「打てば安打、守ればファインプレー。君はジャイアンズ勝利の女神だ!」
ジャイアンが手放しに賞賛を送れば、出木杉はまんざらでもない。
放課後急遽集められたジャイアンズと隣町のチラノルズの試合。
向こうのチームは女の子がいるジャイアンズは選手層が薄いと馬鹿にしていたが、試合が始まるとこれが一変。
走攻守三拍子揃った活躍を見せ、見事な勝利を収めた。
「そんなに褒めないでよ、たまたまだよ、たまたま」
「これが初心者だなんて信じられない。プレイ中の度胸も満点だし、是非これからも一緒に野球をしてよ」
スネ夫も負け越しが続いたチームが勝ったことに喜んでいる。
少し脅かそうと顔面スレスレのボールが投げられた時、ジャイアンなどいの一番に乱闘しようとしたが出木杉本人がやんわりと止めると、次のボールを見事三塁打の大活躍。
相手打者が鋭く放った打球も、見事なスライディングキャッチでアウトにした。
「そうだぜ、クールなイメージが有ったけど案外熱いプレイするんだな。印象がガラッと変わったぜ!」
ジャイアンの声に賛同するように、一緒に戦ったチームメイトたちが出木杉に駆け寄る。
野球はチームプレイ、出木杉のおかげでジャイアンズは勝利したので、皆から感謝されている。
その輪の中心にいる出木杉は、とても嬉しそうだ。
「よし、勝利の胴上げだ! みんな出木杉を囲め!」
女子を男子が胴上げすることに、男子はテレがあるだろうし、もしそれが相手の負担になればどうしようかと二の足を踏むところ。
しかし、良くも悪くもジャイアンのワンマンチーム、ガキ大将が率先してやろうといえば良い意味でみんなも続きやすい。
当人の出木杉も嫌がるどころか、嬉しそうにしているのでみんなも憂いなく胴上げが出来そうだ。
「よかったなぁ。あれだけ一生懸命プレイして活躍したんだ、男子との壁もなくなったみたいだぞ」
のび太はベンチに座りながら、楽しそうにみんなの輪に加わる出木杉を見つめる。
実はメンバーがキチンと集まり、のび太が参加する枠が無くなったのだ。
それでも応援する側として精一杯応援した。
出木杉は楽しめたし、ただ憧れられるだけのマドンナから一緒に遊ぶチームメイトになれたのも大きいだろう。
試合には参加していないが自分も胴上げには参加しようとすると、出木杉が一言付け加えた。
「それなら誘ってくれたのび君にも感謝しなきゃ、こんな体を動かしたのは久々で本当に楽しかったよ」
「よし、のび太も一緒に胴上げするぞ!」
「えぇ!? 試合にも出てないのに?」
ジャイアンの発言にスネ夫が否定的な意見を出すが、そんなもの跳ねのけるのが我らがガキ大将。
彼こそがルールであり、彼が認めたならそれが通るのがジャイアンズ。
「当たり前だ! こんな活躍する名選手をチームに誘った、名スカウトだぞ。のび太もマネージャーとして活躍した。文句ある奴はぶっ飛ばす!」
こんな調子で試合に参加もしていない、何ならグローブを出木杉に貸しただけの男も胴上げで宙に舞う。
(まさか、僕まで胴上げされるなんて)
胴上げというのは気持ちが良いもんで、普段なら中々味わうことがない経験だ。
「よかったね、のび君。今日は本当にありがとう!」
「ううん、全部出木杉君の力だよ」
なんとなく、みんなの距離が近くなったような気がする。
それはのび太と出木杉にも当てはまる。
(しずかちゃんのことで変に嫉妬しなければ本当に良いやつなんだよな)
しずかと距離が近すぎると出木杉に嫉妬した時、のび太は出木杉をこんな風に表現したことが有る。
「出木杉がなんだ!! あんなやつ頭が良くてハンサムでスポーツマンで明るくて・・。悪いとこが一つもない。しずちゃんがあいつを好きになったらどうしよう」
目に見えて本人が悪い要素が全然見当たらないのだ。
完璧超人過ぎて、多少人と歩幅が合わないことこそあれど、他者を尊重し、気配りもできる。
(もしかして最初から女の子だったら、しずかちゃんの友達として普通に接してたのかな?)
