【完結】もしも出木杉が女の子になってしまったら   作:発火雨

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物体伝送アダプター

 突然美少女に話しかけられあたふたしてしまうのび太。

 

(お、落ち着け、この子は出木杉。いつも喋ってる出木杉なんだ)

 

 普段なら話しかけられて焦ることなどないし、何ならこちらから話しかけることだってある。

 しかし、今の出木杉はずっと見知ったクラスメイトではなく、のび太にとってほぼ初対面の美少女なのだ。

 

 そんなのび太の焦り具合を、突然話しかけられたからだろうと思った出木杉は普段と変わらない態度で話し始める。

 

「この時間にのび君がいるなんて珍しくてさ。何してるのかと思って覗き込んだら宿題の見直しをしてたから感心してつい声をかけちゃったよ」

 

 ごめんごめんと頭を触りながら、照れくさそうに笑う出木杉。

 表情に面影こそ感じるが、完全にその顔は女の子で、中身が出木杉だと分からなかったらのび太だってこの笑顔にノックアウトされていただろう。

 頭を触りふんわりと動く髪の毛は、しずかの縛った髪と比べて軽くウェーブがかっており、その仕草に思わずドキリとしてしまう。

 出木杉はそんなのび太の動揺を知らず、そのまま話を続ける。

 

「今日はどうしたの、この時間に来るなんて珍しいね」

 

 普段遅刻ばかりしているのび太がクラスに一番乗りしているなど、出木杉でなくとも疑問を感じるだろう。

 しかも宿題の見直しまでしているとなれば、大袈裟に驚くか揶揄ってくるのが大半だとのび太自身でも思う。

 ジャイアンやスネ夫なら明日は槍でも降ってくるんじゃないかと言うだろう。

 しずかでも珍しいことが有るものだと驚くだろう。

 

 それらはすべて日頃の野比のび太を見ていれば感じる当然の違和感だ。

 しかし、目の前の出木杉という男……いや、今は彼女だが、彼女はただこの時間に来てる珍しさから質問しただけだ。

 のび太が宿題をやってくることも遅刻しないことも、褒めこそするが、それで普段のだらしないのび太を比べることはしない。

 良くも悪くもこちらを対等な人間として扱ってくるのだ。

 

(やっぱり見た目は変わっても中身は変わらないんだな)

 

 改めて会話してみると、少しだけ安心する。

 男ではなくなっても出木杉という友達の存在は、その人の在り方は何も変わっていないのだ。

 

「昨日ちょっと心配事があってね、気分転換に宿題をやってたんだ。朝も早く起きちゃってせっかくだからと思って宿題を眺めてたら字が汚くってさ」

 

 なるべく嘘をつかないように、そして出来る限り普段通り自然体に。

 とりあえず不審にならずに受け答え出来たと自負する。

 

「心配事? 何かあったら何でも相談に乗るよ」

 

 しまった、出木杉はこういう奴だったとのび太は自分が素直に話過ぎたと後悔する。

 困っている奴がいれば手を差し出すのが出木杉なのだ。

 

 さすがに宿題を写させてくれなどは、人のためにならないと断るが、逆を言えば人のためになるならば進んで協力してくる奴。

 あのジャイアンリサイタルがどれだけ非人道的で悪逆非道な行為かを理解したうえで、売れ残ったチケットをのび太から買い取ってくれるほどの人物だ。

 そんな彼が心配事などと聞いたら、その悩みを聞き出すのは自然の流れだ。

 

 まさか出木杉をひみつ道具で女の子にしてしまったなどと言えるはずもなく、話題をやや強引だが変えることにした。

 

「いやぁ、何でもないよ。それより出木杉君はいつもこの時間に登校してるの?」

 

 いつも遅刻しているのび太は誰が一番に教室に入って来てるかなど知る由もない。

 しかし、優等生の出木杉ならなんとなく一番に来てるのもイメージが付く。

 

「そうだよ、朝早めに来て自習してるんだ。誰もいない朝の教室って空気が澄んでて気持ち良いんだ」

 

 たしかに誰もいない教室は静かで、窓の外から差し込む光など、普段とは違う雰囲気を感じられる。

 朝起きて遅刻せず来れたことで、のび太もいつもより清々しい気分でいるのはそのせいなのか。

 

「たしかに、放課後と違って明るいし、誰もいない教室ってのも悪くないね」

「そうでしょ! みんなが下校する時間だと少し暗くなってくるし、グラウンドで遊ぶ人もいるから案外音が煩いんだよ」

「出木杉君は騒音が苦手だもんね」

 

