放課後、家に一度戻った後のび太の家で落ち合うことを約束し、出木杉と別れた。
一緒に帰ってもよかったのだが、放課後も色んな人が出木杉に話しかけ、その中に入るのが大変だったのだ。
今日も宿題がどっさり出た。
もしかすると先生は自分が知らないうちに何らかのひみつ道具の影響を受けて、宿題どっさり出す病にでもかかってしまったのではないか。
のび太はそんな妄想をしつつ、のんびりと家に向かって歩いているが、珍しいことにしずかの方から声を掛けて来た。
「のび太さん、よかったらこれからスネ夫さんの家で勉強会をするんだけど一緒に参加しない?」
たくさん出た宿題をどうにかするためにスネ夫がしずかに声を掛けたのであろう。
スネ夫の家は広いし、エアコンも効いて環境は抜群、お菓子やジュースだってお金持ち特有のあまり聞いたことがないブランド品が出てくるはずだ。
きっとそこにのび太が参加することは想定されておらず、しずかが気を利かせて誘ってくれたのであるとすぐにわかる。
しかし、のび太はしずかの誘いに首を振った。
「ごめんね、今日は出木杉に勉強を教わるって約束してるんだ」
約束さえなければすぐにでも付いていくだろうが、あいにくと先約がある。
しずかと一緒に勉強出来ないのは残念だが、どのみち宿題は終わるだろうし、むしろジャイアンやスネ夫がいない方が自分も集中出来るのかもしれない。
なるべく申し訳なさそうに断りをいれると、しずかは残念そうな顔をしながらも頷いた。
「あら、残念だわ。それじゃまた今度誘うわね」
手を振りながらしずかはスネ夫の家に向かっていった。
その後ろ姿を見送りながらのび太も自分の家に帰って、出木杉に教えてもらう前に自分でも少し勉強しておこうと机に向かう。
「あれ、昨日と同じような問題が最初に出て来たぞ?」
見ればどこか似たような問題が序盤に多く出されている。
これは当たり前の話なのだが、先生はきちんと考えて宿題を生徒に出している。
日々の授業や宿題をきちんとやっていれば、その確認である宿題はさほど難しくないのだ。
特に今回量は多い代わりに、昨日の宿題から似た傾向の問題を最初に集め、弾みを付けて問題を解いてもらおうと先生は考えていた。
それに気付いていれば、今までも楽に宿題を終わらせることが出来ただろうに、残念ながらのび太は気付かずに問題を解き続けていた。
「これはもしかしてあっさり終わらせられるんじゃないかしら」
ルンルン気分で問題を解いていると、下からママの声が聞こえてくる。
「のび太~出木杉さんがいらしたわよ」
「は~い」
階段を下りて玄関に向かうと、出木杉が微笑みながら立っていた。
するとその姿は学校で見た格好と全然違っていて思わず驚いてしまう。
学校では大人しめのシャツにズボンという格好をしている出木杉だが、今の出木杉はのび太が初めて見る可愛らしい格好をしている。
フリルのついたワンピースに可愛らしいサンダル、のび太はそんな出木杉を思わずじっと見つめてしまう。
「せっかく出かけるならたまにはオシャレをしなさいって言われちゃって。ど、どうかな?」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、手提げカバンをもじもじといじりながら出木杉がのび太に感想を求める。
その可愛らしい仕草にドギマギしながらも、のび太はなんとか言葉を絞り出した。
「似合ってるよ、さぁ、こんなところに立ってないで部屋においでよ」
その姿はいつもの落ち着いた様子と違って子供っぽく、どこか庇護欲をそそられるものであった。
しかしいつまでも玄関先に立たせておくのも申し訳ないし、何より向かい合ってるよりも宿題をしていた方がずっと精神が安定する。
元々あまり気の利いたセリフを言えるタイプの男ではないのだ。
一応は片付けられ真ん中に折り畳みの簡易テーブルが置かれた部屋。
座布団を押し入れから取り出し、のび太は出木杉にその座布団を勧める。
これでとりあえず勉強をする環境は整った、机に置いてある解きかけの宿題を移動させると出木杉もカバンから勉強道具を取り出す。
「あっ、もう宿題に取り組んでたんだ」
