつた。そこへ來てはじめて薄(うつす)り見えはじめる。それから見る見る巨(おほ)きな姿をあらはす。――
私は空のなかに見えない山のやうなものがあるのではないかといふやうな不思議な氣持に捕へらえた。そのとき私の心をふとかすめたものがあつた。それはこの村でのある闇夜(やみよ)の經驗であつた。
その夜私は提灯も持たないで闇の街道を歩いてゐた。それは途中にただ一軒の人家しかない、そしてその家の燈(ひ)がちやうど戸の節穴(ふしあな)から寫る戸外の風景のやうに見えてゐる、大きな闇のなかであつた。街道へその家の燈(ひ)が光を投げてゐる。そのなかへ突然(とつぜん)姿をあらはした人影があつた。おそらくそれは私と同じやうに提灯を持たないで歩いてゐた村人だつたのであらう。私は別にその人影を怪(あや)しいと思つたのではなかつた。しかし私はなんといふことなく凝(じ)つと、その人影が闇のなかへ消えてゆくのを眺めてゐたのである。その人影は背に負つた光をだんだん失ひながら消えて行つた。網膜だけの感じになり、闇のなかの想像になり、遂にはその想像もふつつり斷(た)ち切れてしまつた。そのとき私は『何處』といふもののない闇に微(かす)かな戰慄(せんりつ)を感じた。その闇のなかへ同じやうな絶望的な順序で消えてゆく私自身を想像し、云ひ知れぬ恐怖と情熱を覺(おぼ)えたのである。――
その記憶が私の心をかすめたとき、突然私は悟(さと)つた。雲が湧(わ)き立つては消えてゆく空のなかにあつたものは、見えない山のやうなものでもなく、不思議な岬(みさき)のやうなものでもなく、なんといふ虚無! 白日の闇が滿(み)ち充(み)ちてゐるのだといふことを。(中略)濃い藍色(あゐいろ)に煙りあがつたこの季節の空は、そのとき、見れば見るほどただ闇としか私には感覺出來なかつたのである。」
「冬の蠅」より:
「「蠅と日光浴をしてゐる男」いま諸君の目にはさうした表象が浮かんでゐるにちがひない。日光浴を書いたついでに私はもう一つの表象「日光浴をしながら太陽を憎(にく)んでゐる男」を書いてゆかう。」
「私は日の當つた風景の象徴する幸福な感情を否定するのではない。その幸福は今や私を傷(きずつ)ける。私はそれを憎むのである。」
「ある崖上の感情」より:
「石田はその路を通つてゆくとき、誰れかに咎(とが)められはしないかと云ふやうなうしろめたさを感じた。なぜなら、その路へは大つぴらに通りすがりの家が窓を開(ひら)いてゐるのだつた。そのなかには肌脱(はだぬ)ぎになつた人がゐたり、柱時計が鳴つてゐたり、味氣ない生活が蚊遣(かや)りを燻(いぶ)したりしてゐた。そのうへ、軒燈にはきまつたやうにやもり(引用者注: 「やもり」に傍点)がとまつてゐて彼を氣味惡がらせた。」
「闇の繪卷」より:
「深い闇のなかで味はふこの安息は一體なにを意味してゐるのだらう。今は誰れの眼からも隱(かく)れてしまつた――今は巨大な闇と一如(いちによ)になつてしまつた――それがこの感情なのだらうか。」
「交尾」より:
「先程から露路(ろぢ)の上には盛んに白いものが往來してゐる。これはこの露地だけとは云はない。表通りも夜更(よふ)けになるとこの通りである。これは猫だ。私は何故この町では猫がこんなに我物顏(わがものがほ)に道を歩くのか考えて見たことがある。(中略)彼等はブールヴァールを歩く貴婦人のやうに悠(いう)々と歩く。また市役所の測量工夫のやうに辻から辻へ走つてゆくのである。」
「この瀨には殊にたくさんの河鹿がゐた。その聲は瀨をどよもして響いてゐた。遠くの方から風の渡るやうに響いて來る。それは近くの瀨の波頭の間から高まつて來て、眼の下の一團で高潮(かうてう)に達しる。その傳播は微妙で、絶えず湧き起り絶えず搖れ動く一つのまぼろしを見るやうである。科學の教へるところによると、この地球にはじめて聲を持つ生物が産(うま)れたのは石炭紀の兩棲類だといふことである。だからこれがこの地球に響いた最初の生の合唱だと思ふといくらか壮烈な氣がしないでもない。」
「『亞』の回想」より:
「村の本屋へ新刊の雜誌が來てゐても、此頃は買はずに歸るのが常である。流行文學よりも色づいた柿の葉の一片を持つて歸る方が今の僕にはたのしい。」
「橡の花」より:
「その前晩私はやはり憂鬱に苦しめられてゐました。びしよびしよと雨が降つてゐました。(中略)本を讀む氣もしませんでしたので私はいたづら書きをしてゐました。その waste という字は書き易い字であるのか――筆のいたづらに直ぐ書く字がありますね――その字の一つなのです。私はそれを無暗にたくさん書いてゐました。そのうちに私の耳はそのなかゝら機を織るやうな一定のリズムを聽きはじめたのです。手の調子がきまつて來たためです。當然きこえる筈だつたのです。なにかきこえると聽耳をたてはじめてから、それが一つの可愛いリズムだと思ひ當てたまでの私の氣持は、緊張と云ひ喜びといふにはあまりささやかなものでした。然し一時間前の倦怠ではもうありませんでした。私はその衣ずれのやうなまた小人國の汽車のやうな可愛いリズムに聽き入りました。」
こちらもご参照ください:
『梶井基次郎全集 第二巻 草稿・ノート編』
ガルシア=マルケス 『青い犬の目』 井上義一 訳
瀧口修造 『瀧口修造の詩的実験 1927―1937』
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