おっさんは異世界で想いを遂げる

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夏鳥はさよならを探している
144.芋の普及作戦と、怒っている夏鳥
 クーリアはヤナンを残して部屋を出ていった。
 ヤナンは俺に挨拶をする前に、ファムたち一人ひとりに挨拶をした。
 彼女らも言いたいことはたくさんあるはずだが、丁寧に頭を下げるヤナンには何も言えないようだ。
 最後に俺の所へやってきた。
「マッシュ様。あらためまして、土龍族の騎士ヤナンです。よろしくお願いします」
 ヤナンが片膝をついて頭を下げる。俺は慌てて彼女の体を起こして、椅子に座らせた。
「俺に対する態度と言葉遣いをもとに戻して欲しい」
 俺の言葉にヤナンはファムたちを見渡したあとに頷いた。
 ひとまず、彼女は俺たちの旅には同行せずにミグルットに使節団として向かうことになり、街で合流することになった。
 つまりは問題を先送りにした。俺はクレアやカルパナ、そしてヤナンたちのような、政治的な背景をもったタイプに苦手意識をもっている気がした。ファムの視線が怖い。
「ヤナンは何歳だ?」
 彼女を眺める。
 土龍族は小柄で、全体的に俺の頭一つ分は身長が低い。彼女はさらに低いので幼く見える。丸みのある顔立ちで、目もくりくりとしていて、どことなく愛嬌がある。胸はセシリーより大きい。
「18歳です」
 彼女がキャラクターシートを見せてくれた。
 冒険者ランク『C』、名前『ヤナン・モグナート』、階級『騎士』、第一職業『土龍戦士』、第一職業のレベル『21』、種族『土龍族』、年齢『18』。
 パーティ名がない。所属していないと表示されない仕組みなのか。
「本当にいいのか。好きあっている奴とか婚約者とかいなかったのか?」
 聞いても仕方のない質問をしてしまう。
「好きな人はいる。でも、マッシュが私を愛してくれるならそれでいい」
「いや、よくないだろ。あとで俺がものすごく怒られる」
 ファムの様子が気になって視線を移す。
「主様、いちいち見てこないでください」
 やはり、ファムは怒っている。でもこれはマイラのせいだ。苦情なら彼女に言って欲しい。
「好きな人というのはどこかの国の王子様か?」
 俺の言葉に、ヤナンは逡巡をしたあと口を開く。
「実はクーリアの事を好いていました。ですので、マッシュが私に飽きたら彼に下賜かししてください。私の懐妊を確認したあとにお願いします」
「俺はクーリアに恨まれたくない。それに一度でも抱いたら俺のものだ。他の者に渡すなんて無理だ」
 クーリアは俺たちにどういう思いでいるのだろうか。
 下賜しろとは、カルパナも同じような事を言っていた。やはり、この世界の人間の価値は低い。
「クーリアとは恋人同士でも密通していたわけでもありませんので大丈夫です。そして、あなたのものと思っていただけるなら、それは光栄なことです」
「ヤナン、俺が言うのも何だが好きな男がいるなら考え直したほうがいい。口添えもする」
「あなたはあなたの価値を考えるべきです。さもないと、あなただけではなく周りの人も不幸になります」
「……」
 先程からヤナンの口調が安定していないのが気になる。
 彼女の立場としてもこういった状況になってしまった以上、引き返せないということか。
「それに、ここにいたとしても、私とクーリアが結ばれることはない」
 土龍族には大草原の土龍王国の他には、西方にも小国家の連合があるという。土龍王国が一〇〇戸ほどの小さな国家なのだ。小国家と呼んで体裁を整えているが、国とも呼べない小さな集落の集まりなのだろう。そして交流はないが遙か東の果てにも土龍族の都市が存在するらしい。彼女はいずれ小国家連合の誰かと結婚をすることになっていた。
 今回の件で小国家連合に助けを呼べなかったのか気になったが、リシェルの街よりも遠く、また援軍を出せるような戦力もないとのことだった。
 よくよく考えれば土の中で生活を送ることが、彼女らの身を守ることになっているのだ。この土龍王国でも兵士が全員で30名ほどしかいない事、国王の娘が騎士隊長をしていた事を考えると、土龍族にとって戦闘要員は飾りのような存在だったのだろう。