もしも他のみんなと同じように、自分の認識も最初から出木杉が女の子だと思い込んでいたとしたら。
変な嫉妬心を抱かずにこうして最初から遊べていたのかと歴史のIFを想像する。
もっとも、その場合はクラスの美人女子を相手にのび太が緊張や見栄を張らずに接することが出来るかという問題もあるのだが。
みんなで野球をした日からクラスでの出木杉を取り巻く環境は少し変わった。
簡単に言うとジャイアンズをはじめとする男子たちと積極的にかかわることが多くなったのだ。
以前は勉強を教えて欲しいという学生の大義名分を出されてしまっては、邪見に扱うことが出来なかった出木杉に対して。
「あんまり出木杉を頼りすぎるなよ」
ジャイアンの鶴の一声ならぬ、ガキ大将の一睨みで出木杉を頼る男子は激減した。
これに対しても負担が減った出木杉は、休み時間に男子と遊ぶ時間が増えてきた。
勝負事に熱くなりやすいのが小学生の一つの利点。
最初は遠慮しがちな男子たちも、昼休みにドッチボールをしたりと全力でぶつかり合っていくうちに色眼鏡を外した。
もちろん、中には出木杉と仲良くしているのび太を妬む男子もいるが、女の子が気になるというやや不純な動機で近づきたいだけに過ぎないので、徐々に出木杉と遊ぶ機会を増やせば自然にそんな気も失せてくる。
「それじゃあ一緒に遊ぼうよ」
しずかと出木杉に対してのび太が遊びに誘うスタンスはそれぞれ違う、それは独り占めするか否か。
のび太だってどうせ遊ぶならしずかを独占したい欲はある、しかし出木杉の場合そんな気は最初からないし、みんなと遊んだほうが楽しいという単純な理由でみんなを巻き込んでいく。
出木杉に対して嫉妬心が無くなったこともそうだが、同時にクラス一の美女に対して恋心を一切持たないゆえ、手放しに出木杉を一人の友達として扱う。
数日経過したが、どんどんと出木杉はクラスの輪に馴染んでいき、遊ぶ相手に女子も混ざり始める。
ドラえもんが気を利かせて、みんなで遊べるようなひみつ道具を用意してくれて、男女共に楽しめる遊びを提供してくれたのだ。
未来のケイドロやのび太が活躍できる『空気ピストル』を使ったけん銃王コンテスト、どれも遊びとして魅力的でみんなこぞって体力の続く限り遊びつくす。
これらをきっかけにクラスでやや孤立仕掛けていた状態は解消され、ついでに出木杉と一緒に勉強する機会が増えて来たのび太は少しずつ遅刻や宿題忘れをすることも減ってきた。
(とりあえずみんなと仲良くなれてよかったな、これでいつ出木杉が元に戻っても大丈夫だ)
考えて見れば最初の頃から比べ出木杉が楽しそうに笑う回数が増えた。
これには色々と責任を感じていたのび太も一安心。
元には戻っていないが、それなりに平和な日々が続く。
「ねぇ、のび太さん、今日クッキーを焼こうと思ってるんだけど食べに来ない?」
「えぇ、本当!」
そんなある日、家に帰る準備を進めていると想い人であるしずかから遊びのお誘いを貰う。
しずかが作るクッキーは絶品なのだが、どういうわけかのび太が食べ損ねることも多かった。
それを向こうから誘ってくれるなど、なんと嬉しいことだろうか。
「それじゃ放課後遊びに行くよ、久しぶりだなしずかちゃんの手作りクッキー」
「ふふっ、そんなに喜ばれちゃったら作り甲斐があるわ、たくさん作るからドラちゃんも誘ってね」
「あぁ、ドラえもんね……」
せっかくのお誘いはありがたいのだが、ドラえもんは未来に行く機会が増え、家を空けることが多くなった。
(ドラえもん居ないかもしれないしなぁ……かといって他の人を誘うのはもったいないよな)
最近は虐められることもめっきり減ったジャイアンやスネ夫を誘うことも考えたが、出来るならライバルは少ない方が良い。
