勝負より三日前のことだった。
10階層にて一人。スキルを限界まで高める為、切り落としたオークの肉を焼いて食べていた。正直、味は筋の多く獣臭が強い豚肉。煮込んだら上手くなるかもと考えたが、ダンジョンに調理道具を持ってくるのは馬鹿らしい。遠征ならまだしも荷物が嵩張るのは嫌だった。
ある程度の調味料なら持ってきたが、焼いて処理出来る限界はやはりあった。それを考えると中層で振る舞ってくれたノーグさんのモンスターの調理は割と悪くない。なんなんだあの人は、最強なのに家庭全般万能で調理も出来るとか逆に何を持ち得ないのだろう。
「……うん。不味い」
えぐみがありながらも飲み込んでいく。
気の滅入る食事ではあるが、強くなる為に糧を取り込んでいく。
そんな時だった……。
「モンスターは血抜きしないと殆どが不味いぞ」
「!」
私の前に黒兜を被った冒険者と出逢ったのは。
気配がまるでしなかった。声をかけられる時までこれほどの存在感の男を感知することができないなんて思いもしなかった。
私が油断していた?
いや、モンスターを食べる際は必ず周囲に気を使う。それはありえない。男は私の隣に座り、殺したオークの肉を剥いで血抜きした後、持っていた瓶の調味料をかけて串焼きを始めた。余りの手際の良さに警戒しながらも関心していた。
「モンスターの調理に詳しいの?」
「職業柄な。飢餓時はモンスターすら食料になる」
私の雑な塩焼きとは違う。香ばしい匂いとモンスターを思わせない豚の脂が跳ねるようなその光景に目を奪われる。焼いたオーク肉を黒兜が食べると私にも差し出された。毒味のつもりだったようだ。私は口内摂取なら毒に耐性があるけど。代わりに黒兜の人は私の串焼きを取った。
「……美味しい」
「及第点だな。食えなくはないが調理の雑さが出てる」
「うるさい。好き好んで食うわけないでしょ」
「だが不味いと続かないぞ」
「………」
ぐうの音も出なかった。
モンスターを喰うと強くなれるが、不味ければそのための意欲も湧かない。少しは美味くする工夫をしようかなぁ、とオーク肉を見て遠い目になった。
「お前、【ロキ・ファミリア】の小娘か?」
「……だったら?」
「別に何もない。だが、奴が気にかける理由が分かる」
「……もしかしてノーグさんの知り合い?」
「さてな」
よく見たら年季の入った黒兜なのに素材はかなり高価なものに見えた。ただの鉱石で作られた鎧じゃない。純度の高い『
何処か名のある冒険者か。鎧を装備する冒険者は少なくはないが、黒兜まで被った人は見た事がない。
「…………」
強さ。今私が求めているもの……アイズと戦う際、多彩さに翻弄されることが多くて最近は負けが多い。技と駆け引きがアイズはLv.1であるのに頭二つ抜いている。
「小娘、お前迷っているな」
「ッッ!」
「焦りの匂いがする。何を抱えている?」
焦りの匂い……この人ノーグさんみたいに勘が鋭い。あの人も五感が鋭いから嘘や感情を直ぐに暴かれる。あれ……という事はこの人、
「言いたくないなら構わん。だが初対面だからこそ話せる事もあるだろう」
僅かな緊張感が走るが、この人に敵意はない。
そもそも、もし敵であったのなら私じゃ相手にすらならない。戦うだけ無駄である以上、心の裡を私は吐露した。
「……私のライバルは天才なんだ。付与魔法も技の冴えも私を余裕で追い越していく。魔法があればとか、スキルがあればとか無いものねだりして剣を鈍らせてる」
戦う事は楽しい。
けどそれは張り合いがあってこそだ。技量ならまだ追い縋れるが、魔法を使われた全力の場合は互角とは言い難い。特にアイズの魔法はノーグさんも認めた
「滑稽だよね。スキルは反則級って言ってくれてるのに嫉みなんて」
私は恵まれている。
あの人から手を差し伸べられた。それだけで私は誰よりも恵まれている。だというのに醜い嫉妬が心を焦がす。
望みすぎるのは傲慢だ。だというのに抑え切れない衝動が苛立ちとなって自棄も含めてモンスターをやけ食いしてるのだろう。
「その嫉みこそ、お前の原点だ」
「えっ?」
あまりの言葉に私は呆然として黒兜の人を見た。
「原…点?」
「小娘、お前は恐らく感受性が欠けているのだろう?」
「……! そこまで分かるの?」
「ああ。だが負けたくないという嫉妬は人一倍だ。闘争心こそ己を満たすものであるならば、お前の原点はそこにある」
「……勝利願望」
「そうだ」
勝ちたいから戦う。
私が望んで止まないこの衝動は、私自身の原点。
言われてみれば胸をスッと通るような感覚だった。私は戦うことが好きだから、命を賭けてでも勝ちたいから。私が唯一アイズに負けている部分。言われるまでもなく分かりきった答えだ。
──魔法だ。
私には能力を引き上げた戦闘は可能でも戦いを終わらせる
ライバルに勝つ為に何を求める?