 完璧超人である出木杉の数少ない弱点、それは騒音なのだ。

 音が煩いと集中力が著しく低下し、勉強に身が入らなくなる。

 近所で工事が始まれば家に居られなくなるし、かつて迷惑電話のせいでテストの成績を落としたこともあった。

 

(迷惑電話の時は物体伝送アダプターで解決したんだけっけ)

 

 考えて見れば意外とトラブルにも巻き込まれてるんだなと思ってしまう。

 まぁ、大体はのび太の所為でもあるのだが……。

 

「図書館なんかも好きなんだけどね、他にも利用してる人もいるし、朝はこの空間を独り占めしてる感じがちょっと好きなんだよ」

「ははっ、学校が好きなんて出木杉君らしいや。僕なんか早く帰って遊びたくなるもの」

「僕だって宿題が終わった後の時間は遊ぶよ。お菓子作りしたり、夜は天体観測をしたり」

 

 自分のことを僕と呼ぶのも変わらない。

 少し男の子っぽくないかしらとも思うが、一人称が僕の子も普通にいるし話しててあまり違和感はない。

 そして趣味から弱点までのび太が知っている出木杉そのものだ。

 

(あれ、そう言えば出木杉の名前って今どうなってるんだっけ?)

 

 ずっと苗字で呼んでいるが、下の名前は何だったろうかと疑問が浮かぶ。

 こちらは女の子になったのだから、名前も女の子っぽい名前に改変されているのだろうか?

 

「そう言えばいつも苗字でしか呼ばないけど、出木杉君の下の名前ってなんだっけ?」

 

 別に変な質問ではない、苗字でしか普段呼ばない人間の名前が気になって聞いてみるなど、おかしいことはない。

 それなのに、聞かれた出木杉は少し言いにくそうに口をもごもごとさせ、少し間を置いてから、再度口を開く。

 

「そっか、みんなあんまり下の名前で呼ばないもんね……下の名前は英才って言うんだ。男の子みたいな名前だからちょっと恥ずかしいんだよ」

「ご、ごめんよ!」

「いや、良いんだよ、出来たら苗字の方で呼んでくれた方がしっくり来るかな」

 

 まさか名前が男の時と全く同じとは。

 

「ほら、僕って見た目全然男の子じゃないのに、名前は完全に男の子だろ。だから初めて会う人は面を喰らっちゃうんだ。なんでうちの両親も女の子にこんな名前を付けたんだろう」

 

 元から女の子として生きて来た記憶がある出木杉にとって、英才というどう考えても男にしか聞こえない名前は小さなコンプレックスだった。

 特に幼稚園や小学生の子供にとって、明らかに性別が違うように感じる名前は純粋な疑問として問いかけられてしまう。

 それで恥ずかしい思いもしてきたのだろう、口に出す出木杉は恥ずかしさと少しの悲しさが混じった表情をしていた。

 

「確かにちょっと女の子っぽくはないけど、良い名前じゃない! きっと親も一生懸命出木杉のことを考えて付けたんだよ」

 

 のび太はそんな出木杉を元気づけようと、努めて明るい声を出す。

 今の出木杉に出来る精一杯の気遣いだ。

 そして、それはちゃんと出木杉にも伝わったようで、すぐに笑顔に戻る。

 

 もう一つ声を出したのには理由がある。

 野比のび太は親が子に付けた名前にどんな願いが込められているか、親の気持ちを直接受け止めたことがあるのだ。

 

 かつてタイムマシンで自分が生まれた日におもむき、両親の会話を聞いた。

 

「すこやかに大きく、どこまでも、のびてほしい」

 

 そんな両親の名前に込めた想いを聞いたのだ、きっと他所の親だって自分の子供に何か願いを込めてるに違いない。

 男から女へとひみつ道具が原因で変わってしまったが、きっと込められた想いは出木杉の将来を願ってのことだろう。

 そう信じたい、のび太は出木杉にそんな想いを込めて名前を付けたはずだと伝えたかった。

 

「う、うん、ありがとうのび君」

 

 どうやらその言葉に照れてしまったようで、頬を染めながら少し早口気味にお礼を言う出木杉。

 その仕草はまさに女の子そのもので、のび太も思わずドキリとして、少し照れくさくなってしまう。

 

(び、びっくりしたなぁもう。仕草は女の子そのものだ)

 

 さっきまで互いに目を合わせて普通に喋っていたはずなのに、一瞬顔をわざと外して、ちらちらと相手の方を見たりしてしまう。

 そんな2人だけの空間で、少し気まずくなった空気を断ち切るように出木杉が話し出す。

 

「実はちょっと自分の名前に自信がなかったから、そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 少し紅くなったほっぺたを指でかきながら、出木杉は笑顔でのび太にそう答えた。