「うん、何もしないでいるのも暇だったからさ。宿題と同じような問題ばかりだから僕一人でも何とか解けてるよ」
誰の力も借りずに宿題が出来ることを誇らしく、少し自慢気に話すとノートをじっくりと眺められる。
「のび君、ここ多分勘違いして書いちゃってるよ」
「えっ、どこどこ?」
「ほら、問3のところ」
ノートに手を伸ばし、出木杉が指差したところをもう一度計算し直す。
すると、書いてある答えと全然違う答えが出て来た。
「本当だ、ありがとう出木杉君」
「どういたしまして。でもこの調子だと本当に一人で宿題出来そうだね」
そこから二人で黙々と宿題に取り掛かる。
向こうから話しかけてくることはないが、のび太が質問をすると答えを教えるのではなく、解き方を丁寧に説明してくれる。
その教え方がわかりやすく、のび太は出木杉の先生っぷりに感心した。
(教えるのも上手なんだよな。これならスネ夫の家でみんなで勉強するよりもずっとスムーズに終わりそうだ)
みんなで勉強するとそれぞれの進み具合も違うし、自分以外の人が話している声というのは思いのほか集中力を奪う。
それでいて普段なら弱音を吐くところも、なんとなく集中してる出木杉に悪い気がしてなるべく真面目に取り組んだ。
これがしずか相手ならおしゃべり目的になりがちだし、今の可愛らしい出木杉をずっと見てるよりノートの数式を見てる方が気が楽だった。
そして一時間ほど宿題を進めたところで、のび太はふとあることに気付いた。
「あれ、もしかしてそっちの宿題全部終わっちゃった?」
元々のび太が徹夜するような宿題を十分で終わらせるような奴なのだ。
多少のび太が先に取り組んでたとはいえ、向こうの方が先に終わるのは明白。
途中で教えながらもすでに自分の宿題は終わっているようだ。
「終わっても教科書先の予習なんかもするから、のび君は気にしないで進めてよ」
「そうは言っても、何もしないで待っててもらうのも悪いなぁ……」
自分が宿題をしてる間何もさせないのは悪い気がしてくる。
とはいえ、一緒に遊ぶわけにもいかず、どうにかして時間を潰してもらおうと考えて部屋に置かれたゲームに目を付ける。
二
(仕方がない、ゲームでもして時間でも潰してもらおうかな……あっ、あんまり出木杉はこういうのしないんだっけ?)
優秀すぎる出木杉の欠点その二
それはゲームの類もすぐにクリアしてしまい、本人もあまりやり込むようなタイプではないことだ。
(未来のゲームブックもすぐにクリアされちゃったし、他の方法を考えないと。そうだ! 本なら読むのに時間も掛かるはず)
のび太は立ち上がり本棚を前にすると、どれが良い物か考える。
漫画はもちろん多いのだが、意外なことに活字の本もそれなりに揃えられているのび太の本棚。
やはりこういうのは自分で選んでもらうのが一番良い。
「僕はまだまだ掛かりそうだから、その間本でも読んでてよ。漫画もたくさんあるし、文字だけの本もそれなりにあるよ」
出木杉も立ち上がりのび太の隣で本棚を物色する。
「へぇ~偉人の伝記もたくさんあるんだね。前に十五少年漂流記を貸したけど小説はあまり読まないのかな?」
「お小遣いはほとんど漫画に使っちゃうからね。借りて読むことはたまにあるよ、透明人間になるやつとか、シャーロックホームズとか」
「意外と読書家なんだね、全然知らない一面だよ」
名作と呼ばれるメジャー本は大体読んでいる読書家の出木杉と比べられたら自分何て大したこともないと思うが、それでも褒められて悪い気はしない。
「それじゃ、ちょっと選ばせてもらうかな。わからないことが有ったら遠慮なく聞いてね」
これでこちらも気兼ねなく宿題に取り組める。
それからは宿題でわからないことが有れば出木杉に尋ね、解き方を教わって問題に取り組む。
繰り返しさらに一時間経過したころには、なんとか宿題の空白をすべて埋めることが出来、軽く腕を伸ばして体をほぐす。
「出来た! こんなに宿題が早く終わったのは初めてだよ」
「ははっ、それはよかった。僕も教えた甲斐があったってものだよ」
「ありがとう、出木杉君は本当に教えるのが上手だよね」