いや、それだけだったなら発現の可能性は充分にあったはずだ。簡単に習得出来るなんて驕ってはいない。けど、ロキが言うには激情や強い願望から手に入れられる可能性が見えるらしい。
「勝ちたいか?」
「!」
「勝って、何を求める」
「強くなって……」
勝利に浸るだけしか考えていなかった。
一時の勝利ではきっと渇望は長く続かない。
きっと求め続けてもまた渇望し、終わりはない。
楽しいから、愉しいからそれでいい。
命を賭した勝利は手段であって目標ではない。
なら何故求める?
満たされてしまえばそれで終わりなのだろうか?
果てのない闘争を望んで、最後に私は何を目指す?
私は……
『強くなれよ。せめて大切なモノを失わないくらいに』
私は……──
「あの人の、隣に立ちたい」
ふと脳裏をよぎったのはノーグさんの顔だった。
あの人は優しく、強くて私の恩人であり憧れだ。けど、私達を教えながらもあの人の顔はどこか遠くを見ているようで………
「あの人、時々悲しそうな眼をするから」
まるで、隣を歩いていた者が消えたように。
辛いと感じる心を閉ざして、ただ必死に何かを追いかけているように見える。苦しいはずなのに走り続けるのをやめない。なのに誰の前でも弱音を吐かない。誰に対しても
ファミリアの中で、誰もあの人の道を歩こうとしない。茨で傷付くことを恐れて修羅の道を進もうとしない。
あの人の苛烈さはきっとこの先必要になると知っているのに。
「だからせめて、あの人が背中を預けられるくらいに強くなりたい」
それが私の目標。
強さを手にして、勝ち続けてその果てしない先に彼が居るから。
「そうか」
その声は何処かバツが悪そうに聞こえた。
すると黒兜の男は手に持つ何かを私に放り投げた。慌ててキャッチすると渡された物に首を傾げた。
「くれてやる」
「これって……」
「生かすも殺すもお前次第だ」
渡されたのは、本だった。
タイトルも無ければ装飾すら描かれていない。背表紙から何に至るまでただ白い変な本。教科書というには余りにも情報がない。開こうとすると黒兜の人に止められた。
「それはここで読むな。ダンジョンだぞ」
「……確かに」
「それは俺が魔法を覚える時に参考になった本だ。誰にも見せるなよ」
冒険者にとって情報は武器だ。
見ず知らずのこの人はそれを私に渡した。普通ではない。話してて悪い人ではないのは分かるが、これは貰いすぎている気がしてならない。
「死蔵するくらいなら使われた方が本望というだけだ。気にするな」
「……わかった。貰っておく」
「牙を以て全てを喰い荒らし平らげろ。力を求め続けるならばお前は手に入れられる筈だ」
そう告げると黒兜の男は立ち上がって去っていく。そこでようやく違和感を覚えた。血が騒つくような感覚と不思議とこの人の言葉を信用したくなるような感情。不審なのに、
「あの……貴方の名前は?」
「……ただの死に損ないの冒険者だ」
「だったら私は貴方をなんて呼べばいい?」
「……
明らかに偽名だけど、不思議と敵として見る事はできなかった。その理由は分からなかったけど、背を向けて歩き出すその姿に不思議と手を伸ばし、何をやっているんだと一瞬だけ俯くとあの人は居なかった。
ただ、手元に残る白い本だけが私の手にあった。
★★★★★
「来たか」
黄昏の館にある闘技ステージ。
私達が鍛錬でよく使う慣らされた闘技の為のステージ。黄昏の館は【フレイヤ・ファミリア】の『
けど、自主練をするためにはやはりそういったスペースは必要という事で鍛錬場として闘技ステージは作られたらしい。
「レヴィス、お前は知っていると思うがランクアップについて教えてやろう」
そのステージの中心に佇む彼が眼を閉じながら説明を始めた。
「ランクアップとは即ち、器の昇華だ。ステイタスの限界値に到達し、新たな階位の扉が開かれた時、ある条件を達成するとランクアップが可能となる。そしてその達成条件は──格上の戦闘で発生する
対格上の戦闘。
それ自体は知っているが、このステージでその説明をするという事は相手は間違いなくノーグさんだ。あの人との模擬戦なら何度もやってきた。いつも以上に厳しいかもしれないが、それでも乗り越えられる自信がある。
「今日までお前たちの師として俺は教えてきた。──だが、この儀では師や家族という甘い考えを捨てろ。乗り越えられるギリギリの強さで鍛えてきたが、今回は違う」
息を吐き、眼を見開き私達を見る。
瞬間、身体を撫でるように感じたソレに私達は動きを止めた。
「殺す気で来い──でなければ死ぬぞ」
瞼が開く。
剣が震える。
世界が紅く染め上げられる。
「ッ──────!?!?」
「ま、マジです…か…!?」
それは殺意だ。
凍りつくような威圧感が全身を覆い尽くし、射貫くような鋭い双眸に二人が圧し潰される。視界がチカチカと眩むようで、過呼吸を繰り返しては視界が赤く染め上げられる。
優しかった彼はどこにもいない。
死を錯覚してしまう程の莫大な闘気。嫌でも想像させられる自分の末路。まともに息をする事すらできない。玉のような汗が絶え間なく流れ落ち、目を逸らす事も、瞬きすらできずにいた。
「……ッ」
「これは……恐ろしいな」
観戦しているリヴェリアさん達の頬に冷や汗が流れ落ちる。殺意だけで第一級冒険者の動きすら止めかねない迫力。
自分の首が飛ぶような錯覚、最適な攻撃を模索すればするほど絶望に落とされるように全て殺される。殺意がそれをリアルに知覚させ、剣が震えては足が踏み出せない。
「っ……ぁ……」
「ぐっ………こ、んな……!」
分かっていた。
彼が誰よりも強く、最も英雄に近いという事を。そしてその男が二人に対して最高位の殺意を以て相対している…!
