第三幕 電迅

 最奥部の執務室までわずか。

 弾む息を、光希は何度か整えて呼吸の配分を維持。

 ここには敵がいる。あの時の連中が来るなら、澪桜を取り戻せる機会が巡ってくるに違いない。光希はさらに急ぐ。

 朔夜が「馬鹿、勇足だ!」と後ろで怒鳴った。


 その時、ゴォン、と鈍い砲弾の音が付近でした。爆圧で窓硝子が砕け散り、光希はハッとして体を丸めた。

 朔夜は咄嗟にフロックコートの上につけているマントを翻して銀乃を守る。防御繊維製のマントがガラス片を遮り、和真は鎧で光希を破片から守った。


「助かったわ、おおきに」

「ごめん和真……」

 二人はそれぞれ礼を言った。


 朔夜は「事情があるのはわかるが、足並みを乱すな。ツレに死なれちゃ寝覚がわるい」と言って、和真も「いつものあんたなら気付けてたようなものだろう」と低く言う。

 それは叱責というよりも、普段の調子が狂っているぞ、という注意に感じられ、光希はあらためて「悪りぃ、平気だ」と返した。

 と、銀乃がぴくりと耳を跳ねさせて、廊下の向こうを睨む。


「そこまでにしてもらおうか」


 凛然とした女の声が響いた。

 次の瞬間、銀色の閃きが光希の鼻先を掠めていく。朔夜は抜刀して攻撃を仕掛けてきた何者かに反撃、そいつは斬撃を己の刀で弾き飛ばした。

 赫い火花が散る。


 ──これは。

 さらなる斬撃。敵は朔夜を牽制しつつ足蹴にし、地理的に大太刀を抜けぬ和真を柄打ちで怯ませる。

 銀乃が踊りかかるが下段斬りで足を止めさせつつ、敵は真下から低く足を振り上げる。銀乃からしてみれば、突然消えた敵が何故か真下から襲撃してくるようなもの。

 咄嗟に手甲をつけた腕で蹴りを防ぐも、銀乃も後ろへ飛ばされた。


 敵が光希に接近。

 ──何かに、……においに反応した光希が背中に回していた薙刀を放ち、その閃きを弾いた。


「ほう、見た顔だな」


 敵が──女がそう言って、ニヤリと笑う。

 さっぱりと、けれども刃のように薄く鋭い殺意の香り。


「久坂……とか言ったな」

久坂瑞稀くさかみずき。お前たちの狼藉は見過ごせん」

「あの戦で、京洛の反乱で死んだって聞いたぜ」

「禁門の変か……そうしたほうが都合が良くてな。私は死なんよ。なすべき理想があるゆえ──」


 久坂瑞稀、両手に刀を抜き放ち、構える。新免二天一流。天下無双を目指した男が創出し、遺した流派。

 すなわちそれは、二刀流である。


「──お前たちには眠ってもらおうか」


 光希は素早く巻物を広げた。顕現したのは壁の絵。

 瑞稀がハッとしたが、壁はすでに瑞稀と和真たちの間に立ち塞がっている。

「貴様ッ」

「最近知り合った連中だからあんま知らねえが、俺より強いのは確かだ。……足止めは最弱が定石なんだぜ」

 

 言いながら、薙刀を振るった。下段、足を払う斬撃。光希は剣士は往々にして足払いに弱いということを知っている──が、瑞稀は素早く手首を捻りつつ左の剣で薙刀の穂先をいなし、わずかな動作で刃をかわすと、薙刀の柄に乗り、駆け上がる。


「貴様を殺して追えば良い」

 右の剣が光希の首を刎ね飛ばした。


 宙を舞った首がごとりと落ちる。

 吹き出す血液──否、墨汁。


「!」

 次の瞬間、光希自身を克明に描き顕現した、〈寵獣擬画ちょうじゅうぎが〉の分身が炸裂。墨汁を撒き散らす。

 瑞稀は咄嗟に二の腕で顔を覆って目潰しを回避する。


「ちぃ──!」

 ──本体は、一体どこだ。


 瑞稀は周囲を見回す。

 気配は、真後ろ。

 ハッとした時、絵壁がどろりと溶け落ちて光希が中から出てきた。武器自体は本物だったようで、分身側──つまり床に落ちている。本体は無手。

 だがその両手は、

 ──帯電している。


(雷獣は無手でも触れれば相手を感電させる。剣で防ぐのは悪手だぜ)

 光希はそう思いながら拳を振るった。


 瑞稀は後ろにとっ、とっ、と後ろへヒノキの床を蹴り下がりつつ、刀を納刀。そして両手足に妖力を纏わせ、石火流しの構えを取る。

 雷撃の損害を最小限にとどめる最善手はこれしかないという判断だ。

 雷獣や雷撃術使いならば別の場所に雷を打ち込んで迎え放電とし、雷撃を逸らすというかわし方もできるが、普通はそんな真似はできやしない。

 雷撃札があれば別だが──。


(持っていることを前提に立ち回るべきだな。久坂とやら、あの戦を生き延びた以上術師や妖怪との戦い方も知っているはず)