 俺たちは王宮で一泊をしたあと、ヘイロンの街に戻ることになった。
 アイラも戻ってきて、今はレヴァンテのメンバー6人だ。食卓にはスープとサラダの他に、俺とファムで作っただし巻き、俺と瑞希で作ったコロッケが置かれている。厨房の一部を借りて作ったのだ。
 だし巻きについては、最初はファムと二人で作っていたが、そのうち彼女が一人で黙々と焼き続けた。
 コロッケを作りたいと言ったのは俺だが、瑞希の方がレシピをよく知っていた。彼女の指示に従って、潰した芋、刻んだ人参と玉ねぎ、ミンチにした肉をこねて作った。
 厨房の人たちにも好評で、王宮の本日の献立として全員の分がつくられた。今頃は国王もクーリアもヤナンたち騎士も食べているだろう。少しでも今日の戦いのねぎらいになって欲しい。
「これは何なのでしょうか?」
 マイラが険しい目つきでコロッケを見つめている。衣に包まれているので、芋が混ざっているとは気づかれていないはずだ。
「俺と瑞希が作ったものだ。切らずにぱくりと食いつくのがコロッケの食べ方だぞ。魚醤ぎょしょうにつけても美味しいと思う」
 切られると中に芋が混ざっているのがバレてしまうので、適当な食べ方を教えておく。
 ファムが何かを話したそうにし始めたので、口封じのために彼女にスパークリングワインのグラスを渡す。
「一口だけだぞ」
 ちなみに調理を見ていた彼女の前には、だし巻きが積まれているがコロッケは置かれていない。
「はい。だし巻きを食べないといけませんので、控えます」
 椅子から垂れ下がっている彼女のしっぽがふるふると揺れている。買収に成功したようだ。彼女は小さな一口で飲んで、目を細め、ほわんとした笑顔になった。
 コロッケに芋が入っている事を瑞希も知っている。彼女はマイラたちに芋を食べさせようとする共犯者なので、余計な事を言わないと思うが、一応、視線で合図だけは送っておく。その時、彼女の前にもスパークリングワインのグラスが置かれていることを見つけた。
「……」「……」
 もはや言葉は要らない。俺が言いたいことは伝わったはずだし、彼女が言いたいこともわかった。こんなふうに彼女と以心伝心ができる日が来るとは思わなかった。くだらないことだが幸せな気持ちになれる。今日は土龍王を倒した祝勝会なのだ。一杯ぐらいはいいだろう。
 俺達の様子を見ていたマイラはついにコロッケを口にする。
「こっ、これは……、美味しいですね!」
 マイラが言った。そして、衣の内側を見て絶句する。
「マ、マッシュ。騙しましたね! 私が今日したことを怒っているのですね。だけど、毒殺しようとするなんて!」
「無理やり食べさした事は悪いとは思っている。でも、毒殺はいいすぎだ」
「うう、食べたくない、食べたくないのに、美味しくて食べるのをやめられません。悔しいぃ……!」
 マイラがぱくぱく食べているのをみて、ファム、セシリー、アイラが恐ろしいものを見るような目つきで彼女を眺めている。
「ファムも食べてみろ」
「い、いえ、私はここにあるだし巻きを全部食べないといけませんので……」
 先ほど振っていたしっぽは、今は丸まっている。
「うるさい。一口食べてみろ」
 俺の分のコロッケを取って、彼女の口元に持っていく。
「主様、私が死んでも、ギュッと抱きしめてくれますか? どうか私の骨は主様と一緒に……」
「死なないから、食え」
「呪われたり、病気になりませんか?」
「お前は既に呪われているし、病気になっているだろ。食え」
 彼女が小さなひとくちで食べた。その瞬間、彼女の目が見開かれる。
「サクサクとした食感の中に、ふんわりとしてほくほくした感触があります。これが芋でしょうか。肉のジューシーさと人参の歯ごたえ、そして玉ねぎのとろとろさが混ざり合っています」
 彼女の両親はグルメ評論家なのだろうか。彼女は残りの部分もたいらげた。そして俺の皿に残っていたコロッケを自分の皿に取り上げてしまった。
「今度は魚醤をつけて食べてみます」
「それはいいが、俺の分は……」
 俺とファムの様子をセシリーとアイラが、相変わらずいかがわしいものを見る目つきでみている。
「どうだ? お前たちも食ってみろ」
「「そんな猿芝居をしても騙されないからっ!」」
 二人がハモった。マイラがアイラのコロッケをじっと見つめている。