まだ戦ってすらいないのにこの重圧、いっそ死んで楽になりたいという願望が脳裏をよぎる。余りにも強大な死の恐怖、常人ならそれだけで意識を失ってもおかしくない……!
「どうした?俺はまだ剣すら抜いていないぞ」
「ぁ、ああああああああっ………!!!」
「なっ、待てアイズっ!?」
錯乱したかのように駆け出すアイズに声を荒げるが、アイズは止まらない。それでもアイズは最速で剣をノーグさんに振り下ろす。曲がりなりにもLv.1最速の剣だ。ノーグさんでも直撃すれば傷は負うだろう。
だというのにノーグさんは悠然と、まるで明日の朝ごはんを考えるかのように自然な在り方で振り下ろされた剣にただゆっくりと腕を動かした。
音が掻き消え、柔らかい何かに力を吸い取られたかのように剣の軌跡が止まった。
「アイズ、お前の技の冴えはどこに消えた?」
「指!?」
たった二本の指で。
震えていても能力値を駆使した渾身の一撃。それを虫を摘むかのように掴まれては隙だらけのアイズの額に添えられた左手。
パァン、と音が鳴り響くと共に恐ろしい速度で吹き飛ぶアイズの姿に絶句して視線を向けた。
「かっ……ぁ…!?」
「アイズ!?」
視界がアイズに向いた瞬間、私はノーグさんから僅かに目を逸らしてしまった。目の前にいた筈のノーグさんの姿が無かった。
「───ぇ?」
「腰が引けてるぞレヴィス。対迎撃がそんなへっぴり腰で出来るか」
「…!?ごぉっ……!?」
困惑、そして背後から回し蹴りが胴に入る。
いつもの身体を押すような蹴りではない。強く鋭い蹴りの直撃、胴体は弾き飛ばされ、咳き込みながら腹を押さえた。胃のものが全て吐き出しそうになる程に強力な一撃。少なからずLv.2中盤のステイタスの強さ。リヴェリアさん達は止めようと走るが、フィンさんがそれを制止させる。
既に満身創痍。
鍛錬の時のポテンシャルを引き出せていない。いや……
「痛っ……」
「……ぐっ、っっ……!」
まだ
だというのにこの差、圧倒的恐怖心。私は他の人間と違ってそういった感情の起伏が薄い筈なのに、
死の恐怖に手が震える。
この人に挑もうとする意志が折られる。
「(怖、い……)」
「(この人に勝つどころか…っ、最初から身体が負けを認めてる…!)」
「終わりたいなら剣を置け。それでこの儀は終了だ」
足も震え、身体は動かず逃げたいと思うのに目が離せない。狩人に捕食される兎のようで、逃げることすら許されない殺気。剣を置けばこの恐怖から解放される。
安堵と共に剣を握る力が弱くなっていく。
初めて感じる恐怖から戦うという闘志が削がれていく。
私は剣を……──
「嫌だ……!」
アイズは叫ぶ。
剣を手放す力が止まった。
「強く…なりたいっっ!!」
その叫びに今の自分が惨めになった。拳で自分の頬を全力で殴った。
「(……っ、何やってんだ私は!)」
強くなると決めたのだろう!
私はあの人に追いつきたいって、あの日そう決めただろう!