手放しで賞賛するのも仕方がない、なんせ自力でここまで宿題が出来たのはいつぶりだろうか。
今まで誰が協力してもなしえなかったことを、出木杉はいとも簡単にやり遂げたのだ。
そして教え方が何よりも上手い。
やり方を理解し、答えを見つけた爽快感と達成感は格別だ。
「これなら宿題のたびに出木杉君を呼んじゃいそうだよ」
「いいね、それなら定期的に勉強会でも開こうか!」
「えっ!?」
ついなんとなく口に出した提案に、どうやら乗る気らしい。
「い、いやぁ、毎回君の時間を奪うのは不味いよ」
「もちろん毎日だったら困るけど、週に一度一緒に勉強するくらいなら苦でもないさ。それにのび君は理解が早いし、発想や着眼点が僕よりも優れてそうだから、十分すぎるほど刺激を受けるんだよ」
すでにある知識量や、それらを求める欲で言えば出木杉に敵う同級生は早々いないだろう。
それらはのび太が持ちえないものであるが、同時にのび太の強みは別にある。
答えを知らないからこそ柔軟に発想し、固定概念に捕らわれない。
それは時に出木杉が思いもよらない方法で答えに辿り着くこともある。
もちろんのび太一人ではたどり着けない答えもあるのだが、それでも出木杉の発想力と合わされば新しい道が見える可能性がある。
その事に気付いているからこそ、のび太の提案を歓迎したのだろう。
どうやって断りを入れるべきが悩んでいると、それより先に出木杉がいたずらっぽく笑う。
その笑みはどこか子供っぽく、出木杉の顔立ちが整っていることに気付かされる。
「実は勉強会を開いて欲しいって大勢に頼まれて断るのが大変だったんだよ、でものび君のうちでやってるて言えば断りやすいだろ。防波堤みたいにしてる感じで悪いんだけど、よければ引き受けてくれないかい?」
「ぼうはてい?」
「えぇっ~と、波が高すぎて陸地に被害を出さないように受け止める海の中にある壁みたいなものだよ」
出木杉の説明を聞いて、のび太は遅ればせながら理解する。
つまり防波堤とは、大勢が押し寄せて来ないように食い止める壁のようなものだろう。
しかし、その役割はのび太には向いてない気がする。
「僕と週一回勉強会をしても、大して断れないと思うけど……」
「多分僕に勉強を教えて欲しいって言ってくる人って、勉強じゃなくておしゃべりするのが目的だと思うんだ。でものび君と一緒にやってるて言えばすんなり諦めてくれる人もいると思うよ」
「ふ~ん、そういう物かな? 僕で役に立てるなら全然いいよ」
本当は良くない。
週に一度とはいえ勉強会など出来ればしたくない。
しかし、何度も繰り返すがこちらには負い目があると同時に、純粋に困りごとを頼られるというのはのび太は断れないのだ。
(僕がしずかちゃんを勉強に誘うのと同じ理屈かな。他の人と勉強してるって聞くと案外引っ込むのかも)
思えば自分もしずかと出木杉が一緒に勉強してると聞いても、その中に入っていこうとは思わなかったものだ。
ただし、その場合はレベルの高い二人に挟まれてることが息苦しいからである。
そう言うことならしずかに頼ったほうが手っ取り早いのではないかと一応確認を取る。
「そのぼうはてい? ってのならしずかちゃんを誘った方が良いんじゃない? 二人とも頭が良いから勉強出来ない人がその間に入るのは勇気がいると思うよ」
「でもその場合女の子二人で勉強会ってことになるだろ。そしたら他の女の子もたくさん集まってきちゃうし、僕としずか君ってほら……男の子たちの間で人気だろ。二人集まっちゃうとそれでも参加させてくれって人が出て来ちゃいそうなんだ」
自分で言っておいて恥ずかしいのか、少し顔を明後日の方向へ向ける出木杉。
確かにしずかと今の出木杉が揃っていればそれだけで絵になるし、勉強などそっちのけで見学する人だって出てきそうだ。
(確かに、二人ともタイプは違うけど美少女だもんな。野次馬たちが集まるのってちょっと大変だよね)
かつて国際保護動物に指定された経験や、パパラッチに追いかけられた星野スミレを助けたこともあるのび太。
本人は特別モテたりしないが、人から慕われすぎる苦労も身に染みている男だ。
「そう言うのって大変だよね。いいよ、僕のことぼうはていに使ってよ」