「アイラ、いらないなら、お姉ちゃんが食べてあげましょう」
 マイラが彼女のコロッケを取り上げようとして、その手をアイラがはたいた。
「そこまで言うなら食べてみる」アイラが言った。
「アイラ、正気なの? でも、アイラが食べるなら……」
 二人は顔を見合わせたあと同時にコロッケを食べた。


「ところで、どうするつもりなの?」
 コロッケ騒ぎが落ち着いたところで、セシリーが俺に聞いてきた。
「どうするって何をだ?」
「ヤナンのこと。マッシュは子どものことをどう思っているの」
「子供か……」
 以前、瑞希と話をしていたことを思い出す。自分の子供を望む異性が現れるとは思わなかった。
「ファムが最初で、次が瑞希だ。あとは決めていない」
「何で二人が先なのよ! ずるいじゃない」
 セシリーが言った。
「マッシュ、それは私も聞いていません! 私は二番目の彼女のはずです」
 マイラが続いた。
「すまない。ファムと瑞希に言ってしまった。マイラも聞いていただろう?」
「そう言えば、あの時からです。私を仲間外れにし始めたのは」
 マテオ商会での一件を彼女も思い出したようだ。
「いや、違うぞ。仲間外れにしたと思ったことは一度もない!」
「では、いつなのですか?」
「へ?」
 いつという質問の意味がわからないでいると、アイラが割り込んできた。
「でも、二人は本当にマッシュと子供を作りたいの?」
 俺の代わりにアイラがセシリーとマイラに質問をした。彼女はグラスのワインを飲み干す。先程からマイラと競うようにかなりのペースで飲み続けているので、酔っ払っているのかもしれない。
「それは今更だし、愚問過ぎる」
 セシリーが答える。
「……セシリー、それはお前が魔法学校に行っても俺の彼女だということでいいんだな?」
「知らない。新しい人を見つけるからっ」
「……」
 返事に困る。
「私だって……」
 セシリーに何を言えばいいのか考えていると、ふとマイラが呟いた。
「マイラは焦っている。お姉ちゃんだから」
 アイラが言った。
 年齢のことを気にしているのだろうか。そう言えば彼女のキャラクターシートを見たことがないような気がする。
 アイラとはそれほど年齢は離れていないと思う。だが、それは見た目だけで、本当は俺よりもお姉さんなのだろうか。だとするなら、俺はもっと彼女に甘えたい。
「私の事はどうでもいいんです。ところで、マッシュは子供を作るのはいつだと考えているのですか?」
 俺の思考を遮るようにマイラが言った。
「それは……」
「はっきりしてください。わたしにも心の準備があります!」
「とにかく、魔王の問題、俺と瑞希のタイムリミットの問題を解決する。あと、ファムの成長がとまってからだ」
「成長がとまる?」
「妊娠は母体への影響が大きい。俺のいた世界では出産の適齢期があった。それを考えると6年後ぐらいだ」
 俺はファムに視線を移す。彼女との同意はとれていない。
「のっ、望むところです。受けて立ちます!」
 ファムがよくわからない意気込みを見せた。続いて瑞希をみる。
「私はもう少しあとでいいかも。大学に行ってみたいし、就職も経験してみたい」
 もとの世界に戻ることを前提に考えているようだ。就職は地獄の始まりだと思うが、言っても仕方がないことなので黙っておく。
「お前たち。言質はとったぞ。あとで『うっそぴょーん』などと言ったら俺は泣くぞ」
「うっそぴょーん」
 アイラが瑞希の声色を真似て言った。手でうさぎの耳を作っていて、可愛らしさを醸し出していたが、瑞希に似ていたので傷ついて腹がたった。彼女は相当に酔っているような気がする。
 二人の言葉を聞いたあと、マイラに視線を移した。
「そんなに先なのですか……、私はそのあとでしょうか?」
 自身の適齢期を気にしているのだろうか。
「マイラが望んでいるなら」
 俺の言葉を聞いて、マイラが頭を抱えた。
「マイラ、俺も気になる事ができた。お前のキャラクターシートを見せて欲しい」
「な、何を見る気ですか?」
 年齢だとは言いづらい。
「スリーサイズだ。お前だって、俺のキャラクターシートを全部調べただろ!」
「そんなことは書かれていません!」
 マイラが答える。しかし断固としてキャラクターシートを見せるつもりはないようだ。
