2025年10月4日(土)

プーチンのロシア

2025年10月2日

 ただ、観察していると、筆者に限らず、日本を含む非友好国の国民は、「別室にご案内」というのが基本のようだった。現に、同じ便に日本人の学生2人が乗っており、彼らは「シベリア鉄道の旅をしてみたい」という〝観光客〟だったのだが、それでも別室で聴取を受けていた。この段階で、特段不審な点がなければ、だいたい1時間程度で解放され、入国が認められるような感じだった。

 しかし、筆者の場合は、自分で言うのも何だが、叩けば埃が出る人間だ。先方はまず、スマホを取り上げ、通話履歴を調べ出した。そして、18年にウクライナとの通話履歴があることを突き止めた。

 機種変更もしていたし、まさかそんな昔の通話履歴が残っており、そこから傷口が広がっていくなどということは、思いもしなかった。ウクライナとの通話に関しては、正直誰と話したのかも覚えていなかったが、「その当時、在ウクライナ日本大使館に日本人の知り合いがいて、その人と話したのだと思う」と誤魔化した。

 これで色めき立った先方は、さらに詳細にスマホを調べ上げる。まずかったのは、自分では意識していなかったのだが、テレグラムのアプリがインストールされており、そこでウクライナ支援に熱心な日本人の友人とのやり取りが残っていたことである。その友人が撮ったウクライナの生々しい写真などが見付かり、「何だこれは? この男とはどのような関係だ?」と、問い詰められることになった。

 これでもう、完全にスイッチが入り、さらに徹底的にスマホとノートパソコンが調べ上げられることになった。「飛んで火に入る夏の虫」とはこのことか。

 なお、ロシアにおいて国境での出入国審査を担当しているのは、筆者の理解によれば、連邦保安局付属の国境警備局のはずである。今回、筆者の印象では、最初に対応に当たったのは制服を着た国境警備局の職員と思われるが、特に精査すべき人物については私服の連邦保安局係官が取り調べに当たっているのではないかと思う。

 私服係官との雑談の中で、先方が「我々の素性も分からず、戸惑っているのではないか」と言うので、「保安局だろ」と答えたところ、ニヤリと笑っていたので、多分そうなのだろう。保安局員と思われる人物は2人おり、一方は強硬派で、もう一方は柔軟な印象だった。

出るわ出るわ、悪い材料

 筆者は、オンラインストレージサービス「Dropbox」のヘビーユーザーである。自分の知的活動の遍歴は、すべてDropboxに蓄積されていると言っていい。強硬派の係官は、Dropboxの中から、ロシア経済の機微にかかわるような資料を見付けては、「やはり、よからぬ目的でロシアに来たのだな」と詰問した。

 今回、非常にマズかったのは、スマホのオーディブルに、『Punishing Putin』というオーディオブックが表示されていたことである。それを見付けた強硬派の係官は、「お前はプーチンを罰するつもりなのか」と、嫌みたっぷりに訊いてきた。「いや、これは経済制裁についての本で、今のロシア経済を理解するために制裁は重要なテーマであり、こういう本が出ている以上は、経済専門家としてはチェックする必要があって……」などと、苦しい弁明に追われた。

『プーチンを罰する』という本のオーディオブックが見つかり、厳しい状況となった

 スマホおよびパソコン内のファイルを精査し、さらにネットによる情報収集も重ねて、先方がとりわけ問題視したのは、ロシアによるウクライナ「侵略」という言葉を使っていることだった。ロシア・ウクライナ戦争に関する見解を問われ、「今ウクライナで起きていることは真に悲劇的で、紛争がなるべく早く終結することを祈っている」などと適当にはぐらかそうとしたが、強硬派の係官は最終的に、「結局、お前はロシア、ウクライナ、どちらの味方なんだ?」と、あけすけな質問をぶつけてきた。

 嘘でもいいから、「ロシアを支持している」とでも言えばよかったのかもしれないが、さすがにそれは口が裂けても言えない。「私にとってロシアは常に身近な国だ」とひねり出すのが精一杯だった。自分はこんな不毛な問答をするためにロシア語を学んできたのだろうかと、情けなくなってきた。

 手荷物の中には、レンタルで借りてきたポータブルWiFiがあった。強硬派の係官はそれを見付けるなり、「お前はこれを使って情報をウクライナに送るのだな?」と決め付けてきた。一事が万事、この調子である。


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