「ありがとうのび君!」
そう言って嬉しそうに手を握り、ブンブンと振り回す出木杉。
握られた手は小さくて柔らかく、女子の手ってこんなに柔らかいんだなぁとのび太はぼんやり考えるのだった。
『ゲームブック』
てんとう虫コミックスのドラえもん第38巻、及び藤子・F・不二雄大全集ドラえもん15巻に収録「冒険ゲームブック」に登場。
自分な大事な物を賞品として預け、それを取りに行く道中に困難が待ち受けるという道具。
ゲームブックのタイトルは「火竜の秘宝」だったが、もしかすると他のシリーズがあるのかもしれない。
今風に考えるならVRゲームなのだろうが、ゲームブックと言う名称がなんとも懐かしい。
昔はたくさん色んなアニメや漫画がゲームブックを出しており、今ではどれも手に入りにくい貴重な物。
『のび太の本棚』
作中でもちょこちょこ映るのび太の部屋の本棚。
良くのび太たちが呼んでいる漫画も恐らくはここに仕舞われているのだが、それ以外にもパパが買って来たであろう偉人の本や図鑑などが収められている。
しかし、のび太が全然読まない活字の本たちは基本的にのび太の枕代わりに使われ、あまり読まれないせいで綺麗だとか。
『のび太の借りた本』
自宅にある本はあまり読まないが実は意外にも活字の本を読むこともあり、それはもっぱら借りる時だ。
てんとう虫コミックスのドラえもん第8巻、及び藤子・F・不二雄大全集ドラえもん20巻に収録「とう明人間目ぐすり」のエピソード。
「透明人間」という恐らくハーバート・ジョージ・ウェルズの書いた小説をクラスメイトから借りて夢中になったり。
てんとう虫コミックスのドラえもん第3巻、及び藤子・F・不二雄大全集ドラえもん2巻に収録「シャーロック・ホームズセット」のエピソード。
しずかちゃんが図書室から借りたシャーロックホームズにハマってしまい、有ろうことかそのまま借りパクしてしまっている。
お小遣いが少ない小学生らしく、友達どうしで何かを貸し借りしあうことが多いのであるが、この手の話は大抵ジャイアンが乱暴に何かを奪い取っていくことが多く。
意外に他の人たちが何を貸し借りしいてるのか印象が薄くなりがちである。
私も子供の頃は良くゲームのカセットを貸し借りしており、人から借りたゲームのレコードを更新して返すことにちょっとした優越感を覚えたものだ。
『国際保護動物』
てんとう虫コミックスのドラえもん第27巻、及び藤子・F・不二雄大全集ドラえもん10巻に収録「のび太は世界にただ一匹」のエピソード。
「国際保護動物スプレー」というひみつ道具(使うと希少価値のある動物として保護されるという道具。実はこの道具の中和ガスは未来デパートの通販で取り扱っておらず、未来まで直接買い付けに行かないと販売していないのだ)を使ってのび太が保護動物になるという話。
水田わさび版で二回アニメ化され、その時は研究所に監禁され、知能テストや生態調査を科学者たちに受けさせられた挙句動物園で見世物にされてしまった。
『星野スミレ』
ドラえもんではなく「パーマン」のキャラ。
パーマン3号の正体でその時の呼び名はパー子、パーマン1号こと須羽ミツ夫が大ファンのアイドルでもある。
パーマンに登場するときはジュニアアイドルなのだが、ドラえもんで登場するときは大人の女優になっている。
大人になりパーマンの力は失ってしまい、芸能人ならではの悩みに困っている。
いわゆるF組別作品のゲストキャラであり、伊藤つばさよりも年上のアイドルとして良く出ている。
パーマンであったことは読者にだけ匂わす程度で、ドラえもんたちが気づくことはない。
……と思いきや小説版「のび太と鉄人兵団」においてゲスト登場。
子ども電話相談室へのび太が鉄人兵団襲来を訴えたことを偶然聞き、自分の立場で何か力になれないかと模索する。
敵の存在を大人たちが誰も信じてくれない中、唯一信じてくれ、子供と大人たちを繋ぐ架け橋になった。
原作・映画共に出番はなく、小説版だけのゲストキャラ。
本当はもっと出番が有ったようなのだが、あまりにも出番が長くなありすぎたためカットされているらしい。