それにスネ夫はのび太の振りをしてクッキーを食べたこともあるし、ジャイアンが来た日には大量に食べて取り分が減ってしまう。
(そうだ! 今の出木杉だったらしずかちゃんと距離が近くなることもないし、一緒に居たって嫌な思いをしないぞ)
嫉妬心が無くなったことも関係あるのだろうが、最近は出木杉と二人っきりで居ても嫌な思いをしなくなった。
出木杉ものび太に話を合わせてくれるのか、のび太の知的好奇心をくすぐるような上手な話ばかりしてくれる。
きっと元から話し合う相性は良かったのだろうが、のび太が変に劣等感を持つことも減ったことで素直に話を聞くし、向こうも楽しそうに話してくれる。
それでいて出木杉はのび太を決して見下さず対等な存在として接してくれるし、他のみんなと話す時も自分を立ててくれる。
おかげで、一緒に居て苦じゃないし、ジャイアンたちと遊ぶ時も今まで以上に楽しく遊べている。
(よし! 珍しいけどしずかちゃんのクッキーを出木杉にも食べさせてやろう)
まさか自分からしずかの誘いに対して、出木杉も誘う日が来るなんて夢にも思わなかった。
今の二人は親友の間柄らしいし、ナイスアイデアだろう。
「ねぇ、それだったら出木杉君も誘ってもいいかな? たぶんドラえもんは今日も用事で居ないからさ」
「えっ、出木杉さんも?」
別に変なことを言ったつもりはなかったのだが、どうにもしずかは言葉の歯切れが悪い。
のび太が首を傾げていると、しずかは申し訳なさそうに出木杉を誘うことを断ってきた。
その理由もなんだか煮え切らない。
「のび太さん、あのね。たまには二人でゆっくりお話ししない?」
「でもさ」
「最近いつも出木杉さんと一緒に居るでしょ? たまには勉強のことを忘れて遊びましょうよ」
だがこれ以上強く誘うと嫌われるかもしれないし、ここは大人しく引くことにした。
(なんか引っかかるなぁ)
あの煮え切らないような態度や、口調は一体何だろう?
どこかの誰かで思い当たるよな行動の気もするがすっかりわからない。
こんな時相談するのは決まってドラえもんなのだが、きっと家に行っても居ないだろう。
だとすると、次に相談事する相手と言えば……。
「あのさ……」
「なんだい、のび君?」
放課後家路に着こうとする出木杉を捕まえて、のび太は相談に乗ってもらう。
ドラえもんが居ない今、のび太の一番の理解者は出木杉だ。
しかし、この悩みはしずかと自分の問題で、あまり他の人に言うものではないだろう。
(でもなぁ……)
クラスのみんなとは打ち解けた出木杉だが、仮にしずかと不仲であればその関係も修復したい。
元々二人は仲が良く、のび太の目から見てもお似合いの二人だったし、女の子同士になっても二人は気の合う親友と言った感じだったはず。
「ってわけで、しずかちゃん家に呼ばれたんだけど、なんだか他の人を呼ぶのに様子がおかしいんだ。最近何か変わったことはなかった?」
さすがに出木杉を誘ったら断れてましたというわけにはいかないので、自分だけを誘うことに固執していると伝えてみる。
少し驚いたようだったが、何か事情を飲み込めたのか言葉を選びながら出木杉は答える。
「多分僕のことを警戒してるんだよ」
「警戒? 出木杉君を?」
意味が分からない。
「僕としずか君ってたしかに仲は良いんだけど、それと同時にライバルでもあるからね」
「ライバル?」
「全然仲が悪いとか嫌い合ってるとかじゃないから安心してクッキーを食べておいでよ」
なんだか上手く呑み込めないが、当の出木杉が言ってるなら良いのだろう。
「同性同士だと友情を育みやすいけど、その分相手を意識するんだよ。例えばさ、僕が男の子でのび君と友達だったら、仲良くなっても時に張り合ったり相手をライバルとして認識するだろ」
