清隆Side
「清隆君。待ってよぉー」
俺が振り返ってそちらを見るとラビットファーのイヤーマフラーにカシミアの手袋。動きやすさを優先した赤のハイネックセーターにジーンズという格好をした俺の彼女の帆波が居た。
「待ってるからゆっくり来い」
帆波は生まれたての小鹿のように足をプルプルさせると涙目になって俺を見ていた。
「無理。動けないから助けて」
本人は限界とばかりに俺に助けを乞う。そんな様子がおかしくて。
「俺は一歩も動くつもりは無い」
ついつい意地悪をしてしまう。
「そんなぁ……わっひゃっ!」
俺が突き放した事で動揺したのか? 元々限界だったのかわからないが帆波はバランスを崩してその場ですっころんだ。
「大丈夫か?」
仕方ないので俺は近くに寄ると手を差し伸べた。
「うう。お尻冷たいよ。清隆君酷い」
恨みがましい目をしながら俺の手をとる。俺は手に力をいれて帆波を引っ張り起こす。その際に勢いあまったのか帆波が俺に抱きついてきた。
「転ばないと上達しないだろ。折角きたんだから存分に練習するべきだ」
「清隆君も初めてって言うから安心してたのに……」
さて。そろそろ説明しよう。
ここは夏場に解放されたレジャー施設のプールだった場所だ。なんでも冬場はスケート場として解放されているらしく。先日のオリエンテーリングの候補にもなっていた。
今日は12月27日。あのクリスマスパーティで出会えなかった俺達。帆波が不満そうにしていたので急遽デートをする事になった。
二人でつき合わせて何処に行きたいかを確認したところ、「清隆君。スケートやったことある?」と興味を示された。ホワイトルームから出たこと無い俺は氷の上を滑るなどやった事が無かったので素直に答えたとこ
ろ本日のデート場所が決まったのだ。
「そんなに難しいか?」
見たところ帆波は無駄に足に力が入りすぎている。重心を腰にしてバランスをとればこの程度の場所なら問題ないのだが、足を前に出しつつ腰を引かせているので完全にバランスを見失っているようだ。
「うう。今日はもう清隆君に抱きついて離れない」
有言実行とばかりに俺に胸を押し付けてくる。目に涙を浮かべて上目遣いをされると非常に困る。俺まで前かがみになったらどうするんだ。
「甘えるなよ帆波。ほら手を繋いでやるからバランスをとれ」
「うん。ごめんね。私頑張るよ」
俺が突き放すと素直に頷いた。帆波は真剣な表情を作ると気合を入れなおした。
「そうだな。もし一人で滑れるようになったら一つだけ言う事きいてやる」
そんな帆波に発破をかけるつもりで俺はそういった。
「ほほほ。本当だね? 絶対だよっ!?」
興奮する帆波は動揺を前面に出して確認をしてきた。一体何をして欲しいんだ?
帆波Side
「いっちにーいっちにー」
一歩一歩確実に歩くことだけに集中する。下は不安定な氷な上にスケート靴。何故か前に倒れがちな重心は私の右手をしっかりと支えてくれる彼氏であるところの清隆君のお陰でバランスを保てている。
「もっと身体を上げた方がいいぞ。それだとむ……前に倒れそうだし」
アドバイスをくれる。確かに前重心になっているけど、どうして解るのかな?
私は清隆君のアドバイスを実行するべくのけぞるぐらいに上体をそらした。
「あわわ」
思わず後ろに倒れそうになったところを清隆君が抱きとめてくれる。今の私達ってもしかするとフィギュアスケートのペアみたいなポーズをとってないかな?