此処で膝を突いて、闘いから逃げたって最前線で戦うあの人には追いつけない。あの人は六度も格上との試練を越えたのだから。
「恐怖は大切だ。冒険者は蛮勇にはなってはいけない。むしろ臆病者の方が生き延びる。だが、臆病者であり続けるのはただの卑怯者でしかない。妥協はある程度許そう。合理的な理由があればな。ただし、
そうだ。私は闘いから逃げようとした。
冒険者である以上、逃げる事が出来ない壁があるというのに。ダンジョンは、己より強大な敵は待ってくれない。故に臆病であったとしても戦わなくちゃいけない時は来る。生きる為に、逃げる為に格上と戦う合理的な無茶は必ずある。
「恐怖を恐れるのは間違いではない。だが、恐怖を乗り越えぬ者に殻を破る資格はないのもまた真理だ。──恐怖に抗う『勇気』。それがお前達の冒険の強さになる」
蛮勇でも挑む勇気、それが私には無かったものだ。
冷静な俯瞰で状況を判断していた。絶対に勝てない敵に窄むように萎縮していた。
「抗ってみせろ。この壁は分水嶺、越えるか佇むかはお前ら次第だ」
けど、戦わなくては生き残れない。立ち向かわなければ強くなれない。だったらもう覚悟を決めるだけだった。
「【
初手から全力、生半可な攻撃は逆効果。
今の強さの全てを賭けて、私達は走る。
彼も鞘から剣を抜いた。
刀身はボロボロで、人を斬ることも出来なさそうな鈍の剣を片手に私達を見据えて構えた。
「迷いは消えたな。それでいい」
彼は笑った。
此方側に上がろうとする私達をもてなすように。
「来い。英雄の作法を教えてやろう」
★★★★★
誰かが言った。
彼こそ、黒竜を終わらせる可能性を持つ唯一の希望だと。
誰かが言った。
オラリオの中で最も英雄に近い冒険者であると。
それは単純明快な話、強過ぎるからだ。
だが、逆に考えた事はないだろうか?
彼を倒せる人間が存在するのだろうか?
Lv.7というオラリオ内で頂天に君臨する彼を果たして誰が倒せるのだろうか?
星の乙女達に興味本位で聞いた事があった。
「えっ、ノーグの弱点?……無いわね!だって超絶美少女たるこの私が何度も考えたけど、ノーグが負ける姿が全く想像出来ないんだもの!」
「そもそもあの男に弱点なんてあるのか?正直言って何を持ち得ないのかすら私には分からん。容赦だけは持ち合わせていないのは分かるが……音殺しもあっさり見抜かれた。不意打ちが決まると思えん」
「正直な話、どんな手を使っても無理だと思うぞ。純粋な正面戦闘は絶対ぇ無理だし、小細工だろうと視覚外でも反応される。普通の人間なら咄嗟の行動はほつれみてぇな僅かな隙が生まれるのに」
「視られてしまえば適応される。経験、思考力、判断力、そしてそれを体現する技量が私達と……いえ、冒険者全体から見ても隔絶しています。せめて一太刀入れたいなら
彼のライバルに尋ねた事があった。
「魔法が無くても今の俺では一撃当てられるか厳しい。眼が良過ぎるせいか筋肉の収縮や視線、骨格の可動域から次手を読まれていた。俺の獣化込みの魔法でさえ
都市を守る憲兵の団長の視点で聞いた事があった。
「……私は奴が本気で戦ったところを見た訳ではないが、速さが異次元だ。人質を取った敵が反応出来ずに首を落とされ即死した。最強だけでなく最速の称号も奴が持ってると思わされる」
胡散臭い神の傍らにいた眷属が即答した。
「えっ?無理。逃げるよ?逃げられるとも思わないけど」
我らが団長は苦い顔で答えた。
「ハッキリ言おう。徒党を組んだところで勝算は2割にも満たないと思う。まず魔法を使われないようにしなければならない。前線があっという間に凍結するから魔法を使えない状況で勝率は3割弱。使われたら1割以下だ。彼をステイタスで抑え込むことができる人材がいないからね」
総評……ノーグさんに勝つことは絶対に無理という答えが返ってきた。くそわよ。
★★★★★
迷いが消え、本来のポテンシャルを発揮し始めた。
「はあっっ!!」
「せいっ!!」
「スタートラインに立てただけ。冒険は此処からだ」
まだ序盤、二人の攻撃は固さが取れ始めている。
二人の剣戟をいなしながら観察に始まる。剣技は既に最低ラインをクリア。二人がかりだというのに動きを阻害せずに自分の得意な分野を押し付けようとしている。
「!」
二人の位置が重なり、アイズに隠れたレヴィスが死角を突いてきた。剣速的に見切れる範囲であるが、少し予測を超えてきた。
「(アイズが避けなければ当たっていたな。それを利用して隙をこじ開けてくる。お互いを分かっているから出来る芸当だが、随分と危ない)」
「当たらないっっ!」