 侍の戦いは正々堂々が是とされるが、術師は嘘と騙し合い、裏のかき合いが当たり前。

 そうした術師・妖怪たちの「勝つ戦い」ではなく「負けずに生き延びる戦い」を生き抜いたのなら、やはり、妖怪とのり方はわかっていると見ていい。


 瑞稀は両手を構え、殴りかかってきた。

 すぐに相手の左手を、光希は雷撃を纏っている右手で内側──己から見て左へ流して姿勢を崩さんとするが、瑞稀は流された勢いのまま左足を踏み出して、その左の足軸に回転。

 受け流された勢いを利用した回転力を乗せた右裏拳を打ち込んでくる。

 光希はほとんど勘でかがみ込み、裏拳をかわすとがら空きの顎へ頭突きを繰り出す。


 瑞稀は首を後ろへのけぞらせて頭突きを避けると、光希へ鐘撞きのような前蹴りを繰り出す。

 草履の底が光希の腹を打ち据え、「ぐがっ」と苦鳴を漏らしつつ後ろへ下がった。さらに光希が姿勢を崩したところへ上段から右拳が迫る。

 こめかみに拳が叩き込まれる。妖力を込めた打撃は視界を二重に滲ませるほどの威力。


(骨に異常はねえ……! にしたって、なんて威力だ)

 今度は左拳が迫る。光希の右頬を打ち据えて、壁際に追い詰めていく。


「どうした、そんな覚悟じゃあお姫様を救えんぞ」

「黙れ。あいつは、男だ!」


 全身から──放電。

 バンッ! と銃声めいた雷鳴音。流しきれない雷撃。瑞稀は石火流しを諦めたようだ。すぐに妖力を結界術に回して、防ぎに回る。

 しかし瞬時に構築した粗雑な結界では防ぎきれず、青白い結界の膜に大きな亀裂が駆け巡った。


 光希の目がその亀裂を見据え、

「ごぁあああッ!」

 咆哮、伸びた四尾から雷撃が散り、至近距離で炸裂。

 瑞稀は「がぁ」と呻き声をあげ、いささかばかり軽減されたとえいえ激しい電撃を浴びて後ろに吹っ飛ばされる。

 壁を抉るように叩きつけられた瑞稀は、口から焦げた血の塊を吐き捨てて、片膝をつく。


「くそ……全身放電だと」

「加減ができねえから好きじゃあねえが……。……お前ら、本当になんなんだよ。何がしてえんだ!」

「取り戻すのさ。我らが生きられる時代をな」

「ふん……しばらくそこで寝てるんだな。起きた頃にゃ、全部終わってら」


 光希は生け捕りにすれば情報を得られると言う判断で、意識を刈り取るための電撃を放とうと、妖力を練り上げた──。


 ──気配。

 廊下の奥、光希は練り上げた電撃をそちらに向け、けれど、撃つことができなかった。

 そこにいたのは……。


 この好機を逃す久坂瑞稀ではない。彼女は光希の手首を蹴って雷撃の軌道をずらす。気を抜いたことと不意打ち気味の蹴りで、光希は電撃を暴発した。

 駆け抜けた雷撃は蛇のようにのたうって、壁やら天井、床を抉り、夕刻の内務省庁舎の金色に染め上げる。


 光希の視線の先にいたのは、フロックコートを着込んだ緑髪の女。

 髪型も色も変わっている。けれどその顔はよく知っている。

 そいつは、かつての親友は刀を抜き放ち、ゆっくりと迫ってくる。


「久しいな、光希」

「……澪桜みお


 そいつこそ、在りし日の親友、八十神やそがみ澪桜である。

「八十神、撤退だ。たった今高杉から入電だ。本隊が目的地に到達。陽動を終了せよとな」

「俺にはまだ仕事が残ってるぜ、久坂」

「ああ──そうだったな。だが、一旦此処から出るぞ」


 久坂と澪桜が跳び、窓枠に足をかける。


「待て! ──澪桜は、なんで……治っているんだ!?」

「めでたいな、光希。俺はもう生身じゃあねえのさ」


 澪桜が、フロックコートをはだけて首から下を見せる。

 その下は、複雑怪奇な機械で作り込まれた金属と装甲の、擬似的な肉体が形成されていた。


「いまや俺は、カラクリにすぎねえんだよ」


 そう言って、女のカラクリの体を持つ澪桜は、一足飛びに窓から飛び降りていった。

 久坂は何も言わず、その後ろを追いかけ、去っていく。


 光希は何も言えず、脱力し、その場に頽れるしかなかった。

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