「帆波。ゆっくり身体を起こすからな」
そう言って背中に手をふれて起こしてくる。そして完全に立った所で。
「この辺が一番バランスが良いだろ?」
「本当だ。これなら楽に立てるよ」
先程までの恐る恐る立っていたのが嘘のよう。私は自力で氷の上に立つことに成功した。
「それじゃあ滑ってみるか」
そう言って清隆君は私の手を繋ぐとゆっくりと滑り出した。
先程までの私は転ぶことを恐れて前や後ろに重心を傾けていた。それを清隆君を信じることで理想の重心を覚えることが出来た。
徐々にスピードが出てくると私は段々と楽しくなってきた。
先程まで何を恐れていたのやら。こんなにもスムーズに進めるじゃない。
「清隆君。ちょっと手を離してみていいかな?」
私が自分で滑りたいと主張したら清隆君は。ふっと笑うと手を離した。
「あはは。私滑れてるよー」
自分のペースで氷を蹴りだす。そうするとスピードが自在にコントロールでき。私は清隆君を追い抜いて前に出る。
「馬鹿帆波!」
「えっ? きゃっ!」
気がつけば私は前にいる人にぶつかっていた。
「す。すいませんっ!」
咄嗟に頭を下げる。今のは私が完全に悪い。滑れるようになったからって調子に乗ったから。
幸い相手の人は怒る事無く許してくれた。清隆君も一緒になって頭を下げてくれたのだ。
「怪我は無いな?」
「うん。ごめんね」
相手の人が去ると清隆君は私に確認してくる。
「いいさ。わざとじゃないのは解ってるから」
清隆君が気遣って肩をすくめる。そんな彼を見ていると私はドキリとした。
「それにしても結構滑ってたからそろそろ休憩にしよう」
そうだね。気がつけばお昼を跨いでいたみたい。
「それにしてもすいてるね」
フードコートに備え付けられたテーブルで食事を取りつつ私達はスケート場を見渡した。
広いプールの全面を利用して作られたスケートリンクにはそれ程人が居ない。それはここが特殊な学校の上に成り立つ街だからだろう。
高校生になる生徒の数は決まっており、それ以上の年齢の人間はこの町で仕事をする大人に限られてくる。
よって、自然と施設で遊ぶのは同じ学校の生徒がほとんどになるのだが、年末を意識するこの時期に外でデートをする人間は思いのほか少なかった。
「寒いからな。俺としては滑りやすくていいけど」
動いてる最中は特に意識しなかったが、止まっていると確かに寒い。
「そうだね。あと一回滑ったら切り上げようか」
一応一人でも滑れるようにはなったので私は満足してるし。何よりこの後の事を考えるとね。
清隆Side
「それじゃあ。改めてクリスマスパーティーの開始だね」
テーブルの上にはフライドチキンにポテトとケーキがが置かれている。飲み物は炭酸を中心にウーロン茶やオレンジジュース……謎の瓶。
二人で食べるのには無理がある量が置かれている。
俺達は今、帆波の部屋で前日に出来なかったクリスマスをやり直している。
パーティ当日。何の因果なのか俺達は出会えなかった。その事にたいそう不満を抱いた帆波は「私も清隆君とクリスマス過ごしたかったのに」とやり直しを要求したからだ。
この事があったのでスケートをそうそうに切り上げて二人で買い物をした後、帆波の部屋へと帰ってきた。
「それにしてもちょっと買いすぎたか?」
いくら懐が豊かとはいえ、食べきれないのは勿体無い。
「平気だよ。食べきれない分は明日の朝食にしよ?」
帆波はそう言ってコップにコーラを注ぐ。
「じゃあ乾杯しよっ。グラスを手に持って!」
強引に俺にコップを押し付けると帆波は乾杯の音頭をとるのだった。
「それにしても2位って凄いよね。私驚いちゃった」
話は自然と先日のパーティの事になる。
「それを言うなら1位の方だろ。満点取るなんてどうしょうもない」
坂柳に続いて椎名。AもCも警戒する人間が居るというのは厄介だ。
「流石Aクラスの坂柳さん。椎名さんもだけど今年で各クラスのマーク対象がだいぶ台頭してきたよね」
「そうだな。Bクラスとしては気が抜けない展開だな」
「うん。Dクラスも纏まってきたしね」
そうだな。警戒対象だった櫛田を取り込めたのはでかい。来年はどのクラスも総力戦になるのは間違いないだろう。
「……いま。桔梗ちゃんの事考えてなかった?」
帆波が鋭い視線を向けてくる。
「良くわかったな。その通りだぞ」
まさか帆波は櫛田の裏の顔に気付いたのか?
「清隆君。私ね聞きたい事あったの」
「改まってなんだ?」
「清隆君。桔梗ちゃんと仲良くなってない?」
それは考えてみれば自然な質問だった。契約関係になった櫛田とは今までよりも距離が近づいたのは間違い無いのだから。
「そうかもな。Dクラス躍進の為に協力し合うとこの前誓ったからな」
オリエンテーリングで地盤を固めたのだ。
「それって……。なんか…………。うーうーうー」
何かを言おうとして言いよどむ帆波。なんなんだ?
結局何も言う事無くチキンをぱくつく。
暫く無言で食事をする。帆波はコーラを飲み終えて瓶を開けてそれを自分のコップへと注いでいる。
シュワシュワと炭酸が上がっているようだから何かのジュースだろう。
「こんな事いうと清隆君嫌な気分になるかもしれないけどさ」
ジュースを飲みながら帆波は俺をチラリと見ると。
「私って独占欲強いみたい」
「そうなのか?」
誰にでも分け隔てなく優しく、常に笑顔を向けられるのが帆波という少女だ。俺に対してもまだ何処か遠慮している節が見えるのだが。
「実はクリスマスパーティで清隆君が桔梗ちゃんと話してるの見かけたの」
「声かければよかったのに」
こっちは探しても見つからなかったというのに。
「掛けたかったけど。桔梗ちゃんとあまりにも仲良さそうに話してたんだもん」
そんなに仲良さそうだったか? 愚痴られたりした覚えしか無いのだが?
