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森中定治ブログ「次世代に贈る社会」

人間のこと,社会のこと,未来のこと,いろいろと考えたことを書きます

太刀川英輔著『進化思考[増補改訂版]』を読んで

2024-10-25 14:56:07 | 人類の未来

太刀川英輔著『進化思考[増補改訂版]』を読んで

2024年4月、日本生物地理学会大会時にシンポジウムが開催された。テーマは「進化思考の光と影」、最近出版された太刀川英輔著『進化思考[増補改訂版]』に関する様々なコメントが、伊藤潤氏(東京電機大学)、松井実氏(東京都立産業技術大学院大学)および林亮太氏(武蔵野美術大学)によってなされた。

このシンポジウムが開催されるまで、私は太刀川英輔氏を知らなかったし、むろん彼がデザイナーであることも知らなかった。デザインと聞けば、パッと思いつくのは森英恵氏とかグッチ、ルイ・ヴィトン、ディオールくらいであった。でも考えてみれば衣服をはじめとして家電製品や食品の包装、自動車さらに建築物などあらゆる製造物にデザインは必須である。さらにインテリジェント・デザインという言葉があるように、人類を含む地球、そして大宇宙は神によってデザインされたという壮大なストーリーにまで使われる。

このシンポジウムの後、講演者と少しメールで話し合う機会があった。その時に、初めてこの著作を読んでみようという気になった。

私自身は、昆虫(チョウ)を対象とした生物学者であり、最初は形態形質を用いた分類学的研究、次に形態形質を用いた系統学的研究、そして塩基配列を用いた分子系統学的研究、分子系統地理学へと続き、最近は自然科学だけでは答えの出ない「種問題」や人間の持つ「真の利他性」について考察してきた。研究することは大変に面白く、研究を通して豊かな人生になったとそれをさせてくれた人間社会に感謝している。

『進化思考』は令和3年(2021年)に山本七平賞を受賞し、進化生物学者の長谷川眞理子氏と解剖学者で昆虫に造詣の深い養老孟司氏がその選考委員に含まれ、さらに進化生物学者で現日本進化学会会長の河田雅圭氏が『進化思考[増補改訂版]』の監修をされているので、その内容について私があれこれ言うことはしない。しかしこの書については批判があり、それは『進化思考批判集』として上記の3氏、伊藤潤氏、林亮太氏、松井実氏の共著として出版された。ここでは、私は『進化思考批判集』を読破し内容を十分理解した上でのコメントはできない。それだけの時間はない。私は『進化思考批判集』PDF版22ページから65ページまでの林亮太氏による “2『進化思考』における間違った進化理解の解説” についての私個人の感想を述べ、66ページ以降の長谷川眞理子氏と養老孟司氏の山本七平賞受賞の選評について感想を述べる。

まず林亮太氏の “『進化思考』における間違った進化理解の解説” の部分である。林氏は、教科書的には進化とは「変異・淘汰・遺伝」の3つのステップを経て顕現する現象と述べる。そしてこの『進化思考』では、このうちの「変異」と「淘汰」しか書かれていないと述べ、それが間違いだと主張する。この主張は、林氏執筆によるこの部分の全体を通して一貫した彼の主張であると私には感じられた。確かに生物の進化機構では遺伝によってその形質が何世代も先に引き継がれ、その過程でその形質が頻度を増し固定するのであろう。しかし、太刀川氏はご自身の専門であるデザインの分野に生物の進化機構から何かアイディアを得たいという目的でこの本を書いた。林氏の指摘の通り生物の進化機構に遺伝は必須である。しかし新しいデザインを生み出すのに遺伝は必要であろうか。新しいデザインをあれこれ考え出す。その中で現代の人間社会にフィットしたデザインがヒットする。ヒットしたデザインは機械でどんどん増産し社会的な需要に対応する。生物進化における遺伝とは、デザインにおける機械による増産に当たるのではないか。新しいデザインを生み出すための書籍に遺伝について書き込んでなければ間違いだとする林氏の主張には、私にはちょっと疑問である。
太刀川氏は “私たちは道具の創造を通して「進化」を達成してきた” という言葉を使っている。これについて林氏は “それは進化ではない。進化は常に現在進行形で走っている現象であり、達成するものではないからだ” と述べる。私は、達成もするし達成したものが環境の変化に応じてそこからさらに進化するものだと言っても間違いと断言されるまでとは言えないと思う。営業が数値目標を達成したと言えばそれで終わりだ。最終的な達成というものは人為的な線引き、取り決めがある場合だと思う。生物やデザインにおいては最終の形質と言うものはないので、別に達成したと使われても一時的な達成だと考えた方がよいのではないかと、私は受け止めた。
同様に林氏は、“「世代を繰り返すと、細部まで適応した形態に行き着く」ともあるが、 細部まで適応した形態に行きつくことはない。進化は現在も走っている現象だからである。終着点があるわけではない” と述べている。進化においてもデザインにおいても終着点はないという理解があるなら、細部に行き着くと言ってもそれが終着点でないことは理解できるのではないか。殺虫剤が効かないカやハエって、人為的な滅殺の環境においてカやハエの体内の遺伝子レベルの進化によって生じるのではないか。コロナが変異することによって新しいワクチンをつくらねばと人間は追われるけれど、これって細部に行き着いているからそしてそれが終着点じゃないから人間は困っているんじゃないのか。
林氏は “生物進化における「変異」はここに解説されている通り、環境とは無関係にランダムに生じるものだ。パターンはない” と主張する。本当にパターンはないのか。私が扱うチョウはたとえばアゲハチョウでは後翅の主にM3脈が伸びて翅にあたかも尾がついているように見える。クロアゲハ、キアゲハ、オナガアゲハ、ジャコウアゲハ、ギフチョウ・・・血縁の近いものも遠いものも尾状突起がある。またシロチョウ類では、モンシロチョウ、スジグロシロチョウ、ミヤマシロチョウ、ヒメシロチョウ・・、どれも白い地色に黒い縁取りが見られる。これってパターンじゃないの?
この部分の結びとして “当書における進化 を「太刀川進化」、変異を「太刀川変異」、適応を「太刀川適応」とし、生物学とは全く異なり矛盾もしない新たな概念『太刀川思考』として提唱するのが最適な改訂方法ではないかと代案を提案して本稿の結びとしたい” と述べている。もし太刀川氏がこの批判集から自著の誤りを見出し深く考えてみたいと思っても、書籍の出版それ自体を否定するかような結語が書かれていたら、読んで学ぼうという意欲が失われると私は思う。定価をつけて公に販売する書籍にこのような表現はそぐわないのではないかと、私は思う。

