英国ポップ、英国ロック、別にどっちでもいいのだが、XTCファンなら「ポップ」のほうを選ぶのが常道だ。この場合の「ポップ」には大衆好みの、通俗的な、とるに足りない、流行りものの、みたいなネガティヴな意味あいは入っていない。優秀な英国ポップ・バンドはたいてい優秀なロック・バンドでもあるが、その逆はそうでもない。わかりやすい例を挙げればやはりザ・ビートルズということになる。彼らはかっこいい不朽の傑作ロック・チューンをそう持っているわけではないが「ポップ・ソング」の分野で数々の野心的で先鋭的な試みを成功させた。われわれはそういう意味あいでザ・ビートルズを英国ポップの最高峰と見る。そこでは「ポップ」はむしろ褒め言葉なのだ。失敗した前衛は前衛でさえなく、単なる駄曲となるだけでけっしてポップなものにはなり得ないのだ。
XTCは、ザ・ビートルズはもとより、ザ・キンクス、ポール・ウェラー、エルヴィス・コステロ、マッドネス等と比べてさえ、成功も名声も低い、にもかかわらず玄人筋とファンによる評価だけが高いという不思議で数奇な運命を背負ったバンドだ。それを指して「無冠」と言ってみた。このシリーズでは、何らかの言説からXTCに興味を抱き「とりあえずどこから聴いてみようかな」と迷っているような音楽ファン層に向けてXTCを詳解/紹介するようなエントリを試みることになる。とりあえずは全史を通じての概観から始めてみよう。「どこから聴いても大丈夫」というにはXTCの音楽性の変遷は多様すぎるのだ。
XTCファンに「とりあえず最初に聴くならの一枚を選んで」と訊いたなら、彼は迷いに迷って8枚めの『スカイラーキング』か5枚めの『イングリッシュ・セトルメント』を挙げるだろう。9枚め『オレンジズ・アンド・レモンズ』を戦略的にあえて選ぶ人もいるかもしれない。いずれも聴きやすさ、入りやすさ、楽しみやすさとXTCらしさ — なぜXTCでなければならないかを秤にかけての苦渋の選択になるからだ。ファンなら誰だってその人にXTCの新しいファンになってほしいと願う。と同時に、なぜXTCでなければならないかも判ってほしいと願うのだ。そこでここでは、未XTCリスナーに向けて、それぞれの音楽嗜好に合わせてどれを選べば大丈夫かつリーズナブルかという視点から全アルバムを便宜的な時期的区切りでざっと紹介してみよう。
1. ホワイト・ミュージック White Music
2. ゴー 2 Go 2
最初期のXTCは、アンディ・パートリッジ(Vo、G)コリン・ムールディング(Vo、B)テリー・チェンバーズ(Dr)バリー・アンドリューズ(Vo、Key)の4人から成る。たいていのXTCファンはこの第一期を評価しない。あえて言えばキーボードのバリー・アンドリューズがガンなのだ。『ゴー 2』にはバリーの曲が入っているが妥協と内紛の結果だろう。結局バリーはここで脱退。以降、XTCは不動?のメンバーで再スタートする。
『ホワイト・ミュージック』は聴くに足るユニークなパンキッシュ・ポップ・ロックンロールを持ち、アンディのソングライター/ヴォーカリスト/ギタリストとしての奇矯な個性をちゃんとのぞかせるが、70年代末80年代初のパンク勢のB級バンド群の各個性がたまらなく好きだという数奇者でない限り、遡っての落ち穂拾い対象だ。味見するなら「ディス・イズ・ポップ?」。
『ゴー 2』は... 私には語ることがない。通して2回聴いたかどうか。推して知るべし。
3. ドラムズ・アンド・ワイアーズ Drums and Wires
良くも悪くもXTCの中心人物/リーダーはアンディ・パートリッジであり、XTCの音楽とはアンディのお眼鏡にかなう最終プロダクトを指す。盟友コリンの楽曲であってもそうだ。バリー脱退によりXTCは旧知の強者ミュージシャン:デイヴ・グレゴリーを得て4人編成ロック・バンドとして鉄壁の布陣を手に入れる。
『ドラムズ・アンド・ワイアーズ』でそういう部分を如実に感じさせるのは「ヘリコプター」と「シザー・マン」。アンディのおもちゃ箱的ファンタスティック・ポップの素養はデイヴのプレイヤビリティの貢献でプロダクトにしっかり結実するようになり、それが結局以降のXTCの演奏面・レコーディング面の水準の基礎となるのだ。
4. ブラック・シー Black Sea
5. イングリッシュ・セトルメント English Settlement
6. ママー Mummer
この時期分けは恣意的だ。ごく私的には、アンディの汎世界的リズム偏愛探求の表れの強い時期と見る。ザ・ビートルズにおけるマッカートニーとも似て、アンディはリズムに — 単純にドラム・プレイにのみならず楽曲全体のリズム的面白さにうるさい。この3枚にはカリビアン、アフリカン、英国トラッド等へのリズム/グルーヴ面での探求と成果が強く感じられる。と同時に、あえて避けて逆らっていたかに見えるビートルポップ性も素直にデキ良く表れ成功している。当り前によくできたポップ/ロック・チューンも、大胆でユニークな挑戦を成功させたトピック・チューンも聴ける/聴かせたい — そういう安心のXTC印ポップがしっかり生まれたのがこの時期。ただ、ドラムのテリーはライヴ活動の停止とアンディのこうるささに『ママー』で脱退してしまうのだが。