「だから声かけなかったのです」
つまり帆波は俺と櫛田が仲良く話をしていたから嫉妬したのか?
不機嫌な顔をしているからそういう事なのだろう。
「清隆君? 私の言ってること理解してるの?」
帆波は口をすぼめて眉を寄せている。
「もちろん理解した」
「じゃあ何で嬉しそうなのさ!」
そんなの決まってるだろ。
「帆波が嫉妬してくれてると気付いたからに決まってる」
嫉妬というのは相手に対して執着するという事。いまいち俺は他人に好かれている自信が無い。だからこういうわかりやすい形で好意を向けられると嬉しくて仕方ないのだ。
「するに決まってるじゃん。私は清隆君の彼女なんだからねっ! 私だけが彼女なのっ!」
そういうと帆波は俺にもたれかかってきた。密着する身体から帆波の熱を感じる。蕩けた目に赤くなった頬、鮮やかな唇からもれるお酒の匂い……………………。
「いやまてまて」
俺は帆波をどけると瓶を確認する。
そこにはこう書かれていた「アルコール度数8%」つまりはお酒である。
「やだー。清隆君は私だけ見てればいいのー」
帆波の目は潤んでいて普段とは違うシナを作って俺に絡み付いてくる。事態を把握していなければ理性が振り切れて襲い掛かる所だ。
「いいから帆波。水飲もうな?」
帆波がここまで酒に弱かったのは予想外。だが、とりあえず酔いを覚まさないことには不味いだろう。
「やぁー」
「頼むから聞き分けてくれ」
駄々っ子のように絡む帆波を説得していると。
「だったら口移しでなら飲む」
とんでもない提案をしてきた。
だが断ろうにも帆波は一向に譲る気配はない。俺はキッチンで水を汲んでくるとそれを自分の口に含むと帆波に飲ませた。
帆波Side
清隆君が私にキスをしてきた。
私はそれを喜んで受け入れると自ら舌を絡めに行く。口から口に水が送られ、端からこぼれて服に幾ばくかの水滴か落ちた。
ちょっと冷たかったけど、今の私はそんな事が気にならない。それよりも。
「もっとー。もっとキスしたいよぉー」
普段の私なら絶対言わない台詞が自然と出る。頭はぽーっとしてふわふわと浮くよう。喉が渇く。だけどそれ以上に清隆君から水を運んでくれるのを渇望している。
今ならわかるかも。あの時清隆君が抑えきれずに私を押し倒した気持ちが。
今の私は清隆君が欲しいと思っているのだから。
何度目かのキスを私達はした。最初は乗り気じゃなかった清隆君も最後は水を含む事無く私を抱き寄せ舌を絡ませてきた。まるであの日のように。
清隆君の瞳に欲がうつった。あの日は怖いと思って拒絶してしまった。
「清隆君」
私は唇を離すと彼の耳元へと口を寄せた。
「今日は…………してもいいよ?」
聞こえるか聞こえないかのぎりぎりの声で呟いた。
朝日の光で目が覚めた。
肌寒さを感じた私は布団を手繰り寄せる。そして温もりを求めて暖かいそれに抱きついた。
そうすると私の胸がその鍛えられた胸板で潰される。
それだけで私は喜びと満たされた感覚を得られた。
「しちゃったんだ……」
私は横に眠る清隆君を抱きしめると頭を撫でながらむずかゆい気持ちになった。
昨晩の記憶は全て残っている。お酒に酔った勢いで彼を誘惑してベッドを共にした。
絡み付くようなキスに始まりお互いの恥ずかしい部分に触れ合い。そして……。
初めてで最初は痛かった。だけど彼に触られたことで次第に気持ちよくなり最後の方では夢中になっていた。
昨晩の行為が蘇ると急に気恥ずかしさが湧いてくる。だけど後悔はしていない。私は彼が好きだから。だからこうして一つに慣れたのが嬉しいのだから。
結局。清隆君の目が覚めたのはお昼前。朝の甘いトークは実現しなかった。憧れていたのになぁ。
でもこれからチャンスはいつでもあるのだからと割り切ると私は笑顔を浮かべて昨晩の残りを暖めるのだった。
酒なんてよく買えたな…