 その笑顔に嘘偽りはなく、心から喜んでいるのが見て取れる。

 

(元々は僕のせいで変なことになっちゃったからね、そんなに素直に喜んでもらわれたらなんだか複雑だな)

 

 そんな笑顔とは裏腹に、のび太は罪悪感で胸を締め付ける。

 元々男の出木杉なら、自分の名前でコンプレックスを持つこともなかったのだ。

 

「何か困ったことが有ったらなんでも相談してよ、僕でよければ力になるからさ」

 

 もし出木杉がひみつ道具の影響で困ったことになっているなら何とかしたい。

 無論どんな理由であれ困っている人は見過ごせないのび太だが、助けになれるなら何かしなければと感じていた。

 

「あっ、でも僕なんかが出来ることなんてあんまりないかもしれないけど」

 

 自分で言っていてふと思うのは、自分に何が出来るかであった。

 どちらかと言えば助けてもらうことの方が圧倒的に多いし、勉強や運動で何か出来ることなどありはしないだろうと言葉を放った後気づいてしまう。

 しかも今はドラえもんも不在なのだ。

 

 自分が何か出木杉のために出来ることなどほとんどないであろう。

 精々ジャイアンリサイタルで出木杉の前に陣取って壁になるくらいである。

 

「そんなことないよのび君気持ちだけでもうれしいよ……そうだ! それなら勉強を教えさせてもらえないかな?」

「勉強を教える!?」

 

 何か頼まれたらなんでも引き受けようと思っていたが、これまたおかしな希望が飛び出したものだ。

 勉強を教えて欲しいというのは聞くが、教えさせて欲しいなど初めて聞いた。

 

「自分一人で勉強するのは大事だけど、人に教えると自分がどのくらい身に着けてるかわかるし、復習になって良いんだよ」

「僕でよければ全然構わないけど、他のみんなだって出木杉君に勉強を聞きに来ない? 昨日も囲まれてたでしょ」

 

 自主的に勉強するなどまっぴらごめんだが、こちらとしては断りづらい理由がある。

 それはそれとして、そんな理由なら昨日も男子が勉強を聞きに出木杉に話しかけ列を作っていたではないか。

 わざわざ成績の悪いのび太を相手にする必要があるのだろうか?

 

「頼られるのはうれしいけど、みんなあまり勉強が目的じゃないみたいなんだ。でも邪険にするのも悪いし……」

 

 そう言われて自分のことには鈍感なのび太もすぐにピンときた。

 みんな勉強を教わりたいのではなく、可愛い女の子と話すことが目的なのだ。

 

(まぁ、こんな可愛い子が勉強を教えてくれたら、何かにつけて聞きにいっちゃうか)

 

 のび太自身も勉強を理由になんどもしずかにコンタクトをとった経験があるから、彼らの気持ちもわかる。

 それと同時に、あまり露骨に絡んでいては逆効果になると胸に刻み込むのだった。

 

「僕でよければ勉強に付き合うよ」

 

 何度も言うが、のび太は勉強などしたくない。

 それも出木杉と一緒にするなど少し前までは考えられないことだろう。

 だが、今ののび太は負い目がある。

 それに、少し話す機会を増やせば、何か力になれるきっかけにもなるだろうと割と打算的に考えていた。

 

「本当! それじゃあ今日の放課後。のび君の家に行ってもいいかい?」

「うん、いいよ」

 

 思いのほか元気よく食い気味に答えられ面を喰らうが、まぁ宿題が捗るなら悪いことばかりではない。

 

(これは今日も宿題をやる羽目になりそうだぞ……)

 

 出された宿題をやるのは当然のことなのだが、のび太にとっては全然身に付いてない習慣だ。

 少し憂鬱な気持ちになってきたが、目の前で喜ぶ出木杉を見ては何も言えない。

 出木杉と認識しなければ目の前にいるのは美少女で、しずかを家に招くようなものだ。

 

 そんなやり取りをしているうちに廊下から歩く音が聞こえてきて、教室に生徒がぽつりぽつり登校して来る。

 のび太と出木杉は会話を切り上げて、それぞれの席に着くことにした。

 

 珍しく遅刻もせず宿題もやって来たのび太は、ただ一人を除いてクラスのみんなから驚かれるのだった。




『リサイタルの売れ残ったチケット』
てんとう虫コミックスのドラえもん第41巻、及び藤子・F・不二雄大全集ドラえもん17巻に収録「恐怖のディナーショー」のエピソード。
ジャイアンがディナーショーを企画するというなんともむごたらしい話。
のび太にチケットを売れと押し付けるのだが、当然誰も買ってくれない。
しかし、出木杉だけはチケットを買ってくれ、共に地獄に落ちることを覚悟してくれる
最後はジャイアンが自分で作った料理を食べてひっくり返り、ディナーショーは中止というオチ。