「小手先じゃ無理だ!次!!」
剣が交わる。
手を抜いているとはいえ、上手く剣戟をいなして隙を誘ってくる。止めの一撃が最も油断に繋がることを知った上での防ぎ方。特にアイズは機動力に長けている。
「(防御は完成されている。対格上に対しての技の冴えはアイズが頭一つ抜けている。俺の技を参考にした機動力重視の防御も中々だ。レヴィスは受け流しが上手いな。能力値で押し込まれる差を足捌きで最小限に抑えている)」
風の申し子と暴食の半妖、能力値の伸びは近いが二人してスタイルがこうも違う。アストレアの剣技と足捌きは恐らく輝夜を参考にしている。極東の武術は人類から見てもかなり上位。武神が多いのもあるが、対人戦の動きに慣れている。
「追い風程度では俺の剣は阻害できねえぞ」
「知ってる。レヴィス!!」
「はぁっ!!」
芝生の地面を捲る振り上げ。
砂、土、草を風で巻き込んで飛ばされる目潰しの攻撃。俺との対人戦で最も効果的な攻撃は目を潰す事。【天眼】のアビリティは全てを見通す。動体視力の上昇だけでなく、魔力の色、筋繊維の動きや電気信号の循環まで。今では魂や恩恵を授けた神の力の残滓まで観測が可能となっている。
見え過ぎる眼は相手の行動の先を真っ先に捉える。だが、それが見えなくなった場合は無敵ではない。対人殺しは破られる。
が……。
「あっ!?」
「目潰しは悪くないが、アイズが補佐なしで行いレヴィスが足止めするべきだったな」
「読まれてるな……」
風の範囲から後退し、目潰しを躱す。
Lv.2程度の回避可能な速度で避けた。悪くないが子供の考えた策の中ではという話だ。出し抜くのであればまだ工夫が足りない。
では……次の試練といこうか。
「っ、レヴィス後ろ!!」
「はっ?っっ──!?」
二人の視界から外れた剣の振り下ろしを咄嗟の判断で剣を滑り込ませたが、無理な体勢で受けたせいか弾き飛ぶ。身体がバウンドしながらも直ぐに立ち上がり構える辺りいい動きだ。
「アイズには見えて……いや、ごく狭い範囲だが風が感知しているのか」
「(音がまるでしなかった……まさか!?)」
レヴィスは絶句した顔で驚いているのを見ると、僅かながら何をしたのか捉えてはいたようだ。
「今の、輝夜さんの……!?」
「俺は奴等の師でもある事を忘れたか?」
元々この足捌きは『朝廷』に仕える五条の武法。
輝夜が扱うそれよりも踏み込みが早く起こりすら悟らせない音殺しの秘技ならば【ヘラ・ファミリア】の最強の侍が扱っていた。
忘却が出来ない今の俺にはあの武法が記憶に焼き付いている。アルフィア程ではないが、一度見た技術の再現は可能だ。
「(戦闘のリズムが掴めない……!掴んだと思えば直ぐに変えられる!!)」
選択肢は増える。
剣技に慣れたと思えば別の剣技が出てくる。膨大な選択肢の中で、初見の攻撃に足が前に出ず防戦に回るしか出来ない。『未知』に対し、適応の早さに左右される。
型に当てはめ過ぎてはいけない。冒険者は軍ではない。フィンの采配は確実なものであるが、依存は思考停止に繋がる。それが同期であるラウルと二人の差である。
「あっ…!?」
「足が疎かだ。上」
「っっ……ぁあああ!!!」
息つく暇を与えない選択肢の連続。
足払いからの振り下ろし、体勢を崩しながらなんとか振り下ろされた剣を弾く。重さに負けてレヴィスは地面に転がるように倒れては立ち上がる。受けに回るつもりはない。手加減していても常に攻め手は緩めない。
「……分かってたけど、とんでもないな」
「手を抜いたノーグとはいえ
「けど緩めすぎれば評価されへん。それをノーグは分かっとる」
「それでもよく防いどるわい。無数の型を前に」
階位が近い3人から見てもこの試練は恐ろしい。
同じ立場であったなら恐らく初見の型に切り替えられた瞬間、一撃は貰うだろう。レヴィスとアイズの剣は俺から始まり、独自の型に昇華させている。二人とも同等のレベルであれば太刀打ち出来る冒険者はいないだろう。
「っ、また変わった!?」
「攻めは崩さないぞ。これを破れなきゃ先は無い」
だが、この戦い方はまだ教えていない。
戦いのリズムを自在に変える事で環境や敵の
「っぁ…!」
「ぐっ……!!」
二人がかりだというのに攻められない事に歯痒さを感じ始めるだろう。手を抜いているとはいえ、攻撃を攻撃で封殺されるのは自分の満足のいく行動が出来ないからだ。
だからこそ
「あっ!?」
「焦ったな」
「アイズ!」
敢えて晒した隙に食いついたアイズ。
体勢が不十分で防げない瞬間、割り込むようにレヴィスが防ぐ……が、甘い。
「庇いに入る度胸は認めるが、無理な体勢で防ぐのは自殺行為だ」