『イングリッシュ・セトルメント』はXTCファンが「最初の1枚」として挙げるかどうか最後まで迷う珠玉の一枚だ。『ブラック・シー』が布石で『ママー』がとりこぼし駄目押しと考えてもいい。「ブリティッシュ・ポップ」という言い方に特別に反応する人ならいくつものトピックからいくつものお気に入り曲がみつかるはずだ。
7. ザ・ビッグ・エクスプレス The Big Express
『ママー』でドラマーを失ったXTCはこれ以降固定ドラマーを持つことはないが、プログラムにせよ生身にせよドラム面は逆にアンディの思うがままになった、とも言える。リン・ドラムというおもちゃにリズム中毒アンディが夢中になり...という話は今はおいとこう。楽曲的には実に「らしい」ブリティッシュ・ポップ性 — 殊に楽しく柔らかくロマンティックな部分のそれが強く表れていて、私的には3、4番手だが捨て置けないお気にという位置にある。実は最初に買ったXTCのアルバムでもあるのだ。「アイ・ボート・マイセルフ・ア・ライアバード」は、ブリティッシュ・ポップとは何かをシャレめかしつつも熱くひっそりと宣言するような、アンディ/XTCの音楽への信仰告白めいた隠れた名曲。この辺のXTCならではの美徳が次の『スカイラーキング』で全面的に開花する。
8. スカイラーキング Skylarking
9. オレンジズ・アンド・レモンズ Oranges & Lemons
奇っ怪で皮肉なことに、この2枚のアメリカ・レコーディングのアルバムがXTCに、ふさわしい栄光と成功のかけらを少しだけもたらすことになった。楽曲の充実度とキラー・シングル、及び、XTCらしさを失うことなく真のザ・ニュー・ビートルズであることを受け入れたことの結果だ、と言うこともできるかもしれない。
『スカイラーキング』はプロデューサー:トッド・ラングレンと喧嘩しまくりにもかかわらず、あるいはその甲斐あって、XTCの美徳がフルに表れた大傑作だ。どうってことないかなという1曲を除いて全曲が高水準で「聴ける」。誰もがイメージする「英国のかほり」が歌詞とサウンドのテクスチュアにめいっぱい表れ、その美しさがアメリカ人一般リスナーをも魅了したのだろうか。半分から8割9割の収録作が(各人の好みにも因るが)フェイヴァリットになり得る — こんなアルバムがそうあるものだろうか。コンセプチュアルな流れも素晴らしく気持ちよく、コリンの楽曲・歌詞の充実度もピカいちだ。
『オレンジズ・アンド・レモンズ』は完璧にビートルポップである傑作曲を多数含むが、同時にアンディ節も全開なのだ。そのヒューマンな歌詞はけっして安易な人間賛歌に流れることはなく、したがってパンク/NWリスナーにもそっぽを向かれることはない。「ガーデン・オヴ・アースリー・ディライツ」は素っ頓狂で爆発的なおもちゃ箱ポップで、続く「ザ・メイヤー・オヴ・シンプルトン」は知る人も多い文句なしの必殺のビートルライク・パワー・ポップだ。パワフルでパーカッシヴな構成の楽曲も再び現れているが、必殺の大上段の文句なしの正面勝負のビートルポップが口数多く息の長いアンディ節メロディーと完全合体した曲群がやはり真骨頂だ。
10. ノンサッチ Nonsuch
11. アップル・ヴィーナス・ヴォリューム 1 Apple Venus Volume 1
12. ワスプ・スター Wasp Star (Apple Venus Volume 2)
これらについて私には語れることがない。『ノンサッチ』までは買ったもののむしろ苦痛の内に聴いた。以降の2作は買いさえしなかった(『Vol.1』は数曲聴いたが)。より熱狂的で献身的なファンに語ることを譲らざるを得ない。『Vol.2』はロック/ポップのフォーマットであるらしい。そこに希望がまだあると言えばある。
私はミュージシャン/バンドのバイオ本を読むのはそれほど好きではないが、この『チョークヒルズ・アンド・チルドレン』はスゴい本だ。後から振り返ってのメンバーの豊富な肉声が生々しく切なくもユーモラスに迫ってくる。なぜ世界的な、歴史に残るバンドがそれほどまでに苦しみ闘い続けなければならなかったのか、そして逆になぜそこまでしてアンディらのメンバーが闘い続けていられたのか、が楽しく興味深くスリリングに伝わってくる。それは必ずしも音楽自体を聴く際に必要な情報ではないが、追体験リスナーにもエキサイティングな読み物として十分楽しめるものになるだろう。絶版状態らしいのが残念だが、たいていの大きな図書館なら割と置いてある。