水田わさび版ではより出木杉とのび太の距離が近く、なんと会場の設営まで一緒にしてくれる。
諦めてディナーショーに挑もうとする三人はまるで桃園の誓いをするかの如く勇ましい。

『騒音が苦手』
該当するエピソードは二つ、一つは本作二話のあとがきで触れたガリベン君の話。
これは真夜中の悪戯電話で精神が疲労してしまい、テストの成績が落ちるというもの。
これを解決したひみつ道具が「物体伝送アダプター」である。
簡単に説明すると電話口に取り付ける道具で、相手方に物を渡せたり、逆に受け取ることも出来る秘密道具。

もう一つはてんとう虫コミックスのドラえもんプラス第4巻、及び藤子・F・不二雄大全集ドラえもん20巻に収録「ドラえもんとドラミちゃん」のエピソード。
実はこれが記念すべき出木杉君初登場回である。
ドラえもんが出木杉君を家から追い出すために「ゴーゴードッグ」とうひみつ道具を使うのだが(家から指定した人を追い出す道具)結果急に家の前で工事が始まり、騒音に耐えきれなくなり図書館に向かうのだ。

明確な弱点はたったこれだけ。
水田わさび版でオリジナル回があり、そこで「苦手つくり機」という人の苦手を作れる道具でテストを苦手にされてしまったのだが、苦しみながらもこれを乗り越え百点を取るという根性を見せつけた。
ここまでされてしまっては明確な弱点は無いのかもしれない。
しいて言えば映画に出る機会が少ないことだが、これも出木杉が参加してしまうとピンチをすぐに解決してしまうためという制作側の判断。
ある意味優秀さで失っている物もあるというパターン。

『お菓子作り』
こちらも詳しくは本作二話のあとがきで料理の腕前で触れている。
ケーキを一から作れるくらいの腕があれば、レシピさえわかれば大抵のお菓子は作れるうえ、納得がいく形になるまで練習もしている。

実はお菓子作りとは数字を扱う科学でもあり、意外と数学に強い男の子であれば普通に美味しい物が作れると私は思っている。
最近は材料も調理用器具も安価で簡単に手に入るので、もしご興味あれば是非性別なんて関係なく作ってみると楽しい物である。

しかし、同じ手作りなら自分で作るより他人に作ってもらった物の方が美味しく感じるのはなぜだろう?

『天体観測』
こちらも該当エピソードは二つ
一つはてんとう虫コミックスのドラえもん第44巻、及び藤子・F・不二雄大全集ドラえもん17巻に収録「ハワイがやってくる」
夏休みをどう楽しんでいるかの中間発表をみんなでする最中、出木杉君は毎晩夜ふかしして、月や星の写真を取っていると発言。

もう一つは藤子・F・不二雄大全集ドラえもん14巻に収録「コメットハンターに挑戦!」
のび太が深夜タケコプターで夜の散歩していると、屋根の上で双眼鏡を持った出木杉君を発見、夜空を見上げながらすい星を探している。

定期的に子供たちの間で天体観測がブームになっているような気がする。
残念ながら私は実際の空にさほど興味がなく、行くとすれば室内に作られたプラネタリウムの方が好きだ。
ドラえもんは定期的にプラネタリウムともコラボしており、お子さんが天体に興味を持つきっかけになりそうだ(私は残念ながら見たことがない……プラネタリウムが好きなのも天体観測で流れる音楽は好きなのであって実はあまり星に興味がない)

『名前に込められた願い』
てんとう虫コミックスのドラえもん第2巻、及び藤子・F・不二雄大全集ドラえもん2巻に収録「ぼくの生まれた日」のエピソード。
この話は映画にもなっておりタイトルもそのまま「ぼくの生まれた日」である。
のび太の両親は赤ん坊ののび太を抱きながら名前を付け、その由来も語っている(本文に書いてある通り)

私がこの映画で一番感動するポイントはラストシーンである。
ドラえもんが家族団欒を演出するためにエレベートボタン(押すとエレベーターのように上下に移動が出来る)を使って野比家を空中に浮かせ、野比家にかかわりのある思い出の木の上に登らせようとするのだが、家族の時間を邪魔しないように地上に残るドラえもんをのび太とのび太パパが引っ張って家族の輪にドラえもんを加えるのだ。
ここの優しい野比家の顔と嬉しくて泣きそうなドラえもんがツボなのである。
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