「ぐぅ……!!」
体勢不十分の所を足を掛けるだけでアイズ諸共、簡単に身体が倒れるが、レヴィスは倒れる前に剣を地面に突き刺し、体勢不十分の状態から飛び上がり回し蹴りを入れにきた。
「(入っ……てない!?)」
本当に素晴らしい。
これでまだ1年未満とは思えない。
「剣を軸に回し蹴りか」
「コレも読まれるのか……!」
掴まれたレヴィスは宙吊りになり、迫ってきたアイズに放り投げる。身体で受け止めながら距離を取り、追撃を警戒しながら体勢を立て直す。アイズも判断力が最初に比べてとても良い。無闇矢鱈に突っ込まず、冷静に俯瞰できている。
「ハァ…ハァ……ッ」
「くっ、隙が全然作れない…!」
だが、そろそろ精神力の持続が出来なくなるだろう。出力の調整をしながら消耗を限界まで抑えていたようだが、そろそろ魔法を維持出来なくなる。消耗的に考えて大技一発の出力で限界だろう。
「アイズ、
「!……出来るの?」
「時間を稼いでくれ」
「10秒…それ以上は無理だから」
付与魔法の利便性は発動後の出力を任意で変えられる。それが出来ない付与魔法もあるが、アイズや俺の場合は別。だから瞬間的な爆発力がある。緩急自在の攻撃は脅威となる。だが、大技を繰り出す隙を敢えて作り攻撃を限定する。この高度な読みをアイズも気付き始めている。
「【平らげろ煉獄の牙】」
「詠唱?」
「よそ見しないで……!」
アイズが突貫し仕掛け、レヴィスが動かずに詠唱を始める。
「【遍く全てを貪り喰らえ】」
赤銅色の魔力が剣を包み込む。
レヴィスに魔法は無かったはずだが、眼がそれを否定し断定する。この詠唱は本物だ。
「【ヴィース・アムブロシア】」
詠唱の完了と共に剣は完全に赤銅色に染まる。
「(
「っ、また……!」
「ッ!?」
音殺しでアイズを置き去りにレヴィスの前に立つ。咄嗟に剣を振るうレヴィスだが、反射的な攻撃故に太刀筋が読みやすい。白刃取で赤銅色の剣を受け止める。
「(付与魔法に近そうだが、特定の強化が入っていない)」
赤銅色に染まった剣を観察する。
触れた箇所から体力や精神力は奪われないし、倦怠感や痺れといった特殊効果も無し。呪詛系統でもない。だが、魔力は剣のみに集約されている。ステイタスの力を上げる付与魔法か?
「アイズ!」
「うん!」
「魔剣だと?」
いつの間に買った……まさかと思い、ロキの方を見ると頭を手を当てて舌を出していた。
「テヘペロッ☆」
「おい」
何か条件を出して買ってやったな?
魔剣一本、安くても50万ヴァリス以上だ。まあ二人で貯めていれば稼げなくはないが、二人が魔剣に頼る理由が分からない。
アイズが俺と鍔迫り合いをするレヴィスに向かって魔剣を振るう。大火力とまではいかない炎が向かってくるのに対し、俺は距離を取って躱すがレヴィスは飛来する炎を剣で受け止める。
「!」
赤銅色の剣が炎に直撃したレヴィスを焼く事なく吸収し続けている。完全に吸収し終えた時、赤銅色の剣は紅色に輝き、変貌する。
「
炎を帯びた灼熱の剣。
魔剣の炎を吸収してから付与魔法のように刀身から発火を促している。
「これは『
魔法を喰い、自身の付与魔法として糧にする。
範囲は剣のみではあるが、かなり珍しい対魔法の魔法。魔力に由来したものを使わない限りその剣は力を帯びない。魔法という切り札を使わない限り、切り札に対抗できる魔法。
それ即ち、レヴィスが悩んでいた事の一つ。
アイズに魔法を使われた時、対抗する為の切り札。
「(ライバルか……少し羨ましいな)」
ライバルというなら確かにいる。
ただ、対等に高め合う存在は今の俺にはいない。居るとしたら静寂を好むアイツくらいだろう。
「はああああああああああああッッ──!!!」
炎を纏う紅剣が攻撃を加速させていく。
先程より苛烈に、重く鋭い連撃。直撃に至らずとも炎熱そのものが襲い掛かる。この終盤で使うという事は留められる時間制限があるか、もしくは発現したのが最近なせいか魔力の消耗的に短時間しか使えないか。
「(喰った魔法の威力分、攻撃力が上がっているのか)」
だがそれを差し引いても破格。
ある種の魔法殺しを短文詠唱で扱えるとは。だが、まだ付け焼き刃。その程度じゃ炎熱の熱量さえ食らうつもりはない。
「【
「(追加詠唱……?)」
新しい切り札を前に0.01秒の困惑。
魔法は何が起きるか分からない。一発逆転の切り札になるそれを発動前に潰すのが一番防ぎやすいが、先程と違い距離を取らせない超
「(自滅覚悟か。弾き飛ばせば──)」