「あぁ、なるほど、うんわかったよ。異性なら競わないけど、同性なら競い合って負けたくない時もあるもんね」
その説明で一瞬ドッキリするが、頭の中で想像してみるとスッと納得出来た。
つまり自分と出木杉みたいに、仲は悪くないが競い合う仮想敵でもあるのだ。
もっとも、元の状態だとのび太が出木杉に勝てる部分は限りなく少なく、一方的にこちらから突っかかっているような感じになってしまうが。
二人ともレベルが高すぎる故に、多少意識してるのだろう。
仲が悪いわけじゃないと分かれば心配することもない、普通にクッキーをごちそうになれるとお気楽に考えるのび太。
「もしかしてのび君クッキーが好きなの?」
「うん、お菓子はなんでも好きだけど手作りクッキーってお店で売ってるのと味わいが違うよね」
「それだったら今度僕も作ってあげるよ、お菓子作りは得意だからさ」
「えっ、本当!? 楽しみだなぁ、出木杉君の料理も美味しいからさ」
思わぬところで別日に美味しいお菓子を食べられる予定が出来てしまった。
しずかのクッキーも美味しいが、出木杉の作るクッキーもさぞ美味しかろう。
「今日しずか君の所でどんなの食べたか今度教えてね、僕が作るときにどんなのを作るのか参考にするからさ」
「うん、わかった。持ち帰れたら少し持って帰るね」
それにしてもなんだか妙な感じだと違和感を覚えるが、その正体が何なのかわからないまま、一度家に帰るのだった。
『チラノルズ』
ジャイアンズのライバルチーム、なのだがこちらの方が実力は数段上。
リーグ最下位のジャイアンズに対し、何度も優勝してるのがチラノルズである。
恐らく色々なチームが存在するのだろうが、ジャイアンズと戦う定番の相手。
『けん銃王』
てんとう虫コミックスのドラえもん第12巻、及び藤子・F・不二雄大全集ドラえもん3巻に収録「けん銃王コンテスト」のエピソード。
「空気ピストル」という指に塗って空気弾を打てるようになるひみつ道具を使い、子供たちの間でけん銃王を決めるという話。
のび太の射撃の才能が遺憾なく発揮される回、ちなみに出木杉は未登場。
流石の出木杉ものび太相手に射撃で戦うと、勝つことは難しいだろう。
のび太の射撃がいかにすごいのかはここでは割愛、調べたらこれでもかと情報が出てくる。
二次創作でものび太と言えば射撃であり、のび太というキャラを活躍させようとするとピックアップされがち。
本作は日常に沿った少し不思議な話を展開するため、その才能が活躍することはない。
『しずかちゃんのクッキー』
作中お菓子は作るのはクッキーに始まり、プリンにケーキなど多種多様。
大人になってからも子供のおやつに手作りケーキを作っている(ちなみにのび太ママものび太のために手作りホットケーキを作っている)
私は手作りクッキーが大好きであり、頂き物で貰えるとすごく喜ぶ。
クッキーだと郵送も比較的簡単で、わざわざ自宅まで送って頂くことも何度かあって、そのたびにお返しとして地元の銘菓を送り返していた。
どう考えてもこちらの方が持ち出しが多いのだが、それほどまでに手作りクッキーが好きなのだ(特に手作りだと貰えたこと自体が光栄なことに感じれて好き)
全然ドラえもんと関係ないのだが、確か昔「ジャム」という玩具メーカーがあって、そこで「しずかちゃんシリーズ」という食玩を発売していた。
大抵はラムネと玩具がセットになっているのだが、その中に手作りシリーズというものがありお菓子の材料が売り出されていたことがあった。
クッキーという商品もあり「しずかちゃんの手作りクッキー」というのも調べ直したところ存在したらしい。
本当にどうでも良いことを書いているが、それもまたあとがきの味の一つである。