「もしかして、お前……俺のお姉さんなのか……」
 いつまでも若さを保ち続ける美魔女というやつだろうか。口をつぐむ彼女の横で、アイラがワインを飲み続けている。
「そんなに年が離れているわけない。私より2つ歳上なだけだから。マイラは気にし過ぎ」
 アイラの言葉にマイラがうなだれている。そして、彼女はまたグラスのワインを飲み干した。空になったグラスにお互いにワインを注ぎ合っている。仲がいいのか悪いのかよくわからない。
 やはり、この世界の住民は早婚なのだ。そしてマイラは行き遅れの部類なのだろう。そういえばアイラはリードにこだわっていた。年齢的な事もあったのだろうか。
「……もう避妊薬を飲むのをやめます。小娘共には負けません!」
 マイラは、ドンと勢いよくグラスを机の上に置いた。そしてファムと瑞希を指さした。彼女も相当に酔っているようだ。
「おい、恐ろしい事をいうのはやめろ。マイラがパーティで唯一の常識人で、頭脳役で、回復役で、一番強いんだぞ。お前に子供ができたら、俺たちは旅を続けられない。このことはシラフのときに話し合おう」


「それで、どうするつもりなの?」
 先程よりもセシリーの口調が強くなっていた。
「どうするも何も、言った通りだ」
「マッシュがそう考えているなら、私たちはそれでいい。でも、クレアやヤナン、カルパナはどうするつもりなの? あと、モーもだ」
「まて、カルパナは違う。……モーも違う」
「どうせするんでしょ?」
 セシリーの質問に言葉を返せなくてつまる。
「よく考えて。彼女たちは良くても、周囲は6年間も待ってはくれない。彼女たちが彼女たちの社会で立場を失うには十分な期間でしょうね」
 この世界に来るまで、彼女ができるなど夢物語だった。それが今や恋愛を超えた先の話にまで進んでいる。いや、恋愛の要素はスキップされている。
「自由に恋愛をすることはできないのか?」
 この世界は濃密な人間関係で社会が成り立っている。社会から孤立して生きていくことが不可能だからだ。機械による自動化はない。全てを人力で賄っている。
 村社会でもそうだし、上流階級でもそのつながりは重要だ。相互の関係を築き、立場を安定させ、無駄な争いを防ぐ。彼女たちは家や組織、国家を背負って俺を求めている。頭では理解しているつもりだが、結局、セシリーの言うとおりだ。俺はそれを受け入れる気持ちにはなっていないのに、彼女らを受け入れてしまった。
 しかし、そういった否応なしな状況で求められるのは嫌なのだ。だから、ファムもセシリーもアイラも奴隷から開放した。ファムのせいにしてしまっていることもあるが、クレアやヤナンに対して気持ちがのらないこともそういうことなのだ。だからといって彼女たちに迫られて嬉しくないはずはなく、すぐにでも抱いてみたいという思いもある。むしろ抱きたい。
 ファムは俺のそういう感情を見抜いているのだろう。だから反対しているのだ。
「おっさんのくせに何を夢見ているの。みんな何かに縛られている。自由なんてない。好きな人と結ばれるなんてことも普通はない」
「……だからって個人の感情は二の次でいいのか? お前はどうなんだよ!」
 セシリーに言っても仕方がないことを言ってしまう。彼女はむしろ俺の軌道を修正しようとしてくれているのだ。
「どんなことにでも力の関係は作用する。あなたの個人の感情は誰も見ていない。異世界勇者という肩書きと、ラクシェル様とのつながりが魅力的なだけ。あなたが不用意にエッチが目的で女の子に近づいていくから、みんなが乗っかっちゃってこんなことになる。それで困ったことになったなんて、マッシュが言っていいことじゃない!」
「セシリー、だから、お前はどうなんだよ!」
 俺が言うと彼女は首を振った。
「聞かなかったふりをしてあげたのに、信じられないっ! どうして、それを私に聞くの?」
「……悪かった。でも、産めよ増やせよは無理だ」
「それは当たり前でしょ」セシリーが答える。「でも、今からでも考えないと大変なことになる」
「そうだな」
「あなたが手にしたものは、あなたの手で守ってよ。ちゃんと勇者してよね」
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