失敗しても成功してもタッグで攻めるレヴィス達に利がある。剣を弾き、回し蹴りを繰り出そうとしたその瞬間、アイズが割り込むように蹴りを防ぐ。受け止めきれない蹴りを身体を回転させるようにいなし軌道を変えられた。
「!」
回転した勢いを殺さずに風の勢いを乗せて独楽のように剣を振るう。
「上手い……!」
「ノーグの僅かな焦りをしっかり突いてる」
受け止めたはいいが、鈍の剣が罅割れる音が聞こえた。上手く凌いだつもりが、二人の予想以上の攻撃に剣の方が保たない。というより今の攻撃、間違いなく俺が
レヴィスの詠唱が失敗すれば
「(レヴィスなら……!)」
「(舐めんな剣馬鹿…!!)」
二人の思考は一致していた。
俺に勝つ、その一点に於いて神がかった互いの行動の予測、アドリブに対して超難易度の連携を可能としている。
「はぁ!!」
そしてその連携が、鈍の剣を砕いた。
砕いたアイズが追撃に剣を振るう。防ぐ剣はない、今の緩急では白刃取りも出来ない。剣は首元を捉え──
「えっ──」
「忘れたか?トドメの一撃は」
「ちょっ、あぐっ……!?」
「アイズ!?」
気が付けば
トドメの一撃は最も油断につながる。それが罠だという事も知らず、柔術で剣ごと身体を放り投げられる。体勢を立て直せないままアイズは地面へと背中から落ちていく。
「(っ、隙が途切れた…!これじゃ撃っても躱される…!)」
アイズが作る僅かな隙を狙って放つつもりだったようだが、これでは当てられない事実を前に足が止まった。悩まざるを得ないだろう。当てられなければ今の魔法は無駄となる。
「(どうすれば……!)」
レヴィス自身、魔法を当てられるイメージが湧いていない。アイズが立ち上がっても、息を荒げて体力を大幅に削られている。魔法もそろそろ持続が限界だろう。
迷う事は命取りだが、迷わないのは蛮勇に繋がる。
レヴィスはその点を理解している。その冷静さは重宝される素質だ。だが、ここは試練だ。挑戦をしなければ先はない。
「来い。俺は今のお前達の全力が見たい」
迷うレヴィスに示すように応える。
躱す選択はしない。レヴィス達の連携は見た。想像以上の対応と攻撃には驚かされた。だが、まだ見せてもらっていない。
眼を見れば分かる。
レヴィスだけじゃなく、アイズにも切り札が存在している。それを切るタイミングが今の連携の中に無かった。
「二人とも試練は既に突破している。対人戦なら文句なくランクアップだろう。だが、本気でやっても全力を出し切れていないだろう?」
「!」
「お前達が持つ最高の一撃を撃ってこい」
「っ、はい!!」
二人とも最高の動きをしているが、最大の強みを出し切れてはいない。だからこそ、最大の一撃を俺は見たい。いずれ来たる未来、黒き終末を晴らすだけの可能性がそこにあるのなら。
「【疾れ煉獄の牙、この軌跡に業火の一閃を】!」
魔力が更に膨れ上がる。
装填した魔法そのものが増幅し、レヴィスは剣を上に振り上げた。
「【メルザード・ラディアンス】!!」
装填した炎は先程の魔剣を遥かに超え、斬撃を纏いながら地を斬り裂いて向かってくる。
「まだっっ……!!」
アイズは斬撃に飛び込むように走り出した。手に持つ魔剣には風が
風は静寂と共に凪いだ。
そして次の瞬間爆発的に解放される。
炎牙の『残光』に重なる──両手で握り締めて振り抜く一刀の奥義。
「それは俺の──」
「『エル・ラファーガ』!!」
圧縮と解放。
付与魔法から生み出された属性そのものの操作は魔導士さえ習得困難な技量。俺の一刀の奥義『天地零界』と同じ、一点に留めて圧縮する事で解放した魔法の威力を増幅させる超高等技術。
「届け……!」
「当たって……!」
擬似的とはいえ再現された炎嵐と炎牙の『残光』が向かってくる。
それを『残光』と呼ぶにはあまりにも烏滸がましい。斬撃の射程は短く、留めた魔剣の放出が大雑把。城を堕とし、海を断ち、山を斬り裂いた奴等の技に比べれば水溜まりを斬るような拙い斬撃。だがそれでもLv.1が放てぬであろう剣の軌跡。
「──期待以上だ」
認めよう。
この二人は俺を超えるかもしれない。だからこそ期待を超えた事に歓喜する。
「『
刀身のない剣を振るう。
二人の重ね合わせた『残光』を飲み込み、振るった先が切り裂かれたかのような傷跡を残した。
「魔剣の力を用いた焔重ねの『残光』。それがお前達の切り札か」
「これ、でも……」
「駄目なのか……!」
「擬きとはいえ大したものだ」
人差し指を差し出すように見せる。
白い肌からほんの僅かに赤くなり、水脹れが浮かんでいた。
「指が少しだけ火傷した」
刀身が完全に消失し、鞘は役目を果たしたかのように砕け散った。
「(最後のアイズの技、アレは驚いたな)」