この『進化思考』は令和3年(2021年)に山本七平賞を受賞した。その選考委員である進化生物学者の長谷川眞理子氏と解剖学者の養老孟司氏の選評について述べる。
長谷川眞理子氏は、“本書の著者は、そのような進化生物学者ではない。つまり本書は、題名から思い浮かぶものとは違って、進化生物学の書そのものではないのだ” と言明している。先に私は、この書籍はデザインの専門家が新しいデザインを産み出すために生物の進化からアイディアを得ようとする書籍だと述べたが、長谷川先生の言う “進化生物学の書そのものではないのだ” との言葉と同じ意味だと思う。
私はこの山本七平賞について詳しくは知らないし、5人の選考委員がどのように受賞作を選んだのかも知らない。でも多数決はないと思う。選考委員はそれぞれは専門の領域を持つ学識者である。生物進化の専門は長谷川眞理子氏である。長谷川氏がこれは生物進化機構に間違いがあるから受賞に値しないと言えば、誰もそれに異を唱えないと思う。多数決で押し切るようなものではないと思う。ゆえに、一時的にはそんな思いはあったのかもしれないけれど最終的には受賞作に値すると総合的に判断されたのだろうと思う。
養老孟司氏の選評であるが、養老孟司氏と聞いて私は一番に「養老進化論」を思い出した。生命に視点を当てた進化論である。生命は時と場所に応じてその装いを変える・・。ここには「変異・淘汰・遺伝」のどれひとつとして出てこない。それを読んだのはもう数十年も昔、ただ一度きりであるが、それでも養老進化論がありありと頭に浮かんだ。進化って一体なんだろう。「変異・淘汰・遺伝」って書いてなければダメなんだろうか。

太刀川英輔著『進化思考[増補改訂版]』は、新しいデザインを生み出そうとする人にとっては大きな拠り所の一つになるだろう。第2章に具体的な発想の手掛かりと練習方法が示されている・・変量一一極端な量を想像してみよう・・擬態一一ちがう物や状況を真似よう・・消失一一標準装備を減らしてみよう・・増殖一一常識よりも増やしてみよう・・移動一一新しい場所を探してみよう・・交換一一違う物に入れ替えてみよう・・分離一一別々の要素に分けてみよう・・逆転一一真逆の状況を考えてみよう・・融合一一意外な物と混ぜ合わせよう。

この書籍は、これからのデザイン創造を志す人にとっては有用な書籍となろう。私が何よりこの書籍を評価するのは、異分野からアイディアを持ってきてそれを生かそうとする太刀川氏の姿勢である。教科書的でなければならないと考える人、他人からあれこれ突かれることが極端に嫌な人、それゆえに異質な表現や今まで誰もしたことがないところに踏み出した表現などは思いもよらない人、そんな人に異分野をつなぐような発想はできないだろうし、さらにそんな本を書くなんてとてもできないだろう。そういうところに飛び込もうとする人には、多くが熱っぽさ、荒っぽさを伴っているのではないか。

先に述べたように、私自身はチョウの分類学研究からスタートした生物学者である。私の望みは “人類が戦争をやめること” である。幸いなことにというか運命なのか、私の生物学研究から派生して最後に行き着いたのが “種問題” と人間の持つ “真の利他性” への考察である。なんとこの二つが結びつき、私の生涯のテーマであり、そして人類への贈り物と考える “人類が戦争をやめること” を導く一つの論拠が生まれた。太刀川氏と私は、専門の分野も違うし生きる目的も違う。でも同志という気がする。

森中定治(放送大学埼玉SC、日本生物地理学会会長)

 

 


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