魔法は精神力を消費し体内で魔力を生成、そして魔力を燃料とし術式を扱う事が基本だ。燃料である
付与魔法から出力される炎は炎の物理法則に従う。ただ、自分の魔力そのものを操作できるなら、燃料となった魔力を通じて炎を自分の意思で動かせる。
それが出来る人間はマキシムやアルフィアくらいだろうが。現にアルフィアは拡散する音の性質を魔力を操作し、指向性を持たせて一点に攻撃を増幅する術を身につけている。
「(魔力を練り上げ、威圧する事ぐらいなら出来ても魔力そのものに干渉出来る人間は少ない。精霊の血を持つアイズならハードルは低くなるが……Lv.1が行える技術ではないな)」
それは今教えている
あの時、初めて見せた奥義の真髄を目で視て盗んだという訳か……。
「これで試練は終了だ。よくやったな」
「っ、はあぁぁぁぁ〜〜」
「……終わったぁ、うごけない」
だろうな。
終わりと告げた瞬間、二人して地面に倒れ込んだ。極限の中俺という壁に強い心で挑んだ。
この二人は強くなる。
今の三首領よりは間違いなく大成するだろう。
「アイズ、レヴィス。餞別だ」
「……剣?」
「ああ、二人にやるよ」
「これって、まさかノーグさんの剣!?」
「俺がガキの頃、最強達に譲り受けたものだ。身長も高くなってから身の丈に合わなくなって保管していたが、使われた方がいいだろう」
最初に貰った時、二人から貰った剣は稲妻が走ったかのような剣と真っ直ぐで綺麗な刀身をした女帝の剣だった。大きさはヘファイストスに頼んで調整してもらったのだが、身長が伸びていくにつれて短く感じ、お蔵入りしていた。
使われないまま飾られるくらいなら使われた方が武器にとってもいいだろう。
「第一級等武装は保証する。付与魔法にも融通が利く」
「綺麗……」
「……ありがとうございます」
アイズは女帝の剣を、レヴィスは英傑の剣を手に取った。まだ奴等の教えは死んでない。そういう意味での継承と言ってもいいだろう。実際、レヴィスはゼウスの系譜でもある訳だし。
「魔法の発現はいつからだったんだ?」
「三日前、グラって名乗ってた黒兜の男の人から魔法の参考書を貰って」
「【
「何ッッ!?」
リヴェリアがその事実に驚愕の声を荒げると二人揃って背中がビクッと反応した。そりゃそうだろうな。そもそもこの時代では殆ど流通していない魔導士垂涎ものをいつの間にかレヴィスが読んでいるのだから。
「『
「読めば強制的に魔法を発現出来る神秘の本。値段は下手したら数億だぞ」
「ヒュッ」
「ああ、アイズが気絶した!?」
魔剣の値段のざっと200倍以上、金銭感覚が分かるようになったアイズにはその事実に耐えられなかったようだ。
「安心しろ。奴ならもう数冊買っても問題ないほど金持ちだ。気にするな」
「するよ、しますよ!?あの人何者なの!?」
「それは今度会えたら奴から聞くんだな」
あの糞ジジイめ。
遠回しに手を回しやがって、名前出さない辺りタチが悪い。今度会ったらヘラにチクってやろうか。
「……ちゃんと会ってやれよ。馬鹿野郎が」
ため息混じりに空を見上げた。
あの馬鹿は一体何をしてやがるんだろうか。
★★★★★
「っ……ゴホッ…ぅあ…」
血が吐き出される。
今まで以上の吐血と咳込みにアルフィアが顔を青くする。身体が重くなり、息をするのさえ苦しくて動けない。
「っ、薬を飲めメーテリア」
背中を摩りながら、薬を取り出してメーテリアに飲ませる。呼吸困難に陥った身体は徐々に正常な状態に戻っていく。呼吸が落ち着き、再びベッドに横たわるメーテリアは酷く弱った顔で姉を見た。
「姉…さん……ごめんね」
「謝るな。布団くらい直ぐに替えられる」
白い掛け布団は吐血で赤く染まっている。
メーテリアはここ数日の間、毎日吐血している。ノーグの精霊薬があるにも関わらず、まるで効き目が鈍り始めたかのように間隔が短くなっている。
「食えるか?」
「ごめんなさい……今は」
「構わん。いつでも言え」
装った粥を台所へ運び、外の井戸から水を汲みにいく。アルフィアの後をトトトと小走りして幼いベルがついていった。
「アルフィアお義母さん。その、お母さんは」
「……容体は落ち着いている。ベル、お前は遊びに行っていいんだぞ?」
「こんな状態で行けないよ。リズと英雄譚読んでる。何か手伝えることがあったら言って」
「……すまないな」
ベルの頭をそっと撫でる。
アルフィア自身、精神的に相当参っている。いずれ来る未来だとしても、迫ってしまえばここまで自分の無力さに呪ったことはない。
アルフィアではメーテリアを救えない。命の
暗雲はまだ、晴れはしなかった。